娘と母
「お兄ちゃん、遊んで~」
「兄ちゃん」
「兄貴」
「ばぶぅ」
家族計画は大切に。
真っ先にこの言葉が思い浮かんだ。避妊なんて言葉が無い時代に言うのもなんだが、兄弟が増えた。四人も。だいたい二年に一度の割合で出産してるんだ、俺の母。信じられないかもしれないが、父母共にまだ二十代前半なんだぜ?
三人目までは、まあ縄文時代だし、で片付けられたけど。今六人目が母のお腹の中にいる。
この現象は家だけじゃなく、他所の家でも進行中である。
これだけ家族が増えるなら、将来俺が旅立っても悲しむことなんてないよね。寂しくないだろう。
「駄目、俺、これからおとうたちと働いてくるの」
「えーけちー」
「けちー」
「ばかぁ」
「ばぶぅ」
抗議の声を上げる弟妹たちを断りながら家を出る。
幸いといえば、俺が生まれてから家族にまだ死者はいない。フギも一昨年に遅めの結婚をして新しく家を建て、一人目が生まれた。
俺と同い年の子供達はこの村で十年で半分近く減った。具体的には三十人くらい死んだ。それでも生まれる数の方が多いので、村が寂れることはない。
ないのだが、見知った顔が次々といなくなっていくのは寂しいものだ。そのことを父母に尋ねたら、何を当たり前のことを、という返事がきた。
日常茶飯事ということなのだろう。
いつか俺も父母同様、動じなくなっていくのだろうか。
そんなことを思いつつ、畑仕事に精を出した。
いつもの畑からの帰り道、ぽつんと一人でしゃがむ子供を見つけた。
どこか体を痛めたか。そう思い、近寄って行くとその子は棒切れで地面に何かを描いていた。背後から覗くとそれは絵ではなく、文字だった。『おかあのばか』というそのままの感情表現が書かれていた。
このくらいの年の子が文字なんて珍しい。と顔を見ると、どこかで見た顔だった。
「おかあと喧嘩でもしたのか、お前」
「お前じゃない、ナシ」
ナシと名乗った少女はぶすっとした顔だ。彼女は村長の玄孫に当たる、はず。
村長は長生きな分、孫、曾孫と数が多く、判別しにくかった。
彼女とは村長の手解きを受け、一緒に文字を勉強する間柄だ。
話が長くなりそうだと感じたのか、父とフギは先に帰ってるぞと言って、さっさと行ってしまった。
「もうすぐ暗くなる、帰ろう。送っていくよ」
「やだ、帰りたくない」
「……何があったのさ」
「…………おかあがさ」
しばらく躊躇ったあと、ナシは切り出した。
「うん」
「女は文字を覚えなくていいって言うの」
これはあれか、江戸時代の時代劇に出てくる、男の仕事、女の仕事というやつか。
違和感を感じた。あくまでそれは、本当にあったとしても江戸時代での話。縄文時代はどうだったんだろう。
前世では、確か、卑弥呼を頂点とした女系文化だという記録があったような。いや、あれは弥生時代か。よく覚えていない。
「……ナシのおかあ以外の人たちは何て言ってた?」
「覚えておいて損はないって」
「う~ん」
確か、ナシの母は村長の家に嫁いできたただの村娘だったと、家族の食事での会話で聞いている。近所の噂も馬鹿にできない。
「ナシのおかあは読み書きできるのか?」
「できない、と思う。読み書きしてるの見たことないから」
「ナシのおかあ以外の人たちはできる?」
「じいちゃんたちもばあちゃんたちもできる。……あ、わたしの兄弟たちはできるのとできないのがいるけど」
「……さっきの、女は文字を覚えなくていい、って話だけどさ、ナシはどうしておかあがそんなこと言ったのか理由を聞いたのか?」
「聞いた。でも、答えてくれない」
「……はっきりしたことは言えないけど、何となく分かったような気がする」
「本当? 教えて」
「あくまで何となく、だからな」
あまり他所の家庭に深入りするのは良くないんだけど、日頃お世話になっている手前、助けたくなってしまう。
「仲間外れにされているようで嫌だったとか」
「……文字の読み書きができないだけで?」
「ナシはどうだったんだ? 俺が文字を学んでいるのを見て、『わたしもやるー!』って言ってただろ?」
「ああ、そんなこともあったわね。……でも、どうして今になってやめろって言うんだろう?」
「最初はすぐに飽きると思っていたんじゃないか? ……もう三年か」
「そんなに経つっけ」
「多分、ナシのおかあは、君が遠くに行ってしまうことを恐れたんじゃ?」
「わたし、まだどこにも嫁入りする気ないんだけど」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
きょとんとした表情に思わず苦笑する。
「文字を知らないおかあを置いていってしまうのか、ってことさ」
「……それならおかあも文字を学べばいい」
「そうなるよな」
後は話は早かった。
村長宅までナシを送り届けると、ナシの母を外に呼び出した。
「何だい、話って」
ナシは俺を不安そうに見る。俺は彼女の肩を軽く叩いて励ます。意を決した彼女ははっきりと言う。
「おかあ、私、文字を学ぶ」
「まだそんなこと言って……」
「おかあは読み書きできる?」
その問いにナシの顔がわずかに歪む。
「……できないよ、それがどうかしたかい?」
「私と一緒に文字を学ぼう?」
「……何言ってんだい?」
「私、おかあがひとりぼっちなの見ていられないの」
村長の所へ嫁いでから彼女が疎外感を感じていたのは確かだろう。
「今からでも遅くないし、文字を読み書きできるようになろう?」
「今からでも……」
ナシの母は己の手を見つめている。
「……分かった、分かったよ」
しばらく迷っていたようだったが、折れた。
その後、ナシは母と一緒に勉強するようになった。まずは簡単な文字から、日常的に耳にする文字などを中心に。
「一件落着、かな」
それを横目に俺も地面に棒で文字を書く。
今回は首を突っ込んで良かったと思う。




