皇弟の終わり、それから:バサントゥ
皇帝の弟バサントゥは、土を見上げていた。
おそらく、地面に倒れているのだろう。それだけは分かった。それ以外は、自分の体が一体どうなっているのか、何もわからなかった。
……私は、どうなった。何が起こった。
わからない。ここがどこなのかも、なぜここにいるのかも。なぜ、地面に倒れて起き上がれないのかも。
指の一本も、動かせる気がしなかった。
……夢か、これは。それとも、ずっと見ていた夢から覚めたのか。
わからなかった。頭は霧がかかったようになり、何も考えられない。ただ、視界をおおう土の天井をみあげているだけだった。
その顔に、影がさした。
あおむけに倒れたまま、何とか目玉だけを動かしてそちらを見たバサントゥの瞳に、細い人影が映った。
「……ナーヴ……!」
銀の髪を右肩でくくった少年が、そこに立っていた。
出せる気がしなかった声が、バサントゥののどからもれた。
「ナーヴ! ナーヴ、無事であったか。父を助けてくれ。お前の符なら……」
そこでバサントゥは凍りついた。
「ナーヴ……?」
土の上に倒れたまま、目を見開く。
「ナーヴは死んだ。お前はだれだ」
「バサントゥ。
お前ごときにこれ以上皇帝一族を名乗らせておくのは耐えがたい」
少年は土を踏んで一歩足を進めた。バサントゥの手からこぼれ落ちた、石ころのかけらのように見えるものをふみつぶす。
「粗悪だ。手本は作ってやったというのに、なぜこんな粗悪な化け物しか作れぬ」
その手に、黒炭のようなかけらがにぎられていることに気付き、バサントゥはうめいた。
「よせ」
「お前は昔から、私を失望させることしかしない」
黒いかけらを握るナーヴの手が振り上げられるのを、バサントゥの目はずっと映していた。
「よせ」
しぼり出すような声に、何かがつぶれるような音が続いた。
数刻の後。
皇弟が落ちた大穴を慎重に降りてきた鉄鎗騎士団の者たちは、土の上に、原形をとどめないほど破れ散った衣服らしきものを見つけた。
「皇弟殿下のもののようです」
副長マシューが、ヤリの先で、わずかに残った肩章を持ち上げる。辺りに散らばる千切れた布も、皇弟の着ていた上級の軍服のものであるようだった。
「降魔に、食われたのかと……」
団長ツヴァルフが小声で言い、ちらりと主の顔をうかがった。
東宮フォルティシスは、その残骸を踏みにじらんばかりの顔をしていた。
「散々にひっかき回してくれた挙句、化け物に皇帝一族の肉を食わせてくたばるとはな……」
マシューが数度、その顔色をうかがい、ツヴァルフ以上の小声で言った。
「このこと、『彼』には……?」
「俺が言う。お前たちは黙っておけ」
東宮はもう一度舌打ちし、
「残骸を集めろ。このことは極秘とする。
皇弟バサントゥは、降魔との戦闘に巻き込まれ、命を落とした」
「はっ」
言われるまでもない。鉄鎗騎士団から、一つにそろった声が返った。