お出かけ2組:ローザ、ルーフス
ローザ→ルーフスの幼馴染。最近、皇帝の第19子として認められ、次期皇帝として指名された。
コトハ→ローザにつけられた騎士。東宮フォルティシスの部下
ルーフス→14歳の少年騎士(未)。ローザを探している。
ツヴァルフ→東宮配下の鉄鎗騎士団の団長。銀縁メガネ。
「殿下、このイチゴ味というのもおいしいですよ!」
「どれどれ……。あ、本当だ、ちゃんとイチゴの味がします!」
温泉宿付近のみやげ物屋で、ローザは温泉まんじゅうの試食に舌鼓を打っていた。
民のため、幽霊を退治すると決めて宿を出たのが一時間ほど前。
「殿下、まずは情報収集が重要でございます」
コトハの真顔の提案に、確かにそうだとうなずき、導かれるままに宿に一番近いみやげ物屋に入り、
「殿下、あちらも商売でございます。何も買わずに情報だけ聞かせろというのも無礼でございましょう」
「そうですね。何か買った方がいいでしょうか」
「わたくしも、騎士団の同僚たちにみやげを持って帰りたく存じます」
「じゃ、私も姉さま兄さまや、お世話をしてくれる皆さんに」
「となれば、テキトーなものを買うわけにはまいりません。吟味しなくては」
というわけで勧められるままに試食を食べ倒していた。
「このイチゴ味のも、ひと箱ください」
コトハはすでに12箱の温泉まんじゅうを購入している。騎士団というのはたくさん人がいるんだなとローザは思った。
「殿下殿下! 隣のお店、栗入りが売ってますよ!」
「まあ本当……! あ、おいしい!
これ、フォルティシス兄さま喜んでくださるかしら」
「……えっ、東宮殿下にもおみやげ持ってくんですか」
めくるめく温泉まんじゅうの世界に、ローザは目的を見失いつつあった。
ルーフスとツヴァルフは、半ばすり足状態で町外れへと向かっていた。
「ゆ、幽霊くらい、この俺が一撃で倒してやる!」
「はっはっは、俺の出番も残しておいてくれよ!」
そんな空々しい会話が出来たのも最初のうちだけで、完全に民家が途切れ、道ばたの明かりもなくなったあたりに来ると、二人はしーんとした。
「……い、行くぞ」
「……うん」
彼らの左手には、竹で作られた簡単な柵があり、その向こうは人一人分の背丈ほど低くなっている。そこを人2人分くらいの幅の川が流れ、その向こうはこちらと同じように高くなり、竹の柵と小道がある。
低くなった川の両サイドに道がある状態だ。町の中心部では、その更に両サイドに店が立ち並び、川には沢山の橋がかかって、人々がにぎやかに行きかっているのだが、このあたりには川と道だけが残って店は一つも、橋はほとんどなくて、人の姿などまるでなくなっていた。
そして、目的のボロ橋は、このすぐ先であるはずだった。
「思ったんだけどさ」
急にルーフスが口を開いたためか、ツヴァルフがびくっとして振り返った。
「な、何だ」
「幽霊って、化け物だよな」
「……ある意味そうだな」
「人の姿を取れるってことは、上級降魔より格上だよな」
「……かも知れんな」
「じゃあ、俺が今持ってる木刀じゃ、切れないんじゃないか?」
ルーフスは持ってきた訓練用の刀を差し出した。
監禁中の身であるルーフスは、実家から持ってきた刀はもちろん、エドアルドからもらった上級降魔の短刀も取り上げられ、持たせてもらえるのは訓練用の木刀のみだった。この旅行の間も当然そうだ。
そしてツヴァルフの方は、愛用の戦斧をしっかり持ってきている。
「ああ、残念だなあ。呪のかかった武器がないんじゃ、俺、役に立てそうにないや。
せめてジャマにならないよう、後ろに引っ込んでるよ」
本心から残念であるかのような迫真の演技で述べたルーフスに、ツヴァルフは5秒だまり、
「これを貸してやろう」
いきなり自分の戦斧をさしだした。
「えっ……」
「もう一本、呪のかかった短刀を持っている。俺はこれで戦おう」
と言いながらふところから短刀をさやごと取り出してみせる。
「えっ、いや、その、これは団長の武器だし」
