猫の距離感
多分、アメショーが日本で人気になり始めた頃の話です。
高校卒業後に実家を離れ、数年後。
たまたま帰省した時に、母親から、近所に外国の猫が住み着いたと知らされた。
薄い銀色の毛並みに、変わった形の黒い縞が入っているらしい。アメリカンショートヘアの血が混じってるんじゃないかという感じらしい。
母親はその猫を餌付けしようと頑張っているが、まだ身体に触わらせてもらえないんだと悔しそうにしていた。
一応言っておくと、野良猫にエサを上げる事が問題にもなっていない大昔の話である。
昼間、帰省してもヒマなばかりの僕は、散歩がてら近所の裏山に登ってみる事にした。
僕が子どもの頃には、中腹に老人ホームがあった様な山だ。そんなに険しい訳ではない。
人がぎりぎりすれ違えるぐらいの細い道を登っていると、前から何かが歩いて来るのに気が付いた。
猫だ。
銀地に黒の縞模様。
噂のアメショーである。
「お? はじめまして」
挨拶をしながらその場にしゃがみ手招きしてみるが、猫はさすがに近づいて来ない。僕の事をジッと値踏みしている様だ。
仕方ないのですれ違って行きたかったが、僕が前に進めば猫は逃げるに決まっている。何をしていたか知らないが、山から下りて来たところなのだ。また引き帰させるのは申し訳ない。
僕が回れ右をしても良かったのだけど、とりあえずその場に座って待ってみる事にした。
出来るだけ道の端に寄り、猫に背中を向けて地面に腰を下ろす。
そのまま猫の事など忘れた様に、ボーっと意識を拡散させる。
うまくいけば猫は、僕の横をすり抜けて行く筈だった。
なのに。
いつまで経っても、猫はすり抜けて行かない。
もしかして、さっきの場所から動かず、じっと待ってるのか?
それとも、あきらめて引き帰しちゃったか?
座ったまま、僕は後ろを振り返った。
さっきの場所に、猫はいない。
でも、どこかへ行ってしまった訳でもない。
その猫がいる場所に気が付いた時、僕の頭は「?」でいっぱいになった。
なんと、僕のすぐ後ろで、僕の背中に自分の背中を合わせる様にして座り込んでいたのだ。
「えーと、もしかして触っても良いの?」
声をかけても、猫に逃げる気配はない。
僕の事を岩か何かと間違えてるのではなさそうだ。
おそるおそる、手を伸ばしてみる。
触われた。
撫でてみる。
ゴロゴロ言い始めた。
抱き上げてみる。
おとなしく膝の上に収まった。
あれー?
その夜、母親が猫にエサをやるのに付き合ってみたら、アメショーは当たり前の様に僕の足にまとわり付いて来た。
母親には、ずいぶん悔しがられた。