会合
「そういえば、カゼは長老さん家のナシちゃんと仲良いわよね」
「そうそう、どうなの、そこ?」
夕食中、祖母のカナエの話題に母のマツが乗ってきた。
唐突に訊かれたので言葉に詰まる。
「ナシとの関係、か……」
初めて出会ったのは長老から直々に文字を教わろうとしたときのこと。しばらくして、一緒に文字を勉強するようになって、今もその関係が続いている。
「……妹みたいなものかな」
「えー」
「あらあら」
俺の一言に納得がいかなかったのか、不満そうな声を上げる母と苦笑する祖母。
「一緒に育ったからかしら」
「近すぎるのかも」
本人を前にして勝手なことを憶測する二人にため息をつく。
今、俺は十二才で母曰く結婚適齢期だそうだが、こちとら精神年齢五十才以上である。
決して枯れているわけではないし、ナシに不満があるわけでもない。
前世が影響しているせいか、結婚はまだ早いと考えている。それに、今所帯を持つわけにはいかない。
近い将来、紙を求めて西へ旅立つ計画だ。奥さんと子供は当然置いていかなければいけないから、悲しませたくない。
まだ問題点がある。早産による赤ん坊への影響や母体の負担、産褥熱による死亡事例である。俺の奥さんになる人のためだ、身を案じてもっと後にしたほうが良い。
総じて俺が結婚するのは早すぎるのである。
「ナシには他に良い人がいるんじゃないのか?」
「聞いたことないわよ、そんなの」
「ナシちゃん、大変そう」
恋愛対象を他人に移そうとしたが失敗した。
何か、酷い言われようである。
翌日、村の会合に呼ばれて長老宅へ向かった。
長老の家は村のなかでも一番の大きさで、主だった衆を集めても家の中に入った。
今日の主な議題は稲作の範囲拡大についてだ。
既存の畑を利用しようとすると、以前の作物が採れなくなる問題があった。
北の森を切り開いても限界がある。
そこで俺が前世の知識を使って、二年ほど前、村の東側の沼を埋め立ててはどうかと意見した。
沼はさらに東にある川と繋がっており、春になると雪解け水で増水した川が流入して水かさが上がる。水の深さは膝下までしかない冬と比べ、腰の高さまで増える。
腰の高さより少し低めに土を盛り上げ、そこに稲の苗を植える。盛り上げるための土は沼の底の土を使う。迷路のような水路を形成することになり、簡易な船を使って移動する。
長老たちがその案を採用して、試験的にほんの一部を埋め立て、稲を育ててみたのである。
「えー、結果は良好でした。実りも上々です」
「おお」
評判にあちこちから期待の声が上がる。
「これを踏まえまして、沼の埋め立て区域の拡大をしたいと思います。」
「どれくらいの人を動員できるのか?」
「各家から一人出すとして、百人くらいいけますか?」
「あまり無理すると畑と訓練が疎かになってしまうから、その半分で良いのではないか」
「埋め立てる時間帯も決めておこう」
などと、議論が活発になる。
また、別の議題では集落を丘の上に移動して環壕を造る予定だ。
「えー、従来の集落では嵐の際に起こる水害に対応できず、家を流されるだけでなく、食料も水に浸かって駄目になってしまうので、西の丘に拠点を移すべきです」
「丘の上にまで水が来るかもしれない。食料はどうする?」
「食料を貯めておく倉庫を一番高い場所に、高い床を作っておけば良いのではないだろうか」
「西の国々では海の向こうで起きた戦で、そこから逃げてきた流民が住民と揉めているそうだが、こっちにまでその流民は来るのか?」
「分かりません。ただ、決して少なくない数の流民が海を渡って来ており、中には武装したままやって来る者もいるということです」
「詳しい話が聞きたい。どんな問題が起きているのか」
「あくまで噂程度のものですが。流民は先々の住民を追い出して、ときには殺害して家々を乗っ取り、食料を奪っているとのことです」
「なんと、それではただの野盗ではないか」
「もし、武装した集団がやってきてもいいように、丘の周りに柵を立て、壕をめぐらせてはどうか」
「物見櫓も必要だな」
「えー、また、彼らを捕まえようにも西の国々では対処しきれず、このあたりの国にも使者が救援を求めて来ているそうです」
「そこまで人手が足りないのか」
「国の対応はどうなっている?」
「我が国は使者の求めに応じて小規模な集団を派遣するとのことです。つきましては、各村の規模に応じた人数を出せという命令が届いています」
「この村では何人出すのか」
「えー、七人ですね」
「七人か……」
「まあ、そのくらいなら……」
「選定方法は?」
「そのことについては長老がおっしゃるそうです」
長老が立ち上がり、前に進み出る。
「わし自ら選ぶ。方法は言わん。どのようなものであれ、恨まれるのは確実じゃからの。墓の下まで持っていくよ」
反論は無く、村人は全員頭を下げた。
「それで誰を派遣するのですか?」
「まずはサヘエ」
「おお、彼なら頼りになりますな」
次々に呼ばれていき、最後の一人にどよめきが上がる。
「カゼ、お主もじゃ」
「何故ですか!? まだ子供じゃないですか?」
「武術の腕前は相当なものだが、如何せん、年が……」
ひとしきり皆が騒ぎ、静かになったのを確認して長老は言った。
「実はな」
たっぷりと間を置いた。
「ばれた」
ちょっとした沈黙の後、一人がおずおずと発言する。
「ばれた、とは、何がでしょうか?」
「先の武術大会でカゼを匿ったことじゃ」
皆が息をのんだ。
俺も驚いた。
どこだ、どこでばれた。
というか、ここにいる皆、事情を知っていたのか。
「その、な。お上からな。『たった三年で上位に食い込むほど強くなった原因はこちらで把握したぞ。なに、まだ子供だから無茶なことはさせないから安心しろ』。……だそうじゃ」
「ああー」
「やりすぎたかー」
あちこちで呻き声が上がる。
「逆らったら税を引き上げられそうだ……」
「えげつない……」
皆が口々にぼやく。
「異論は無いな?」
長老の確認に皆は沈黙で返した。
些か早くなってしまったが、西の国にいける。良い機会かもしれない。
俺は前向きに考えることにした。




