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地下通路を抜けて:ルーフス

ルーフス→14歳の少年騎士(未)。おさななじみのローザを探している。

ナーヴ→現皇帝の弟の息子らしき少年。

エドアルド→東宮私邸の警備兵。反逆者の烙印を押され、東宮に逆らえない立場。

 人が1人通るのがやっとの地下通路は、明かりひとつない。左右の壁に手をつき、急ぎながらもすり足で進んでいくと、ほどなくして行く手にかすかな光が見えた。

 ……あっちが、ザイン城につながる方か。

 慎重にそちらに進んだルーフスは、光が何かのすきまを通ってきていることに気付いて足を止めた。

 ……これは、ツタか?

 通路の前方を、太いツタが何本もおおっている。ツタの向こう側の光が、そのわずかなすきまを通って見えているのだった。

 ツタに手をかけ、ためしに軽く押すと、枯れて乾ききっていたらしいツタはボキボキと簡単に折れ、その先で少し広めの別の通路と合流しているのが分かった。そちらにふみ出してから来た方をふり返ると、壁をおおうツタは、完全にもと来た通路を隠していたようだった。

 明かりは右手の方から差してくる。そちらに向かおうとして、明かりのそばに何かあることに気付いた。

 ……人だ!

 続けて息をのんだ。

 ……あの服、ジーク砦で俺たちを殺しに来たやつらと同じ!

