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明け方のカレイドスコープ  作者: サワムラ
 間の話:東宮と警備兵、8年前の出会い
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 平穏:フォルティシス

「レンシア! ニーヴル! 良かった!」

 玄関ポーチでずっと待っていたらしいナンチェとメイに涙ながらに出迎えられ、病人を渡し、フォルティシスとニーヴルはその場に座り込んだ。

「死ぬかと思ったぜ……」

 ニーヴルがぐったりとうめいた。フォルティシスは返事ができなかった。

 エディだけが座ろうともせず、玄関の向こうを見ていた。

「さっきの、なんだったんだ? 人間にしか見えなかった」

 平民寮の料理人たちが持ってきてくれた茶を飲み、一息ついてから、ようやくニーヴルが聞いてきた。

「お前の父親は武術教官だったな。亜神というものについて聞いたことはあるか」

「ない。あれがそうなのか?」

 フォルティシスは手短に、化け物たちの高位種である亜神について説明した。人にしか見えないが、すさまじく強い。帝都の騎士団でも数人がかりで挑み、それでも犠牲が出ると。

「やつらは、月の道というのを通って現れるとされる。いっしょに大量の降魔を連れてな」

「あいつが連れてきたのか!」

 ニーヴルは顔色を変えた。

「あいつを倒せば、ほかの化け物も消えるか?」

「それはまた別だ。だが、あいつがいる間は降魔は湧き続ける」

 ニーヴルが何か言う前に、

「斬ろう」

 エディが急に言った。

 2人は顔を上げたが、エディはこっちを見ておらず、紫の瞳はぎらぎらと、ただ外を見ていた。

「殺す。あいつらを全部……」

「落ち着けよエディ」

 フォルティシスは思わず立ち上がり、その腕をつかんだ。

「いいか、一人で飛び出すなよ。

 亜神は倒せん。

 帝都の騎士団が数人がかりで、それでも犠牲が出ることがあるんだ」

「じゃあどうすんだよ!」

 エディが急に声を荒げ、ニーヴルが驚いたように腰を浮かした。

「ほっといたら、みんな死ぬんだぞ! ほっとくのか!」

 こちらの腕を振り払わんばかりの勢いに、フォルティシスは手に込めた力を強めた。

「落ち着け。前に話したろ、化け物どもは10日もすれば消える。亜神も同じだ。結界に立てこもっている方がいい」

「でも!」

 この荒れ方は妙だ。フォルティシスはエディの腕を強く抑えながら思った。

「それに、亜神はずっといるわけじゃない。あいつらは短時間だけ現れてすぐ消える」

「そうなのか?!」

 くいついてきたのはニーヴルのほうだった。エディは、聞こえているのか聞こえていないのか、まだぎらぎらした瞳を外に向けている。

「ああ。さっきもいきなりいなくなったろ。ああやって、出たり消えたりするもんなんだ」

 それがなぜなのか、帝都の学者の間でも意見は分かれていた。だが、どのような亜神も、短時間で姿を消すのは確かだった。

「亜神と言っても、ちゃんと張られた結界ならそうそう破ることはできん。立てこもるべきだ」

「結界の中なら安全だしな。もう大丈夫だ」

