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明け方のカレイドスコープ  作者: サワムラ
 間の話:東宮と警備兵、8年前の出会い
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 森の中を走る:フォルティシス

 寮の職員たちがテーブルに保存食を並べるのを食堂の入り口から見ながら、

「悠長にメシなんか食ってる場合か?」

 エディがこっそりささやいてきた。

「悠長に食え。余裕を見せて、安心させるんだ」

 きっぱり言うと、「……ああ」と納得顔でうなずいた。

「温かいものを用意できなくて悪いね。火をたくのは恐いんだ」

 調理の煙やにおいで降魔を刺激することを警戒しているようだった。

 生徒たちがいなくなる武芸実習中は、職員たちにとって格好の休暇のチャンスであるそうだった。寮に残っているのは管理人とコック長、そして料理人と清掃員二人ずつの、計6名。それにレンシアとナンチェを含めた8名が、連れ帰らなくてはならない非戦闘員だった。

 食事の間にどんどん日が落ち、あたりが暗くなる。「明かりをつけるかい?」と立ち上がった管理人を、清掃婦があわてた様子で止めた。

「ダメだよ、化け物が寄ってくるよ」

「いや、大丈夫だ。あいつらには明かりに寄って来る習性もないし、灯と人間の関係もわからない」

 フォルティシスが言ったが、職員たちの不安は強いようで、結局明かりがともされることはなかった。

「……食べ終わったら、病人の部屋とその隣の部屋の窓をふさげ。真っ暗闇の中で過ごしたくはないだろう」

 フォルティシスの言葉に、食事を終えた職員たちが二階へ立って行った。自分も行こうとするエディとニーヴルを止める。

「今のうちに明日の話がしたい」

 エディがうなずく。ニーヴルが心配そうに職員たちの上がって行った階段を見上げた

「あの人ら、大丈夫かな。今日、眠れないんじゃないか」

「眠れないだろうな。でも、一晩のことだ。ここから校舎まで全力で走るだけなら、そこまで影響はないだろ」

 エディが言うのに、フォルティシスはうなずいた。

「一応あいつらにも符を持たせる。化け物が出たらとにかく投げさせれば、多少は役に立つだろ」

「符か……。それなら」

 エディはうなずいた。

「あの娘は誰かに背負わせる。どっちにしろ、俺たちが全力で走ったらついてこれん奴ばかりのようだからな。スピードはそれほど変わらんだろ」

 ニーヴルがほっと胸をなでおろした。

「連れてってくれるんだな……!」

「お前の女を放って帰ったりはしないさ」

「な、なんだよ! レンシアとは別にそういうのじゃなくって……」

 ニーヴルがさっと赤面したので、フォルティシスは思わず笑った。

「なんだ、この状況で取りつくろわなくていいだろ」

「ちがうんだよ、ほんとに!」

 むきになって言うのに、ひどく愉快になって笑う。

「わかったよ。じゃあ、あのお前の女でもなんでもない、赤の他人のやつを連れ帰る準備をするか」

「おまえ……性格悪いな……」

 ニーヴルはむくれあがる。フォルティシスはさらに笑った。

 ふいに、楽に事が進む理由が分かった。

 信頼されているからだ。みなまで話さなくても信じて動く。裏を読んだり、勘ぐったりしない。こうだと言えば、わかったそうなんだなと返って来る。

 こちらも同じだ。変に裏を読もうとさえしなくなっていた。

 教室で、生徒たちと話したときからそうだった。話がどんどん進み、情報がどんどん提供された。

 少なくとも、これはひどく楽だ。

 階段を下りてくる足音が聞こえた。

「窓をふさいで、明かりをつけたよ」

 管理人が階段の途中から声をかけてくる。

「よし。明日のことを説明する。寝てるやつ以外全員、降りてくるように伝えろ」



「明日だが、3往復するぞ。元気で走れるやつから、3人ずつ守って校舎に送る」

「待ってくれ、レンシアは最後ってことか?」

 ニーヴルが悲痛な声を上げた。

「先に運んでやってくれ。いや、俺が背負うから」

「ダメだ。助けやすいやつから助ける。これは鉄則だ」

「そんな」

「まず病人を背負って走って、そのせいで化け物のえじきになったらどうする? あとの連中もみんな死ぬぞ」

 ニーヴルは青くなって黙り込む。エディがその肩を叩いた。

「順番が前後するだけだ。ちゃんと、全員助ける」

 小さくうなずくのを見届け、フォルティシスは言葉を続けた。

「朝イチからチャンスをうかがう。化け物が減ったのを見計らって行って、すぐ戻ってきて、しばらく待つ。俺たちの気配を感じ取って寄ってきた連中が散るまでな。下手すると昼くらいまでかかるかもしれん。それから2往復目、同じように3往復目だ。いいな」

