誘い出すものたち:エドアルド
エドアルド→東宮私邸の警備兵。反逆者の烙印を押され、東宮に逆らえない立場。
フォルティシス→現皇帝の長子、東宮。ローザの異母兄。
帝都の、市街地から外れた場所にある東宮私邸。
東宮私室の床に座って本を読んでいたエドアルドは、ノックの音で顔を上げた。
ドアを開けて顔をのぞかせたのは、メイド頭だ。いつもの執事は、用事があって街に出ている。
「エドアルドさん、東宮殿下がお呼びだそうですわ。急いで、飛空挺の離着陸場までおいでくださいと」
エドアルドは持っていた本をぱたりと閉じた。
「……化け物か?」
「そこまではうかがいませんでした。知らせを持ってらした騎士団の方、ずいぶん急いでらして」
目が変わったせいか、早口で答えるメイド頭は半歩ほど後ずさっていた。かまわず――かまっていられず――エドアルドは立ち上がる。
「すぐ行く」
警備兵の制服に着替え、愛刀を持つのに数分もかからない。メイドたちの「お気をつけて」の声に送られて東宮私邸を出たエドアルドは、城下町に出る道でなく、林の中を突っ切る細い道のほうに足を向けた。飛空挺の離着陸場に行くのなら、これが一番早い。
と、いくらも行かないうちにエドアルドは足を止めた。
「……用があるなら出て来い」
林の中に、気配がある。
1つではない。2つ3つでもない。
動こうとしない気配に向け、エドアルドは再度声を投げた。
「待たせんじゃねえよ。囲んでも囲まなくても同じだ」
すっと、木立にまぎれるような衣装の者が木の陰から足を踏み出してきた。まずは1人だったが、その後ろに2人、横手と後ろにも3人ずついる。
「東宮に飼われている反逆者だな」
顔をおおう布の後ろから、押し殺したような声がした。
「だったらなんだ」
挑発的に返したエドアルドに、覆面の男はわずかにあごを引いただけだった。
そしてゆっくりと、腰の剣に手を伸ばす。
「……俺を呼び出したのはお前らかよ」
エドアルドは、自分を囲んで一斉に刀を抜き始める覆面たちを、しらけきった気分でながめた。
「妙な小細工しやがって。フォルテにうらみでもあんのか? 仕返しは本人にしろよ、迷惑だ」
右側に立つ覆面の体に力が入った。エドアルドはゆっくりと一同を見渡し、刀に手をかける。
「反逆者同士のよしみだ。今、これでひくのなら斬らないでやるよ」
そして刀のつかに手をかける。
「斬りかかって来るなら、覚悟してこい」
ななめ後ろにいた男が、いきなり地を蹴った。死角から斬りかかった男の刀がエドアルドに届く前に、その腕から血が吹き上がった。
「なっ……!」
その血を見て初めて自分が斬られたことを知ったらしい男は、次の瞬間エドアルドの蹴りを真横から食らって吹っ飛んだ。横から斬りかかろうとした別の覆面が、吹っ飛んだ男を危うくよけ、よけると同時に悲鳴を上げて剣を取り落し、ついで肩を抑えて膝をついた。体を包む布が、肩のところからみるみる血に染まる。
最初の覆面に蹴りを見舞ったエドアルドが、間髪入れずもう一人を斬り捨てたのだのだ。
最初に斬りかかった男は、太い木の幹に顔面からたたきつけられていた。そのままずるずるとくずれ落ちる。
いつ刀を抜いたのか。どうやって2人を斬ったのか。それすら知覚できなかった襲撃者たちが静まり返る中、
「次はどいつだ?」
彼らの中央で、エドアルドは言い放った。
「……来ねえのか。じゃ、こっちから……」
「待て!」
先ほどの余裕がふきとんだ声で、最初に口を開いた男が叫んだ。
「これを見ても同じことが言えるか?!」
右手に持ったものをかかげて見せる。
見覚えのある短刀のように見えた。
……フォルテの守り刀?
わずかに顔に出たのを気取られたらしい。
「東宮フォルティシスは、すでに我らの手に落ちている」
覆面の男の声に、高圧的な調子が戻った。
「刀を捨てろ。逆らえば、東宮の命の保障はないと思え」
エドアルドはしらじらと男の顔を見返した。
「いいんじゃねえの、殺してやれよ」
「?!」
表情が見えなくても、びくりと動いた肩の動きで、覆面男のおどろきが伝わってきた。
「お前らみたいなチンピラにとっつかまるなんて、あのプライドのかたまりには耐えられないだろ。生き恥さらさせるより、殺してやるほうが親切だぜ」
エドアルドをかこむ覆面の男たちは、驚きと困惑とがいりまじった沈黙に包まれている。
「そんだけか? じゃ、おしゃべりは終わりだ」
エドアルドがもう一度刀のつかに手をかけるのと、
「殺せ!」
覆面が叫ぶのがほぼ同時、そして、包囲した覆面たちが一斉にエドアルドに襲い掛かった瞬間、その場に雷光が走った。
電撃に打たれ、男たちは短い悲鳴を上げると意識を失って崩れ落ちる。
それを、エドアルドはやはりしらじらと眺めた。
「全員でとびかかってきてどうすんだよ。同士討ちになるだけだろ」
エドアルドの背後、東宮私邸の方から、軽い笑い声が届いた。
「バカ犬に言われるようじゃ、おしまいだな」
東宮フォルティシスが、騎馬のままゆっくり近づいてきていた。
「ま、俺がつかまったなんてたわごとを信じない程度の知恵は、お前の脳みそにもあったみたいだな」
「お前に、こんなバカどもにつかまるような可愛げがあるかよ」
フォルティシスはまた笑い、エドアルドの近くまで馬を寄せ、降りた。それをエドアルドは横目でにらむ。
「お前、本当にフォルテかよ。うちに来たやつはお前の騎士団のやつに化けてて、メイド頭さんがころっとだまされてたぞ」
「あの女は執事ほどするどくないからな。いまごろ鉄鎗の符術士が、幻術をやぶる結界を張りなおしているはずだ」
そしてすっとエドアルドの肩を引き寄せた。
「本物の証拠がほしいなら、お前がゆうべ何と言ってしがみついてきたか、今ここで繰り返してやろうか?」
「死ねよ!」
フォルティシスの体を押し返し、エドアルドは数歩の距離を取った。フォルティシスは笑うだけで引き戻そうとはしない。
「さて。そろそろ鉄鎗の連中が来るころだ。こいつらの始末は任せて、俺たちは行くか、エディ」
「至天宮だろ。俺は入れねえぞ」
また馬上に戻ったフォルティシスについて歩きながら、エドアルドはふと気づいた。
「ここに来たってことは、お前のほうも何か仕掛けられたんだろ?」
「ああ、つまらん仕掛けだよ。……だが」
つぶやいたフォルティシスの薄笑いが不意に消える。
「頭の悪いのが2人、引っかかって姿を消した。至天宮の外にな」