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双晶宮へと:シャリム

シャリム→現皇帝の第4子。異母兄弟中でまともなのは自分だけだと常々思っている。

テレーゼ→現皇帝の第3子。才女にして変人と名高い皇女。

イリス→現皇帝の第2子で、ローザの唯一の同母姉。1年前に残忍な亜神となり、東宮と敵対している。

ローザ→シャリムたちの異母妹。最近、皇帝の第19子として認められ、次期皇帝として指名された。

コトハ→ローザにつけられた騎士。東宮フォルティシスの部下

 シャリムが、異母姉イリスリールとの出会いを思い出したのは、その同母妹と話しているときだった。


「イリス姉さまは、この至天宮で育ったんですよね」

 至天宮奥の、ローザの私室だ。

 シャリムとテレーゼとともにティーセットを囲みながら、ローザは盛んに質問をしてきた。

 至天宮に来たばかりの異母妹は、どうも最近、いろいろと調べ物に精を出しているらしい。

 宮殿内の書庫に毎日のように出入りしているとか、古株の文官に話を聞いて回っていると聞いていた。

「小さいころは双晶宮からほとんど外に出なかったらしいな。

 私は、7歳のときに初めて存在を知った」

 テレーゼがそう言うので、そうだ僕が6歳のときだったと思い出したのだった。

「兄上は、もっと昔から知っていたらしい」

「フォルティシス兄さまが? そうなんですか」  ローザは何か考えている。

「その、双晶宮という場所、入ってみることはできますか」

「どうだろうね。姉さんがああなってからは、封鎖されたと聞いているが」

「入ってみたいです。姉さま、だれに頼めばいいでしょうか」

 ローザはひどくいきおいこんでいる。

 ……双晶宮に、イリスが亜神と化した謎を解くカギがあると考えているんだろうか。

 シャリムはそんなことを思った。



 結局、腰の軽いテレーゼがほいほいとフォルティシスの元へ行き、

「勝手に入れ」

の一言をもらってきた。

「ありがとうございます、姉さま! 私、さっそく行ってきます」

 大喜びのローザが、ペンや紙をカバンに押し込む後ろで、テレーゼがささやいてきた。

「シャリム。兄上から、私と君も行くようにと言われている」

「……そうかなと思ってたよ」

「兄上から伝言だ。『シャリム、お前はちゃんと見とけよ』と」

「…………」

 渋い顔になるのを抑えられなかった。もし双晶宮でローザに異変が起こるようなら、決して見逃すなと言うのだ。テレーゼはそういう感性がおそろしいほど鈍い。

 ……だから僕が見てるつもりではあったけどさあ、対処しろとかまで期待されてないよね?

 内心ため息をつく間に、ローザの支度が整ったようだった。自分たちも共に行くとテレーゼが告げ、3人でローザの部屋を出る。



 連絡が行っていたらしく、扉の外には鉄鎗騎士団のコトハが待ちかまえていた。

「おともいたします、ローザヴィ様」

 ――そしてもう1人。

 ろうかのあちら側から、供を何人も連れた老人が、ゆっくりと歩いてきていた。

 彼はこちらに気付くと足を止め、臣下の礼を取って冷たい声を出した。

「テレーゼ殿下、屋敷にお帰りでございますか」

「ああ、おじいさま。帰るんじゃなく、今から出かけるんだ」

 テレーゼの母方の祖父、ダイナ公爵だった。

 彼がほほえむのを、シャリムは見たことがない。だれと話すときでも、常に鋭く、冷たささえ感じさせる瞳を保っている。

 孫娘のはずのテレーゼにでも。

 その、いつも鋭い目が、シャリムたち一同をひとなでする。そして、

「お出かけに? どちらへ」

「双晶宮だ」

「双晶宮」

 ダイナ公のきびしい顔が、ますますけわしくなった。

「なぜそのような場所に?」

「調べものだ」

 テレーゼは、だれと話すときとも同じ、上品な微笑のままだ。対して、ダイナ公の顔はひどく難しい。

 ……双晶宮がイリスリール姉さんの住んでた場所だって、ダイナ公はご存じだもんな。

 シャリムは思う。ダイナ公は、イリスリールの存在を知らされていた、たった4人の重臣のうちの1人だった。

「殿下がたとご一緒にでございますか」

「ああ」

 テレーゼは平然と答える。ダイナ公の眉間にしわがよったままなので、シャリムには公が何と言うべきか考えている途中だと思ったのだが、テレーゼはそれで問答が終わったと思ったらしい。

「双晶宮はそんなに広くない。夜までには帰るよ」

 それだけ言ってすたすたと歩き始める。ダイナ公が黙って道を明けたので、シャリムもそそくさとその後に続いた。ローザもまた、猛獣の鼻先を通るような表情で、早足についてきた。



