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明け方のカレイドスコープ  作者: サワムラ
間の小話:温泉旅館でのんびりするはずだった
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2名様3組ご到着:ルーフス、ローザ、エドアルド

ルーフス→14歳の少年騎士(未)。ローザを探している。東宮に捕まり監禁中。

ツヴァルフ→東宮配下の鉄鎗騎士団の団長。銀縁メガネ。


ローザ→ルーフスの幼馴染。最近、皇帝の第19子として認められ、次期皇帝として指名された。

コトハ→ローザにつけられた騎士。東宮フォルティシスの部下


フォルティシス→現皇帝の長子、東宮。ローザの異母兄。

エドアルド→東宮私邸の警備兵。反逆者の烙印を押され、東宮に逆らえない立場。最近死にかけた

 ルーフスは、小さな荷物を抱えてひなびた温泉旅館の前に立っていた。

「なに? ここ……」

 同じように荷物を持って横に立つツヴァルフに、困惑して問いかける。

「閉じ込められてうんざりだ、広い場所で刀を振り回したいと言ったのは君だろう」

 何を問いかけてきたのか不思議だと言わんばかりの顔をされてますます困惑した。

 もしかしてその広い場所とは、宿の後ろにそびえる広大な山野を指しているんだろうか。

「これだけ広い場所ならば、剣の修行も筋トレものびのびできるだろう。その後は温泉で汗も流せる! 至れり尽くせりとはこのことだと思わないか?」

「……思います」

 ……俺の考えてた方向性とはかなり違う。

 ルーフスの困惑をよそに、騎士団長はすたすたと宿の門をくぐった。むき出しの土の中央に、石畳の道が宿の玄関まで続いていて、脇にはひざくらいまでの木が植えられており、その向こうは整えられた庭園だ。かなりいい雰囲気の宿だったが、14歳のルーフスには渋すぎて少し引く思いだった。

「そうそう、夕食のグレードはちょっといいものにしておいたから期待するといい」

「あ、そう……。ありがとう」

 上の空で反射的に礼を言うと、騎士団長はちょっとメガネを押し上げた。

「……監禁状態にしてしまっているからな。こんな時くらいは」

 ……あ、そうだったのか。

 いつもの詫びのつもりだったのか。騎士団長なりの誠意だったと気付いて、引きぎみだった心を改めた。

 玄関の戸を開けると、受付の女性がにこやかに「いらっしゃいませ」と頭を下げる。ツヴァルフが偽名を告げて受付を済ませる間、ルーフスはきょろきょろと壁の一輪ざしや磨かれた木の柱やあかりとりの障子窓などを見回していた。こんなところに来たのは初めてだ。

「お部屋にご案内します」

 仲居が愛想よく先導してくれる。後ろについて歩きながら、ツヴァルフがこっそりとささやいてきた。

「俺の本名も、鉄鎗騎士団の人間だということも、宿には伝えていないから気を付けろ」

「わかった」

「君のことは、俺の死んだ兄の息子ということにしてある。

 兄の死後、母親と2人で牛を育てて暮らしていたが、かわいがっていた牛の花子を売るか売らないかで母親と壮絶な親子ゲンカが勃発、母親は料理全てを激辛にするというストライキを始め、君は家出して近くの農家の小屋で羊にうもれて寝ているところを発見された。見かねた俺が双方の頭を冷まさせるために君を一泊旅行に誘ったという設定だから注意してくれ。

 ちなみに俺は、花子を愛する君の気持ちは分かるが、売らないと家計がやばいという母親の立場も理解していて、この旅の間に君を説得するつもりという設定だ」

「……それ、無駄に凝る必要あった?」

 そんなことを言いあっているうちに案内された部屋は、十畳くらいの感じのいい部屋だった。正面には障子があり、開けると広い窓があって椅子と低いテーブルが備え付けられた板の間になっている。ルーフスはびっくりした。こんな部屋に入ったのは初めてだった。

「わあ、すげー! 外が見える! これ何? あ、お菓子入ってる! これ浴衣?」

 部屋を回って歓声を上げると、仲居はにこにこし、ツヴァルフもこころなしかほほを緩めたようだった。

「とりあえず茶を飲んで一息入れよう。外に出て刀を振り回すにしてもその後だ」

 用意された浴衣を取り出して広げていたルーフスは、ツヴァルフに呼ばれて座椅子に収まり、茶をすすって菓子をほおばった。そんな体験も初めてだった。

「俺、旅館の中探検したいな! こういうとこ初めて来た」

「そうか」

 ツヴァルフはやはり、どことなく嬉しそうだった。



 ローザは、唯一確保した小さなカバンだけを手に、ひなびた温泉旅館の前に立っていた。

「ええっと……。ここは……」

「建物は古いが歴史があり、従業員の態度もよく温泉も上等と隠れた評判を持つ温泉宿でございます」

 押し問答の末、ほとんどの荷物を持ってくれているコトハが真面目に言う。

「名物とされる秋の紅葉とは季節が違いますが、この時期は客が少なくて居心地がようございます。

 殿下がお忍びでおいでになるには一番かと」

「はあ……」

 お忍びで温泉旅館に行きたいなどと、言った覚えはなかった。

「それに、この旅館の朝夕の食事はごく格別、付近の名物温泉まんじゅうも、ノーマル黒糖よもぎチョコ黒ゴマとバラエティに富み、どれも美味とのもっぱらの評判」

「いまの『じゅるり』という音は何ですか?」

「幻聴でございます」

 コトハは口元をぬぐい、

「この宿にも温泉がございますが、周りにも小さな温泉施設があるとのこと。湯めぐりがてらの散策も楽しゅうございましょう。ひととき、帝都のことを忘れて、羽を伸ばすには良い場所かと存じます」

