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少年、それからメイドともう一人の少年:ルーフス

ルーフス→14歳の少年騎士(未)。ローザを探している。騎士団に捕まり監禁から脱走中。

ナーヴ→現皇帝の弟の息子らしき少年。

アルト:自称「可愛いメイドのアルトちゃん」。奇声を発して高速で走る。

フレリヒ→悪名高い神がかりの皇子。

「これを使え」

 突然背後から声がかかり、はじかれたように振り返ったルーフスの目は、まず放り投げられた刀のさやを見た。

 そしてその向こうに、ろうかいっぱいに広がる巨大な昆虫の群れを。

 最後に、それらの真ん中に立つ、少年の姿をとらえていた。

「ナーヴ!」

 叫んだ足元に、刀のさやが落ちてうつろな音を立てる。

 立っていたのは、ザイン城で皇弟とともにいた、あの少年だった。仕立ての良い長衣、左肩でゆるくくくった白銀の髪。ルーフスに隠し扉の位置を教え、奇妙な符の術を見せた細身の少年だった。

 足元のさやを拾うこともせず、ルーフスは刀を構えた。

 ナーヴは無表情にこちらを見ている。化け物に囲まれたままで。

 ……まるで……。

「こいつら、お前が連れてきたのか」

 直感的にそう思った。

 化け物たちの真ん中で、ナーヴは無言でこちらを見返した。

「お前が、化け物たちを呼び出したのか」

 化け物たちもまた、じっとルーフスを見ている。中央に立つナーヴの命令を待つように。

「私がこのようなものを作り出す理由はない。あれが勝手にやったこと。

 ……どれもこれも、ひどく質が悪い」

「『あれ』? あれって誰だ」

 問いながら、反射的にひとつの顔が頭に浮かんだ。

 ……皇弟。こいつの父親。

 ザイン城の森で、ナーヴに異様なまでに甘い態度を取っていた粗野な男。

 ナーヴは何も答えなかった。そして、そのガラス玉のような目から放たれる冷たい視線が、すっとルーフスの顔から胸へと移動する。

「……よく育っている。あの小娘のしかけか」

 背筋がぞっとした。何かひどく、まがまがしいものを感じた。思わず刀をにぎる手に力がこもるうちに、

「だが、もう少しか。まだ、刈り取るときではない」

 ナーヴの視線がすっとそらされた。

「お前……なんだよ、どういう意味だ!」

 不安から声が大きくなったルーフスに、ナーヴの声はどこまでも淡々としていた。

「お前をここから出してやろう」

 その白い指が静かに動き、左のほうを指す。

「西だ。帝都の西に、イラハル神殿がある。娘はそこを訪れるだろう」

 そしてまた、その瞳にルーフスを映した。

「神殿に行って、かきまわせ」

「お前の言うとおりにしたくない」

 ルーフスは刀をかまえなおした。

「ここでお前を捕まえて、騎士団に突き出したほうがいい気がしてる」

「そしてお前も騎士団にとらわれるのか?」

 ナーヴはつまらなさそうに言った。

「私はあれどもになど指一本ふれさせぬが、お前はそうもいくまい。

 降魔どもと騎士ども、双方の手をかいくぐり、1人でこの砦から脱出できるのか」

 ルーフスはぐっとくちびるをかんだ。確かに、敵だらけのこの砦、出口がどこなのかすらわからないこの場所から脱出するのは至難のわざだ。

「私が連れ出してやろう。お前が行き、かきまわすべき場所に放り出してやる」

「まっぴらごめんだ」

 反射的にそう答えた。ナーヴがわずかにあごを引く。同時に、降魔たちが一斉に姿勢を低くした。

 ……来る!

 全身に力を入れた瞬間、

「じゃあ、僕と一緒に来ればいいよ!」

 笑い転げるような声がした。どこともない中空から、いきなりその場に響き渡ったように聞こえた。

 この声、たしか、

「フレ……!」

「ギャーッ!!!」

 呼びかけたルーフスの声が、とんでもない音量の奇声にかき消された。

「ギャーッ! ギャーッ!!」

 高速で近づいてきた奇声の後ろに笑い転げる声が聞こえた、と思ったときには、目の前にメイド服があった。

「ギャーッ!」

「アルトちゃ……!」

 超高速で走ってきたのはアルト、おびえたようにギュッと目を閉じて疾走するその背には小さな人影が負ぶさり、笑い転げている。ルーフスはあやうく身をかわし、アルトはそのままナーヴを取り囲む降魔につっこんだ。

「ギャーッ!」

「アルトちゃん!! 止まって! 止まって!!」

 跳ねとんだのは降魔のほうだった。巨大な昆虫を4匹跳ね飛ばし、ナーヴのすぐ横を駆け抜けた向こう側で、

「えっ、ルーフスくん?」

 アルトはようやくブレーキをかけた。

「え? あ、あれ、ここどこ? ひゃっ、化け物!」

 おたおたするその背中で、子どものような少年がステッキを振り回して上機嫌だ。

「アハハハハ、速かったねえ!」

 小さな体、つぶれたようなシルクハット、おかしなデザインの子供用タキシード。

 神がかりの皇子、フレリヒだった。

 突然のことに、ルーフスは声も出なかった。彼の前では、ナーヴが肩ごしに振り返り、突然登場した神がかりの皇子とメイドをながめている。彼を取り囲む化け物たちは、仲間がはねとばされたのに、攻撃を始めようとする様子がなかった。

