包囲された校舎で:フォルティシス
周囲の森に、無数のうごめくものが見える。校舎最上階の窓からそれを確認し、フォルティシスは学長を振り返った。
「防衛はどうなっている?」
「校舎と二つの寮、それぞれを包むように、結界が展開してあります。創立時に符術士を呼んで作らせた強力なものでございますから、ひとまずは心配はないかと」
うなずき、もう一度窓の下を眺めた。
確かに、東の森に降魔の数が多いように見える。特に、羽虫型よりも強いクモ型アリ型のものが多く見えた。
……震源地はあそこか。
「通信は?」
「未だ、回復いたしません」
降魔が現れたと同時に、領主府と直接連絡できる伝声灯にひどいノイズが混じり、使い物にならなくなったとの報告を受けていた。
領主府にならば多少の兵力がある。化け物がわいたと伝われば、騎士団が助けに来るはずだった。なんにせよ、しばらくは持ちこたえなくてはならない。
「食料の備蓄はどれだけある」
「あっ……。ええっと……」
「早急に調べろ」
学長は後ろに控える教員に目配せした。二人ほど、あわただしく学長室を出ていく。残った教員たちはちらりと目を見交わしあうが、だれ一人口を開くものはいない。一生徒が学長に指示を出す光景が、学長室を異様な空気に包んでいた。
出て行った教員たちが戻ってきて、学長に耳打ちした。そのままフォルティシスに伝えようとは思わなかったようだった。
「この人数でございますから、1か月ほどは」
フォルティシスはうなずいた。
「戦えるやつはどのくらいいる?」
「警備兵が15名と、武術教官が……」
「そいつらは実習に出ているんじゃないのか」
「あっ……、おっしゃる通りでございます」
「戦えるやつの面子と数、武器の本数と種類、残った生徒の姓名とバックボーンを調べて一覧にしておけ。
エディ、ひとまず行くぞ」
フォルティシスは一声かけ、扉へと進んだ。学長があわてたように身振りをする。察した教官が、急いで扉を開けようとするのをフォルティシスは制し、
「いらん。扉くらい自分で開けられる。そんな下らんことより、すべきことをしろ。……分かってるだろうな。逃げてきた市民のこともだぞ」
冷たく言って学長を青ざめさせた。
……どうでもいい。
そう思ってノブに手をかけたとき、エディが窓辺から動かず、刀を握りしめて立ち尽くしているのに気付いた。
「エディ、行くぞ。……エディ!」
彼はそこで初めて気づいたように、「あ」と振り返った。
「行くぞ。ながめてても仕方ないだろ」
「……ああ」
彼を伴い、とりあえず階下へと向かう。
「武術教官もみんな演習についてったし、剣が使えない奴らばかりが残ったわけか」
となりを歩く彼に話しかけたが、返答はなかった。口を真一文字に引き結び、床をにらむように歩くその瞳が、またあのぎらぎらした光をたたえていた。
「エディ。……おい、エディ」
「えっ……。あ、何だ」
おまえ、どうした。そう言いかけた時、
「あっ!」
廊下の向こうで声がして、ひょろひょろの長身が駆けよってきた。
「君、大丈夫だったか?」
昼に教室で会い、庭で助けた貴族の少年だった。後ろに侍従が追ってきている。
「首、ケガしたのか?」
心配そうにエディの顔をのぞきこむようにする。
「いや、大丈夫だ」
降魔に首をしめられたことも、その前に助けたこの少年のことも、エディは忘れ去っていたようだった。
「昼はありがとう。命の恩人だ」
少年はやけにしおらしく言った。後ろで侍従も丁寧に頭を下げる。
「今は無理だけど、事態が回復したら、父に伝えて相応のお礼をさせてもらう」
「いや、そんなつもりでやったことじゃねえから」
エディは戸惑ったように断り、フォルティシスは黙っていた。
……朝はあんな態度だったのに、ひどく手のひらを返したな。
ほとんど習慣と化している警戒心がわいていた。
「……あ、そうだ。あんたの剣、折っちまった」
剣を取り上げた侍従に向けすまなかったと謝るエディに、少年も侍従も、そんな必要はないと繰り返す。
「逃げてきた市民がどこにいるかわかるか?」
問いかけたフォルティシスにも、昼のような態度ではなくなっていた。