 ニーヴルは深くうなずいた。

「がんばって平民寮に行ってよかった。全員、助けられたんだ」

 その一言に、エディがバッと振り向いた。

「……助け、られたのか」

「え?」

 また、過剰反応だ。

「誰も、死なずに」

「ああ、大丈夫だよ」

 フォルティシスは、いまだつかんだままのエディの腕を軽くゆすった。

「全員助けられた。誰も死んだりしない」

「……そっか……」

 その体から急に力が抜け、エディはその場に座りこんだ。

「どうしたの? 大丈夫?」

 病人を預けたメイが戻ってきていた。小走りに寄ってくる。座り込んだままのエディとニーヴルを交互に見た。

「疲れが出たようだ」

 その場に満ちた妙な空気を気取られないうちにと、フォルティシスは早口に言った。

「そっか。そうだよね。休んでて、お茶もらってくるよ」

 メイはそう言い置いて駆け出そうとし、ふと振り返った。

「3人とも、ほんとおつかれさま」

 その瞳がニーヴルを、エディを見つめ、最後にまっすぐにフォルティシスを見た。

「ほんと……、ありがとう、みんなを助けてくれて」

 ぺこりと頭を下げ、食堂の方へと走り去っていった。

「ほんと良くやったよな、俺たち」

 ニーヴルが言うのを聞きながら、フォルティシスはひどく不思議な感覚を味わっていた。

「……どうした?」

「いや……」

 ぼんやりと見ていた食堂のほうから視線をひき戻し、

「あんなふうに、正面から礼を言われたのは初めてだ」

「そうなのか? ……まあおまえ、ぱっと見ちょっと怖いもんな」

「ほう、誰が怖いって?」

「今怖いオーラだしてるじゃないか」

 ニーヴルも安心したらしい。これまでになく軽口をたたくようになっていた。フォルティシスも、それに応じる余裕が出てきていた。

 そんな中で、エディだけが一人、魂が抜けたように座りこんでいた。



 メイが戻ってくるより先に、あわてた様子で階段を下りてきたのは学長だった。

 殿下、と口走りそうな学長を伴い、

「ちょっと話してくる。お前らは休んでろ」

 そう言い置いて、最上階の学長室へと向かった。

「平民寮においでになったとうかがい、お助けする手段はないかと話している最中でございました」

 勢ぞろいしている教師たちが複雑な視線を向けてくるのに、無能どもめとの言葉がのど元まで出かかった。

 だが、

 ……いや、こいつらは非戦闘員だ。こんな事態に慣れていない。砦の兵士と同じ能力を求めてどうする。

 そう思い直した。

「通信は、どうなっている?」

「は、いまだ……回復しておりません」

 また額の汗をふきはじめる学長に、フォルティシスはつとめて静かな口調を保った。

「そうか。だが、結界が機能している以上、致命的な事態じゃない。

 あとは、化け物どもが消え失せるまでここで立てこもる。たった10日かそこらだ。食料は十分あるし、心配はいらん」

 教師たちの空気が、戸惑ったように変わった。

「怖いのは、校内に避難してる連中がパニックを起こすことだ。勝手に追いつめられて、外に逃げ出そうとするようなやつが出ないとは限らん。お前たちは責任もって堂々として、連中が不安にならんようにしろよ」

