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祝福の儀、もしくは封印の儀:ローザ

ローザ→ルーフスの幼馴染。最近、皇帝の第19子として認められ、次期皇帝として指名された。

コトハ→ローザにつけられた騎士。東宮フォルティシスの部下

フォルティシス→現皇帝の長子、東宮。ローザの異母兄。

イリスリール→現皇帝の第2子で、ローザの唯一の同母姉。1年前に残忍な亜神となり、東宮と敵対している。

 ローザは、コトハにつれられて至天宮のろうかを歩いていた。

「ローザヴィ様、東宮殿下がお呼びとのことです」

 そう唐突に告げられ、そのまま案内されて歩きながら、ローザはいったい何事だろうと不安をつのらせていた。

「コトハさん、兄さまは私に、何のご用なんでしょう」

「申し訳ございません。わたくしも、知らされておりません」

 コトハのその返事に、ますます不安がつのった。

 ……フォルティシス兄さまに会うのは久しぶりだわ。大抵のことは、コトハさんかシャリム兄さまを通して伝えられるもの。

 ザイン城にイリスをおびき寄せる作戦も、コトハから伝えられたのみ。至天宮から出立する兄と会う機会すらなかった。

 ……わざわざ呼び出されるなんて。

 ……きっと、何か重要なこと……。


 案内されたのは、帝都に到着してすぐ連れてこられた兄の執務室だった。

 分厚い扉をコトハが開けてくれる。その向こうには、無表情のフォルティシスが部屋の奥の執務机に収まっていた。

「兄さま、」

 あいさつしようとした矢先、コトハが部屋の外に残ったまま扉を閉めたので、ローザは思わず言葉をとめた。

 部屋の中には、兄と、自分だけだ。

「座れ」

 あいさつもなく兄が口を開いた。

「……はい」

 一礼して、執務机と向かい合うイスに腰を下ろす。ほぼ同時に、フォルティシスが言葉を続けた。

「先に言うが、これは俺たちの間だけの話だ。コトハにも、テレーゼやシャリムにも他言無用。

 わかったな」

「はい」

 ……何かしら。

 兄の厳しい目に気圧され、ローザは不安で仕方なかった。

 ……姉さま。ラフィン。

 反射的に心の中でその名を呼び、そんな自分にハッとした。

 ……だめ、しっかりするの。

 ぐっとこぶしを握り、まっすぐにフォルティシスの目を見返した。

 長兄は、そんなローザの様子に一瞬眉根を寄せたようだった。イスの背にもたれていた身を起こし、机にひじをつく。そして唐突にたずねてきた。

「お前が母親の腹の中にいたとき、イラハル神殿に行ったかどうか、知っているか」

「……イラハル神殿?」

 初めて聞く言葉だった。

「いえ。母からも姉からも、何も聞いていません」

「そうか」

 その目が一瞬、こちらの本心を探るように鋭くなる。ローザは身を固くした。

「兄さま、イラハル神殿とは何ですか?」

 そう尋ねたときには、兄が一瞬みせた探るような目は無表情に戻っていた。

「帝都の西にある、皇帝一族と縁の深い神殿だ。

 皇帝の子を宿した女は、それがわかったらすぐにイラハル神殿に行き、祝福の儀式を受けることになっている。女帝なら本人が、そうでないなら妃なり愛人なりがな」

 初めて聞く話だった。

「大々的に行われてることじゃないからな。一般市民は、例え帝都の住人でも知らないはずだ」

 皇帝一族には、そのような儀式がいろいろあるのだと兄は言った。

「赤ちゃんが無事に生まれてくるようにと、願掛けをすることはよくあります。そういうものですか?」

「そうだ。……表向きはな」

 兄はまた、こちらの胸中を見通そうとするかのような目になった。部屋の空気が重くなった気がして、ローザは身を固くし、そんな内心を兄に悟られまいとした。

「……父の愛人連中には、ただの慣習、ゲン担ぎのように伝えられている。皇后である俺の母にもな。

 だが、本当は違う。

 皇位継承権第一位と第二位にだけは強く伝えられる。何が何でも、この儀式だけは受けさせるようにと」

 全く表情を変えないまま、言葉を継いだ。

「受けられないまま生まれた赤子は、すぐさま殺すようにと」

 ぞくっと背筋に冷たいものが走った。

 ここにいるのは、兄と自分だけ。

 兄は自分に、母がイラハル神殿の儀式を受けたことがあるかとたずねてきた。

 ……受けられないまま生まれた赤子は、すぐに……。

 兄のあかがね色の目が、じっと自分を見すえている。

 背後の扉は、音を立てて閉まって、それきりだ。

 兄の手が今にも動き、刀のつかにかかるような気がした。

 突然、兄の顔に薄笑いが浮かんだ。

「……ま、受けられないまま生まれてきたやつもたくさんいるんだろうよ。

 うちは一夫一妻の国だが、こっそり愛人を作ってる皇帝は何人もいる。お前の他に何人、俺たちの知らない親父の隠し子がいるのかだって知れたもんじゃない」

 ローザはほっと全身の力を抜いた。よく見れば、兄の刀は横手の壁にかけられている。

「だが」

 続いた声のトーンが下がっていて、ローザはまた兄を見た。

「俺の母は受けた。テレーゼの母も、シャリムの母も、それ以外の弟妹の母も、全員だ。

 お前の……イリスリールの母以外は」

 ローザは息を呑んだ。

「父は、イリスリールの母親が臨月になるまでその存在を隠していた。当時、イリスリールを腹に抱えたお前の母は、ひどく具合が悪くて、帝都の高名な符術医に見てもらわなきゃ死ぬかもしれん状態だったらしい。……そうでなければ、ずっと隠し続けたのかもな」

