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ザイン城広間にて:エドアルド

エドアルド→東宮私邸の警備兵。反逆者の烙印を押され、東宮に逆らえない立場。

フォルティシス→現皇帝の長子、東宮。騎士団を率い、亜神や降魔との戦いの先頭に立つ。

ラフィン→イリスとローザの執事。亜神として覚醒したイリスに付き従っている。

ルーフス→14歳の少年騎士(未)。幼い日々を共に過ごしたローザを探している。

 ザイン城3階の広間は、わずかな身動きの音すら聞こえるほどに静まり返っていた。

 ただ2人、その場で待ちかまえる東宮フォルティシスとエドアルドは、身動き一つもせず、じっと意識だけを鋭くとがらせていた。

 視線の先、広間の中央には、人の形に切り抜いた符がある。エドアルドにはよくわからないが、符術の心得のある者は、この紙切れから第19皇子ローザヴィの気配を感じ取るものらしい。

 ……早く来い。エサに食いつけ。

 エドアルドが胸の内で叫んだとき、

「来るぞ」

 フォルティシスが低く言った。エドアルドはのどからもれそうになるうなり声を抑え、ぐっと愛刀のつかをにぎりしめる。

 符術の心得のないエドアルドにも感じ取れた。砂が風に吹き寄せられるように、何かがさあっとその場に集まり、実体化する――。その瞬間、エドアルドはふみ込んで斬りつけた。

「おや」

 楽しそうな声がした。一呼吸の間に完全に実体化した人の姿が、優雅に動いて身をかわす。

 かわした先に東宮の投げた符があった。炸裂した雷光を、敵は左手のひとふりで払い、同時に右手が腰の剣を抜き払う。続けて斬りつけたエドアルドの刀を一度、二度払って、

「妙な気配がすると思って来てみたら、これはまた手厚い歓迎でございますね」

 笑うように言ったその姿が、いきなり速度を増した。鋭く斬り込まれたエドアルドは危うくその剣先をかわし、逆にその腕を狙って斬撃をあびせた。ふわりとかわした敵は、大きく一歩とびすさる。

