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明け方のカレイドスコープ  作者: サワムラ
 間の話:東宮と警備兵、8年前の出会い
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 ひとたびの終わり:フォルティシス

『化け物たちが、急に動き出したの! 散り散りになって、校舎からどんどん離れていこうとしてる!』

 伝声灯から響くメイの声に、三人は顔を見合わせた。

「どういうことだ?」

「亜神を倒したからか?」

 フォルティシスは思い出していた。亜神が現れる直前、降魔たちは一カ所に固まっていた。

 化け物たちを集める存在がなくなったことで、無軌道な行動になっているのか?

 そこで伝声灯からの声が変わった。

『学長でございます』

 聞き覚えのある声が早口に名乗る。

『今しがた、少しだけ帝都からの通信が聞き取れましたが、合宿に出た生徒たちが今日にでも帰ってくると』

 三人は目を見開き、凍りついた。

『合宿先近くの村でも、平民寮の生徒がかかった病がはやっていると。合宿を中止して帰ってくるとのしらせだけが』

「みんな、今どこまで来てるんだ?!」

 青ざめたニーヴルがつぶやく間にも、

『こちらからの音声が、あちらにはほとんど聞き取れないようで、状況を伝えることはなりませんでした。どうすれば……』

「伝声灯に化け物の出現を伝え続けろ。校舎の上に目のいいやつを出して、生徒どもが見える範囲まで来ているか確認させろ。化け物の動きもだ。

 すぐそっちに戻る」

『は、はい』

「おい、校舎に戻るぞ」

 声をかけると、2人はすばやく床に落ちたままの刀を拾った。

 寮の玄関を駆け抜け、林の中を走りながら、

「やばい……どうする、みんな帰ってくるまでに、化け物ども消えるか?」

 ニーヴルが早口に話しかけてくる。

「それだけじゃない。散り散りになって移動を始めたとメイが言ってたろう。どこに行くかわからんぞ」

「! じゃあ、近くにいるうちに倒しつくさないと、近くの村や町が……!」

 倒しつくす。散り散りになった無数の化け物を、たった3人で。

 そんな言葉が、誰も口に出せないまま、その場に浮かびあがるようだった。

「無理だ……、とても手が足りない。なあ、どうすればいい?!」

「とにかく校舎に戻って……」

 エディが、急に足を止めた。

「お前に任せる。俺は近くにいるやつだけでも斬ってくる」

 紫の瞳が、まっすぐにフォルティシスを見た。

「頼む……! 何か、誰も死ななくていい方法考えてくれ」

 そして、止める間もなく身を返して駆け去った。

「エディ!」

 ニーヴルが「くそっ」とつぶやいた。

「俺も行く。斬れるだけ斬ってくる。あいつだけじゃ危ない」

 そしてすぐ、エディを追って森の中へ消えた。

 誰も死ななくていい方法。フォルティシスは呆然と立ち尽くす。たった3人しか戦えないこの場で、散り散りになりつつある化け物をどうすれば……!

 何一つ思い浮かばず、頭がからっぽになったような一瞬だった。

 聞き覚えのある音が耳に届いた。

 フォルティシスは空をふり仰ぐ。

 ……今のは、飛行獣の羽音だ。

 東の空へと向けた視線が、空を飛びこちらへと向かう獣の一群れと、その背にまたがる人の姿をはっきりととらえた。

 フォルティシスはさっと辺りを見回し、木々が途切れている場所へと走った。投げ上げた符が、上空に閃光を走らせる。

 ……ここだ、気づけ。

 彼らははっきりと気づいたようだった。こちらへと進路を変えた飛行獣が、つぎつぎと目の前に舞い降りてくる。そして、

「東宮殿下!」

 飛行獣の背から降り、ひざをつく騎士服姿の若者たち中、ただ一人駆け寄ってきた若い男、その顔と銀縁メガネに見覚えがあった。

「ツヴァルフか」

 わたくしをご存じでしたか、と彼は驚いた顔をした。

 何人もの騎士団長を輩出してきた帝都名門の跡取りにして、現銅剣騎士団長の息子だ。

「なぜお前がここにいる」

 若い騎士はうやうやしく礼をとった。

「殿下直属の騎士団一同、東宮殿下をお迎えに参りました」

「……なんだと?」

 彼は礼をとった姿勢のまま、銀縁メガネの向こうから真剣な目を向けてくる。

「陛下のご決定です。

 殿下直属の騎士団が編成されることとなりました。東宮殿下には、すみやかに至天宮にお戻りいただくようにと」

 ……親父が?

 親父が俺に、帝都に戻れと?