「私が最後に彼女を背負おう。力には自信がある」

 コック長が名乗り出た。ニーヴルが「……頼む」とつぶやく。

 ドン、と外で音がした。一同の顔におびえと不安がのぼる。エディが音もなく立ち上がるのを、

「放っておけ。構う方がよくない」

 フォルティシスは止めた。

 ……今のは、化け物が結界に体当たりしてはじかれた音だ。

 たしかにこの結界は弱い。近くまで寄られると、内側に人間がいるのがぼんやりわかるのかもしれない。ここにいる者たちがそこまで気付いてないのが幸運だ。

 フォルティシスは落ち着きを失った一同に、

「万一、夜中に結界が崩れたときのために、もう1つ小さい結界を張っておく。大体、この使用人部屋1つ分くらいならカバーできる」

と強めの声で宣言した。音のほうをうかがっていた一同の視線が、それでフォルティシスに戻る。

 じゃあ、とニーヴルが言った。

「レンシアが寝てる部屋で、全員朝を待とう」

「それはダメだ。感染したらどうする? これ以上お荷物は増やせん。病人の部屋とそれ以外と、二部屋に分かれて寝る」

「でも、一人にしておけないだろ」

 フォルティシスは全員を見回した。

「あの病にかかったことのあるやつはいるか」

 レンシアとともに感染したという女と、コック長、そして管理人が「昔」と手を上げた。

「あれは一度かかると免疫がつく。この三人は病人のそばにいても問題ない」

「結界は一部屋分の広さなんだろう?」

「ああ。だから、壁を結界の中心にする。病室の半分と、その隣の部屋の半分だ。せまいが、その範囲でザコ寝してもらうぞ」

「ああ……なるほど」

 寮の職員たちは納得顔で、ニーヴルもしぶしぶ同意した。

「分ったら寝場所を作れ。俺は結界の準備をする」

 レンシアの病室には管理人と友人が付き添い、コック長と2人ずつの料理人と清掃婦、フォルティシスたち3人がその隣の部屋にザコ寝と決まった。

 ほかの部屋からマットレスを持ち込み、壁を中心に結界を展開すると、薄暗い部屋の中ではもう何もやることはなかった。

「寝るぞ。眠れなくても、目を閉じて横になっておけ」

 フォルティシスの命令が当然のように通り、皆不安げに横になった。

 外でドンと音がするたび、誰かが身じろぎする中で、フォルティシスはずっと、横に寝転がるエディの腕をつかんでいた。

 しっかり捕まえておかなくては、出て行ってしまいそうだと思ったのだ。



 あくる朝、早朝。

「よし、出るぞ」

 外をうかがっていたフォルティシスは号令をかけた。料理人2人とナンチェが硬い表情でうなずく。

「気をつけて」

 コック長の言葉に送られ、扉を開く。エディが先頭、フォルティシスとニーヴルが両側で、非戦闘員3人を囲む形だ。

「化け物が寄ってきても、勝手に逃げたりするなよ。俺たちが倒すから、絶対にそばを離れるな」

 もう一度クギを刺し、林の中に踏み込む。来た時のように全速力では走れない。とにかく囲まれないようにしなくてはならなかった。

 だが、そんな風に警戒しながら走った道で、出会った降魔は羽虫型の一匹だけだった。即座にエディが切り捨てた。悲鳴とともに足を止めた料理人の腕を引き、もう一度走り出すだけでよかった。