「上級生の教室にいるよ。なるべく上の階の方がいいと思って。今、倉庫からマットを出してきてるんだ。
今日中に騎士団が来ることはないだろうから、いくつかの教室に分かれて寝てもらおうと思ってるけど、男女別にすべきかな、それとも家族別?」
フォルティシスはかなり驚いた。
「そこまでしてるのか」
「あ……。ダメだったかな」
「いや、上出来だ」
学長室でおろおろする教師たちを見てきただけに、ひょろひょろした少年の意外な行動力に驚いていた。少年はあわてたように、
「僕だけでやったわけじゃないよ。ほかにも何人か残ってるから、相談して」
「それでも大したもんだよ」
エディもそう言った。少年は苦く笑った。
「……領地が化け物に襲われたとき、避難民を見たことがあってさ」
「……ああ」
エディは暗い顔でうなずいた。その紫の瞳の陰が濃くなる。
「そっちのお前、化け物と戦ったことは?」
フォルティシスが侍従に投げた問いには、少年の方が「ないんだ」と答えた。
「剣は、さっきのやつ以外に持ってるか? 呪のかかったものは」
今度は侍従が「予備は2本ございますが、呪のかかったもの、とは」と答えた。
「いや、いい」
呪のかかったもの、で分からないなら、持っていないということだ。
「予備をお渡しした方がようございますか」
「後で頼むかもしれんが、今はいい。少し倉庫を見てくる」
そう言ってその場を後にした。少年たちは、市民たちのいる教室へと向かったようだった。
さて、どうする。
呪のかかっていない武器は、下級降魔でも数匹切れればいい方だ。自分がかたっぱしから呪をかけて、一時的に斬れるようにするか? しかし、本物の亜神の剣でなければ、効果はごく一時だ。そんなことを考えている横から、
「外の倉庫に武器があった」
エディが上の空のような声で言った。
外倉庫。
今マットを出している校舎内の倉庫とは別の、フォルティシスたちが勝手に木刀や釣り道具を持ち出したかなり大きな倉庫だ。校舎の近くにあるが、つながってはいない。
つまり、この校舎に張られている、化け物をはじく結界の外だろう。取りに行くなら危険がある。
「呪のかかった武器か?」
「わからない。でも」
彼は未だに左手で握りしめていた刀を、目の前に掲げた。
「これと、おんなじ感じがあった」
二人で校舎を出て、結界の範囲を確かめながら外倉庫へと歩いた。
「やはり結界の外だな」
数十歩の距離にある外倉庫を遠く見ながら、フォルティシスは判断した。
「今のところあたりに化け物はいないが、いつ湧いてくるかわからんな」
彼が左手の刀を握りしめる。
「俺が行って、取ってくる。お前はここにいろ」
そのまま走り出そうとする腕をあわててつかんだ。
「待て。俺だって戦える。一緒に行く」
「いい。すぐ戻る」
「倉庫を物色したいんだよ。他にも役に立つものがあるかもしれないだろ?」
「でも……」
「俺は結界が張れる。しばらくなら、倉庫の近くに化け物どもがよりつかないようにできる」
せーの、で外倉庫まで走ったが、ありがたいことにその間、化け物たちの姿は見えなかった。倉庫の中に駆け込み、すぐさま符を取り出して結界を展開する。エディは奥へと歩き、
「やっぱりそうだ。これと同じ感じがする」
一本の刀を手にするのが見えた。
「なあ、そうだよな。これ、あいつらを斬れるやつだよな?!」
勢い込んで刀を差し出す、その目がまたぎらぎらと光りはじめている。
「ああ、確かにそうだ。こんなところに放り込んであるとはな……」
フォルティシスは薄暗い倉庫の中を見渡した。
「他にも何かあるかもしれん。エディ、お前も探せ」
そばの木箱を開けようとしたフォルティシスに、彼は首を振った。
「俺、外に行ってくる。あいつらを斬ってくる」
「バカ言え」
かなり驚いた。
「何匹いると思ってるんだ。お前ひとりじゃムダ死にして終わりだぞ」
「でも」
「いいか、今は戦力を整えて、ここに立てこもってしのぐべきだ。有力貴族の子供もいるんだから、近いうちに援軍が差し向けられる。焦るな」
彼はぐっと拳を握った。
「ほら、そのへん探せ。刀か、符か、香炉みたいなものがあったら俺に寄こせ」