「自分が、騎士団長に内定しております。身に余る光栄、東宮殿下に生涯の忠誠を、」

「イリスリールはどうした」

 さえぎって問うと、ツヴァルフは驚いた顔をした。

「それもご存じでらっしゃいましたか」

 そして背後の騎士たちを気にするように声を低め、

「イリスリール姫も、帝都においでです。あちらは騎士団が編成されるとの話もなく、皇子殿下として民に知らされるという話も聞きません。もちろん、東宮位が変わるとの話も」

 天秤にかけるということか? それとも、俺はイリスリールの隠れみのか。

 ……いや、そんなことは後だ。

「俺の騎士団が全員来ていると言ったな?」

「は、内定しているものはみな」

「何人来ている」

「12名にございます。全員が、飛行獣とともに」

 フォルティシスはうなずいた。

「俺の騎士団とやらの初任務だ。

 森に散った降魔を確実に殲滅しろ。一匹も人里に出すな」

「はっ! お任せを!」

 ツヴァルフは再度礼をとる。フォルティシスは見送る間に、騎士たちを乗せた飛行獣はすばやく上空へと舞い上がっていった。



 ほどなくして降魔鎮圧の知らせが入ったとき、フォルティシスは屋上から森を見下ろしていた。

「殿下、一匹残らず討ち取ったとの報告が」

「そうらしいな」

 学長におざなりに返す。未だ騎士たちの飛行獣が空を飛び、見逃した降魔がいないか厳重に見回っているようだった。

 呪のかかった武器と符で装備を固め、空を飛ぶ獣を連れた正騎士が12名。散らばった下級降魔たちを確実にしとめるには、十分な数だった。

「校舎内の人間に事態の収拾を伝えろ。だが念のため、一晩は結界を解かず全員校舎内にとどめておけ」

 それだけ言って階段を下り、校舎を出た。

 ……エディ。

 胸のうちで名を呼んだそのとき、その姿が木々の間を走っていくのが見えた。

「エディ!」

 呼んだ声は何とか耳に届いたようだ。彼は振り向き、足を止めた。

「フォルテ」

 彼が呼ぶ間に、こちらも小走りに森の中に入る。

「騎士団が化け物どもを狩りつくした。もう、化け物はこの近くにはいない」

 彼ははっと息を飲んだ。

「……勝ったのか」

「ああ。死人は出なかったらしいな」

「! ……じゃあ、」

 勢い込んで何か言いかけ、

「ん?」

「……あ。いや……」

 急に視線をさまよわせ、言葉を止めた。

「……死人が出なかったってのは、今回のことでってことだよな」

「ああ。学内にも、ふもとの町のやつらも、みんなな。

 よくやったよ、お前も」

 ほめた言葉に彼は反応せず、

「本当は死んでなかったとか、そういうわけじゃないんだよな」

 そう続けた言葉の意味が、フォルティシスにはわからなかった。

「本当は? どういうことだ?」

「いや」

 ぎらついていた紫の目が、すうっと平静を取り戻した。

「……なんでもない」

 刀のつかにかかっていた手が、だらりと落ちる。

 ……もっと喜ぶかと思っていたが。

 今の彼は、何かに深く落胆したように見えた。

「お前、どうした」

 彼は小さく首を振った。

「疲れたんだ。休みたい」

「ああ……。そうだな」

 うつむき加減のその髪をなぜる。本当に、ひどく疲れて見えた。

「校舎に戻るか。茶でも飲んで、横になれよ」

 フォルティシスはエディの手を取った。亜神を斬った力強いはずの手であるのに、今はひどく細く、頼りなく感じられた。

 手を引いて歩き出そうとして、フォルティシスは足を止めた。

「エディ」

 同じように足を止めた彼に向き直り、つないでいない方の手で彼の頬に触れた。見上げてくる紫の瞳をまっすぐに見返す。

「お前、俺と来い」

「? ああ、一緒に行くけど」

「そうじゃない。俺はじき、この学校からいなくなる」

 彼の口がぽかんと開いた。

「元いた場所に戻ることになった。

 お前も来い。

 化け物どもを斬る戦場がほしいと言ったな。俺は与えてやれる。だから俺と一緒に来い」

「でも」

 戸惑う様子の彼に、フォルティシスは言葉を続けた。

「来てくれ。

 来てほしいんだ」

 そんな種類の言葉を言ったのは、生まれて初めてだった。彼の手を包み込むように握り、紫の瞳をのぞき込んだ。

 迷いや、戸惑いは予想していた。だがその一瞬に彼の表情を支配したのは、間違いなく深いおびえの色だった。

「あの、俺、」

 彼は身を引いた。硬いしぐさだった。口車に乗せてキスしてきたときよりも、外倉庫で抱きすくめたときよりもずっと。握った手をほどこうとするように引いた。

 何か、ひどい恐怖をもたらすものから、必死で逃れようとするかのように。

 その様子に、フォルティシスの方が戸惑った。

「……すぐ返事をしろとは言わん。いずれでもいい。学校を卒業したいなら、それまで待つよ」

「う、うん」

 彼はなおも握った手を引こうとする。仕方なく離したそのとき、遠くなる体温の向こうにひどく強い不安がこみ上げた。

「なあ、エディ」

「明日……明日、返事するよ」

 彼は早口にそう言い、顔を背けるようにして急ぎ足で歩き出した。

「どこに行く?」

「寮に戻る。校舎じゃ眠れそうにない」

「待て」

 フォルティシスはもう一度手を伸ばしたが、彼はそれを避けるように足を速めた。

「疲れたんだ。眠りたい。頼むから」

「…………」

 抱きしめてキスしたい。そう思った。だが、これ以上手を伸ばしたら、彼から手ひどい拒絶を受けそうで、寮へと向かう彼の背を見送る以外、何もできなかった。

「騎士団だ!」

 歓声が背に届いた。

 森から出て校舎へ向かうと、街から続く道を、ツヴァルフをはじめとする騎士たちが上がってくるのが見えた。市民や学生たちが、校庭へと飛び出してくる。騎士たちを取り囲み、その奮戦をたたえているようだ。