 全身を真っ黒な布に身を包んだ者が2人、通路を完全にふさぐ形で、棒立ちになったまま硬直していた。明かりは、その2人の足元に転がるランタンからだった。

 この2人が持ってて、何かで取り落した? ……なんで符の明かりじゃなく、わざわざランタンなんだろう。

 そっと近寄り、ランタンをひろい上げ、固まった2人に近づける。

 奇妙な状態だった。口を開け、驚きに声を漏らそうとしたまま目を閉じて停止したように見える。そしてその体を包む黒い布の表面に、何枚もの符が張り付いていた。

「……なんだ、これ」

「罠だ。触るな」

「わあっ!」

 ひとりごとに背後から返事があって、ルーフスは思わず飛び上がった。刀に手を掛けながら振り返る。

 ナーヴが立っていた。

 細い体をおおう仕立ての良い長衣には一部の乱れもない。地下に造られたせまい通路には似つかわしくない、宮殿の花園にでも立っているような優雅さだった。

「お前も来たのか」

 警備の目を盗んで走る気なんか、かけらもなさそうだったのに。

「フォルティシスが符術士どもに張らせた罠だ。お前ごとき、抵抗のすべもなくとらわれるぞ」

「東宮が……」

 じゃあ、こっちの通路は東宮に存在を知られているのか。

「イリスたちをつかまえるために?」

「こんなものであれらはとらえられん」

 確かに、とルーフスは考えた。イリスとラフィンが隠し通路を使って侵入してくるとも思えなかった。

「まさか、俺をつかまえるため?」

 ナーヴはひどく冷たい目をこちらに向けた。

「フォルティシスがお前ごときを気にとめると思うか?」

「ごときごときってうるさいな! 俺のことなんかもう忘れてるだろうってわかってるよ!」

 ルーフスはちょっとむくれながら、固まっている黒ずくめ達をもう一度見た。

 ……こいつらも、ザイン城に向かおうとしている。

 方角的に、この広い通路を使って城の方へと向かってきて、そのまま固められた姿勢だ。

 ……つまりこいつら、ひそかに入ってこようとした侵入者だ。符の明かりを使わなかったのは、東宮たちに気付かれないようにだ。

 ……東宮たちは、ラフィンやイリスの他に、人間の侵入者がいるだろうと予想してたんだ。

 それが、ジーク砦に忍び込んできたものたちと同じ服装ということは。ルーフスはすうっと体温が下がるのを感じた。

 ……ローザを始末したい誰かだ。その誰かの送り込んだ刺客だ。

 ……たぶん、ローザのせいで皇帝の座が遠くなった人。同じ血を引く一族の。

 ひどく暗い気持ちになった。彼ら皇帝一族には、家族の情などないのかと。

 東宮はおそらく、生け捕りにして誰の手のものか聞きだすつもりなのだ。この符は、そのために彼らの行動をしばっているのだろうとルーフスは推測した。

 だが、それはそれとして。

「……どうしよう。これじゃ、通路通れないぞ」

 刺客たちの体で、通路は完全にふさがれてしまっている。

「どかせばいい」

 ナーヴは何でもない事のように言った。

「触ったら俺たちもつかまっちゃうんだろ? 動かせないぞ」

 ナーブはすっと符を取り出した。ひらりと、あおぐように動かすと、いきなり刺客の体が高速であちらへと動いた。人の背丈ほどの距離を猛スピードで滑り、ぴたりと止まる。

 二つの体の間に、通り抜けられる程度の空間があいた。

「行け。すでにあれらは近づこうとしている」

 符をしまい、ナーヴはそこから動く気がなさそうに視線だけで通路の先を示した。その瞳はごく薄い緑色で、まるで命のないガラス玉をはめ込んだように見えた。

「……お前は、皇帝の弟の子供なんだよな?」

 ルーフスの問いには何の反応もしない。

「つまり、ローザのいとこだ。……お前は何がしたいんだ?」

 無表情に口を閉じたままだ。

「こいつらをもぐり込ませたの、お前じゃないよな?」

 色素の薄い目がこちらに向いた。

「だとしたらどうする?」

 ルーフスはとっさに刀に手をかけた。ナーヴは恐れる様子もなくこちらに向き直る。

「下賤が。お前ごときが考えをめぐらしたところで、何にもならぬ。

 行け。

 行って、かき回せ」

 その姿がゆらいだ。ルーフスが刀を半ばまで抜くより早く、ナーヴの体は小さな紙になって床に落ちた。

 ひろい上げたそれは、人型の、小さな符だった。

「実体じゃなかったのか……!」

 ぞっとした。まるきり、本物の人間にしか見えなかった。

 符をにぎりつぶし、頭を振る。

 ……行かなければ。イリスとラフィンが近づこうとしていると、ナーヴは言った。

 本当かウソかわからない。

 でも、行かなければ。

 ひろいあげたランタンをかかげて早足に歩くと、すぐに壁に行き当たった。前方も壁、左右も壁だが、よく見ると左の壁に切れ込みがある。

 ……なんだ?