「遠慮するな。俺は騎士団長として、若い騎士に率先して手柄を立てさせなくてはならない」
うんうんと銀縁メガネごと深くうなずく。
「いやあ残念だ。
幽霊をこの手で成敗してやりたいが、若い者を押しのけて手柄を独占するようなマネはできんからな!」
そして斧をルーフスに押し付けようとする。
「で、でもさ、えっと、慣れない武器で幽霊と戦うのは団長が危ないよ! 俺がそっちの短刀を……」
「いや、俺はレベルが高いからこの短刀でも大丈夫だ。責任もって、君が幽霊を討ち取るさまを見届けよう。うん、帝都に戻ったら東宮殿下にきっとお話しするとも」
「えっと、いや、団長! 刀は剣士の魂だよ! 軽々しく人に貸しちゃ……!」
「これは刀じゃないから平気だ」
押し付け合いがにべもない一言で終わりそうになったとき、
ガタリ。
2人は同時にびくっとした。
「いっ……今」
「音がした……よな?」
一気に小さくなった声で、互いにささやきあう。
音は、ルーフスの視線の先、つまり向かう先から聞こえてきた。
「…………」
二人は黙りこくった。背筋がぞうっと冷たくなっていた。
「橋、の、方から、聞こえた?」
ルーフスはやっと言った。ツヴァルフはがくがくなりそうなあごを動かして何とかうなずいた。
ガタリ。
「ひっ……!」
ルーフスののどから悲鳴がもれた。もう一度、確かに、橋の方から音がした。そして、
「火の玉!」
ルーフスは青ざめ、ツヴァルフの服のすそをにぎりしめた。
闇の中に火が浮いていた。
その明かりで周りが薄く照らし出され、火が浮いたその場所がボロボロの橋のたもとだと分かった。
……あれが、幽霊の出る橋!
闇の中、白い布がひらりとひるがえる。
幽霊というものは、白く長い衣を引きずっているのだと、聞いたことがあった。
……じゃあ、あれは本当に……!
二人は思わずすがりつきあい、叫ぶことも、逃げることも、もちろん武器を構えることもできぬまま、その場に凍りついた。
と。
「誰かいるのか!」
押し殺した叫びがあった。その、火の玉と白い布のあるあたりからだ。
火の玉が動いた。何かにひっかけられていたのを、誰かが手に取ってこちらにかかげたように見えた。
そしてその、かかげている者の顔も見えた。
ひげ面で、ほほに刀傷がある、どう見ても生きた人間の男だった。
ルーフスとツヴァルフが「へっ?」と言う前に、その男が「やべえ、見られたぞ!」と背後に叫んだ。
後ろにもう2人、似たようなガラの悪い男たちが顔を見せた。
「くそ、なんでこの時間に人が来やがる?」
「せっかく前の時より遅くしたのによ!」
ルーフスとツヴァルフはぽかんとした。
火の玉は、男たちがかかげている明かりであるようだった。
白い布は、大きな荷車に掛けられたボロ布であるようだった。
布は半分めくりあげられ、荷車に積んであるものが見えている。ルーフスには干し草の束にしか見えなかったが、ツヴァルフにはすぐわかった。
「ご禁制の薬の材料の、オオヨル草か?!」
男たちが顔色を変えた。
「やべえ、ばれた!」
「兵士にタレこまれたらまずい! 殺せ!」
……つまり。
ルーフスは思った。
つまりこれは、悪いやつらが人気のないところで、闇にまぎれて悪いことをしているのだ。
そういえば、人でなしの大金持ちが住んでいた家には、今は誰も近づかないという話だった。悪いやつらがアジトにしたり、見られちゃまずいものを置いておくにはピッタリじゃないか。
……幽霊じゃ、ないんだ!
「貴様ら、許さん!」
いきなりツヴァルフが叫んだ。恐怖から解放されて激怒にかられたらしい騎士団長と違い、ルーフスは意味不明の解放感でハイになり、
「アハハハハ、幽霊じゃないんじゃん!」
ゲラゲラ笑いながら木刀を手に地を蹴った。
「謝れ! 俺たちに謝れ!」
激怒のオーラとともに突撃してくる大斧の男と、
「アハハハハ、アッハッハッハッハ!」
大笑いしながら突撃してくる少年に、
「ヒィッ、何だこいつら!」
襲ってこようとした男たちの顔を、一瞬で恐怖が支配した。