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地下洞窟で、現れた者たちと、そして異母姉と:シャリム

* * *

化け物と化した兵士によって投げ込まれた地下洞窟で、テレーゼとシャリムは、転がり落ちてきたルーフスとアルトに出会う。

2人が出口の探索に出てしまったのち、岩のうしろに隠れて帰りを待っていた異母姉弟のところに、また別のだれかが現れ、2人の名を呼んだ。

* * *


「なぜ、お前たちがここにいる」

 岩陰にかくれた皇子姉弟の耳に届いたのは、冷たい声だった。

 2人は、完全に岩のかげに身を隠している。だから、こちらからその声の主を見ることもできなかった。

 ……なんで僕らがここにいるとわかった? どうする?

 戸惑いとともに見たテレーゼはいつもの微笑みのまま何か考えているようだったが、

「出てこぬか! テレーゼ! シャリム!」

 聞き覚えのある下品な怒鳴り声が聞こえたとたん、

「敵のようだ。迎撃準備だけしておこう」

 そうささやき、ゆっくりと立ち上がった。

 ……今の声……!

 シャリムも立ち上がった。恐れる様子もなく岩かげから歩み出る姉に続いた。

 その先には、見覚えのある人間が立っていた。

「無礼者どもめ。私が来たというのに、なぜ立って出迎えぬ」

 この状況で何を言ってるの、と言い返したくなるような妄言を吐きながら地面を蹴ったのは、彼らの叔父、皇弟バサントゥだった。

 そしてその横に、少年が一人立っている。

 左肩でくくった白銀の髪、小さな体を包む、仕立ての良い衣装に、腰に差した守り刀。

 ……この子は。

「誰が来たのかわからなかったからだよ、叔父上。

 もしかしたら、私たちをねらう敵かもしれなかったからね」

 テレーゼが妄言に真正面から返事をした。

「私たちは今、ここで迷子になっていてね。叔父上が外に出る道を知っているなら、教えてくれないか」

 バサントゥはまた地面を蹴った。シャリムは叔父の、こういう乱暴な動作が好きになれなかった。

「ここに、子どもが迷い込んだろう!」

 普通の声で届く距離だというのに、怒鳴りつけるような口調で言う。いつもそうだ。城の文官やメイドたちに、こんな声でものを言いつけるのだ。

「そやつを探している! お前たち、見ていないか」

 そして思い出したように付け加える。

「隠し立てすると容赦せんぞ!」

 僕たちが目当てでは、ない?

 シャリムは違和感を覚えた。

 叔父は、彼ら姉弟の潜在的な敵の筆頭だ。あの兵士を仕込んだのが叔父である可能性、今ここにいるのはしびれを切らして自ら飛び込んできた可能性も、大いに考えられた。だが、なんだか様子が違う。

 様子がと言えば、その様子にも違和感がある。こんな場所で会ったというのに、取りつくろう様子もない。

 『僕らが知らない秘密の通路を、叔父上は知ってたようだよ』

 そう、シャリムの口から東宮フォルティシスに告げられたら困るだろうに。そんなこと気にしていない……いや、考えにも浮かばない様子だ。

 ……叔父上、そこまではバカじゃないはずなのに。

「子ども? 何の子どもだい? 人間、それとも動物?」

 テレーゼがごく間の抜けた質問をした。いつものひょうひょうとした口調もあって、バサントゥはイラだちをかきたてられたようだった。

「人間の子どもだ! バカどもめ、そんなこともわからぬか!」

 その下品な大声は、地下の空洞内に響き渡る。バサントゥに声を出させ、それをルーフスとアルトに聞かせようとしているのだとシャリムは察した。

 ……僕たちがわざわざ大声を出すと、意図を気取られる気がする。

 シャリムは、叔父ではなく、その横に立つ少年と目を合わせた。ガラス玉のようなうつろな瞳が、シャリムの胸の奥底を見通そうとするようにこちらに向いていて、ぞっとして目をそらした。

