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逃げられた騎士の後始末:マシュー

マシュー:東宮配下の鉄鎗騎士団の副団長。

フォルティシス:帝国皇帝の長男で、東宮。

エドアルド→東宮私邸の警備兵。反逆者の烙印を押され、東宮に逆らえない立場。

ツヴァルフ→東宮配下の鉄鎗騎士団の団長。銀縁メガネ。

 早足に曲がった角の先、砦の通路に立っていたのが東宮フォルティシスだったので、鉄鎗騎士団副長マシューは内心ギョッとした。

 あわてて足を止め、直立不動の姿勢になる。その拍子に、治しきっていない肩のケガがズキッと痛み、危うく声をもらしそうになった。

「マシューか」

 東宮がちらっとこっちを振り返った。

 ザッと音を立てて、東宮の後ろにいた降魔が砂になった。『彼』だ。東宮私邸の警備兵エドアルドが、一刀のもとに化け物を切り捨てていた。

 まさか東宮とエドアルドが、この砦の方に来ているとは。

「遅かったな。砦の中の化け物は、だいたい片付いたぞ」

 フォルティシスが冷たい声で言う。確かに、見えるところにはもう化け物は一体もおらず、戦闘のざわめきも聞こえてはこない。

 東宮の後ろのエドアルドは、紫の目をぎらぎらと光らせて完全に戦場モードだ。斬り捨てるべき敵が残っていないかと気配に耳を澄ましているようで、マシューが来たことにすら気づいていないのかもしれなかった。

「ショコラから少しは聞いたが、おまえの方の状況を報告しろ」

 そう命じる主の声はひどく冷たい。

 まず言うべきことは、これしかなかった。

「申し訳ございません。ルーフス=カランドには逃げられました」

「らしいな。

 あの小僧、二度も俺の監視下から逃れるとは、大した逃げ足だよ」

 そう言う主の顔に、いつもの薄笑いさえ浮かばないのはどういうことか。

『化け物にやすやすと不意うちされて重症を負い、床に転がっている間に、監禁していた少年に助けられたうえ逃げられました』

『少年が化け物を倒したのは確かですが、何が起こったのか僕にはわかりませんでした』

 報告すべきはそういうことだ。話しながら、マシューは内心では冷や汗が止まらない思いだった。

「まことに申し訳ございません」

 再度のその言葉で、報告を終える。深く下げた頭を上げられないうちに、

「時間のムダだ、二度も謝るな。

 それと、これ以上俺を失望させるなよ」

 主の冷たい声が耳に届き、マシューは氷で全身をしめあげられたような気分になった。

「はっ! まことに……」

 謝りかけ、時間のムダだと切りすてられたことが頭に浮かび、言葉につまる。

「か、必ず次の任務で、」

 つっかえながら言葉をしぼり出していると、通路の向こうに人影が見えた。

「殿下、砦内の化け物は全滅させました」

 早足に来たのは鉄鎗騎士団団長、ツヴァルフだった。東宮がそちらを振り向いたので、マシューは内心かなりほっとした。

 気づけば、エドアルドの方がちょっと気の毒そうにこっちを見ていた。戦場モードから我に返ったようだが、その彼の眼には、自分が東宮にいびられているように映っているらしい。マシューはますますいたたまれなくなる。

「侵入経路は」

「特定できておりません。むしろ、砦内に突然沸いたとしか」

「ふん」

 東宮は機嫌が悪そうにつぶやいた。

「バカどもがひっかけられて姿を消したと聞いたら、今度は小僧まで逃がしたか……」

 フォルティシスはいまいましげに言う。

『バカどもがひっかけられて?』

 その言葉の意味が、マシューにはわからなかった。ツヴァルフをうかがうと、騎士団長は目で『あとで教える』と伝えてくるようだった。

「無関係とは思えんな。どっちも、どこから入ってきたのか、それとも急に現れたのか……」

 ふと。

 マシューは気付いた。

 小さな羽虫が舞っている。

 指先にとまるほどの小さな虫が、ふわりと空中を動いている。マシューの目が、なぜだかそれにひきつけられた。

「あのガキは……」

 口を開いたエドアルドの言葉が止まる。彼の目もまた羽虫を追っていることに、東宮も気付いたようだった。

「どうした?」

 フォルティシスが言ったそのときだった。

 羽虫の胴がいきなり、風船のようにふくれ上がった。

「なっ……」

 ツヴァルフが声を上げるのと、エドアルドの刀が一閃するのと同時だった。そして、乾いた音が響くのとが。

 ふくれ上がった胴めがけてふるわれた刀は、その手前の巨大な羽を切り裂いていた。

 ……巨大な羽?!

