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間の小話 お茶会で友達を作るはずだった

 ローザのところに、その招待状が来たのは、色々な仕事の谷間のような、ぽっかり空いたヒマな午前のことだった。

「インシダエ候という方からですよ」

 持ってきたコトハは渋い顔だ。

「ローザヴィ様と同い年のお孫さんがいる方です。そのよしみで、殿下とお孫さんでお茶会をと言ってますが……」

 同い年の子! ローザの心はちょっと浮かれた。

「今なら時間もあるし、お受けします」

 勢い込んだその一言は、コトハは予想外だったようだ。

「お孫さんは男の子ですよ、殿下」

 そこでちょっと声を低め、

「あわよくば次期皇帝陛下のムコ殿に……と考えていると思います。よくお考え下さい」

 そんな話になるのか。ローザはちょっと驚いたが、

「会ってみないとわかりません。とりあえず会ってみます」

 きっぱり言った。コトハは不服そうにする。

「ムコの座を狙わないにしても、殿下のご歓心をかい、一族の者を重職に取り立ててもらおうとの打算もあるかもしれません」

 ローザは首を振った。

「それでも、一度会ってみます。

 信じられる人かどうか、この目で確かめたいんです。そして、もし信じられる人ならば、力を貸してほしい。

 そう思える人が、今の私には、本当に少ないから」

 重ねて言うと、コトハはそれ以上反対しなかった。


 当日。

 ローザとコトハの前に現れたインシダエ候の孫マールームは、ローザの顔を見るなり口を開いた。

「わあ、なんと美しいお方でしょう! こんな美しい女性、大陸じゅうを探してもいません!」

 ――白々しい!!!

 ローザとコトハは同時に胸のうちで叫んだ。三日くらい前からそれ言うって決めてきたよね、そうツッコみたくなる白々しさだった。

 かわいらしい顔立ちの少年だ。金の巻き毛とリンゴのようなほほ、顔にはそばかすが散り、ひどくあどけなく見える。

 ルーフスと同い年とは思えないわ、とローザなどは思ったのだが、その無邪気そうにすら見える少年は、

「うっ!」

 いきなり目を押さえ、よろけてしゃがみこんだ。

「いけない……! あまりに美しい方を見たせいで、めまいが……」

 大舞台で古典芝居を演じる役者でさえ勝負にならないほど、とてつもなく芝居がかったしぐさだった。

 ……バカにしてんの、この子。

 コトハは内心でイラッとし、

 ……ひょっとしてツッコミ待ちのギャグかしら。ウケてあげるのが礼儀かしら。

 ローザは本気でそう思った。

「若様、お気を確かに」

 マールームについてきた老執事があわてたように彼を支え、片手で持てるほどのクマのぬいぐるみを差し出す。

「あ……ありがとう、セバスチャン」

 受け取った彼は抱きしめたぬいぐるみに口と鼻を押し付け、スーハースーハーとしばらく息をした。

「……ふう。お見苦しいところをお見せいたしました。これで大丈夫……」

 ……今の何?!

 急に復活して立ち上がった彼に、ローザとコトハは疑問をおさえられなかった。

「初めてお目にかかります。僕はインシダエ候の孫、マールームと申します」

「……ローザヴィです。こちらは、鉄鎗騎士団のコトハさん」

「お声を賜り、光栄に存じます。

 ああなんと、美声で知られる神の鳥さえ、はじいるほどに美しいお声。天に輝く太陽も、そのお声に聞きほれて西の海に沈むことを拒むでしょう」

 ローザは「あ、はい」としか言えなかったし、コトハは反射的に「そのセリフ準備したのを思い出しながら言ってますよね?」と言いそうになった。

 ローザの私室に呼ぶのも、インシダエ候の邸宅に行くのもどうかという話になったので、お茶会の場所は、至天宮の庭園にある小さなあずまやだ。壁はなく、ドーム状の天井を支えるのは3本の柱だけ。床は2段ほど高くなっていて、その中央にあるティーテーブルからは、周りの庭園に咲き乱れる花々や木々がよく見える。

 目立たない場所に護衛の兵士たちが配置されているが、その場にいるのはローザとコトハ、マールームと老執事、そして気配を消してひかえる二人のベテランメイドのみ。

 ローザたちが着席するのと同時に、いれたての茶が差し出されたが、

「この者も同席するのですか?」

 彼はローザのとなりのイスに座ったコトハを横目で見て、心外だと言わんばかりの顔をした。

「当たり前です。

 ローザヴィ殿下は恐れ多くも皇帝陛下の姫君。男のかたと2人きりでお会いになるはずがありません」

「コトハさんは、いろんなことをよく知ってるんです」

 だからおしゃべりを盛り上げてくれると……と言いかけたローザをさえぎって、マールームは「僕の方がよく知ってます」と言った。

「え? で、でも」

「自慢じゃありませんが、いつもこのセバスチャンに『若様は博識ですね』とほめられています」

 胸を張ったマールームに反して、その場には白々とした空気が流れた。

 ……ああ、ラフィンもよくそんなことを言ったわ。

 ローザは遠い目になった。

 自分が新しい服を着て見せれば「嬢ちゃまは世界一おかわいらしい」と目を細め、ルーフスが「あれ、ハキリムシっていう虫だ!」と言えば「ぼっちゃまは都の学者さまよりもの知りでらっしゃる」とニコニコした。そのたんびに自分たちは有頂天になったものだ。

