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明け方のカレイドスコープ  作者: サワムラ
間の小話:温泉旅館でのんびりするはずだった
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翌朝、2名様3組ご出発:フォルティシス、ローザ、ルーフス

 翌朝。

 酔いもあってかなり早く布団に入ったエドアルドとフォルティシスは、かなり早くに目が覚めていた。

 朝風呂につかり、ゆっくり朝食を食べても、宿を出た時間はかなり早い。

「土産物屋、見てこうぜ」

 エドアルドはそんなことを言って先に歩き、辺りにいくつもある土産物屋の店先をのぞいてみている。試食を勧められるのが苦手らしく、店員がニコニコと近づいてくるとそそくさと離れることを繰り返している。

 昨夜のことは忘れ去ったような顔だ。だが、笑いあったあのひと時をフォルティシスはしっかり覚えていた。

 ……また来よう。今度は冬かな。

 甘い気分でそんなことを考えていると、素早く寄ってきた店員にうっかり試食をすすめられてしまっていたエドアルドがこっちを振り向いた。

「なあ、この栗入り温泉まんじゅう、うまいぜ。屋敷の人たちへの土産にしろよ」

 しろよ? 語尾の意味がフォルティシスにはわからなかった。

「土産をやりたいならお前がやればいいだろ。金は出してやるよ」

「バカ、俺が買ってったって誰もうれしくねえよ。

 お前がわざわざ買ってきてくれたと思うから、感激もするしみんな喜ぶんだろ」

 そうか? フォルティシスにはピンとこなかったが、

「ほら」

 エドアルドが箱を突き付けてくるので、

 ……ま、今日くらいは言うとおりにしてやってもいいか。

 おとなしく受け取り、店員に会計を求めた。



 ローザとコトハは、旅館の大浴場にあるサウナに入っていた。

「汗が吹き出しますねえ」

「そろそろ水風呂に参りますか?」

「もうちょっと」

 人生初のサウナに、ローザはご満悦だった。

 コトハもまた、この後にひかえている朝食を思ってご満悦だった。

 ……朝っぱらからそりゃあもういいご飯が出るのよ、ここ。分厚い焼きシャケにイクラに、だしまき卵に山菜汁、ゴマ豆腐とタケノコの木の芽焼き、それから5種類のつけものと……。

 ご飯を何杯おかわりしようか、コトハの頭はそれでいっぱいだった。

 昨夜、土産物店街で情報収集という名の土産物爆買いをした2人は、すっかり満足して門限前に宿に戻り、ぐっすり眠った。

 朝、さわやかに目が覚め、お茶を一杯と、昨日もらったおまけの温泉まんじゅうを一つずつ食べたのち、

「さ、朝サウナですね!」

「はい、お供します!」

 意気揚々と大浴場へと向かったのだった。

 シーズンオフの大浴場はやはり貸切状態で、2人はキャッキャとはしゃぎあいながらサウナと水風呂を往復していた。

「よぉし、水風呂です!」

 ローザが叫び、はずんだ足取りでサウナ室からとびだす。コトハもその後を追い、2人で水風呂に飛び込んで「きゃーっ!」とはしゃいだ悲鳴を上げた。

 次期皇帝となる皇女とおつきの騎士は、そろってサウナを満喫しまくっていた。何か忘れてるなあとすら思わなかった。



 ルーフスとツヴァルフは、旅館ならではの量の多い朝食をもりもり平らげていた。

 昨夜は、つかまえた悪党どもを兵士につきだし、事情聴取もされ、寝たのはかなり遅かったのだが、

「いやあ、幽霊なんて迷信だって証明した朝のご飯はうまいよな!」

「全くその通りだ」

 寝不足のはずの2人の顔には、輝くほどの笑みがあった。

「ご飯、足りてますか?」

 顔を出した女将に頼んで、おかわりのおひつまで持ってきてもらう。

「今日のお客様は良く食べるかたばかりですこと」

 女将はほほえましそうに笑って去っていった。

 朝食を食べ終わり、昨日は気もそぞろだった大浴場を今度こそゆっくり楽しんで、

「さて、じゃ、そろそろ帰るか」

「お土産買わなくていいのか?」

「道ぞいにたくさん店があっただろう。帰りがてら見ていこう」

 2人は荷物をまとめて、女将たちに礼を言って旅館を後にした。

「確か、栗入りの温泉まんじゅうというのがあったはずだ」

「へえ、おいしそうだな」

「うむ、東宮殿下への土産はそれにしようと思う」

「……あ、東宮に土産とか持ってくんだ」

 ふとルーフスは思い出した。

「そうだ団長、昨日幽霊の話をしてた土産物屋さんいただろ?」

「ああ、『湯のはな屋』というはっぴを着ていた」

「あの人に、幽霊じゃなかったって教えてやろうよ」

「そうだな! 俺たちはまっっったく怖くなかったが、彼はきっと怖がってたろうから、安心させてやらなくては」

 昨日、その土産物屋と話をした案内板の前まで来て、2人は辺りを見回した。

 それらしい看板が見当たらない。呼び込みをしている店員たちはたくさんいるが、あのはっぴを着た者はいない。

「すまない、ちょっと聞きたいのだが」

 ツヴァルフは手近な土産物屋の店員に声をかけた。

「湯のはな屋という土産物屋はどちらだろう」

 尋ねられた初老の女性店員は、眉間にしわを寄せた。

「湯のはな屋さんなら、10年も前につぶれましたよ」

「……え?」

 いや俺たち昨日、と言う前に、女性店員はため息をついた。

「悪い大金持ちにだまされて、店と財産を取り上げられてねえ。

 かわいそうに、ご主人はすっかり力を落として、閉店から間もなく亡くなられて……」

「……え」

 俺たち昨日、確かに。

「そのあとすぐ、だました金持ちも病気になって死んじゃったんですよ。きっとあれは、湯のはな屋さんのたたりでしょうねえ」

「………………」

「まあだから、今はもう湯のはな屋さんはないんですよ」

「そ、そうか。手間を取らせた」

「ありがとう」

 2人は早口に言い、そそくさとその場を離れた。

 俺たちは昨日、確かに……!

 ぞわぞわと全身に鳥肌を立てながら、ルーフスとツヴァルフは、逃げるように温泉郷を立ち去った。


 その後、帝都に戻った2人に、鉄鎗騎士団の者たちが旅はどうだったか、楽しめたかと口々に尋ねた。

 2人は黙り込み、何一つ語らなかったという。

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