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地下洞窟で、見知らぬ少年とメイドと:シャリム


「それでさあ、ここってどこ?」

 ルーフスと名乗った少年が尋ねてくる。

 シャリムは、ちらりとテレーゼの方を盗み見た。

 姉がどう判断するかと思ったのだが、異母姉はそんなシャリムにまるで興味がない様子で、ゆったりと辺りを見回した。

「位置的には、第二商工会館の地下付近だろうな」

「え?」

「その前に、なんで君はここに転がってくるはめになったの?」

 シャリムは割り込んだ。テレーゼがどう考えているかはわからないが、シャリム自身はこの2人が敵である可能性を全く捨ててはいなかった。

 ……いや、姉さんだってそう思ってるはず。だから、メリーとフィリップなんて偽名を名乗ったんだ。

 帝位に近い皇子であるシャリムとテレーゼには、潜在的な敵が多くいる。2人が命を落とすことで、なにかしらの利益がある者がたくさんいるのだ。

 ……僕たちを襲ったあの兵士も、もしかしたらだれか、黒幕の手によってああなったのかもしれないんだ。取り逃がしたと気付いた黒幕が、次の手を打ってきた可能性だってある。

 それに、

 ……今は敵じゃなくても、僕らが皇子だと知ったら命を狙ってくる可能性だってある。

 ……この子はさっき、フレリヒとナーヴと言った。なぜ、その2人のことを……。

 よけいなことに感づかれる前に、いろいろとしゃべらせておきたかった。

 そしてルーフスは、あからさまに言葉につまった。

「ええっと。

 俺、ちょっと前までケガ人だったんだ。大ケガして、意識のない間にどっかに運ばれて、治療してもらって。

 もう完全に治ったんだけど、そしたらなんかさわぎが起こって、逃げようとしてる間にいろいろあって、ここに……」

 なんだそれ。シャリムは思った。何一つ意味の分からない、めちゃくちゃな説明だ。

 だが。

 ……ここまでむちゃくちゃだと、逆に本当っぽい。

 この少年が、敵の手によって自分たちのもとに送り込まれてきたのなら、それらしいウソくらい事前に用意するだろう。

 ……とりあえずもうちょっと聞きださなきゃな。

「君を、」

 言いかけたシャリムより早く、テレーゼが口を開いた。

「ケガは、もういいのかい?」

 少年は意表をつかれた様子だった。

「ちょっと前までケガ人だったんだろう。今はもうケガ人ではないのか?」

「え、あ、うん、たぶんもう」

「そうか。治ったなら良いことだ。

 君を治療した人たちというのは誰だ?」

「ええっと……たぶん……騎士団ぽい人たちだと思う」

「そうか」

「その人たちに、ここはどこって聞かなかったの?」

 今度はシャリムが聞いた。

 ……普通、聞くだろう。聞かないはずがない。姉さんだってそのくらいは聞くはずだ。

「聞いたけど、教えてもらえなかった」

 ……なんだそれ。シャリムはもう一度思った。  おかしすぎるだろ。なんだこの子のわけありっぷり。

「じゃあそっちの、……アルトちゃん、も――」

 メイドは、困った顔で助けを求めるようにルーフスを見た。

「私も、なんか、よくわかんないうちにここに……」

 ……わけのわからない人が、1人から3人に増えた。シャリムは頭を抱えたかった。姉さん1人でじゅうぶんなんだよ、理解できない人は。

「そっちは? どうしてここに?」

 ルーフスが問うてきて、アルトもこくこくとうなずいて返答をうながした。シャリムが考える間もなく、テレーゼがすぐ口を開く。

「私たちもよくわからないな。よくわからない者に襲われて逃げ込んだ先が、ここだった」

「そっかあ、みんなよくわからないんですね」

 うなずくアルトがなぜ納得顔なのか、シャリムにはそれこそわからなかった。

「とにかく、メリーさんとフィリップさんはフツーに歩いてここに入ってきたんですね」

 アルトはほっとしたような笑顔になった。

「じゃあ、そこから出られますよね! どっちですか?」

「あっちだ。だが、入ってきた通路は閉じてしまったんだよ」

「……え~っ……」

 たちまちその笑顔が曇る。くるくると表情の変わる、無防備な子だ。シャリムはそんな風にメイドを観察した。

「それとね」

 テレーゼが急に言った。いつものほほえみのままだ。

「言っておかなくてはいけない事がある。また誰か来たようだ」

 思わず声を上げそうなルーフスとアルトに、テレーゼは口の前に人差し指を立てて見せた。

「また風が変わった。どこかで、外に続く出口が開いたようだ」

