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転がり落ちて、遭遇:ルーフス

・・・・

騎士団に閉じ込められていた部屋から抜け出したルーフスは、砦の中を進むうち、ナーヴやアルト、フレリヒと再会する。

フレリヒに言われるがままに押した壁の一部にいきなり穴が開き、ルーフスとアルトはその中に転がり落ちた。

・・・・

 フレリヒの能天気な笑顔と、ナーヴの冷たい無表情とが、あっという間に床の向こうに消える。

 ルーフスは壁に開いた穴から、急な坂を転がり落ちた。

 はじめは急斜面、途中からは傾斜がゆるくなったものの、とても体勢を立て直せるものではなく。

 閉じ込められていたどこかの建物から、転がりに転がってどこかの土の上に転がり落ちた。

「ギャーッ!!」

 アルトの奇声も遠くなったり近くなったりしながら横を転がり落ち続けていたが、最終的に同じ土の上に、あのメイド服が転がり出たのが視界のはしに見えた。

 なおもゴロゴロと平らな地面を転がり、ようやく止まる。

「い……痛って~!!」

 あちこちでぶつけた頭をおさえながら、何とか土の上に身を起こす。

「アルトちゃん、大丈夫?」

「……きゅう~……」

 空気の抜けるような音を出しながら、アルトは土の上にのびてしまった。

「うわ、アルトちゃん、しっかり!」

 あわててそっちに……さっと立ち上がれそうにはなかったのでひざ立ちで……近寄ろうとしたところで、やっと気がついた。

 数歩はなれたところで、自分たちを見下ろしている人影に。

 ばっと顔を上げたそこにいたのは、ごく立派な身なりをした一対の男女だった。

「転がり落ちてきたのか。頭を打っているかもしれないな。動かないほうがいい」

 優雅な微笑でそう言ったのは、女のほうだった。黒髪をあごのラインで切りそろえ、簡素なドレスをまとっている。

 無言でその腕を引っぱってルーフスたちから距離を取らせたのは、もう1人いる男だった。淡い色の髪に、高貴な印象の細面。文官風の衣装。

 亜神にも、降魔にも見えなかった。だが、知った顔でもなかった。

「吐き気は? どこか血は出ているかい」

 女の方が親切な言葉をかけてきた。表情は笑顔のままだ。

 ……ということは。

「あんたら、フレリヒの仲間か? それとも、ナーヴの?」

 刀のつかに手をかけながら言うと、男のほうの顔に驚きが広がった。

「フレリヒ? それにナーヴ?

 ……君、何者だ」

 とぼけているようには見えなかったが、ルーフスにはそれが信用できなかった。強くにらみつける。

「とぼけるなよ。俺たちがここに落ちてくるの、知ってたんだろ。どっちの仲間だ」

 ナーヴの仲間なら、化け物を連れて砦を襲うような奴らということだ。ほぼ確実に敵。フレリヒのほうは、未だになんなのかよくわからないが、油断はできない。

「待ってくれ、いきなり何を言い出すんだ。なんで、僕らが君たちが落ちてくるなんてわかると……」

「そっちの人、まるで驚いてないじゃないか。俺たちがここに落ちてくるってわかってたんだろ?」

 するどく指摘してやったつもりだったのに、そっちの人……女のほうの微笑は全く変わらず、男のほうに至ってはぐったりとその場にしゃがみこんでしまった。

「……ええっと……うん……そうだね、なるほどね……。

 ……うん、どう説明したらいいのかな……」

 ぶつぶつ言う男に、女の微笑が向く。

「頭痛かい。空気はそう薄くはないようだが、疲れのせいかな」

 頭痛ではないだろうとルーフスは思ったのだが、

「頭痛だよ! 姉さんにはわからないからそれでいいよ!」

 男のほういらだったように叫び、それから「しまった」と言う顔になった。

 ……姉さん。

 『姉さん』のほうは微笑を全く変えず、今度はルーフスのほうを見た。

「驚くというのは、予想外の事態が起こったと認識することだね。

 私たちはここに初めて来たから、どこにどういう出入り口があるのか知らなかった。だから、誰かがどこかから転がり落ちてきたとしても、予想外ではないんだ。そもそも予想自体ができないからね」