それだけ言って木箱に戻ったが、彼は刀を握りしめて倉庫の扉を見ている。ずっとどこか上の空だ。フォルティシスはしばらくその背を見ていたが、
「エディ」
いきなり背後から抱きしめるなり、相手が何か言う前に肩ごしに唇を重ねた。舌を深く差し込みながら腕の中の体をこちらに向かせ、そのまま床に押し倒した。
息が切れるまで口づけ、顔を離すと、床の上の彼は呆然とこっちを見上げていた。
「フォルテ……?」
「熱のおさめ方を知らないのか?」
首元のボタンを外す間、紫の目が呆然と自分を映している。たまらない気分だった。
「教えてやるよ」
耳元でささやきながら、シャツの下に手を差し入れ、首筋に吸い付いた。
体を離して「少しは頭が冷えたか?」と言ってやってから初めて、
「何すんだよ!」
ようやく彼が抗議してきたので、フォルティシスは吹き出し笑いを止められなかった。
ずっと何が起こっているかわからずうろたえているという顔をして、そのうちどんどん息が荒くなっていって、涙にうるんだ瞳と上気したほほに、こちらもひどく興奮した。
「お前がやけに興奮してるみたいだから、落ち着かせてやったんだろ」
「ふざけんな! 何考えてんだよ、お前!」
そう怒鳴る顔が、怒り以外のもので真っ赤だ。今ここで捕まえてポケットに押し込みたいくらいだ。心底そう思った。
「……まあ、半分は真面目な話だ。お前、ずっと上の空だったろ。あいつらを斬った興奮で、まともな判断できなくなってただろ」
彼はぐっと黙った。
「冷静さを欠くな。あいつらは強大だ。いくらお前に技量があっても、冷静さを失えば簡単に死ぬぞ」
何か言いかえしたそうだったが、言い返す言葉が浮かばないようだった。
「……じゃ、さっさとそのへん探して校舎に戻るぞ。いい加減、報告もまとまってるだろ」
やたら距離を取る彼と手分けして倉庫内を捜し、結局見つかったのはその刀一本だけだった。様子をうかがい、化け物の姿がなくなったスキにまた走る。
戻った学長室では、教師たちが全員そろってフォルティシスを待っていた。
……ムダに雁首そろえて、何をやっている。市民や学生の管理はどうした。
思わず眉間にしわが寄った。さっと青ざめた学長が、
「こちらでございます」
うやうやしく紙を差し出してくる。
武術教官は1人も残っておらず、残った警備兵は10名ほどいるが、降魔との戦闘経験があるものはいない。武器だけはたくさんあるが、そのうち何本が呪のかかったものかはわからなかった。残った教官たちの誰一人、上級降魔を斬るために必要なことを知らないのだ。残った学生も、ほとんどが武術の心得のないものばかり。
エドアルド=リーグという名が目に入った。
エディ。エドアルド。これがこいつか。
リーグというのは確か、地位は低いが財産のある田舎貴族で、実子に恵まれなかったために子どもの慈善事業に金を出している夫婦と記憶している。
……養子か? 親はどうした。
横から報告書をのぞき込むエディをちらりと眺める。
「……何か、不都合がございましょうか」
「いや。戦力が圧倒的に足りんな。討って出ることも考えたが……」
教官たちの顔色が変わった。
「全滅がオチだな。立てこもるのが正解のようだ」
ほっと胸をなでおろす空気になった。心配しなくてもお前らに武器を取れと誰が言うか。フォルティシスはうんざりと彼らの顔をながめた。
「では、校舎内に立てこもって、騎士団が来るのを待つと……」
学長が上目づかいに言う。フォルティシスはうなずいた。学長の両どなりにいる教官が、横目でその顔を見ている。
「その……」
急に声が上がった。教官全員の目がそちらを向く。一斉に視線を集めた初老の教師は、おびえたように口ごもった。
「何だ、言え」
フォルティシスが命じたが、全員の視線を浴びたまま、黙ってしまう。
……うんざりだ。
「食料はどこに置いてある」
「地下の倉庫に」
「なら、今すぐ3階まで運び上げろ。今から全員、3階から上で寝泊まりだ。寮に帰ろうとするバカはいないだろうが、1階2階も化け物を刺激するかもしれん。徹底しろ」
