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ザイン城広間にて、それから帝都:フォルティシス

フォルティシス→現皇帝の長子、東宮。軍の先頭に立ち、イリスや化け物たちと戦っている。

エドアルド→東宮私邸の警備兵。反逆者の烙印を押され、東宮に逆らえない立場。

イリス→現皇帝の第2子で、ローザの唯一の同母姉。1年前に残忍な亜神となり、東宮と敵対している。

ラフィン→イリスの執事。

 東宮私邸は、静まりかえった中に緊張感が満ちた状態になっていた。

 使用人たちは声を低めて話し、何度も2階の奥を見上げる。東宮付きの符術医や薬屋が日に何度もおとずれるが、彼らも声を低め、用をすませるとあわただしく去っていく。

 そんな中、東宮私邸をとりしきる執事は、フォルティシスから命令がある前に使用人たちに様々な指示を出して、ぬかりなくすべての用意を整えていた。

 ……こんな緊張感は久しぶりだ。4年前のあの時。あれ以来だ。

 忙しく動き回りながら、執事はそんなことを思い返していた。

 ……あの時もエドアルドさんだった。反逆者の烙印を押されたエドアルドさんが、殿下に引きずられてこの屋敷に連れてこられた、あの時も。

 二階奥、東宮私室の広いベッドには、重傷を負った警備兵が寝かされている。

 ザイン城で一晩、生死の境をさまよった彼は、何とか一命をとりとめ帝都に連れ帰られたものの、いまだ起き上がることもできない状態だった。

「符の治療が早かったのが幸いでしたな」

 私邸にかけつけた東宮づきの符術医は、そう言ってひたいをぬぐったのだった。

「ですが、亜神の力によるケガでございます。良いと申し上げるまで、絶対に無理をさせないように。

 特に、目は」

 そう言われた目の包帯をはじめ、全身包帯だらけの彼をベッドサイドで見下ろす東宮は、恐ろしいほどにピリピリした空気を放っていて、長年仕えてきた執事でさえ、冷や汗が止まらないほどだった。

「俺が止まれと言うのを無視してつっこんで、あげくのはてがこのザマだ。よく覚えておけよエディ」

 ベッドに横たわるエドアルドは黙りこくっている。意識は戻っているはずだが、私邸に運び込まれて以来、一度も言葉を発していなかった。

「次にやってみろ、手足を切り落として、二度と戦場には立たせんぞ」

 もしかしたら本気かもしれない。執事はそう思った。仕え始めて8年になるが、東宮のおどし文句にそう思ったのは初めてだった。

「二度とするな。わかったな、エディ」

 エドアルドは何も言わない。うなずくこともしない。

「……エディ、わかったな」

 眠っておいでなのでは、と執事がとりなそうとしたとき、

「わかったなと言っているんだエドアルド!」

 東宮の怒鳴り声が窓ガラスを震わせ、執事は思わず身をすくめた。

 怒気が張りつめたような室内に、しばらく沈黙が下り、

「……わかったって言えたら言ってるよ……」

 かすれた声が小さく聞こえた。

「お前まで危険にさらしたことは、悪かったと思ってる……」

「お前、ふざけるな!」

 東宮の手がエドアルドの胸ぐらをつかむ。本気で、怪我人の襟首を締め上げそうだった。

「殿下、どうか……!」

 執事は思わず、執事としての分をこえて東宮を止めた。

「お医者様も、薬のためにぼうっとしておいでとおっしゃってました。大事なお話は、十分にお体が治ってからで……」

 東宮は執事の方を見ず、自分のこぶしをにらむような目になり、奥歯をかみしめると、エドアルドのシャツを放して足音荒く部屋を出て行った。

 殴りつけるように閉まったドアの音が消えると、部屋の中には重い沈黙だけが残る。そして、ほとんど息と変わらないような声がわずかに聞こえた。

「……執事さん、俺のことはかまわなくていい」

「エドアルドさん」

 さまざまな言葉を飲み込んで、

「……とにかく休んで、早くおケガを治してください」

 それだけ言ったが、エドアルドからの返答はなかった。



 イリスたちをザイン城へとおびき寄せたあの日。

 広間で、彼らをとらえるオリを発動させたフォルティシスは、余裕の笑みを浮かべるイリスと対峙していた。

 人間には越えられるが亜神には越えられないオリは、広間全体から標的に向かって狭くなるように作ってある。できうる限りのスピードで狭まるようにしたが、強度を維持し、確実に追いつめることを優先した結果、じわじわとしたスピードが精一杯だった。イリスたちを封じられるほどの狭さになるまで、破られないよう闘い続けなくてはならない。