 2人はいそがしく辺りを見回す。だが、少なくともここからは、外への出口は見つけられなかったようだ。テレーゼに視線を戻し、

「誰かって、誰が」

「私たちにもよくわからない。私たちを襲った者か、君たちを狙ってくるという化け物か、味方なのか」

「味方がいるのか?!」

「私たちがここに逃げ込んだと知っている者が2人いる。その2人が無事に逃げのびて、人に知らせてくれたら、だれか探しに来るはずだ」

「無事に逃げのびてって?」

「その2人も、私たちと同じものに襲われた」

「4人でいるところを襲われて、僕らはここに、もう2人は襲ってきた者といっしょにその場に残されたんだ」

 シャリムが言いそえると、ルーフスとアルトは顔を見合わせた。

「大丈夫かな。心配だね」

「その2人が逃げられそうな相手なのか? さっき、暴漢って言ってたな」

「ああ。だがたぶん、人か化け物かで言ったら化け物だ」

「え?」

 アルトが首をかしげる。

「なんですかそれ? 人か化け物?」

「人のはずだったんだ。でも、化け物になってしまった」

「ええ~っ」

 情けなくおびえた声を出すアルトの横で、

 ――ルーフスがなぜか、唇を引き結んで心臓をおさえていた。



「……あっち!」

 ルーフスが小声で呼びかけ、左を指さした。

 大きな岩の後ろがえぐれたようになっていて、そこに身をかくせば前を通っただけではわからなさそうだ。4人で岩の裏に身をかくし、

「とにかく、急いでこれからどうするか決めないと」

 シャリムの早口に、テレーゼがうなずく。

「出口を探すんじゃないんですか?」

 メイド服のひざを抱えてしゃがみこんだアルトがたずねてくる。

「すぐに見つかりそうならね」

 シャリムが指差した先にいくつもの分かれ道があるのを見て、ルーフスは「あー」と納得顔になったが、

「じゃあ私、走ってひととおり見てきます!」

 アルトがやたら力強く言ったので、シャリムは驚いた。

「いや、中で何本に枝分かれしてるかもわからないんだよ? 見えてるのよりずっと複雑かも」

「大丈夫です! 私、走るの速いんです!」

 ここぞ自分の役立つ時と言わんばかりに、こぶしを握って力説する。あのね、ちょっとくらい速くたって、とても一人じゃ……とシャリムが言う前に、

「でもアルトちゃん、小回りきかないでしょ?」

 ルーフスが言った。

「細い道もあるだろうから、ずっと全速力はたぶん無理だよ」

「あー、そっか」

 アルトがうなずくのに、

 ……いや、小回りの問題なの?

 シャリムはツッコミたかった。

「だが、どちらにしろあの道の先に行くしかないだろうな」

 テレーゼが言う。

「ここでずっと隠れてはいられない。

 今すぐ行くか、しばらく様子を見てから行くか。

 全員で行動するか、手分けして行動するか。

 問題はそのあたりかな」

 いつもの平然とした口調で、その発言が的を射ているのか的外れなのか、もはやシャリムには分からなかった。

「様子を見てたら、敵の人がここに来るかもしれませんよ!」

 アルトはまた両方のこぶしを握って力説した。

「私、やっぱりひとっ走り行ってきます!」

「あ、アルトちゃん、待って!」

 ルーフスが引き止めるより早く、アルトは走り出した。

  まさしく風のように速かった。そして、さっきシャリムたちが調べ終わっている一番左の道に飛び込んで行った。

「あ、そっちは――」

 シャリムが声をかける間もない。と、ほとんど一瞬でアルトは道から飛び出してきた。

「行き止まりでした!」

 そしてすぐとなりの道に飛び込んで行く。あの一瞬で奥まで行って見てきたの? シャリムは唖然として声も出なかった。

「アルトちゃん頑張ってるし、俺も行ってくる。2人はここでじっとしてて」

 ルーフスまでそう言って岩のかげをとびだした。アルトとは逆、一番右の道へと駆けていってしまう。気を付けて、と言わなくてはと思いつく時間すらなかった。

「2人とも足が速いな。私には追いつけそうもない。ここで、見張りをしているべきだろうな」

 テレーゼが、何の驚きもあせりもない声で言った。

「でも、大丈夫かな。ここはまだ平らだけど、でこぼことか床に穴とかあったら……」

 そこで急に、背筋に寒気が走った。

 同時に、土をふむような、ザリッという音がする。

「なぜ、お前たちがここにいる」

 耳に届いた冷たい声には、聞き覚えがなかった。

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