そこで教官たちが、ちらちらと目を見交わしあった。フォルティシスは不快感が顔に出るのを自覚した。
「何だ」
返事をするものはいない。
「さっきから何だ。言いたいことがあるなら言え」
「何も、何もございません」
学長が低頭する。
「なにぶん、このような事態には不慣れでございまして」
……そういうことにしたいのか。別にいい。この連中の意見など聞いても仕方ない。
「俺は下を見てくる」
言い捨て、フォルティシスはエディを伴って学長室を出た。イラ立ちは速やかに消えた。いつものことだ。
「……あの先生さ」
横を歩くエディが口を開いた。
「通信が壊れてることを言いたかったんじゃないのか? 領主府に異変が伝えられないぜ。騎士団の派遣を要請できない」
「いや、通信が乱れるってのは、化け物どもが出るとよくあることだよ」
「そうなのか?」
「ああ。領主クラスなら知ってるはずだ。わざわざ伝えなくても、通信が途絶えたことで異変は伝わる。遠からず討伐の軍が来るはずだ」
「なんか調子悪いなあ、ですまされたらどうすんだよ」
「すまされるわけないだろ。ここには貴族や金持ちの子供が山ほどいるんだぞ。何かあったら一大事だ。すぐ確認が来るさ」
彼は「まあ、そうか」と納得した様子だった。3階に降り、一番近い教室をのぞくと、そこが生徒たちの部屋になっていた。教室が机で区切られ、生徒が3人、侍従が一人、3組に分かれて黙って座っていた。
「……どうした」
その空気があまりに重いので、フォルティシスは思わず声をかけた。
「あ、君たち」
入り口近くに侍従とともに座っていたあの少年が顔を上げる。やけに明るい声で、
「見てくれよ、壁を作って個室にしたんだ。ぜいたくだって叱られるかな?」
笑ってみせる。
「逃げてきた市民は、残り三つの教室を使ってもらってるよ。家族ごとにして、そっちもこんな風に壁で仕切ってみた。内側にマットを敷きつめて、ごろ寝できるようにしたんだ」
必死で明るさを保とうとしているような声だった。
疲れが出たな。
フォルティシスはそう思った。作業をこなした疲れと、やるべきことをやってしまって異常な状態を認識したことで、急に気力が尽きたのだろうと。
「あっ! しまった、君たちのスペースを忘れて……」
「……おい待て」
フォルティシスはさえぎった。
「ほかの生徒はどうした。実習に行かなかった奴は俺とこいつをのぞくと6人だ。あと2人、生徒が残ってるはずだろう」
少年の顔が一気に暗くなった。
「その子たちは……」
「寮よ」
背後から声が飛んだ。度の強い眼鏡をかけた少女が、机にもたれて床に座っている。
「二人ともあまり体調がよくなくて、学校に出てきてなかったの。そのまま寮に閉じ込められている」
「そうか……」
フォルティシスは考え込んだ。
「寮ならとりあえず安心か……」
「いや、一緒にいた方がいいだろ」
彼が横から言った。
「高熱で寝込んでるってわけじゃないんだろ? こっちに連れてきた方がいい。行ってこようぜ」
「……そうだな」
腰を浮かしかけた二人に、
「無理よ」
メガネの少女が言った。
「寮とこの校舎、結界がつながってないの」
二人ははじかれたように顔を上げた。
「寮は寮、校舎は校舎で結界が閉じている。……寮の人間は、こっちに逃げてこれない」
絶句したフォルティシスの代わりに、
「じゃあ、寮の職員も閉じ込められてるのか?」
彼が早口に問うた。
「その通りよ。……言われる前に職員のことに気付いたの、生徒では君が初めてだわ」
メガネの少女は疲れた顔で言った。ひょろひょろの貴族の少年が、気まずそうにうつむく。
「名乗らせて。私、メイリーフ。メイでいいわ」
「じゃ、俺はエディ。そういえばあんたらは?」
視線を受けたひょろひょろの少年は「僕はカスク」と名乗り、続いて視線を移された侍従の方はためらいながら「ザイアンでございます」と姓を名乗った。
「俺はフォルテだ」
名乗りながら、フォルティシスは考えていた。
貴族寮は近いが、平民寮までは、外倉庫までの3倍の距離がある。結界がどこまでなのかにもよるが、化け物とはちあわせずに行って帰ってこられる保証はなかった。