 俺たち二人ならやれる。そう思ってはいた。だが、

「エディ、落ち着けよ」

 最大の戦力であり最大の不安要素である男に声を投げる。横に立つ彼からの返答はなく、こちらを見さえしなかった。あの紫の瞳をぎらぎら光らせて、獰猛な殺気を放ち、イリスに向かって刀のつかを握りしめている。

 一瞬でもスキがあれば斬りかかるだろう。だが、ゆったりと立つイリスのスキは、エドアルドにさえ見つけられないようだった。

「化け物が……」

 猛獣がうなるような声を出す。

「頭を冷やせ、エディ。確実にしとめるぞ」

 符を取り出し、自分も刀を抜く。イリスは楽しげにこちらを見つめ、その後方にいる銀髪の執事はオリを破ることに集中しているようだ。

 ……執事の方はこちらに手を出すつもりはなさそうか。

 彼らが人間を甘く見ていることが最大の勝機だった。こちらの相手など一人で十分と思っていることにつけこんで、できることならばどちらかをこの場で倒す。

 ……エディ、わかってるだろうな。

 いきなりエドアルドが踏み込んだ。鉄鎗の騎士たちの目ですら追いきれない神速の剣が、まっすぐにイリスを狙う。

 すうっと風に流されるようにイリスの体が揺れた。エドアルドの刀を完全にかわし、

「あら、ツヴァルフやマシューより腕が立つじゃない」

 そう言う声が完全に笑っているのが、エドアルドの火に油を注いだようだ。

「死ね!」

 音からして、2撃、3撃か。たたみかけるように打ち込まれた刀を、イリスは柔らかな動きだけでかわし続ける。

「エディ! 落ち着け!」

 逆上しても剣の鋭さに一片の陰りもないのが彼だ。

 ……だが、あの状態では危なくて2人がかりで斬りかかることはできない。

 フォルティシスは一つ符を投げ、次いで5枚の符を宙に展開させた。

「あら」

 エドアルドの刀をよけながら、イリスがそれを見上げる。

「もう一つオリを作る気? ワンパターンだわ、兄さん」

 そして突然、その足が一閃した。とっさに反応して身をかわしたはずのエドアルドの、制服の左腕がざっくりと切り裂かれる。

「ぐあっ……!」

「エディ!」

 フォルティシスが発動させようとした符が、ちらりと見上げたイリスの視線を受けたとたん炎を上げて燃え落ちた。その一瞬でエドアルドは後ろにとび、イリスと距離を取って荒い息をつく。

「化け物が……!」

「エディ、退くぞ! オリの外に出る!」

 フォルティシスの声に、エドアルドは振り向きもしなかった。だらだらと血の流れる左腕をおさえることもせず、ますます目をぎらつかせる。

「エディ、聞け!」

「殺してやる!」

 叫んで地を蹴った。血を流しているというのに、その刀は速度を増している。

 ……だが、無理だ!

「エディ、止まれ!」

 一瞬に一体何度打ち込んでいるのか、目にもとまらぬエドアルドの刀を、イリスは笑顔でかわしていた。

「いい剣士ね。でも、ここで終わり」

 フォルティシスは一瞬立ちつくした。エドアルドの一撃をふわりとかわしたイリスが、彼の顔前に差し出した指を鳴らしたのだ。

 爆音と閃光が生まれた。

「……!」

 エドアルドは悲鳴すら上げなかった。上半身にまともに力の炸裂をくらい、吹き飛ばされかかった手をイリスがつかむ。

「さよなら」

 その右手に奇妙な光が宿った瞬間、地面からいくつもの土のヤリが突き上がる。エドアルドをつかむイリスの腕を正確に狙っていた。

「あら、ワナ?」

 ヤリに貫かれる寸前にエドアルドから手を放したイリスが、崩れ落ちるエドアルドに再度右手を振り上げる。

「エディ!」

 フォルティシスは後ろからその体を抱きとめて退くとともに、符を投げつけた。イリスの右手が一閃し、間に現れた二重の障壁が砕け散る。エドアルドの体から血が吹きあがった。