 すっと姿勢を正し、ほほえみながら二人をながめるその姿は、銀髪の執事ラフィンだった。

「おや……これこれは」

 ラフィンはにこやかにほほえみ、

「姫様と嬢ちゃまの兄君でらっしゃいますか。お目にかかれてまことに光栄でございます」

 フォルティシスに向け、優雅に頭を下げた。

「そしてそちらは、ぼっちゃまとお会いした時のお強い剣士の方」

 ほほえみながらエドアルドに視線を移す。

「なるほど、東宮たる兄君の直属なら、あれほどお強いのも道理」

「お前がイリスリールとローザヴィの監視をしていた亜神か」

 フォルティシスは、刀のつかに手をかけてラフィンをにらみあげるエドアルドの肩を強くつかみながら問いかけた。

 ……スキがあれば、フォルテの手など振り払って斬りつける。

 歯ぎしりせんばかりのエドアルドの視線を浴びながら、ラフィンはにこやかに両手を広げてみせる。

「監視などと。護衛かつお世話、でございますよ」

 くくった銀髪をゆらして小首をかしげ、

「人間同士のつまらない権力争いで、大事なお二人に何かあっては大変でございますから」

 フォルティシスはラフィンの言い分に取り合う様子を見せなかった。

「ローザヴィが言うには、その当時は一日中でも姿を消さずにいられたようだが、ずいぶん珍しい芸を身につけているな」

 ラフィンは過剰な笑顔になった。

「いやお恥ずかしい。そうたいしたことではございませんよ。単に、ほとんど人と変わらない力だけを持ってこちらの世界に降りてきたというだけでございます」

 ふん、とフォルティシスは鼻を鳴らした。

「いつまで話す気だ」

 エドアルドの殺気がフォルティシスに向いた。

「おしゃべりがしたいなら、まずお前から斬ってやるからあの世でゆっくり話せ」

「黙れ、バカ犬が。あいつのように人のふりをしてまぎれ込んでるやつが山ほどいたら困るだろうが」

 押し殺したフォルティシスの声を、

「ああ、そのことを心配なさってたのですか」

 ラフィンはなんなく聞き取ったようだった。

「ご心配なく。ほかの亜神は、人と同じ力に堕ちるなど、決していたしませんよ。わたくしのような変わり者でもなければ」

「化け物が正直な情報をよこす保障でもあるのか?」

 ラフィンをにらみながらエドアルドがつぶやく。

「……ないな」

 フォルテイシスは薄笑いを浮かべた。

「おや、信じていただけないとは悲しゅうございますね」

 ラフィンはにこやかに口をはさむ。

「ご質問にお答えしたのですから、わたくしにも質問をお許しを。

 兄君様、ローザ嬢ちゃまとは仲良くしてくださっておいでですか?」

 フォルティシスは鼻で笑った。

「可愛がってやってるよ。――皇帝一族のやりかたでな」

 ラフィンはまた、過剰なほほえみになる。

「つまり、仲良くはなさっておられないと。それはようございました」

 心底うれしそうな笑顔になった。

「――兄君様をここで殺しても、嬢ちゃまにはきらわれずにすみそうですね」

 その長い髪が、ふわりと揺れた。エドアルドがふみ出すのが同時だった。フォルティシスの予測よりずっと近く――予想を上回る速さで斬りかかったラフィンの剣を、エドアルドの刀が受け止めている。

「おや、よい刀をお持ちですねえ」

 ラフィンが笑う間に、フォルティシスの手から符が飛んだ。ふりそそいだ雷を踊るように避けたラフィンは、ふみ込んで斬りつけたエドアルドの刀が届くより早く横なぎに剣を振う。剣の切っ先は、はね跳ぶように身を引いた制服のそでをかすめた。

「その刀を持っていた亜神を知っておりますよ。400年ほど前から見なくなったと思っておりましたが、なるほど、人間に殺されて、刀を奪われていたのですね」

「380年前から、帝国の国宝だ。お前の剣も、俺たちが有効活用してやるよ」

 言うなり、フォルティシスは符を投げる。現れた天井まで届く火柱を、

「それはありがとうございます」

 ラフィンは左手で払いのけ、右手の剣で炎のかげから斬りつけてきたエドアルドの刀を受け流した。そのままエドアルドを斬り伏せようとした目の前にまた雷が落ち、二歩後退したラフィンを、エドアルドの刀が素早く追った。

「死ね!」

 するどい斬撃を一旦かわし、一度、二度、打ち合い、エドアルドの蹴りをいなすと同時に叩き込まれた符の衝撃波を横にかわす。そして顔いっぱいに笑みを浮かべた。

「これはすばらしい。人間にしておくにはもったいない腕前で」

 奥歯をかみしめたエドアルドが、

「……化け物が!」

 叫んで打ち込んでくるのに笑い声を返す。

「ですが、度を失うのはようございません」

 右に動くかに見えたラフィンの体が、急に左に動いた。空を切った刀、その勢いで傾いたエドアルドの胴を、

「失礼」

 ラフィンの剣が真一文字に斬りつけ、

「?!」

 ひびいたのは硬い音だった。制服に届くか届かないかではね飛ばされたラフィンの剣に、猛烈な勢いで氷がまとわりつく。一瞬の間に、剣と、それを持つ右腕が凍りついた。

 エドアルドの追撃がラフィンの左腕をとらえた。とっさにひいた左腕の、手首から先がちぎれ飛ぶ。

「死ね!」

 叫んでさらに踏み込んだエドアルドの胸に、

「エディ、待て!」

 一瞬で体勢を戻したラフィンの蹴りが入った。鈍い音とともに、エドアルドの体が後方に吹き飛ぶ。床にたたきつけられた体を追おうとしたラフィンの足が、ハッと止まった。その目前の床に突き立った短剣と、フォルティシスの雷と炎が、それ以上の前進をはばんだ。

「エディ! 頭を冷やせ!」

 フォルティシスの叫ぶ声が耳に届いているかいないか、エドアルドは「化け物が……」とうめきながら身を起こす。蹴られた胸を抑え顔をゆがめながらも、殺気にぎらついた視線をラフィンに向けた。

「おや、生きておいでで。さすがにあの蹴りではまともには入りませんか。いや、本当に素晴らしい」

 ラフィンは凍りついた右腕と、地に落ちた左手首をながめてつぶやいた。

「なるほど、最初からしっかりとワナを張ってあったのですね」

「貴様ら化け物と戦うのに、ガチガチに守りを固めてこないわけがないだろう」

 さらに符を取り出したフォルティシスに、ラフィンはここで初めて苦笑した。

「なるほど。

 ですが、ぼっちゃままでご用意とは、準備の良いことで……」

 フォルティシスは眉を上げ、ふり返った。

 広間の入り口にひとり、肩で息をする少年の姿がある。

 横目でしばらく彼をながめたフォルティシスは、ラフィンと自分との間の床に突き立った短剣に目を戻す。

「あれを投げたのはお前か」

「小僧……。帰れと言ったぞ」

 もはやだれへのものとも分からないような敵意にまみれた声を出したのは、エドアルドだった。

 息を整え、一歩、広間へとふみ込んだルーフスは、

「間に合った……のか?」

 今、投げつけた短剣と、その前で目を細めて自分を見るラフィンとを、視界に映した。

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