 そしてナーヴたちをはさんだ向こう側に、フレリヒを背負ったアルトが落ち着きなくきょろきょろしている。

「なにをしに来た、フレリヒ。

 余計なことはするなと言ったぞ」

 ナーヴが、それまでより更に冷たい声を出した。フレリヒはきゃっきゃと笑う。

「なにをしたいのかなと思って、見に来たんだよ。いいでしょ、これ。すごく速く走るんだよ!」

「る、ルーフスく~ん……」

 ヘッドドレスつきの頭をポンポンたたかれ、アルトが泣きそうな声を出す。フレリヒはさらに笑った。

「ルーフスも乗せてあげるよ」

「よせよ、アルトちゃんから下りろ。何でこんな場所に連れてきた? アルトちゃん戦えない人なんだぞ!」

「そうだよ、だから戦わずにここから出る道を教えてあげるよ」

 ルーフスは驚き、そして反射的にナーヴを見た。少年の細い眉が寄っている。

 ……予想外、なのか? これも仕込みのうちってわけじゃないのか。

 ナーヴは静かにルーフスに背を向け、体ごとフレリヒに向き直った。

「なにをしに来た。どういうつもりだ」

 冷たい声に、フレリヒはけたけたと笑い転げる。

「さっきも言ったよ。なにをしたいのか、見に来たんだよ」

 アルトの背から降りるつもりはないようだった。

「それから、ルーフスをここから出してあげるんだよ。僕、ルーフスと友達になったんだ!」

「ルーフスくん、ここどこ? 私、帝都の近くの街道を歩いてたはずなのに」

 アルトが涙目で言った。

「この人だれ? 急に上から降ってきて、走れーって」

 ルーフスは、笑い続けるフレリヒとナーヴ、双方を等分に警戒しながら答えた。

「フレリヒ、らしい。俺にはそう名乗ってた」

「フレリヒ?! 皇子のフレリヒ殿下?」

「そうらしい。知ってる?」

「お名前と、なんていうか、すごくアレってことは」

 ルーフスはうなずいた。

「じゃあ、あいつは本当に皇子フレリヒなんだな」

「あ、アレってうわさ、本当なんだ」

 身もふたもない話をする2人をにこにこと見ていたフレリヒは、

「会議終わった?」

とステッキを回す。

「終わったんなら、ここから出る道を教えてあげるよ」

「お前……」

「フレリヒ」

 ルーフスの勢い込んだ声と、ナーヴの冷たい声とが同時になった。

「そんなことわかるのか?」

「余計なことはするな」

 フレリヒがけたけた笑ったのは、ナーヴに向けてだった。

「余計なことじゃないよ。おもしろいことだよ。

 僕はしたいことをするし、したくないことはしない。わかることはわかるし、わからないことはわからない」

 その能天気な笑顔を冷たく見ていたナーヴの視線が、ふっと動いた。どこか、壁と天井を通り抜けた先を見るような瞳になる。

「騎士どもめ。意外と行動が早い」

 フレリヒがひょいとアルトの背から飛び降りた。

「もうほとんどかたづいてるね。ここに来るのも時間の問題かな」

 ルーフスは全身が緊張するのをおさえられなかった。2人がどうやって知ったのかはわからないが、騎士団が化け物を制圧しつつあるようだ。

 このままここにいたら、そのうち騎士たちに囲まれる。

「まっ、まずいよね?! 私不法侵入者だよね?!」

 アルトもあわてふためきだした。フレリヒはころころ笑い、

「逃げないとしばり首だね!」

 アルトをますますあわてさせてから、ルーフスとアルトの顔を順に見た。

「ねえ、壁に、赤っぽい石があるでしょ?」

 明るい声で、右手の壁にステッキを向ける。確かに、青っぽい石で作られた壁の中に、多少赤みがかった石がひとつ紛れ込んでいた。幼児の体より大きい石で、言われて見たらすぐにわかった。

「あ、ほんとだ」

 向かい側でアルトも言った。ナーヴをはさんでルーフスの側とアルトの側、両方の壁の低い場所に、同じような石があるようだった。

「押してごらんよ。一緒にさ」

 アルトは疑う様子もなく、床に片ひざをついて両手でその石を押し始める。ルーフスもとりあえず刀を持たない方の手で押してみた。力を込めると、石が少しだけ奥に動く。もっと動きそうな感触もあった。

 床に落ちたままのさやを拾って刀を収めて腰に差し、改めて両手で石を押した。ジワジワと奥に動くのが分かる。

「……で、押してどうするんだ?」

 フレリヒは明るく笑った。

「落ちるんだよ」

 石がいきなり、何の抵抗もなく奥に滑った。

「うわっ?!」

 体重をかけていたルーフスは思いきりバランスを崩し、石が抜けてぽっかり明いた空洞に転がり込んだ。床はあった。だが、すさまじく急な傾斜だ。

「ギャーッ!」

 同じように転げたのだろうアルトの奇声が響くのを聞きながら、ルーフスは急な坂道を転がり落ちた。

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