「あら、胴体を真っ二つにするつもりだったのに。邪魔しないで、兄さん」

 さらに投げた符の雷を振り払ったイリスは、遊びの邪魔をされた少女のように口をとがらせてみせ、それからすぐ冗談であったかのように笑った。

「やっぱりそうね。8年前に兄さんが変わったのは、その人と会ったからなんだわ」

 バキンと何かが折れるような音が響いた。部屋の上の方を見つめていたラフィンが、イリスにほほえみかける。

「姫様、お待たせしました」

 イリスの笑顔がさらに楽しげになった。

「――オリが破れたわ。それじゃね、兄さん」

 フォルティシスが投げた符が発動する前に、糸がほどけるように二人の姿はそこから消えた。

『殿下!』

 伝声灯から、配下の符術士の声が届く。二人が去ったことで、この部屋と符術士たちをつなぐネットワークが復活したのだ。

「態勢を崩すな。奴らを結界にぶち込んでやるスキを逃すなよ。城内で闘ってるやつらの支援も続けろ」

 結界を張った地下室に、大勢の符術士を連れてきている。この城全体に幾重にも符でシステムを張り巡らせ、彼らの動きを監視し、いくつものワナを張り、騎士たちのサポートをさせている。西の塔にも3重のワナを用意してあったが、あのオリがああも簡単に破られるならば、効果を上げられるかどうか。

 次の手を考える間にも治癒の符を取り出し、次々に発動させる。おびただしい血を流してぴくりともしない体を抱く腕に力を込めた。

「それから、符術医を一人、寄こせ」



 その後、イリスリールと執事との反応は、ザイン城から完全に消え去った。

 エドアルドが生死の境をさまよった一晩で、フォルティシスは状況の後始末をし、何とか容態のおちついたエドアルドと、西の塔でなぜか倒れていた少年を高速艇に乗せて帝都に戻った。

 運び込まれたエドアルドの姿に、東宮私邸は4年ぶりの緊張感に包まれ、フォルティシスはそれをしり目に宮殿と私邸の行き来を続けていた。

「イリスリール姉さんを捕まえることはできなかったけど、ひっかけることはできたか」

 呼びつけたテレーゼはそう言ってうなずいた。

「なるほど、一つ分かったな。姉さんはあのレベルの術ならだまされるのか」

 いつもと変わらないほほえみを浮かべ、すでに次に打つ手を考え始めているらしかった。

「オリもね、姉さん。あの強度のオリなら、時間をかけて破る必要があるみたいだよ」

「うん、それもだな」

 横から口をはさんだシャリムにいつもの笑顔でうなずく。テレーゼとシャリム、そして鉄鎗騎士団のツヴァルフとマシューがテーブルを囲んでいた。

「ルーフス=カランドが意識を取り戻しました」

 ツヴァルフがやりとりを報告する。

「つまり、西の塔に入ってからのことだけ、ピンポイントで覚えていないってこと?」

「はい、シャリム殿下」

「なにか、嫌だな。何があったんだろう」

「もう一つ分かったな。姉さんと執事の亜神には、その少年は殺せない。もしくは、殺さない方がいいと思っている」

 テレーゼの言葉に、マシューが、

「殺さない理由はなんでしょうか」

と難しい顔をした。テレーゼは即答する。

「何かの利用価値があるからだろうな」

「利用価値、とおっしゃいますと」

「そこまではまだわからない。可能性だけなら、いろいろ想像可能だが」

「……どちらにしろ」

 黙っていたフォルティシスが初めて口を開いたので、その場の視線がいっせいに集まった。

「小僧はしっかり確保しておけ。二度と逃がすなよ」

「は」

 ツヴァルフとマシューがうやうやしく頭を下げ、シャリムはため息をついた。そのシャリムに向け、フォルティシスは問いかける。

「留守の間、親父から何かあったか」

 シャリムは首を振った。

「何も。親衛隊が言うには、ずっと意識が戻らないって。本当かウソか、知らないけどね」

「どちらでも変わらんさ。口出ししてこないならそれでいい」

 冷たく言い捨て、席を立とうとした。

「あの、東宮殿下」

 ツヴァルフが口を開く。

「彼らが、ルーフス=カランドを殺さなかった理由はなんでしょうか? 自分にはひどく気になります」

 部下の問いに、フォルティシスは鼻で笑って答えた。

「テレーゼが言った通り、いろいろ想像はできるが確定はできん。そもそも、ただの気まぐれって可能性もある」

 少し目を伏せた。

「イリスリールは親父に似て、気まぐれが好きなようだからな」



 ツヴァルフとマシューを伴い、執務室に戻る。

「隠し通路の仕掛けの件、何かわかったか」

「やはり、侵入者自身の自決ではなく、外部の何者かの干渉のようです」

 マシューが報告した。

 ザイン城の、知る限りの隠し通路に、人間の侵入者用のワナを仕掛けてあったことは、テレーゼにもシャリムにも明かしていなかった。そこに確かに数名の侵入者が引っかかったこと、そしてイリスたちとの戦闘が終わって騎士団員が回収に行ったときにはすでに死体となっていたことはなおさらだ。