 それこそ初耳だった。

「至天宮に運んできて治療を始めたはいいが、とてもイラハル神殿まで儀式を受けにいけるような状態じゃなかった。そしてそのまま産気づいて、イリスリールが生まれたと聞いている。

 俺たちに叔父がいるのは知ってるな?」

 急に話が飛んだようで、ローザは面食らった。

「はい、お父さまの弟の」

 バサントゥという名の叔父とは、何度か顔を合わせていた。

 こちらは、姪として礼儀を通そうとしたが、あちらからの態度は散々だ。汚いものでも見るかのような目を向けられていたころはまだマシで、次期皇帝として指名されてからは、顔を合わせるたびに憎々しげににらみつけられる。

「私のことは、お嫌いみたいです」

 兄は小さく笑った。

「だろうな。叔父貴は親父の子の中でも、とりわけイリスリールが嫌いだった。

 ……イリスリールが生まれたとき、叔父は、この赤子を殺すべきだと言ったそうだ。儀式を受けていないからな。

 だが親父は、こうなる前に極秘で儀式を受けさせていたと答えたそうだ。だから殺す必要はないと」

「…………」

 ローザの頭の中に、さまざまな思考が飛び交った。

「もともと叔父貴は親父に歯が立たん。父にそう言われたら、引き下がってそれきりだ」

 ローザはかすれた声をしぼり出した。

「兄さま。母は本当に、儀式を受けていたんでしょうか」

 兄の薄笑いが深くなる。

「イリスリールがああなった後、内密にイラハル神殿に調査を入れた。

 神殿の神官連中は口をそろえて、陛下のおっしゃった通りですと言ったそうだよ。待ちかまえていたようにな。

 いつやった、だれがイリスリールの母親を連れて来たと問いつめたら、誰ひとり、よく覚えていないとさ。

 神殿の記録には残ってないそうだ。親父が、内密に作った子だから残すなと命じたと」

 不自然だ。ローザはそう思い、自分がそう思ったのは兄がそう思って話しているからだろうと思った。

「兄さまは、姉が……姉をお腹に宿した母が、儀式を受けていないのだろうとお考えなのですか」

 一瞬ためらい、覚悟して続きを口に出した。

「そのために、姉さまはああなったとお考えなのですか」

 東宮は鼻で笑った。

「さあな。

 さっきも言ったが、皇帝の子の全てが儀式をやって生まれてきたとは思えんよ。そいつらがみんなああなってたら、この国はとっくに滅びてる」

 だから関係ないだろう、と言っているようには思えなかった。

 ……兄さまは、儀式を受けなかったことが関係しているとお考えなんだわ。

 ……じゃあ、私は。

「それで、だ」

 兄は薄笑いをやめた。

「お前が儀式を受けたか受けてないのかわからん。

 イラハル神殿にまた調査を入れようと思ったが、あっちから先手を打たれた。皇帝の命令じゃなきゃ、調査は受け入れられんとさ」

 ……つまり、私は受けていないんだわ。ローザは直感的にそう思った。そうでなければ、ちゃんと受けていますと記録を見せれば済む話だもの。

「そういうわけだ。いまさらだが、イラハル神殿で儀式を受けてもらうぞ」

 また急に話が飛んで、ローザは面食らった。

「いまさら意味があるのかはわからんが、お前は次の皇帝になる身だ。やれることは全部やっておく。

 これも先に言っておくが、お前がイリスリールのようになったら、帝位を継いだあとでも斬るぞ。そのほうがいいか?」

「いえ」

 ローザはあわてて言った。儀式を受けないつもりなら斬るぞと言われたように感じたからだ。

「私も、できることは全部しておきたいです。兄さま、お願いします」

 兄は小さくうなずいた。

「よく覚えておけ。

 皇帝の子を宿した女は、出産前に必ず儀式を受けること。

 受けられずに生まれてきた赤子は、すぐさま殺すこと。この二つだ。

 儀式があることを知っているやつはわりといるが、この二つについては、皇位継承権一位か二位になったことのあるやつしか知らされない。

 今生きてる中では父、叔父貴、俺、テレーゼ、そしてイリスリールだ。この間第一位になったお前にも知る義務がある。

 だが、それ以外の奴には知る権利はない。たとえコトハやシャリムでも、将来ムコを取っても、べらべら話すなよ」

「はい」

 ローザはうなずき、深く心に刻み付けた。

 よくわからないが、きっと何か意味のあることなのだ。

「それで、その祝福の儀はいつ……」

「ああ、もう1つあった」

 兄が無造作にさえぎった。

「俺たちに知らされている、儀式の本当の名は、祝福の儀じゃない」

 ローザは首を傾けた。

「……では……」

「封印の儀、だ」

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