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明け方のカレイドスコープ  作者: サワムラ
 間の話:東宮と警備兵、8年前の出会い
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 亜神討伐、3人:フォルティシス

 平民寮、一階。

 静まり返った暗い建物に、玄関の扉が砕け散る音が響いた。

 破った扉を無造作に抜けて、髪の長い少女の姿をした者が入ってくる。容姿に不釣合いな低い声が、小さく笑った。

 玄関を入ってすぐの広間の中央にはテーブルとソファのセットがあり、そのテーブルの上に刀が置かれている。少女は……少女の姿をした亜神は、まっすぐにそちらに歩み寄った。

「これこれ。見たかったんだよね」

 そしてくすくす笑う。

 突然、テーブルの裏側で光がまたたいた。隠すように貼り付けてあった4枚の符が発動し、空中に現れた無数の黒い刃が一気に亜神の体を襲った。だが、亜神が無造作に手を振っただけで、無数の刃は煙のように消し飛んだ。

「これをおとりにして私を倒そうって? 人間にはムリだよ」

 亜神は笑みを消し、つまらなさそうに言って刀に手を伸ばした。

「私たちを倒せるのは私たちだけ」

 左手でさやをつかんで持ち上げ、しばらくながめてから、つかに右手をかける。

「なのになんで、これを人間が持ってたのかなあ」

「人間がお前たちを倒したからだ」

 フォルティシスはつぶやき、床に設置した符を叩いた。

 広間すべてを包んだ術が発動する。

 亜神がちらりと振り返り、めくらましの符で部屋のすみにひそみ、今立ち上がったフォルティシスをはっきりとその目にとらえた。同時にその瞳に、部屋じゅうに張りめぐらされた赤い糸が映る。

「おまえ、そう」

 亜神は、やはりただつまらなさそうなだけだった。

「他にも罠があったの。私を捕まえようと。ムリだよ、人間には」

 そして刀を抜き放とうとし――そこで、ようやく気付いたようだった。まじまじと、両手でつかんでいる刀を見下ろす。

「刀が両手から離れないだろ。さやから抜くこともできない。その刀に残るお前たちの力を利用させてもらった。両手を刀につかまえられたまま戦ってもらう」

 亜神は、体の前で両手でさやごとの刀を握ったまま、目だけを動かしてフォルティシスを見た。

「人間はがんばるね。もうじき王がお目覚めになって、そうしたら全部無駄になるのに」

 その体がすばやく振り向いた。背後から音もなく斬りつけたエディの刀を、両手の刀で受け止める。さらにもう一人、ニーヴルの突きがその背をとらえようとし、

「遅いよ」

 するりと亜神は身をかわし、瞬きの間もなくエディの横に移動していた。繰り出された蹴りをエディはかわし、さらに振り下ろされたさやごとの刀も間一髪で避けた。

「エディ、いっぺん下がれ!」

 ニーヴルが叫ぶのとフォルティシスが符を投げるのが同時だった。雷が亜神とエディの間をはばむように落ちる。エディは二歩後退し、ニーヴルも油断なく刀を構える。

 雷が消える。その向こうで亜神は、

「ぶかっこうだなあ」

 刀を握った両手を平然と眺めていた。

「この糸も動くのに邪魔……でも」

 その腕が鋭く動く。

「それだけだ」

 突くように叩き込まれた刀のさやを、ニーヴルは危うくよけた。と同時に一閃した亜神の右足がその胴をとらえる。まともに入ったわき腹への蹴りに、ニーブルは声をもらして壁へと倒れこんだ。

「死ね!」

 エディが、怒りに我を忘れたように斬りかかった。対する亜神は笑うような声をもらし、エディの刀が届くより早くその身をひるがえした。空間ごと切り裂くような蹴りがエディを襲う。かわしたその肩に、間髪いれず刀のつかが突き入れられ、エディはそれもあやうくかわした瞬間、さらに来た蹴りを左肩に受けた。

「殺してやる……!」

 エディは一歩跳び退り、うめく。対する亜神は少しだけ楽しげに低く笑った。

「うまいうまい。ちゃんと勢いを殺したね。こっちがまともに動けないとはいえ、人間にしちゃ上出来だよ」

 両手を刀に絡め取られ、部屋中に張り巡らされた符術の糸に動きをはばまれながら、口元をゆがめてさらに笑う。

「おもしろいなあ。人間なんて何人殺してもつまらないだけだったけど、このくらいのハンデだと楽しいね」

「くそっ……、全然じゃないか」

 ニーヴルが苦しげに吐き捨てた。壁からようやく身を起こし、発動させ終わった治癒の符を投げ捨てる。フォルティシスが先に渡しておいたものだ。

「あの糸、本当に効いてるのかよ」

 口を開かなかったフォルティシスの代わりに、亜神が答えた。

「すごく効いてるよ。動きにくくて仕方がない。

 人間の術にここまでからめ取られたなんて仲間に知られたら、ちょっと恥ずかしいなあ」

 淡々とつぶやくその目が、残忍な光を帯びた。

「月の道が閉じる前に、しっかり殺しておかなきゃね」

 その体が音もなく動く。背後から切りつけたエディの刀が空を斬り、一瞬でその背後に回りこんだ亜神の蹴りに襲われる。フォルティシスが投げつけた符が間一髪で炸裂し、亜神は火柱を避け一歩後退し、エディも床を転がって体勢を立て直した。