 鉄鎗騎士団の中でも、限られた者にしか知らせていない。その中にいる符術士に、何が起こったかを調べさせてあった。

「ただ、それがイリスリール姫のしわざかどうかは分からないと。鋼斧騎士団に調べさせればもう少しわかるかもしれないと申しておりました」

 変人だらけの符術士集団の名を挙げられ、フォルティシスは鼻で笑った。

「あの連中に頼む気があるなら、最初からそっちに持ち込んでるよ」

 ツヴァルフもうなずく。

「鋼斧騎士団は信用できません。皇弟バサントゥ殿下とつながっていないとしても、口止めできる連中ではございません」

 しかし、とマシューが言った。

「名は忘れましたが、シャリム殿下のサライン侯爵家とつながりの深い鋼斧騎士団員がいたはずです。

 シャリム殿下を通じて、そのものに頼むことはできないものでしょうか?」

「最初に言ったぞ。鉄鎗以外に伝えるなと」

 マシューとツヴァルフは顔を見合わせた。

「東宮殿下」

 口を開いたのはツヴァルフの方だった。

「テレーゼ姫やシャリム様をお疑いなのですか?」

 フォルティシスは薄笑いを浮かべた。

「お前は心底信じてるのか?」

 マシューはひるんだようだったが、ツヴァルフは生真面目な顔のままで、

「大変失礼な物言いながら、皇弟殿下に協力するほどおろかな方々ではないと感じております」

 きっぱりと言い切った。

「ずいぶんと純真だな、ツヴァルフ。そのうち足をすくわれるぞ」

「殿下」

「テレーゼは底抜けのバカだ。シャリムはそれよりは少しマシだが、やはりバカだ」

「殿下、そのような」

 マシューが思い余った様子で口をはさんだが無視し、

「それに、叔父貴に協力しているとは限らん。叔父貴を利用しているとか、叔父貴の背後にいるやつにあやつられているということも考えられる」

「バサントゥ殿下の背後に?」

 二人は驚いたようだった。

「それは、一体……」

「だれと言ってるわけじゃない。叔父貴がだれかの手でおどらされてる可能性もあると言ってるだけだ」

 そこでまた薄笑いが浮かんだ。

「テレーゼやシャリムと違って、叔父貴が救いようのないバカなのは、だれもが知ってることだしな。どこのどいつに利用されていても驚かんよ」

 二人の騎士はまた顔を見合わせた。

「……殿下のお考えは理解いたしました。隠し通路の件、もう一度調べ直させます」

「皇弟殿下への監視も強化いたします。ほかに何か」

「ない。さがれ」

 礼を取って騎士たちが出ていくと、フォルティシスは机に向かった。こんな時でも、内政関係でどうしても片付けなくてはならない書類があるのだ。ざっと目を通し、内容を頭に入れるのに、ひどく集中力が必要だった。

 ……疲労がたまっているな……。

「たいへんね、兄さん」

 部屋のすみから笑い声がした。

 ……来ると思ってたよ。

 イリスが立っていた。

 本人ではない。煙にうつる光のようにゆらぐその姿は、実体もなく、会話も成り立たない、不快な幻影だ。こうしてひどく疲れたとき、ふいに現れてささやきかけてくるのだった。