「人間なのか。なら、たぶん見てはいないな。

 シャリム、君はどうだ」

「そうだね、僕も人間なら見てな――」

「ええい!」

 叔父の怒鳴り声が、シャリムの声をさえぎった。

「役立たずども! ならば探せ! 私とナーヴを待たせるな!」

 シャリムは目を見開いた。テレーゼは全く表情を変えず、ほほえんだまま口を開く。

「叔父上、ナーヴを待たせるとはどういうことだ?」

 叔父の横で、ガラス玉の瞳が瞬き一つせずこちらを見ている。そして冷たい声を発した。

「……さわぐな、バサントゥ。あれどもが気づいて逃げる」

「おお、ナーヴよ、すまぬすまぬ」

 叔父が急に、猫なで声になった。

「そうかそうか、父の思慮が足りなかったな。お前は本当に賢い。なんと良い息子だ」

 目じりを下げ、口元をゆがめて笑う顔。そしてその言葉に、シャリムは背筋を冷たいものがはい上がるのを感じた。

「叔父上、その子、……ナーヴって」

 叔父がまた先ほどまでのけわしい顔に戻ってこちらをにらんだ。

「無礼者め! 我が息子ナーヴは、お前たちできそこないが気安く口を利いてよい相手ではない!」

 我が息子、ナーヴ。

 シャリムの耳に、叔父の発したその言葉がこだまするように思えた。

「さあ、ナーヴのために早く……」

「叔父上、何言ってるの」

 シャリムはふるえる声をしぼり出した。

「ナーヴは、死んだでしょ。僕らが小さいころに死んだでしょ」

 血の気を失った指で、バサントゥの横に立つ少年を指した。

「それ、誰」

 バサントゥは眉をひそめた。

「何を言う、シャリム。気でも違ったか。ナーヴはここに……」

 言葉が急に止まった。目をゆっくりと見開き、まじまじと少年を見る。

「……ナーヴは死んだ。そうだ。たった5歳で、心臓の病で死んだ。

 お前は誰だ」

 少年はしんねりと、呆然とした視線を受け止めた。そしてじろりとシャリムを見る。

「余計なことをするな」

「誰だよ、お前!」

 シャリムはポケットから符をつかみ出した。いつでも投げられるよう構えるのに、

「そんなものをにぎりしめてどうする」

 少年は冷たく言った。

「お前には符の才能がない。卑しい降魔さえ1人ではしとめられまい。ましてやこの私に、傷一すじでもつけられると思うか?」

「お前がなにさまなのか僕は知らないよ。大口叩くなら名乗れよ」

 挑発し返したシャリムに、少年は眉1つ動かさなかった。

 ……こいつの言うとおりだ。

 フォルティシスやイリスと違って、テレーゼとシャリムの符の才能は低い。剣もほとんど使えない。

 ……もし、亜神の仲間だったら。

 死を覚悟した。心の奥に冷たいものを感じたが、それだけだ。この時代にあの皇帝の子として生まれて二十余年、常に死の覚悟はどこかにあった。

 だが、少年は腰の短剣を抜かず、また何らかの攻撃を仕掛けてくることもなかった。すうっと、筋肉の緊張を感じさせない動きで、大きく一歩跳び退った。

「まあいい。バサントゥ、お前の無能な顔を見ているのも飽きたところだ」

 すっと身をひるがえした。

「無能なお前でも、その非力な2匹くらい、仕留めてもよかろう」

 歩き出したその姿が、すぐに岩の向こうへと消えた。

 バサントゥは呆然と、目を見開いたままその姿を見送っている。それから、奇妙な動きでこちらに顔を向けた。

「ナーヴ。仕留めればよいのか」

「叔父上、あれはナーヴではないよ」

 テレーゼの声など耳に入らない様子で、

「テレーゼ。シャリム」

 バサントゥは目を見開き、2人の姿を目に焼き付けるようにした。

「できそこないどもめ。そろいもそろって、王冠を持つ余地もない」

 大きく息を吸う音がはさまった。

「お前たちのようなできそこないが、なぜこの私より帝位に近い!」

 いきなり怒鳴った叔父に、シャリムは絶句する。

「私が皇帝となれば、帝国の全兵力を挙げてあの娘から王冠を奪い返すというのに!」

 一体何の話、と口をつく前に、

「王冠を持つ、か」

 テレーゼがいつもと変わりない声を発した。