 ……でも、さすがにこの年になってまで真に受けてはいないの。

 しらじらとしたローザの視線にも気付かず、彼はこぶしを握り、

「たとえば、来年発行の帝都ガイドで5つ星がつく店は、すべて頭に入ってます!」

 ほこらしげに宣言した。

「そ、そうですか」

 ……飲食業界人でもないのに、そんなことが頭に入っていても。

「その話ちょっと聞かせてもらっていいですか?! 出版前なのに、どっからの情報です?!」

「コトハさん?!」

 いきなり身を乗り出したコトハに、ローザはギョッとした。

 彼は勝ちほこった笑みを浮かべる。

「フフン。君より僕の方が物知りだと認めるかね?」

「くっ……!

 じゃ、じゃあこれはどうですか。今年不作だった西部産の最高級ネギ、入荷に成功した店がどこか知ってます?」

「ぐっ。あのネギを仕入れられた店があるというのか。ブ、ブラフじゃないだろうね!」

「フフン。ブラフと思いたいならご自由に?」

「……西通りの、あの創業500年という店だろう? そうだろう?」

「あの店? プッ! 素人判断ですねえ」

「ぐっ!」

 テーブルの上で、コトハとマールームの視線が火花を散らす。ローザはイスごと一歩身を引き、ななめ後ろにひかえるメイドに目で合図を送った。メイドは音もなく動き、用意してあったフルーツケーキを皿にのせて、ローザの分だけそっと差し出してきた。

 ひざの上に皿を置いて(テーブル上だと2人の視線の間に入るのだ)もそもそ食べ始めたローザが目に入っている様子などなかったのに、

「では、この秋に天使広場のカフェが発売予定しているスペシャルメニューを知っているかね?」

「うっ……。

 な、なら、ジーク砦近くの村に、食通をうならせるおそばの名店があるの知ってます?」

 2人は口々に言いながら席を立ち、メイドの立つサイドテーブルから勝手にフルーツケーキを取って戻るとむしゃむしゃ食べ始めた。

「うん! これは……」

「帝都の誇る名店、」

「「銀鈴カフェの熟成フルーツケーキ!」」

 同時に言って、また火花を散らし始める。私帰っていいかしらとローザは思った。

 と、

「ローザヴィ殿下、今度、ご一緒にお食事はいかがですか。五つ星の店が発表されたら、どの店も押すな押すなの大混雑になりますよ、その前に僕と」

「このコトハもご一緒させていただきますよ、マールーム様。ローザヴィ様をそこいらの男性と二人きりにするなど、護衛として認められませんから」

「ああそうか。では僕と殿下に加え、セバスチャンを伴うといたしましょう。

 このセバスチャンもなかなかの博識で、特にコガネムシの生態については僕すら及びません」

「ローザヴィ様にコガネムシの話を聞きながらお食事を召し上がれというのですか!」

「コガネムシの何が悪い! ねえローザヴィ殿下、コガネムシはかわいいですよね」

 あどけない水色の瞳で真剣に見つめられ、

「か、かわいいとは思いますけど……」

 とりあえずそう言ったローザに、マールームは満足げにうなずき、コトハは隠すことなく眉を吊り上げる。

「そうおっしゃると思い、実はローザヴィ殿下にプレゼントをお持ちしたんです」

 うきうきした態度で、彼は老執事に合図を送った。老執事はのろのろ動き、どこからともなく両手にのるほどの箱を取り出した。美しいリボンがかかっている。

「どうぞ、ローザヴィ様。つまらないものですが、お受けとりください」

 差し出され、ローザはとりあえず受け取った。受け取った姿勢のまま、動けなくなった。

「さ、どうぞ開けてごらんください!」

 うれしそうに言う彼に、

「あ、あのう」

 箱を返そうかと本気で考えながら言った。

「……なにか、カサカサって音がしてますけど」

「はい」

「すごく、たくさん聞こえるんですけど」

「はい」

「……コガネムシですか?」

「いいえ」

「…………」

「あ、開けるときはのぞきこまないように。いきなり飛び出してくるかもしれないので」

 ローザはそのまま20秒ほど固まったのち、無言でコトハに箱を手渡した。コトハはそのまま席を立っていき、

「虫が得意な者はいますか!」

 庭園の奥に呼びかけ、しばらくして恐る恐る出てきた若い庭師に「これの始末を頼みます」と箱を手渡した。受け取った庭師は箱を上下にひっくり返し、耳を当ててみたりしながら庭園の奥に戻っていき、