「俺、連れに行ってくる」
エディが立ち上がり、メイとカスクが驚いたように顔を上げた。
「待って」
「無理よ」
「無理じゃない。俺は化け物を斬れる」
「待て」
フォルティシスが改めて止める。
「行きはいいとして、帰りはどうする。非戦闘員を10人かそこら連れて、全員守りきれるのか?」
「あ……」
そこまで考えていなかったらしいエディが顔を曇らせる。
「そっちの方が危険だ。結界の中は安全なんだ。あっちはあっちで耐えてもらうしかない。助けが来るのは時間の問題だし……」
「来ないぜ」
新たな声が加わった。あちらで一人黙りこくっていた、長髪を一つにくくった少年が声を発したのだ。
「少なくとも三日は、助けは来ない。もっと遅れるかもしれない。領主府との通信が壊れてるんだってよ」
そのことかとフォルティシスはうなずいた。
「通信が成り立たないこと自体で、この学校に異変があったことが伝わる。今ごろ……」
「いつもなんだよ」
少年はまたフォルティシスの言葉をさえぎった。
「ここの伝声灯、旧式で壊れかけてるんだ。気候の状態で二日三日通信ができないことなんてザラだ。
それがいつもなんだ。
今、領主府で学校に異変があったなんて考えてるやつ、一人もいないぜ」
フォルティシスは絶句した。
……教師どもの不自然な態度はそれか。
「ついでに……。平民寮の結界、おそまつなもんだってよ」
少年は容赦なく続ける。
「学校ができたころは、平民はしょせん平民だったからな。平民寮の方の結界は、丸一日もつかもたないかくらいだってよ」
重すぎる空気の理由が分かった。彼らは、絶望的な状況にいる級友を、それとわかって見殺しにしなくてはならない状態なのだ。
「たしか……あのさ、」
カスクが言った。必死めいた明るさで、
「化け物は、ほっといても何日かで自然に消えるんだよね。聞いたことがある。うまくいけば……」
フォルティシスは首を振った。
「やつらが自然に消えるには、10日かそこらかかる」
「10日も……」
カスクはうつむき、ザイアンは唇を噛んでいる。メイはスカートのすそを握りしめ、長髪の少年も、ふてくされたような態度のどこかに強い無力感をうかがわせた。
すっと立ち上がったのはエディだった。
「俺、行ってくる」
先ほどよりずっと強い光が、その目に宿っていた。
「二人か三人か、往復して少しずつ連れ帰る。そのくらいなら守れる」
「それしかないな。行こう」
フォルティシスも立ち上がった。
「お前らはここで休んでろ」
「待ってくれ、僕も行くよ!」
カスクが必死の形相で立ち上がった。
「バカ言え、お前まともに剣扱えないんだろ」
長髪の少年が乱暴に言った。カスクはたちまちしゅんとなる。
「荒事は俺たちがやる。お前はここにいて、市民の部屋も見回ってやれ。お前はそっちの才能があるようだからな」
フォルティシスが言うと、カスクはほっとしたように「うん!」と言った。
長髪の少年が舌打ちした。
「化け物と戦えるわけでもないのに、ちょっと寝床を整えただけでほめられて、浮かれあがって。お気楽なもんだな」
カスクがまた肩を落とし、エディが少年をにらむ。フォルティシスは「それの何が悪い?」と言った。
「全員が全員、前線で刀を振り回してたら国が成り立たん。こいつは自分にできることを十分やって役に立っている。どっかで座り込んでふてくされてるやつより、ずっとな」
少年がぐっと苦い顔になった。カスクがあわてた様子になる。
「僕だけでやったわけじゃないんだ。市民部屋のマット、ほとんどあいつ一人で運んでくれたんだよ」
な?と侍従を振り返る。「びっくりするくらいの力持ちだったわ」とメイも言い添えた。
「……そうか。ならお前は体を休めてろ。エディ、行くぞ」
立ち上がり、教室を出る瞬間、「俺も行く!」と声がかかった。
少年が立ち上がっていた。
「俺、ここの武術教官の息子なんだ。バカらしくて実習にはいかなかったけど、小さいころから剣は振り回してきた。卒業したらすぐ領主府の騎士団に志願できるくらいの腕は持ってる。俺も行く」
フォルティシスはうなずいた。
「お前、名前は?」
「ニーヴルだ」