 マシューは目を疑った。胴の異変を追うように、羽虫の羽も人の背丈より大きく広がり、細い脚、触角、それらもワイヤーのように太くふくれあがった。

 人の手の平より大きくなった目が動く。明確に、人間を襲おうとする意志を見せ、――そして斬り捨てられた。

 エドアルドがすかさずもう一度、斬りつけたのだった。彼の神速の刀は、人の体より太くなった胴をまっぷたつにし、巨大化した羽虫は一瞬で砂になって崩れ落ちた。

「今の……虫が、降魔に?」

 マシューが呆然とつぶやいた言葉に、

「まさか、そんなことは」

 ツヴァルフの声が重なる。そして、

「化け物どもは、砦の中に急にわいたとしか考えられんと言ったな?」

 東宮が硬い声を出した。マシューとツヴァルフは同時に主を見た。

「化け物が入れる道はなくても、あの羽虫なら?」

「まさかほかの化け物たちも、今の虫のように……」

 切り裂くような声がマシューの言葉をさえぎった。

「あいつだ」

 エドアルドだった。彼の紫の瞳はぎらつき、怒りと、それ以外の何かで燃えたぎっていた。

「あの時と同じだ! 俺の故郷と!」

 フォルティシスがハッとそちらを見た。

「エディ、やめろ」

 殿下が焦っておられる? マシューの感覚にかぶせるようにして、

「てめえの叔父貴が、また化け物をおもちゃにしやがったんだ!」

 まるでフォルティシス自身が犯人であるかのように、エドアルドは怒りにぎらついた視線を投げつける。

 ……叔父貴?

 マシューは思った。

 ……東宮の叔父といえば。

 東宮が強くエドアルドをにらんだ。

「だまれ」

「俺の故郷もこうだった、虫が急に化け物に変わったんだ。

 自分がやらせたんだって、あの野郎自分で言ってやがったじゃねえか!」

「エディ、黙れといっている」

「みんなそれで死んだ。

 何であの時、俺にあいつを殺させなかった!」

 マシューは思い出していた。

 エドアルドは、化け物たちとの激しい戦いの最前線であった東部戦線で大きな戦績を挙げ、勝利をもたらした英雄だ。

 皇弟バサントゥが帝都に呼び寄せ、自分の配下に加えようとしたその日、エドアルドはバサントゥに斬りかかり、英雄から一転、反逆者の烙印を押されたのだ。

 バサントゥがやったことなのか。

 現皇帝の弟は、乱暴で権力欲が強く、下々にひどく評判が悪い。その彼がどうやってか、ただの虫を化け物に変える方法を手に入れていたというのか?

「黙れ!」

 フォルティシスが怒鳴り、いきなり符をかがげた。

「!」

 マシューは思わず、その符からエドアルドを守ろうとした。雷光につらぬかれるだろうと、その前にその腕を引こうと手を伸ばしたのだ。

 予想に反して、その場に現れたのは霧だった。一瞬で、風に流されるようにエドアルドの周りを通り過ぎ、次の瞬間にはエドアルドの体から力が抜けた。

 崩れるように倒れようとした彼を、マシューはあわてて抱きとめた。

 意識を失っている。

 『彼』の顔は青ざめ、肩をゆすっても……東宮の目の前でそんなことはできなかったが……目を開けそうにはなかった。

 ……今の『彼』の言葉は。

 ……本当なのか。皇弟が、化け物を。

 ……東宮殿下もそれを知って……。

 胸の内で繰り返しながら、マシューはうつむいて、意識のないエドアルドばかりを見ていた。

 東宮の顔を見ることが、どうしてもできなかったのだ。

 沈黙が下りたその場に、

「殿下!」

 鉄鎗騎士団のヒラ騎士が息せききってかけてくる。

「鋼斧騎士団の符術士から、テレーゼ殿下とシャリム殿下の位置がわかったと。

 現在、銀盾騎士団がお迎えに向かっておりますが、符の発動があったそうで、お2人は何者かと戦っているのかもしれないと」

 東宮はうなずいた。

「これ以上ここにいても仕方ない。そっちに向かうぞ。あのバカ二人を襲った大バカをしめあげる」

「テレーゼ殿下? シャリム殿下?」

 急に出てきた皇子2人の名前に、マシューはついていけなかった。ツヴァルフが小声で言う。

「ローザヴィ姫から知らせがあった。お2人は行方知れずになってたんだ」

 見上げた先では、ツヴァルフが銀縁メガネの位置を神経質に直していた。ひどく硬い表情で、

「ごく普通の人間の兵士だったはずのものが、化け物に変わったそうだ」

 ……この砦で、虫たちが化け物に変わったように?

「そのバカ犬は俺の家に送りつけておけ。部屋に放り込んで外に出すなと執事に伝えろ」

 東宮はいらだった口調でヒラ騎士に命じ、

「行くぞ、ツヴァルフ、マシュー」

 ちらりとこちらを振り返る。

「はっ」

 2人はそれだけを口にした。


 何も聞かなかったことにしますなどと、口に出して言うほどおろかではない。

 自分も、ツヴァルフも。

 だが、本当に何も聞かなかったことにして忘れられるほど、おろかでもなかった。

 自分も、そしてたぶんツヴァルフも。

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