「おらっ!」

 ニーヴルが気合とともに斬りかかる。横からの斬撃に備えた亜神の動きを避けて斜め上から斬りつけたが、即座に刀のさやで受け止められた。一瞬、押し合いになり、

「やっちまえ!」

 ニーヴルが叫ぶと同時にフォルティシスは符を掲げた。地面からつきたった氷の柱が亜神の右半身を氷漬けにする。即座にエディが横から斬りかかった。まっすぐにその首を狙い、

「ふふっ」

 笑ったのは、身動き取れないはずの亜神だった。

 次の瞬間、いきなりニーヴルが弾き飛ばされた。

「ニー……」

 叫びそうになったエディの体も、突然なぎ倒される。横に吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。

「エディ!」

 フォルティシスが叫ぶ間に、亜神はまた笑った。

「すごいなあ。君、もしかして『王』の血筋?」

 ただ一人、距離があったために立っていられたフォルティシスを眺めながら、少女の姿をした化け物は無造作に体をひねる。砕くことなどできないはずの氷の柱が、枯れ木のようにバリバリと砕け落ちた。

 ニーヴルは倒れたまま動かない。エディはうめきながら起き上がろうとしているが、腕を動かすのが精一杯のようだ。

 何が起こったのか、フォルティシスには全く見えなかった。

 ……今初めて、ヤツは少しだけ本気を見せたのか。両手をふさがれ、動きを抑える符術のただなかにいても、俺たちには太刀打ちできないような……!