 テレーゼの母親は、ダイナ公の一人娘だ。

 テレーゼの母は、皇帝の子を産むことなど望んでいなかったらしい。皇帝が、半ば無理矢理に愛人状態にしてテレーゼを産ませたのだ。

 そしてダイナ公の一人娘は、テレーゼを産んだ後、産後の肥立ちが悪くて亡くなったと聞いている。

 ……ダイナ公は、皇帝を憎んでいるだろう。

 シャリムはそう思うことがあった。

 ……そして多分、その皇帝の血をひくテレーゼのことも。

 そう思うことも、たびたびあった。



 双晶宮は、至天宮の中心から離れたところにある。

 庭園を抜け、建物の間をしばらく歩いて、やっとたどり着いた。

 至天宮の建物の中では、小さいほうだ。地方の弱小貴族の屋敷くらいの大きさだった。  建物の前で文官が一人待っていて、正面入口の扉を開けてくれた。一歩中に入ると、

「うわ、かびくさいね」

 シャリムは思わず声をもらした。

「扉を開けておいたほうがよさそうだな」

 テレーゼが言った。そして自分で扉に向かおうとするので、コトハが足を速め、扉を閉めようとしていた文官にそれを伝えに行った。

「窓も全部開けてしまおうか」

 テレーゼはためらう様子もなく、自ら窓へと寄っていく。シャリムも、ローザの様子を横目で見ながら手近な窓に歩み寄った。戻ってきたコトハがあわてた様子で、

「殿下、私がやります」

と小走りになる。

 ローザは、数歩入ったところで立ち尽くしていた。

「なんだか……がらんとしたところなんですね」

 シャリムも同じ感想を持った。壁は白く、柱にも天井にも、装飾のたぐいは一切ない。右を見ても左を見ても白く、四角かった。それだけだ。

「昔、絵を描く皇子がいて、こもって絵画に没頭するための建物として作らせたそうだよ」

 テレーゼがすらすら答えた。

「私にはよくわからないが、芸術のじゃまになると言って、余計なものはつけさせなかったそうだ」

「でも、イリスリール姉さんがいたときには、布や絵が飾られてたよ」

 シャリムは思い出して言った。

「昔、1度来たとき、確かそうだった」

 ローザはほっとした顔をした。こんな白く四角い空間に、姉が長年閉じ込められていたとは思いたくなかったんだろう。シャリムはそう思ったのだが、

「姉さんが化け物になったあと、ここの備品はすべて焼き捨てられたそうだ。だから、今はこんな状態なんだろう」

 テレーゼが平然と言った。焼き捨てられた、という言葉の強さにローザは凍りつき、コトハもギョッとした顔で振り返った。

 ……本当に相変わらず、あのころから……!

 シャリムは頭を抱えたかった。

「……奥の部屋も、見たいです」

 ローザが、テレーゼをにらむコトハのそでを引っ張った。

「ええ、参りましょう」

 コトハは、露骨にテレーゼから顔を背けてローザとともに奥に向かう。シャリムはため息をついた。テレーゼだけがいつもと変わりないほほえみだった。


 4人が話していたのは、建物に入ってすぐの玄関ホールのようなところだった。二階までの吹き抜けになっていて、せまさのわりに開放感はある。

 正面には階段が上にのび、左右には扉があった。

「姉さんの部屋は、たしか右側だよ。左は使用人のスペースだったと思う」

 コトハが開けた右側の扉をくぐると短いろうかがあり、さらにもう一枚の扉の向こうに、かなり広いスペースがあった。かつてのイリスの部屋だ。

 がらんとしている。しかし、白一色ではなかった。

「壁画がありますね」

 コトハがおどろいたように言い、ローザもうなずいた。壁の一枚が、まるまる大きな壁画になっている。

 不思議な絵だった。

 濃紺の背景に、大きな砂時計のようなものが描かれている。上下がごく広くなっていて、その間が細くくびれているのだ。

 上側の広い部分には、輝く太陽と、花々と、泉や森が描かれている。

 下側の広い部分には、暗い岩場や枯れた木だけが描かれている。

 そして、その間のくびれた部分には、

「これは至天宮だな」

 テレーゼが言い、シャリムも気付いて「あっ!」と声を上げた。至天宮中央の、玉座のある建物が描かれている。

「上が花畑で、下が不毛の地で、間に至天宮がある……?」

 コトハは困惑した様子だ。

「宗教画でしょうか。私たちは天国と地獄の間にいるのだから、天国へ近づけるように良い行動をしなくてはならないと」

 ローザはそう言ったが、

「うーん……。あんまり、宮殿内に飾っとくような絵じゃないね」

 シャリムは戸惑っていた。皇帝が神に祝福されているという壁画ならば、宮殿内にいくつもある。だが、こんな絵がここにある意味はよくわからなかった。

 考えるような沈黙がその場に落ちたそのとき。

 正面入り口の扉が開く音がした。

 4人は顔を上げた。コトハが素早く銃を取り出しながら前に出るのと同時に、

「テレーゼ様! テレーゼ様!」

 必死に呼ぶ声が聞こえた。

「おや。私の家の者だ」

 テレーゼの言葉が終わる前に、人影が部屋へと駆け込んできた。

「あの人……」

 ローザがつぶやき、コトハと顔を見合わせるのが視界のはしに映った。

 シャリムにも見覚えがあった。ダイナ公に仕える下級兵士だ。テレーゼやシャリムとあまり変わらない年頃だが、子どもの頃からダイナ公の屋敷で働いていたのを覚えている。

 ……なんで、あんなにあわてて、ここへ。

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