 校舎の前でカスクと侍従が立っていて、フォルティシスたちを見ると大きく手を振った。

「良かった! 心配したんだ!」

 心底ほっとした様子の彼らに、つれてきた3人を任せ、そのまま寮に駆け戻った。帰路では一匹の降魔にも会わなかった。

「化け物、減ってるんじゃないか?」

 寮の窓から外をうかがいながら、ニーヴルが勢い込んで言った。

「行くなら今のうちだ」

「確かにな……。よし、行くぞ」

 管理人と清掃婦2人を連れた二度目は、一度目より平均年齢が10は上がっていたが、驚くほどスムーズに終わった。一匹の降魔にも行き会わず、校舎につくことができたのだ。

「やっぱり減ってるぞ、化け物」

 飛び込んだ校舎の玄関で、ニーヴルが喜色を浮かべる。

「このままいなくなるんじゃないか?」

 反対の表情を浮かべたのはエディだ。

「どこかに流れてるんじゃ。街道の向こうとか……」

「そうか、それだとまずいな」

「どっちにしろ、今は平民寮の連中を連れ帰ることだけ考えるぞ」

 フォルティシスはそう言い渡したが、エディと同じ心配がぬぐえなかった。

 寮に戻る前に一度、校舎の4階まで上がり、森を見下ろす。遠目でもわかるほど、森の中にうごめくものの数が減っているようだったが、

「あれ、あっち」

 ニーヴルが気付いた。

 東の方だ。背の高い木が密集する一角、深い森の濃い葉陰を通して、ぞわぞわとうごめくものたちの存在が見える。

「暗いところが好きなのか?」

「……かもしれん」

 ニーヴルとフォルティシスが話し合う間、エディは据わった目でそちらを見つめていた。

「エディ」

 その肩を叩くと、はっと我に返ったようになる。

「やつらが引いてる今が好都合だ。もうひと往復、行くぞ」

「あ、ああ」

 三人はまた寮へと走った。森は薄気味が悪いほど静かだった。

「鳥もいなくなってる」

 エディがポツリとつぶやいた。フォルティシスも違和感がぬぐえなかった。なにか、緊張を強いられる静寂だった。



 平民寮に駆け込むと、玄関すぐの場所にソファが引きずってきてあり、そこにレンシアが寝かされていた。横にはなぜか、鍋が置いてある。

「いつでも行けるよ」

 コック長が、なぜか鍋の取っ手にヒモを結びながらうなずいた。

「行こう、フォルテ」

 エディが言う。

「今がチャンスだ」

「そうだな。行こう」

 フォルティシスの一言に、コック長は鍋をレンシアの頭にかぶせ、取っ手に結んだヒモをあごの下に通して帽子のように固定した。

「ヘルメットだったのか」

 エディがあきれ半分で言った。あんなもの、降魔の攻撃ひとつで穴が開くとはフォルティシスも思ったが、黙っていた。

 続けて自分で病人を背負おうとするコック長を、ニーヴルがあわてて止める。

「俺が背負うよ。今ちょうど、化け物たちが遠くに行ってるんだ。な、その方がいいよな」

 フォルティシスに問うてくる。

「確かに、今の状況なら移動速度を一番に考えるべきだな」

 レンシアをニーヴルが背負い、エディが先頭、コック長、ニーヴル、フォルティシスの一列になって寮を飛び出した。

「足元、気をつけろよ!」

 エディが声を低めて叫ぶ。音ひとつない森の中に、その声は反響も残さず消えた。

 ……なんだ、この不気味な感じ。

 背筋にぴりぴりとしたものを感じていたフォルティシスは、次の瞬間、ぞっと背を走った悪寒に思わず身をすくめた。

 横手から、ざわざわと迫る音がある。

「何だ?」

 足を止めそうになったニーヴルに、

「走れ、止まるな!」

 叫んだ時には遅かった。

 左側の木々の間から、10を下らない降魔がなだれのように現れた。洪水に巻き込まれたように立ちすくむしかなかった。

 だれよりも早く反応したのはエディだった。抜く手も見せず、足を止めた降魔が一匹、真っ二つになった。

「コック長! 符を投げろ!」

 叫び、フォルティシスは自分も符を投げた。凍りついているコック長にはい寄った降魔の頭部に、雷が命中する。

「エディ! とにかく道を開くぞ!」

 呼びかけた相手の耳に入っているかはわからない。また一匹、足を落とされた降魔が地面に崩れ落ちた。

 ……くそ、女はコック長に背負わせるんだった。

 己の判断を悔やみながら、人を背負ってまともに戦えないニーヴルとまともに符を投げられないコック長を守ることに専念する。エディがまた一匹、降魔を斬った。剣筋は速さを増している。