 ……あ。

 ローザは思った。

 ……コトハさん、私が帝位継承のことで色々悩んでること、気づいてたんだわ。それで元気づけようと、ここまで……。

「そう、ですね。羽根を伸ばすことにします」

「はい。

 『彼』のことで東宮殿下がピリピリしてて生きた心地がしない帝都のことなど忘れて、たまには息抜きでもしないとやっていられません」

「はい? 今何か」

「幻聴でございます。ささ、立ち話もなんですから、宿の中へ」

 そそくさと門をくぐるコトハについて、ローザも石畳を歩き、玄関をくぐった。庭も、宿の建物も、古いが良く手入れの行き届いた場所だと感じられた。

 ……落ち着けるお宿だわ。きっと、私のために雰囲気のいい場所を探してくれたのね。

「お夕飯は大盛りでお願いします」

 受付で言うコトハの声が耳に入らないまま、ローザは内心で深く感謝した。

「わたくしたちは、大きな商家のお嬢さまと使用人ということになっております」

 部屋へと案内される道中、コトハがこっそりささやいてきた。

「お立場はお忘れになって、ゆるりとお過ごしくださいませ」

「はい。ありがとうございます、コトハさん」

 案内された部屋は、十二畳の落ち着いた部屋で、板の間の向こうの大きな窓からは緑あざやかな山がよく見えた。

「この後はどうなさいますか。

 まず温泉につかってからお夕飯にし、それから周りを散策するか、散策してからお夕飯にして、それから宿の露天風呂に入りに行くか、お夕飯を食べてから散策するか」

 茶菓子をむしゃむしゃ食べながら、コトハが前のめりに言ってきた。一生懸命私を楽しませようとしてくれているんだわ。ローザは胸が熱くなるのを感じた。

「そうですね、どうしましょうか」

 色々、心悩まされることはある。忘れ去ることはできない。でも、その努力だけはしよう。そう心に誓った。



 エドアルドは、二人分の荷物を持たされ、ひなびた温泉旅館の前に立っていた。

「で、なんだよこれ」

 横に立つフォルティシスに、不機嫌に問いかける。

「まさかと思うが、一泊旅行で温泉つかりに来たとか言わねえだろうな」

 手ぶらのフォルティシスは鼻で笑った。

「犬の脳みそにしちゃ察しがいいじゃないか」

「状況分かってんのか?!」

 持たされた荷物を投げつけたい衝動をこらえつつ怒鳴ると、

「わかってるさ」

 フォルティシスの表情がさらに嘲笑じみた。

「飼い主の命令を聞かず大ケガしたバカ犬が、寝込んでる間はしおらしかったのにまたキャンキャン言うようになってきたってな。

 罰だ。しばらく戦場から離れる」

 エドアルドはぐっと詰まった。

 ……ザイン城で頭に血が上り、大けがをしてフォルティシスまで危険にさらしたことを言われると、ぐうの音も出ない。

「この温泉にはバカを治す効果はないようだが、まあ仕方ない。

 行くぞ、ついてこい」

 すたすたと門の中に入っていく。建物の玄関を掃いていた者が、いらっしゃいませと頭を下げた。

「リステリアの家のものだ」

「ご予約の方で。どうぞこちらへ」

 先に立って建物の中に案内してくれる。フォルティシスがちらりと振り返ったので足を速めてその横に並ぶと、

「俺はリステリア子爵家の人間ということになってる。覚えておけよ」

「……へいへい」

 普通の客のように受付を済ませ、仲居が荷物を持ってくれようとするのを固辞して案内された先は、離れの建物だった。渡り廊下から入ってすぐに6畳の狭い部屋があり、その奥には十二畳の広い部屋が続いていて、縁側と庭も備えていた。

 ……掛け軸やら花やら、こってるな。庭もこの離れ専用みたいだし。宿で一番上等な部屋ですって感じだ。

 手入れの行き届いた庭をながめ、エドアルドは思った。

 ……でも、しょせんは田舎の温泉旅館ってとこだな。こいつなら、もっといい部屋のある旅館だっておさえられただろうに。

「夕食は少し早めに。その後、酒と肴を」

「かしこまりました」

 仲居が一礼して去ると、フォルティシスは座卓に収まり、仲居が入れていった茶を飲み始めた。

「夕食までまだ間があるな。一息ついたら、そのへんをぶらつくか」

「ん? あ、ああ」

 机の上のパンフレットを取り、「近くに滝があるのか」などと言っている。

 ……疲れてたのかな。

 いつになくのんびりし始めたフォルティシスに、エドアルドは困惑し、ふとそんなことを思った。

 ……そうだよな。いろいろ、大変だったし。

 ……俺の暴走でも迷惑かけちまったし。

 ……次期皇帝から外されたことの気持ちの整理だって、ついてるのかどうか。

「飲まないのか。突っ立ってないで座れ」

 ちらりと声をかけてきたフォルティシスはまたすぐパンフレットに目を戻し、

「滝まで散歩して、戻ってきて夕食をとって、風呂で、それからゆっくり酒というところか」

 独り言なのかこちらへの言葉か、とにかくそんなことを言っている。

 ……こんなひなびたところに来たのはわざとなんだな。東宮だってばれたらくつろげねえもんな。

 ……仕方ねえ、のんびりさせてやんなきゃな。

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