 本人そっくりの美貌に優しげなほほえみをのせ、イリスは小首をかしげた。

「大した才能もないのに東宮の重責をしょい込んで、本当にかわいそうな兄さん」

 くすくすと無邪気な笑い声をあげる。

「私なら、テレーゼもシャリムも、完全に味方にできるのに。お父さまの親衛隊だって、配下に取り込めるのに。

 だって私は兄さんよりずっと有能で、誰の心もとらえられるから」

 フォルティシスは幻影を無視し、書類にサインをした。もう一つの報告書を手に取る。

「兄さんには、恐怖で人を従わせることしかできないもの。

 お父さまと同じ。

 誰であっても、心からの忠誠を誓わせることなどできない。なのに東宮の地位にいるなんて、本当に大変ね」

 報告書の内容に疑わしいところがあった。その内容を書き込み、箱に放り込む。その様子を、イリスの幻影は楽しげに見ていた。

「あの剣士の人もそうよ」

 背筋にさっと冷たいものが走った。

「復讐のため兄さんと一緒にいるだけ。人恋しさを兄さんでまぎらわしてるだけ。

 兄さんのことなんか少しも愛していないの。

 ――でも、仕方がないわね」

 あでやかなほほえみが浮かんだ。

「兄さんも彼を愛していないもの。

 ふみにじって支配したいだけ。自分だけのものだって何度でも確かめたいだけ。

 愛していないから、愛されない。愛する力もなく、愛される力もない」

 ごく明るい笑い声をあげた。

「何もかも、お父さまと同じね」

 フォルティシスは符を投げた。笑い声を残し、符が閃光を放つ前にイリスの幻影は消えた。その場所をフォルティシスはしばらくにらみ、やがて深く息を吐いた。



 執事がそっと開けた扉をくぐり、フォルティシスは自分の私室に足をふみ入れた。

 寝室をのぞくと、いまだ目の包帯が取れないケガ人は、ベッドでおとなしく横になっていた。足音を立てたつもりはなかったのに、かすかに反応があり、血の気のない唇が動く。

「……フォルテか?」

「起こしたか」

「…………」

 しばらくの沈黙を経て、ポツリと声が続いた。

「嫌な夢を見ていたから」

 フォルティシスは枕もとの椅子に座り、枕の上のエドアルドの髪を強くなでた。

「明日の朝に符術医が来る。具合がよければ目の包帯は取れるそうだ」

 エドアルドは小さくうなずいたようで、そして身を起こそうとした。

「おい、まだ動くな」

 連日の符術による治療で、見た目のケガはふさがっているが、亜神の攻撃で受けた根深いダメージは体に残っている。フォルティシスが止めるのも聞かず、エドアルドは歯を食いしばるのをかくすようにして身を起こした。

「……フォルテ」

 手を伸ばしてくるので、ベッドのはしに座り、正面から抱きしめるようにして、体にもたれかからせてやった。フォルティシスの肩にひたいを置き、エドアルドはしばらく腕の中で身動きをしなかった。

「なあ、エディ」

 その背に腕を回し、髪をなでながら、フォルティシスは口を開いた。

「本当にもう、こんな無茶はするなよ」

 返答はない。

「お前、化け物どもを殺したいんだろ。皆殺しにして、家族のかたきを取りたいんだろ。ムダ死にはするなよ」

「……化け物どもはどうしてる?」

 力のない声がした。

「教えてやらん。反省しろ」

 エドアルドがしばらくだまっている間、フォルティシスはずっとその髪をなでていた。

「化け物どもを見るとさ」

 くぐもった声がした。

「そいつらの行く先に、俺の家族がいるような気がするんだ」

 フォルティシスは手を止め、エドアルドの方を見た。肩に伏せられた表情はわからない。

「あの頃のままの元気な俺の家族がいて、こいつらがそこに向かうような気がするんだ。

 逃がしたら、俺の家族が殺されるって。殺される前に殺してやるって。そう思うんだ」

 フォルティシスは髪にうずめていた手を背に回し、細い体をきつく抱きしめた。

「でも……なんでだろな。どれだけ化け物を斬っても、俺の家族、戻ってこないんだ」

「おまえのせいじゃない」

「……そうなのかな。ザイン城であいつらを取り逃がさなかったら、助かったって言いながら俺の家族が出てきたんじゃないかな」

 フォルティシスはエドアルドの体を強く抱き、髪に頬をこすりつけた。

「もう寝ろ、エディ。明日には包帯が取れる」

「……寝たくない」

「寝ろ」

 フォルティシスは言い、エドアルドの体をベッドに横たえると、軍服の上着だけ脱いでその横にもぐりこんだ。頭を胸に抱え込んでやる。やさしく背を叩いた。

「こうしててやる。もう恐い夢は見ないから、大丈夫だ」

 エドアルドはそれ以上何も言わず、身動きもしなかった。眠っているのか、何か考え続けているのか、フォルティシスにはわからなかった。

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