 そう話した本人はごく合理的な説明をしているかのような口ぶりだったのだが、

 ……なに言ってるんだろう、この人。

 ルーフスにはさっぱり意味がわからなかった。口をぽかんと開けたままでいると、

「この人は何が起こっても驚いたりしないんだよ」

 男の方が疲れた声で言った。そしてゆっくり立ち上がる。

「僕らは、ちょっとした事故でここに迷い込んだ。今、出口を探してるところだったんだ。急に君たちが現れたから、少なくとも僕は驚いている」

 そして、色の薄い瞳でルーフスを見た。

「……君たちも、迷い込んだのは同じなんじゃないか?」

 ルーフスは少し黙り、そして同じようにゆっくり立ち上がった。

「協力しないか」

 男が言葉を続ける。

「君たちが僕らを傷つけようとしないなら、僕らにも君たちを傷つける理由はない。

 ここから出るのは大変そうだ。協力しよう」

 男が言った。女の方は、一ミリも変わらない微笑をたたえ続けている。

 ルーフスは慎重に口を開いた。

「俺たちを追って、化け物が来るかもしれない。一緒にいると、襲われるかもしれない」

 男の方はわずかに眉根を寄せ、

「私たちの方も同じようなものだ。実は、ここに迷い込んだ理由は、『暴漢に襲われたから』でね」

 女の方が平然と言った。

「相手が暴漢であれ化け物であれ、2人ずつで立ち向かうより、4人でいた方が安全だろうな」

「……。

 アルトちゃん、大丈夫?」

 ルーフスは2人から目を離さないまま、横でまだ立ち上がらないアルトに声をかけた。息をひそめるようにして成り行きを見守っていたらしいアルトは、

「う、うん。もう平気」

 ひそひそと言って立ち上がった。メイド服についた砂を払うのを横目に、ルーフスはうなずいた。

「わかった。あなたたちが俺たちを攻撃しない限り、俺もあなたたちを攻撃したりはしない。協力する」

「こっちもそうしよう。約束する」

 男の方が言い、女の方も笑顔のままうなずいた。



「それで、君たちを何と呼べばいい?

 私はメリー。こっちは弟のフィリップだ」

 女の方が、やけにすらすらと言った。

 ……なんだろう、妙な違和感がある。

 ルーフスはちらりと男のほうを盗み見たが、こちらも妙にすました顔だった。

 ……偽名かな。姉と弟ってのも、本当かどうか。

 さっき『姉さん』と言ったのは確かだが、髪の色も違うし、顔も似ていない。

 だが、ウソだろうと問いただすほどの根拠は何もない。それに、大貴族の令嬢令息なら、どこの馬の骨とも知れない自分に本名を明かさないのは当たり前かもしれない。

 ……俺が悪いやつじゃないって保証、この人たちにはないもんな。一応信じとくか。

「俺、ルーフス。それからこっちが……」

 アルトはメイド服のスカートをひるがえしてくるりと一回転し、右ほほに人差し指を当てて首をかしげた。

「かわいいメイドのアルトちゃんでーっす!」

「アルトちゃんって呼んであげてね」

 言い添えたルーフスとアルトに、弟のほうは静かに、ごく高貴なほほえみを浮かべた。おだやかさと寛容と『そのボケ拾いきれないからスルーするね』という思いに満ちた笑みだった。

 姉のほうは元の微笑を一ミリも変えなかった。

「わかった、アルトちゃんと呼ぼう。

 ではルーフスとアルトちゃん、よろしく頼むよ」

「うん」

 うなずくルーフスの横で、アルトがひとり、「あ、総スルーなんだ……」と小声でつぶやいた。

「それでさ、メリーとフィリップ。

 大事なこと確認しとくけど、二人は戦える人?」

 姉弟はそろって首を振った。

「私は全く戦えない」

「僕も、最低限の護身術は学んでるけど」

 腰にさした、飾りつきの短剣を指してみせる。

「本当に最低限だ。化け物はもちろん、僕らを襲ってきた暴漢にも、たちうちできない」

「アルトちゃんも戦えそうにないが、ルーフスは戦えそうだな?」

 姉の方が、優雅な微笑で言う。

「あ、はい。私メイドだから戦えません。でもルーフス君は強いです。ね」

 アルトは早口に言ったが、

「うーん……」

 ルーフスは思わずむずかしい顔になった。

「剣の修行はしてるけど、まだ修行中だから、あんまり頼りにされるとまずいかもしれない」

「わかった。十分な腕は持っていないのだね。君の事は頼りにしないようにしよう」

 笑顔できっぱり言われてルーフスはめんくらった。いや、確かに、頼りにするなって俺が言ったんだけどさ。

「姉さん、ちょっと黙ってて。二歩後ろに下がって」

 弟がいやに鋭く言った。素直に二歩後ろに下がった姉の代わりにルーフスとアルトのほうに歩み寄ってきて、

「ごめんね。うちの姉さん、ときどきデリカシーに欠けたこと言うんだ。どこか遠い国から来た人だと思って、聞き流してあげて」

「……あ、そう」

 ……そのセリフもどうかなあ。

「ええっと……。話元に戻して、なるべく戦いにならないよう、敵っぽいのはからは基本隠れるってことでいいかな」

「うん、そうだね。……姉さん、もうしゃべっていいよ」

「そうか。私もルーフスと同じ意見だ」

 黙れといわれる前からの微笑を全く崩さないまま再度口を開いた女に、ルーフスは思った。

 姉弟なのは本当のようだ、と。

 そしてすごく変な姉弟だ、と。

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