「ニーヴル! 生きてるか! 起きて治癒の符を使え!」

「ああ、思い出した」

 身構えながら怒鳴るフォルティシスに、亜神がうれしそうに言った。

「この刀、あいつのだ。500年くらい前に人間の軍隊に討ち取られた。

 そうか、王の血筋だからこんないいものを持ってるんだな」

 倒れたままのエディの胸元で符が光を放った。何とか治癒の符を発動させられたようだ。だが、ニーヴルが動く気配がない。

「これ、昔ほしかったんだ。もらっていくよ」

「ダメだ。俺のものだからな」

 亜神の口元が笑っている。ごくかすかな笑みだったが、ひどく愉快そうなのがわかる。

「人間と遊ぶのって楽しいんだな。ラフィンのやつくらいだと思ってたよ、そんな風に思えるの。

 でもそろそろ時間だ、月の道が閉じる。ぐずぐずしてたら、こちら側に来ている魂が切り離され、消えうせてしまう」

「ほう」

 ……間違っても、エディとニーヴルのほうに亜神が行かないようにしなくては。フォルティシスは手の中に符を握りつつ、慎重に会話を続けた。

「月の道を通して、魂の一部をこっちに送ってきてるわけか。月の道が閉じると本体と切れてしまう。それでお前らはちょくちょく姿を消すのか」

「そうだよ。一度地底に戻って、閉じた月の道を開きなおさないとね。まだ何回かは同じ道が使えるけど、これ以上ここに現れる理由もないかな」

「ここに現れる理由、か。ここに現れた理由はなんだ?」

 亜神はふいにまた、つまらなさそうな顔になった。

「そんなの一つじゃないか。

 王をお探し申し上げてるんだよ。

 ラフィンのやつが先に行ってしまったから、これでも追いつこうと必死なんだ。あいつのようなプライドのないやり方はとても無理だから、不便で仕方ない」

 王を探している。フォルティシスは心に刻み付けた。こいつらはそのために、この世界に現れることを繰り返しているらしい。

 ニーヴルがわずかに動いた。意識を取り戻したようだ。なんとか、治癒の符を発動するまで時間を稼げればと思ったが、

「まあ、ここには王はいらっしゃらない。それはなんとなくわかった。

 だから、君らを殺したら引き上げるよ」

 亜神はゆっくりと、フォルティシスに向け一歩踏み出した。

 左手に符を構えたまま、右手で腰の刀を抜く。

「ああ、それも良い刀だ。見たいな」

 つぶやき、さらに一歩踏み出す。その後ろで、エディが身を起こしながらうめいた。

「やめろ……!」

 刀を杖にして立ち上がろうとする。亜神はエディをふりむこうともしなかった。一歩、二歩、無造作にフォルティシスに歩み寄り、無造作に両手で握った刀を振り上げた。

 フォルティシスは符を投げた。それが雷光を放つのを待たず、間髪入れずに踏み込んだ。

 雷が振り払われた。同時に斬りつけたフォルティシスの頭に、それより早く亜神の刀が振り下ろされた。

「やめろ!」

 悲鳴のような声を上げて、エディの足が床を蹴る。振り下ろされた亜神の刀がフォルティシスの頭を砕き、砕かれた頭が糸に変じた。

「なっ?!」

 驚愕に声を上げたのは、エディだけではなかった。亜神もまた小さく声を漏らしたその一瞬に、フォルティシスの体全部が真っ赤な糸でできた人形に変わる。ほどけながら竜巻のように亜神の体に襲い掛かると同時に、部屋中に張り巡らされた糸が強く力を持った。亜神の体をしめあげる。

「エディ、斬れ!」

 フォルティシスは叫んだ。亜神の背後、エディよりも後ろ、部屋の一番奥から。用のすんだ傀儡の符を投げ捨てながら。

 エディは足を止めなかった。すでに斬りかかっていた体勢から、袈裟がけに亜神の胴体を斬り捨てる。

「こんな……っ」

 亜神がうめいた。初めて、怒りに燃えた目でエディとフォルティシスを振り返り、

「がっ!」

 その首を、横合いから投げつけられた刀が貫いていた。

「ざまあ……みやがれ……」

 苦しげに笑ったのは、未だ倒れたままのニーヴルだった。その胸元で治癒の符が光を放っている。

 亜神はもう一声、うめき声をもらしたようだった。だが、それだけだった。次の瞬間には、その姿は砂の柱となり、一瞬で崩れ去った。

 亜神が持っていた刀だけが、床に落ちて重い音を立てる。

「やった……!」

 ニーヴルがかすれた声で言った。

「勝てた……倒せたんだ、そうだろ?」

 叫ぶように言い、床から身を起こした。

「ああ。……俺たちで、亜神を倒せた」

 フォルティシスも、自分に言い聞かせるように言った。半ば信じられない気分だった。

「やった……、やったぜ。これでもう大丈夫なんだ、みんな守れたんだ!」

 ニーヴルはこぶしを突き上げようとし、「いってぇ!」と叫んで胸を押さえた。

「大丈夫か。骨をやられたか?」

「へへ……どってことないって」

 痛そうにしながら、ニーヴルはそれでも抑えられないうれしさに笑みをこぼしている。フォルティシスもまた、安堵がどんどん湧き上がってくるのを感じていた。

 そんな中、

「フォ……フォルテ……」

 エディは喜ぶでもなく、呆然とこっちを見ていた。

「お前……、生きてるのか……?」

 そううめく手がひどく震えている。

「ああ。あれは術で作った人型だ。亜神が攻撃してくる、そのエネルギーを使って強い術を発動する作戦だったんだ」

 ニーヴルがため息をつく。

「言えよ、お前。本気で焦ったぜ」

「お前たちみたいな大根役者に教えたら、すぐヤツにばれるだろ」

「全く……。俺たちを外に出してごちゃごちゃやってたのそれかよ」

 ニーヴルは呆れたような……だが、安心しきったため息をもう一つつき、それからふと視線を上げ、

「エディ?」

と言った。

 エディは、まだ突っ立っていた。息すらまともにできない様子で、一つつばを飲み込み、震える手を強く握った。

「し、死んだのかって。また、死なれたのかって……」

 顔からは血の気が引き、声もひどく震えて、まともに話せていなかった。

「どうした。俺は大丈夫だ」

 フォルティシスはそばに寄り、エディの両腕を支えるようにつかんだ。ひどい震えと、おびきったような表情が伝わってくる。

「お前の方が大丈夫かよ、エディ」

 ニーヴルも言った。ようやく立ち上がり、

「どっか、ケガしてるのか? 治してやれよフォルテ」

「ああ、そうか」

「や、俺はケガは……」

 エディは急に動き、フォルティシスの手を振り払うようにして距離を取ろうとした。

 フォルティシスとニーヴルが困惑したそのとき、

『三人とも、無事?!』

 急に声がした。

「伝声灯だ。校舎とここをつなぐのは、壊れてなかったんだな」

 ニーヴルがエディを気にしながら、奥の管理人室を指した。

「大丈夫だ、全員……」

『すぐ戻ってきて!』

 フォルティシスが張り上げた声をさえぎり、せっぱつまった叫びが聞こえた。

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