 押してみると、前方の壁が動いた。人一人通れるほどのすきまが現れる。その向こうに、明かりの灯されたスペースがあった。

 ……ザイン城の中だ。

 ふみ出した先は、レンガで作られた部屋だった。

 ……ここはまだ地下室だよな。城のどのあたりだろう。

 そう思い、そっと足をふみ出したとき、いきなり前方のドアが開いた。

 身を隠すひまもなかった。警戒しながら入ってきた人間と、思い切り目が合った。

 制服の腰に刀を差した、青みがかった黒髪の男。――ジーク砦の森で東宮とともに出会った、あの警備兵だった。

「! お前、あの時の……!」

 警備兵はあせった顔をし、さっとドアを振り返って廊下の気配をうかがうと、すばやく後ろ手にドアを閉めた。

「なんでここにいる。森で、どこかに逃がされたんじゃなかったのか」

 斬りつけてくるつもりも、人を呼ぶそぶりも見られなかった。ルーフスは一瞬安心し、それから反動のように気持ちが急いた。

「ローザがここにいるんだろ?! 会わせてくれ!」

 勢い込んだルーフスに、警備兵は一瞬言葉につまったようだった。

「バカか。早くここから離れろ」

「ローザを守りたいんだ。少しでもいい、役に立ちたい」

 警備兵は怒りと苦痛がないまぜになったような顔をし、首を振った。

「お前の存在はあの子の足かせになるだけだ。東宮はお前をあの子へのおどしの道具として使うぞ。そのために、帝都に連れて行こうとしたんだ」

 ルーフスは愕然とその顔を見返した。

「……ローザは妹だろ。東宮はローザの兄さんじゃないか」

「兄でもだ。半分血がつながってたって、情なんかないんだよ。皇帝一族ってのはそういうやつらだ。あいつの親父がどういうやつか、知らないわけじゃないだろう」

 返す言葉に詰まった。

「でも……でも! それなら、なおさらローザをそんなところにおいておけない!」

「じゃあ、あの亜神たちからお前1人で守れるってのか? 俺どころか、フォルテにすら勝てない剣の腕で」

 しかりつける口調が、胸に刺さった。

「あの娘は次期皇帝に指名された。今お前と逃げても、帝都の連中は探し出すぞ。あいつらの一言で何千人を動かせると思ってるんだ。その上に化け物どもも追って来る。

 お前に何ができる?!」

 何もできない。たいした腕も持たず、何の権力も持たないルーフスには、ローザを守るためにできることなど思いつかなかった。

「あきらめろ。今あの子にとって一番いいのは、東宮に亜神から守ってもらうことだ」

 そこで言いよどみ、小さく付け加えた。

「ふところに入っちまえば、東宮はそこまで悪いやつじゃない。……俺からも、色々話してみる」

「じゃあ、俺は?」

 ルーフスは思わずたずねた。これ以上は甘えだ、親切にしてくれているこの警備兵に甘えているだけだとわかりながら。

「俺はローザのために、何ができるんだ」

「どっか別の場所で、平和に暮らせよ」

 警備兵は投げつけるように答えた。

「お前が幸せでいてくれると思えば、あの子も少しはうれしいだろ。それだけじゃ物足りないって言うなら、お前が勝てるレベルの降魔を斬って、国の平和に貢献でもしろ」

 ルーフスはこぶしを握った。警備兵の言葉を反芻し、ローザの顔を思い浮かべ、拳を握りしめた。

「ダメだ……。それじゃ、ダメだ。もう一度、せめてもう一度、会わないと。

 話をしたいんだ」

「さよならでも言うつもりか? バカか、感傷にひたるにも程がある」

「違う」

 ルーフスは強く首を振った。

「ローザにじゃない。イリスと、ラフィンにだ」

 警備兵は一瞬絶句し、

「……バカか!」

 殺気をまとった怒鳴り声が続いた。

「あいつらはもう人間じゃねえ、化け物になったんだ! 話なんかできるか!」

「確かめたいんだ。確かめたことあるのか?」

 警備兵は壁をなぐりつけた。

「あるわけねえだろ! あいつらは即殺しにかかってくる!」

「他の化け物ならそうかもしれない」

 警備兵の殺気で空気の重みが増してくる。それにのまれないように、ルーフスは声に力をこめた。

「でも、イリスとラフィンは、少しなら話してくれる」

「……おまえ」

 唐突に警備兵の声が低くなった。ルーフスは冷たいものがぞうっと背をなでるのを感じた。

「やっぱりあっち側か」

 その瞳に濃い陰が宿っている。先ほどまでのまき散らすような殺気と違い、暗く密度の高い殺気が足元から立ち上るように思われた。

「それも違う! このまま戦い続けても、犠牲がどんどん出るはずだ。だから……」

 そこで不意に思った。そうじゃない。

「……そうじゃない。

 ローザだ。

 イリスとラフィンは、ローザにとって一番大事な家族なんだ。東宮も兄さんじゃないか。家族と家族が殺しあうなんて、ローザがどんなに辛く思うか。

 だから、何とかならないかって……」

 甘い。

 心底思い知った。

 自分の考えは甘い。幼い日々の一時をともに過ごしただけの自分が、あの2人を、イリスを説得できるとでも思っていたのか。

 ……叱りつけられ、殴り飛ばされても文句は言えない。

 ルーフス自身でさえそう思った言葉に、罵声は返ってこなかった。

 よどむような殺気もなくなっている。

 警備兵はひどく複雑な顔でこっちを見ていた。その紫の瞳に落ちる陰もまた、色を濃くしていた。

「ローザは」

 言おうとは思っていなかったことが、ルーフスの口をついて出た。

「……ローザは元気にしてる?」

 警備兵は小さく首を振った。

「わからない。あの子はずっと至天宮にいて、俺は至天宮に入れないから」

 その手が無意識のように首筋を抑える。ローザと会ったあの森で、東宮の声に反応するように浮かび上がったどす黒い紋様が思い出された。

「その、反逆者の烙印ってやつのせいで?」

「知ってたのか」

 彼は意外そうにこちらを見た。

「ああ、そうだ。

 烙印を押されると、至天宮に入れなくなる。……結界に触れると体が炎に包まれると聞かされてる。

 たぶん本当だ。近寄るだけでヤケドしそうな熱を感じるからな」

「そんな……」

 フレリヒが言っていた。烙印を押した者の気分一つで、ひどい苦痛を与えることができるものだと。それに加え、そんな効果まであったのか。

「皇帝一族に反逆したものへの鎖だからな。至天宮に乱入できないようにするのは当たり前だろ」

 彼は投げやりに言った。

 ……ローザの母上は、そんなものを押されていたのか。胸の奥に杭を刺されたようだった。

「お前、やっぱり帰れ」

 警備兵が急に強い声を出した。

「化け物どもと東宮が闘うのは止められねえ。でも、お前が傷つかずにいる道はある。その方があの子には……」

 突然彼は言葉を止めた。同時にルーフスにも感じられた。

 産毛が逆立つような、嫌な感じ……。

「そのまま来た道を帰れ、いいな!」

 彼は低く叫び、身をひるがえしてドアに向かった。

「すぐ帰れよ、いいな!」

 もう一度言い、流れるような動きで細く開けたドアのすきまをすり抜けて廊下へと駆けだす。閉まったドアの内側には、ルーフスだけが残された。

 ルーフスはまたこぶしを握った。警備兵のかすかな足音が、左手の方に遠ざかるのを聞いていた。

 そして、ドアの方へと一歩踏み出した。

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