 すべて騎士たちの手柄だと信じている市民たちの興奮に困惑気味の彼らの中、ツヴァルフと目が合った。通じるかどうかわからないまま目配せすると、あちらはうなずいてみせた。話を合わせておけという意思は伝わったようだ。

「みな、少し落ち着いてくれ! まだ完全に安心できるわけではない」

 ツヴァルフが張りのある声を出し、人々はようやく静かになった。

 総主府から派遣された騎士団だと名乗り、彼は的確な指示を出していく。それを上の空に聞きながら、フォルティシスはずっと、エディの去っていった寮の方を見ていた。




 校舎内はわいていた。外に出ようとする街の人々を、教師たちが必死に抑えている。

「フォルテ!」

 弾んだ声で駆け寄ってきたのはカスクだ。侍従が後を追ってくる。

「騎士団が来てくれたって! 化け物たち、全部倒したって!」

 彼は大興奮で、校庭まで入り込んできた降魔を斬り伏せた騎士がいかに見事だったかを言い募った。あちらではニーヴルが、寮の様子を見に行くと言う管理人を押しとどめている。

「だからさ、まだ安全って決まったわけじゃないんだよ。一応待たないと……!」

 メイが人をかき分けて駆け寄ってきたかと思うと、

「無事だったのね、良かった……」

 いきなり泣き出して座り込み、手を焼かされた。

 そんな落ち着きのない騒ぎが夜まで続き、校舎内のマットの上にようやく横になったと思ったら正体もなく眠りこけていた。

 迎えた翌朝。

 起き出し、生徒らとともに朝食を取り、校舎の周囲を見回り、……いつまでも姿を現さないエディにじれ、迎えに行った平民寮には、だれもいなかった。




「寮の自室からは、ほとんど物がなくなっていないようです。おそらく、わずかな金銭のみを持って、出て行ったのかと……」

 もうすぐ昼になろうかという時刻だ。校舎4階の学長室で、学長はやたらと汗をぬぐいながら言った。

「……あの生徒が、何か失礼を」

 フォルティシスは返事をせず、いましがた無理矢理に迫って提出させた彼の入学書類を黙ってめくった。

 エドアルド・リーグ。

 在郷騎士イースター家の嫡男だったが、突然大量にわいた降魔によって家族全てが殺されたため、8年前からリーグ夫妻の養子。

 ……家族全てが、降魔によって。

 彼の言動を、フォルティシスはひとつひとつ思い出した。

 ……あいつは恐れていたんだ。

 ……また、失うことを。

 ……化け物の手によって、大切な者が失われることを。

 亜神を倒すために殺されたふりをしたあの時、あいつは俺にもその恐怖を感じたんだ。俺を失い、また絶望に突き落とされることを。

 ……だから、逃げた。俺の前から。失う恐怖に襲われる場所から。

「殿下、どうかお許しを」

 学長が急に頭を下げる。

「生徒はまだ子供でございます。殿下のご身分も存じません。生徒の無礼は全てわたくしの責でございます。

 なにとぞその生徒のことは、お許しを」

 フォルティシスはその、ひどく深く下げられた頭をしばらく見ていた。

「……そういうのじゃないから気に病むな」

「は……殿下」

 学長は困惑したように顔を上げた。その眼前に入学書類をつき返す。

「世話になったな。ここの学生どもはどいつもなかなか役に立った。将来有望な奴もいる」

「は……」

 ほめているのだということがよくわからないらしく、学長は目を白黒させている。構わず、

「やつらに別れを言うわけにはいかないから、俺がどこに消えたか聞きに来るかもしれん。適当にごまかしておけ」

 それだけ付け加えたフォルティシスは扉に向かった。控えているツヴァルフがすぐ扉を開ける。

「殿下、あの生徒、というのは一体……」

 廊下で尋ねてきたツヴァルフに、

「下らんことだ。忘れろ」

 フォルティシスは言い捨てた。自分自身に向かって。

 ……あいつは、俺の前から逃げ出した。

 あれほどにおびえた目をして。

 俺の何かがあいつを、亜神の前にたった一人で立ちはだかるあいつをおびえさせた。

 ……忘れろ。俺はあいつを失った。どれほど焦がれても、あいつはもう俺の前に現れることはない。

 そう自分に言い聞かせた。

 今日限りで後にする校舎内を、正面玄関へと歩く。角を行きすぎるたび、そこを曲がって彼が現れるのではないかと思わずにはいられなかった。

 ……忘れろ。

 心に焼き付いた、あの紫の瞳に向かってつぶやく。


 ……忘れられるはずはない。あの紫の瞳が、そうつぶやき返してきた。

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