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明け方のカレイドスコープ  作者: サワムラ
合間の小話:夢の中にしてはさわがしく
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間の小話4 女騎士ひとり:コトハ

コトハ→東宮フォルティシスの部下。最近第19皇子と認められたローザのおつきになった。

 前触れもなく床が抜けたような落下感のあと、なんとか足から着地したコトハは、同時に明るくなった周囲の様子が、洞窟のようであることに気が付いた。

 ……地中に落とされた?!

 さっと上を見上げたが、そこには100年前からそうだったといわんばかりの土の天井があり、ぼんやり光るコケまで生えている。あれが開いて落ちてきたとはどうしても思えない。

 そして、周りにはだれもいない。

「殿下!」

 該当者4人のうちの誰かが返事をしないものかと叫ぶが、せまい土壁が返す反響が聞こえるのみだ。

「転移受けた? どうしよう……。どこ、ここ」

 あせって見回した背後に、ごく小さな池があった。……いや、泉だ。水底にぶくぶくと泡が立っていて、水が底からわき出しているのがわかる。

 いきなりその水面が波打った。水をざあっと突き破って、人影が現れる。右手には銀色、左手には金色の、やけに大きな荷物をそれぞれわしづかみにし、

「貴女が落としたのは、金の団長ですか? 銀の副長ですか?」

 おだやかなほほえみとともに問いかけてきた。

 コトハは、身じろぎもできないまま、数歩の距離から『それ』を凝視した。

 美しい女のように見える。

 頭に若葉の冠をかぶり、白いゆったりしたローブに身を包んでいて、頭からもものあたりまでを水面上にあらわしていた。

 等身大の人の形をしたものを、両手にそれぞれ一つずつ、首根っこをつかむようにして持っている。

 左は銀色。右は金色。見覚えのある二人をモデルに、ちょっと雑に作りましたという様子。

「あの、一応確認したいんですが」

 どのモードで口を利くべきか迷いつつ、コトハはおずおずと言った。

「それ、まさか、団長と副長本人じゃあないんですよね?」

「わたくしはこの泉の女神です」

「聞いてません」

 部下モードで口を開いてしまったことを後悔しつつ、コトハはさらにたずねた。

「ただの人形ですよね? あたしが正しい選択をしなかったら、団長と副長は二度と人間に戻れない、とかじゃないんですよね?」

「貴女が落としたのは、金の団長ですか? 銀の副長ですか?」

「質問に答えて下さい。せめて、答えられないならそう言ってください」

「貴女が落としたのは、金の団長ですか? 銀の副長ですか?」

「正直に答えたら、両方押し付けられるんでしょ? いりません」

「貴女は正直な人ですね。ほうびに両方あげましょう」

「あ」

 自称女神は無造作に両手のものを放った。ごく軽いもののような仕草で投げられた二つの金属のかたまりは、ドスンドスンと重そうな音とともに岸に落ちる。

 警戒しつつ、コトハは二つの像に近寄った。目をこらして金と銀の人形を観察する。近くで見ると雑なつくりで、人間がそのまま金銀になったということはなさそうだった。

 ……じゃあ、どういうこと?

 そもそもここはなんだ。コトハは考えた。

 あたしはさっきまで、ローザヴィ殿下と一緒にいた。東宮殿下も、『彼』も、テレーゼ様シャリム様も、どっかで会った気がする少年もいた。イリスリール姫と配下の亜神が現れて、テレーゼ殿下が変人っぷりを発揮して、そこでいきなり落下する感覚があって、これだ。

 周りには誰もいない。元いた場所とはまったく別の場所に見える。人語を話すおかしな生物が湖の中から出てきて、妙なことを言う。

 ……亜神!

 雷に撃たれるように思いつき、コトハはさっと飛びすさった。湖から大きく距離を取り、常に持ち歩いている愛用の銃をかまえる。

「貴様、化け物か!」

 自称女神をにらんで叫ぶ。少なくとも、ぱっと見は完全に人の姿。つまり、化け物であるとすれば亜神。

 ……どうする? 撃つ? 勝てるの?

 ぎりっと奥歯をかみしめたとき、女神が口を開いた。

「第二問」

「だいにもん?」

「東宮フォルティシスと、第19皇子ローザヴィと、激ウマ亭の限定特盛チャーシュー麺が崖から落ちそうになっています。

 誰を助けますか?」

 コトハは思わず絶句した。

 ……激ウマ亭の限定特盛チャーシュー麺? あの、チャーシューが最高のできだったときに限定3食だけ出されるって言う、あの幻の?

 その幻のチャーシュー麺と、東宮と、ローザ。

「……とりあえず、東宮殿下はほっといても大丈夫として……」

「貴方は正直な人ですね」

 直属の上司を即行で切り捨て、コトハは真剣に二択を開始した。

 ……さすがにローザヴィ様は落ちたらまずいよね……。東宮殿下みたいに殺しても死なないタイプじゃないし、助けないとまずいよね。

 ……でも、激ウマ亭の限定特盛チャーシュー麺だよ? 初めてうわさを聞いてからもう何年、食べられないまま過ぎてきたか。

 ……でも、ローザヴィ様を見捨てるのはちょっと。まだあの店もあの店も連れてってあげてないのに。

 ……でも、激ウマ亭の限定特盛チャーシュー麺。今日は出たと聞いてダッシュで行ってもうなくて、なんど悔し涙を流したか。

「誰を助けますか?」

 自称女神が言った。

「残り5秒、4、3、2、1……」

 コトハはさっと顔を上げた。

「ローザヴィ様にちょっと待っててねと言って、10秒で限定特盛チャーシュー麺を完食し、11秒目にローザヴィ様を助けます!」

 自称女神は、慈愛に満ちあふれたほほえみをたたえた。

「貴女は正直な人ですね。ほうびにここから出してあげましょう」

「え」

 バタンと音を立てて、左側の壁が扉のように開いた。

「さようなら。これからも、正直な心を大事にするのですよ……」

「待って! 限定特盛チャーシュー麺はくれないの?! 正直に言ったらくれるんじゃなかったの!」

 すがりつくコトハにかまわず、自称女神はほほえみながら池の中へと消えていった。

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