 言い置いて、いつものクセでそのまま立ち去ろうとし、また思い直した。

「俺は階下で休むが、そっちから言っておくことはあるか」

 全員を見渡す。彼らは、ただひたすらに戸惑っているように見えた。

 学長が、急に勢い込んで口を開いた。

「どうかお許しを……。まさかおん自ら、平民寮においでになるとは思わず……!」

 そのまま深く頭を下げる。

 怒っていると解釈されたのか。意外だった。

 それなりに正直に話したつもりだったが、信じてもらえるものでもないみたいだぞ、エディ。

 胸に浮かんだあの紫の瞳が、そりゃすぐにとはいかねえよと言っているように思えた。

「怒ってるわけじゃない。こういう事態は得意だから、自分で動いたまでだ。生徒どもも、自分にできることをやっているからな。

 ……俺のことをいちいち気にしなくていい。この状況で最良のことを考えろ」

 未だとまどう様子の教師陣をそこに残し、フォルティシスは1階へと戻った。




 エディはいまだ玄関に座り込み、メイが持ってきたらしい熱い茶をすすっていた。

 フォルティシスは階段の途中に立ち止り、少し背を丸めてカップに口をつける彼の、妙に小さく見える姿をながめた。

 あの魂が抜けたような様子まではなくなっていたが、その心はまだ、どこか遠くにあるようだった。

 そばに座って、抱き寄せて髪を撫で、大丈夫だと言ってやりたい。何があった、何にそんなにおびえているとたずねてやりたい。そんな風に思った。

 フォルティシスに気づいたメイが立ち上がり、こそこそと寄ってきた。

「彼、大丈夫? ぐったりしちゃってるわ」

「……疲れてるだろうからな。休ませる」

「そうね。ああこれ飲んで」

 メイは、まだ湯気の立っているカップを手渡してきた。口をつけると、だいぶ甘い。今の疲れた体には、しみいるようだった。

「君も疲れたでしょ、お茶飲んだら上で一休みしてきて。やっとくことがあったら私がやっとく」

「いや、先に、避難してきた連中のところに行く。現状を伝えて、落ち着いて耐えるように話さないとな。一般市民は、化け物怖さに何をしでかすかわからん」

 メイは「そうだね」とうなずいた。

「あっちこっちで子供泣いてるし、大人の人もみんな不安そうで……。結界があるから大丈夫だって言って回ったんだけどね、君たちがいない間。やっぱり私たちが言ってもあんまり信用ないみたいで」

 そこで少し笑った。

「君、すごく威厳あるから、君だったらみんなちょっと安心するんじゃないかな」

「そううまくはいかんさ」

「そうだね、簡単なことじゃないよね」

 階段を下りてくる2人分の足音がした。見れば、思った通りカスクと侍従だ。

「あれ、まだここにいたのか。上に休める場所用意してあるのに」

「上の連中はどうしてる?」

「平民寮の病気の子は、音楽室にマットを運んで寝てもらってるよ。友達の女の子がついてる。先生たちのおかげで街の人たちも落ち着いたし、フォルテたちもゆっくり休めそうだよ」

「先生たちのおかげで?」

 フォルティシスは思わず聞き返した。カスクは嬉しそうにうなずき、

「学長先生が、街の人たちの部屋を一つずつ回ってさ、結界の中なら何の心配もないって、言い聞かせてくれてるんだ。

 やっぱり先生たちが言うと違うみたいで、みんな安心し始めてるよ」

「……そうか」

 フォルティシスは胸の内でもう一度、そうかと繰り返した。

「エディ、さっさと飲め。上に行って一休みするぞ」

「あ……うん」

 カップを両手で持ったままぼうっとしていた様子のエディは、それでようやく我に返ったようだった。飲みほしたカップをメイが受け取り、立ち上がった彼をカスクが嬉しそうに、

「2階に休めるところ作ってあるよ。3階だと子供がさわがしいかもしれないから……」

と先導し始める。

「あ、いや、俺はどこでも寝られるから」

 そんなことを言い始めるエディの背を、フォルティシスは軽くたたいた。

「言われたとおりにしておけ。あいつは誰かの役に立てるのがうれしいんだ」

 エディは顔を上げ、フォルティシスと目を合わせた。

「お前はよくやったよ。ほら、休むぞ」

 背に添えた手に力をこめる。彼の紫の瞳は、まだどこか遠くにあるようだったが、それでも「うん」と小さく答えてカスクの後について行った。

 メイは、カップを手に食堂の方へ歩いて行った。フォルティシスもまた、さかんにエディに話しかけながら階段を上がるカスク達のうしろに続こうとして、

 ふと、ぐらりと何かが揺れるような感覚に襲われた。

 はじかれたように振り向く。

 校舎の玄関扉は両開きで、それぞれに大きな1枚ガラスがはめ込まれている。

 その少し向こう、結界がとぎれているはずの場所に、亜神が立っていた。

 フォルティシスと亜神の目が、まっすぐに合った。亜神は、笑いながらはっきりとこちらを見ていた。

 その口が動く。

『見たいのに』

 フォルティシスが息をのんだ一瞬に、ほどけるように消えた。

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