「うわあ! 何でこんなものがこんなに?!」

「殺虫剤! 殺虫剤もってこい!」

「ヒィッ! 飛んだぞ!」

 やがて遠くから悲鳴と騒動が聞こえてきた。

 ……申し訳ない事をしてしまった。

 木々に隠れて見えない庭園の奥に向けて青ざめるローザとコトハをよそに、マールームはかわいらしい笑顔を浮かべ、

「やあ、彼らも至天宮が気に入ったようですね」

 さわやかに言い放った。

 ……ごめんなさいコトハさん。私がバカでした。こんなお茶会、応じるんじゃなかった。

 心底からそう思い、席を立ついいわけを全力で探しながらそそくさとケーキを片付けにかかったその時、

「ローザヴィ殿下、僕からの贈り物は気に入っていただけましたか?」

 マールームが言った。にこやかに、あどけない笑顔の後ろに無邪気な期待を込めて言った。

「……あ、い……、

 ………………はい」

 ローザヴィ様イヤなことはイヤって言わないと! コトハの内心の突っ込みを全力で感じつつ、ローザは精神的に押し負けてそう応えた。マールームの笑顔が一瞬ぱっと輝き、それから、なさけないほどに安心した様子になる。

「よかった……」

 あたたかい茶の入ったカップを持ち上げ、両手で包み込むようにした。その水面をのぞきこむ瞳に、涙が浮かんでいる。その様子にローザは驚いた。

「……僕、実はずっと田舎で育てられたんです。ちょっと、家がごたごたしてて、ときどき引越ししなくちゃいけなくて」

 あら、とローザは思った。

「家には同い年くらいの子どもがまるでいなくて、身分のせいで田舎でも遠巻きにされてしまって。

 ……今まで、友だちというものが、ほとんどいなかったんです」

 ……私と同じだわ。ローザは目を見開き、改めてマールームのあどけない姿を見直した。

「……すみませんでしたローザヴィ殿下。

 お友だちができるかもしれないと思って、僕、ひどく浮かれてしまって。

 急にプレゼントなんか持ってこられても、びっくりされましたよね」

「え、あ、いいえ」

 したよ!メチャクチャびっくりしたじゃん!というコトハの内心を全力で感じつつ、ローザはそう言った。

 ……この子なりに、必死だったんだわ。私と友達になりたかったんだわ。そう思ったのだ。

「よかった……」

 マールームはまた、心の底から安心した様子で胸をなでおろした。

「ローザヴィ様、またこんな風に、お茶会にご招待してもいいですか」

「はい。またお茶を飲んで、色々お話しましょう」

「よかった!」

 マールームは無邪気であどけない笑顔を見せた。

 ローザはそれにうなずき返した。

 まだ、この子と気が合うかは分らない。いい友達になれるかどうかはわからない。

 ……でも、本心から私と友達になりたいと思ってくれた、そのことはいつまでも忘れないでいよう。

 今この気持ちを心に刻みつけようとしたローザの前で、マールームがあどけなく口を開いた。

「……ところでローザヴィ殿下、うちの父の話なんですけど」

「はい?」

「父は珠算1級、暗算3級を持ってて、小さいころ算数はいつも100点でした。

 財務大臣なんかに任命されたら、すごくいいんじゃないかなーと思うんですけど」

「……はい」

「あとイトコです! イトコは剣術道場に通ってて、師匠から筋がいいって誉められてるんです。

 ローザヴィ様直属騎士団の団長とか、どうかなーって思うんですけど」

「…………」

「あと僕、彼女募集中です! いやー、実は結婚願望強いんですよね!

 同い年くらいで、かわいくて、名前がロで始まるような子と、結婚前提で付き合いたいなあ!」

 ローザはすっとお供の騎士のほうに視線を向けた。

「コトハさん、そういえば午後から重要なお客様がいらっしゃるんでしたっけ」

「はい、そんな予定があったと今思い出しました。急いで帰りましょう」

 マールームは平然と食い下がった。

「あっ、お帰りになるんですか? じゃ、次のお茶会の予約だけでも」

「フォルティシス兄さまと相談します!」

 たまにしか使えない必殺技、冷酷非情の長兄の名を出したが、

「あっ、東宮殿下はダメです。攻略ねらってちょっと気をひこうとしたら、虫けらを見るような目をされて口もきいてもらえませんでした!」

 ……挑戦済みだった!

 黙るどころか衝撃の事実を告げてきたマールームにかまわず、ローザはコトハとともに足早にその場を去った。自室まで逃げて扉にカギをかけるなり座り込み、2人して盛大なため息をついた。

「コトハさん……、都って、恐いところですね」

「また招待状送ってきたら、本当に東宮殿下に言ってやりましょう。

 東宮殿下を攻略中って言いふらしてますよと告げ口してやればプチッとつぶしてくれますよ、プチッと」

 やたら早口に言うコトハを横目に、ローザはもう一度、ぐったりとため息をついた。

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