 ……これならいける。

「おい、道が開きしだい全力で走るぞ、わかったな!」

「ああ!」

 背後に呼びかけると、ニーヴルは強い声で答え、コック長もうろたえきった声で「ああ」と応じた。目をぎらつかせたエディの刀が、さらに一匹の胴を深くえぐる。フォルティシスの投げた符が、その胴を引き裂いた。行く手に道が開ける。

「よし、」

 行くぞ……と言いかけたフォルティシスの声が止まった。

 人がいた。

 彼らと変わらない年頃の少女に見えた。白いワンピースを着て、足首まである金の髪を波打たせ、ゆらりと降魔たちの間に踏み出してきていた。

 エディが驚いた声を上げた。

「おい、危ない、逃げろ!」

「エディ、近寄るな!」

 少女はゆらりとこちらを見た。

「あれ……」

 そののどから、やけに低い声が聞こえた。

「その刀、知ってるなあ。誰のだっけ」

 しゃっと空気が音を立てた。同時にエディの手元が光った。抜き払った勢いのまま切り上げたエディの剣筋と、それを寸前でかわして後ろに飛んだ少女の姿が目に映った。

 空中で一回転し、少女は足から地面に降りる。

「見たいのに。見せてよ」

 顔を上げ、低い声で無表情に言った。

 フォルティシスは左手で横合いの降魔に符を投げ、右手で刀を抜いた。

「亜神だ! エディ、気をつけろ!」

「亜神……。これが……」

 エディは呆然と少女を見ている。

「こいつ、人間じゃないのか?!」

 あの剣筋をたやすくよけたことで、ニーヴルも理解したらしい。

「化け物の親玉みたいなもんだ」

 フォルティシスの一言に色を失う。未だ周りに残る降魔を見回した。

「……くそ、ここまで来て」

 そんなやりとりを、亜神は気にも留めない様子だった。

「その刀、知ってるんだ。誰かのだよね」

 少女の髪が、風もないのに不自然に揺れている。

「エディ、気をつけろ」

 戦えないものたちをかばう位置に出ながら、小声でささやいた。

「人の姿をしているが、人じゃない。首を落としても心臓を貫いても、死なないかもしれん」

「知ってる……!」

 目をぎらつかせたエディの返答は短かった。

「昨日のあいつも、腕が本体だった」

 そうだったのか。自分でさえ気付いてなかったことにエディが気付いていたことに驚き、フォルティシスはエディの顔を見た。紫の目がぎらぎらと光を放ち、かみ締められた歯の間から、

「殺してやる」

 そううめくのが聞こえた。

「ねえ、見せてくれないなら殺すよ」

 首をかしげた少女に、エディはいきなり踏み込んだ。これまで以上の速度だ。音からは3度―――斬りつけた彼の刀は見えなかった。亜神は動いたようには見えなかった。だと言うのに、刀がその姿をすり抜けたように見えた。

 ……避けているのか?! 見えないほどの高速で?

「フォルテ!」

 ニーヴルの声にとっさに振った刀が、すぐ背後に迫った降魔の足を斬り捨てていた。エディがかなり斬り捨てたとはいえ、降魔もまだ残っている。放っておけば、戦えない3人が確実に餌食になるだろう。

 あっちを助けには行けん。フォルティシスは一瞬で判断した。足を落とした降魔に、続けざまに一撃見舞う。頭を落とし、チリに変えた。

 ……それでもあと3匹いる。

 歯噛みしたその時、亜神の低い声がつまらなさそうに言った。

「見たかったのに」

 思わず投げた視線の先で、少女の姿がほどけるように消えた。一瞬遅れてエディの刀がその場所を素通りする。

「消えた?!」

 ニーヴルが声を上げる。

「いや、好機だ。走れ! エディ、行くぞ!」

 フォルティシスは立ち尽くしたエディの腕をつかみ、残りの降魔にかまわず校舎へと駆けた。

「コック長さん、行こう!」

 ニーヴルが追ってくる声が背中に届く。

 エディを引きずるようにしてその場所から離れ、行く手に現れる降魔を数匹斬り、そして校舎の結界へと飛び込んだ。

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