「イリスリール姉さんが言っていたな。『私は王冠を持って生まれてきたの』と」

 シャリムは思わずテレーゼを見た。バサントゥの見開かれた目も、そちらを見た。

「てっきり、父上のあとを継いで皇帝になるという意味かと思ったら、姉さんはそうではないと言っていた。

 『違うのよテレーゼ。私は、人間たちの王ではないの』

 そう言っていた」

「それ、いつの話」

 早口に問いかけたシャリムに、テレーゼは何でもない事のように答えた。

「父上が姉さんに帝位を譲ると言い出す、ほんの数日前の話だ」

 姉さんが亜神になってしまう直前だ! シャリムは雷に打たれたように思った。

「姉さんは、自分に仕えるべきものたちがこちらの世界に来られなくて困っていると言っていた。つまり、姉さんは亜神に仕えられる立場ということだ。実際、高位の亜神が一人、忠実に付き従っているしな」

 テレーゼは笑顔のままだ。シャリムは、驚きに声も出せないというのに。

「姉さんの言う王冠とは、たぶん亜神たちの王の資格ということなんだろうな。そして叔父上、叔父上は私とシャリムにはその資格がないと言っている」

 なくていい。なくていいよそんなもの。シャリムは思った。そしてこうも思った。

 ……叔父上は、亜神の王となる資格に、価値があると思っているのか。

 フーッフーッと耳ざわりな音がし始めた。バサントゥの肩が、大きく上下している。耳ざわりな音は、その口元からしているようだった。

「私には、王冠を持って生まれる資格があった。

 わが子には、もっとだ」

 しぼりだすような声が途絶えると、また耳ざわりな音がフーッフーッと繰り返される。

「封印の儀さえ行われなければ。

 本当ならば、王冠を持って生まれるのは、イリスリールめではなくわが息子ナーヴだったのだ。

 王冠があれば、ナーヴがあのような下らぬ病に倒れることなどなかったというのに」

 封印の儀? 聞き覚えのない言葉にシャリムが疑問に思うと同時に、

「叔父上、それは言ってはいけないんだ。私たちはすでに皇位継承権2位を外れたし、ここにはシャリムもいる」

 テレーゼがいつもの微笑で言った。全く事情のわからないシャリムにさえ「的外れなんだろうな」とわかる一言にバサントゥは反応せず、

「ナーヴ! ナーヴどこにいる! これからどうしたらいい!

 今、この父がお前に王冠を取り戻してやるぞ!」

 落ち着きなくあたりを見回し、声を張り上げた。

「叔父上、そのナーヴはニセものだった」

 テレーゼが落ち着き払った声を上げると同時に、

「黙れ!」

 バサントゥはいきなり叫んだ。叫ぶと同時に、その上半身が伸びた。

 シャリムののどから、悲鳴に近いものがもれた。バサントゥの胴体が、高速で回転しながら背丈の数倍にも長く伸びたのだ。高く見上げるほどの位置にある頭がこちらを見下ろし、次の瞬間には落下する勢いでシャリムたちへと迫った。

 その見開いた目が自分の目の前にくる直前に、シャリムは危うく符を投げた。シャリム自身ではない、高位の符術士の作った強力なものだ。バサントゥの頭を巻き込んで爆発を起こすと同時に、シャリムはほとんど転げるようにして大きく横へと走った。

「姉さん!」

 異母姉は平然とシャリムについてきていた。走りながら口を開く。

「叔父上はもう人間ではないようだな。これから私たちを殺しにかかるだろう」

「なんでこんなときにそんな冷静なの!」

「なんでとはなんだ、シャリム」

 返す言葉がなかった。黙り込んだシャリムに、テレーゼは話を続ける。

「君、符をどのくらい持っている」

「……5枚だけ。今使ったから4枚だ」

「ふむ。私と大体同じだな。10枚か」

 言ったテレーゼは一瞬黙り、そして突然シャリムへと体当たりした。

 無防備だったシャリムはいとも簡単に横に倒れ、そして見た。

 

 背後から襲い来た黒いツメが、自分を突き飛ばしたテレーゼの足に突き刺さるのを。

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