出発
俺を含め七人の旅立ちの準備に村人総出で手伝ってくれた。
食料や塩から専用の靴、鎧、兜、竹で組んだ盾、遠投げのための麻布、弓矢、槍などの用意から、生きて帰ってくることを願うため祈祷する催しまで開かれた。
それが終われば飲めや歌えの宴会と化した。
「ここにいられるのも今日まで、か」
夕方、宴会の場となった広場から抜け出した俺は、丘から集落を見下ろして呟く。
たった十二年しか住んでいなかったこの村に愛着がわいていた。
生きて帰らなくてはな。
「カゼ、ここにいたの」
「ナシ?」
振り向くと彼女が佇んでいた。
「集落を探したけど、どこにもいなかったから」
「悪い、ちょっと一人になりたくてさ」
彼女は俺の隣に立つと、同じく集落を見た。
「長老が落ち込んでた」
「どうして」
「今生の別れになるだろうって」
「そうか」
長老も年だ。俺が帰ってくるころにはこの世を去っている可能性がある。散々世話になっておいて、孝行もしてやれなかったことを悔やんだ。
俺の真似して文字の勉強をする子供はナシ以外にもいるが、根を上げて来なくなる奴もいた。
文字の大切さを知ってもらうために、税のやりとりで誤魔化されてないかどうかを学ぶ芝居をしてあげたら、残る子供が少しは増えたのが幸いか。
すると今度は託児所になり、幼児の世話をしなければならなくなるといった悪循環に陥ったのは良い思い出だ。
それでも、以前よりも識字率が上がったのは確かだと思う。今では自発的に文字を学びに来る子供がいて将来が頼もしい。
「ねえ、いつ戻って来られるかわかる?」
彼女の問いに首を捻った。
西の国への往復の日数と滞在期間がそもそも分からない。この時代の日本の道路は未舗装であるから、歩いていくだけでも相当時間がかかることは想像できた。
「正直、分からない。三年か、五年か」
「わたし、待ってる」
「ナシ」
「待ってる、から」
彼女は泣いていた。泣きながら俺に手を差し出す。首飾りが握られていた。
「これは……?」
「ぐす……お守り」
「わざわざ作ってくれたのか、すまない」
「違うでしょ。こういうときは」
「……ありがとう」
俺は年甲斐もなく照れながら首飾りを受け取り、首にかけてみる。
「うん、似合ってる。……わ」
泣きながら笑う彼女が愛しくて思わず抱き締めてしまった。
「カゼ?」
「悪い、少し、このままで」
「……うん」
温かいな。
これまでの彼女との付き合いが去来する。
最初の出会いは長老宅へ訪れたとき、見馴れない俺を敵視していたような気がする。それがいつか好奇心へと変わり、文字を一緒に学ぶようになった。共に遊ぶようなことはしなかったが、喧嘩することはあまりなく仲良く育ったと思う。
彼女を抱いていると、甘い体臭に脳が刺激される。
我慢できずに一歩先に進むことにした。
「ナシ」
「……ん」
彼女は嫌がるそぶりを見せず、俺の唇を受け入れる。
何だかんだ言って、俺は彼女のことが好きなのだと、このとき知った。
更に一歩進んでみる。
彼女の手を取り丘の上の木の陰へ連れ込むと、より大胆に彼女を求めた。
「あ……カゼ……」
抵抗しない。嫌がるそぶりを見せない。
若さなのかよく分からないが、彼女を求める欲が止まらない。
俺はこのまま突き進むことにした。
事後、俺たちは乱れた服を直した。
「ありがとう、俺を受け入れてくれて」
「いいの」
大切な思い出としてしまっておこう。
なお、彼女を長老の家に送ったところ、ナシの母におめでとうと言われた。
何故ばれる。
自宅に帰ってからも、祖母と母から祝福された。
だから、何故ばれる。
思いきって聞いてみた。迂闊だったのは自分だった。丘にいた俺とナシは麓にいた村人たちからも見えていたのである。
さすがに行為中までは見えていなかったと思いたい。
その晩、あまりの恥ずかしさにろくに眠れなかった。
翌日、俺たち七人は北と東南の村の兵たちと合流する予定で丘の麓で待つ。周囲には俺たちを見送りするため、村人たちが集まっている。
ちなみに、俺の装備は村で用意された武具の他、黒曜石の投げナイフを複数を忍者の苦無のように太ももに巻き付けていた。
「坊主、彼女との別れは済んだか?」
「一応は」
ニヤニヤしながら話しかけてくるあたり、見ていたんだろうなと内心でため息を吐く。
「ん? お前、付き合ってる女いたのか?」
サヘエは知らなかったようだ。
「ええ、まあ」
「ほら、長老のとこのナシって娘」
「ああ、あの娘か」
人の噂も七十五日。それまで耐え忍ぶしかない。
そう思っていると、日が陰った。背後からわき腹を掴まれ抱え上げられる。
「わっ」
「デ、デエダ? どうしたんだ」
「み、見送り。カゼ、大きくなっだ」
「……ありがとう、デエダ」
俺を下ろしたデエダにサヘエが歩み寄る。
「俺らが留守の間、村を頼むぞ」
「ま、任ぜろ。おでに、かかれば、あっと言う間だ」
そうこうしているうち、北と東南の村の兵たちがやって来た。
「宜しく」
「こちらこそ」
互いに礼をし、今後の予定を語り合う。
まず最初にこの国の都へ向かい、そこで他の兵たちと合流。国の将軍の指揮の下、一路西へ向けて行軍するとのこと。
そこに、他の村の十代後半くらいの兵が話しかけてきた。
「おまえか、噂の強い奴は」
「そうだ」
不躾にジロジロと眺められる。
不意に手を差し出してきた。
「ま、仲良くやろうや」
どうやら握手を求められてるらしい。
「宜しく」
軽く握ると力強く握られた。手が痛い。
もしかして喧嘩でも売られているのだろうか。それとも力試しか。
負けじと握り返す。
お互いに無言で握り続けること十秒。どちらからともなく手を放す。
相手は無言で去っていった。
何がしたかったのだろうか。
「さあ、出発だ!」
その声に村人たちが各々叫ぶ。
元気でなとか、生きて帰ってこいとか、土産話を楽しみにしてるなど。
「見納めかもしれんぞ、良く見ておけ」
「はい」
サヘエの言葉に村人たちを見た。祖母に父母、叔父、兄弟、長老、デエダ、そしてナシ。
彼らの姿を目に焼きつけた。
村から少しずつ遠ざかると、何人も何人も俺たちの後を追いかけてくる。
やがて俺たちが川を渡り始めると、追いかけていた人々は自然と足を止めた。
川を渡りきり、振り返る。手を振る人たちに手を振り返した。
やがて、彼らの姿は見えなくなった。




