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明け方のカレイドスコープ  作者: サワムラ
合間の小話:夢の中にしてはさわがしく
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間の小話3 平坦な2人とにぎやかな4人:シャリム、ルーフス

シャリム→現皇帝の第4子。異母兄弟中でまともなのは自分だけだと常々思っている。

テレーゼ→現皇帝の第3子。才女にして変人と名高い皇女。

ルーフス→14歳の少年騎士(未)。ローザを探している。

ローザ→ルーフスの幼馴染。最近、皇帝の第19子として認められた。

イリス→現皇帝の第2子で、ローザの唯一の同母姉。1年前に残忍な化け物となり東宮と敵対している。

ラフィン→イリスの執事。小さいころに世話をしていたローザとルーフスに甘い。

「好き」

「好き」

 無感動に唱えた異母姉弟の前で、大扉が音を立てて開いた。

「ふむ、指示通りにすれば開くんだな」

 いつもの笑顔のままの異母姉が言うのを聞きながら、

 ……心がこもってなきゃダメとかじゃなくてよかった……もしそうなら僕ら詰んでた……。

 シャリムは心底ほっとしていた。

「扉が閉まる前に行こう、姉さん」

「そうだな」

 皇子二人は通路へと踏み出す。扉を出て右の方向に、なだらかに上がる道が続いていた。

「やはり地下洞窟のようだな」

 曲がりくねるせまい一本道を歩きながら、テレーゼは水のしみだしている壁にさわってみている。

「こんな広いもの、誰がどうやって作ったんだろうね」

「自然にできたものを利用したんだろうな」

「なるほど。でも、あんな金属でできた扉とか……」

 シャリムはさっと声を止めた。テレーゼに向け、口の前に人差し指を立ててみせ、

 ……姉さんにこのジェスチャー通じなかったらどうしよう。

 深刻にそう思ったが、ちゃんと伝わったようで姉もまた口を閉じた。

 人の声がする。

 曲がり角からそっと顔だけのぞかせると、その向こうにも道が続いていたが、その壁の一部に、静かに水が流れていた。

 先ほどの大扉と同じくらいの広さで、水の流れの向こうに壁はなく、あちら側がぼんやりと見えていた。

 ぼんやりとしていてもわかる、人の姿がある。ローザに見えた。

「あれ……!」

 駆け出しかけたシャリムの手を、テレーゼが無言でつかんだ。ごくごく低めた声がその唇から洩れる。

「姉さんがいる」

 シャリムは息をのみ、水流の向こうをうかがった。

 ローザの向こうにもう一つ人影がある。背の高い人影もある。そしてもう一つの人影が、

 ……イリスリール姉さんだ……!

 懐かしさと恐怖が等分にこみ上げてきた。

 水流の向こうで、人影がこちらを指さした。ぎょっとしたが、彼らはこちらに気付いた様子がない。

『じゃあ逆に、その行動ってのをしないとあの扉は開かないままなのか?』

『そのようでございます、ぼっちゃま』

 ……最初のは、さっきローザヴィと一緒にいた子の声だな。もう一人は、イリスリール姉さんと一緒に現れた銀髪だ。

「姉さん、あの執事という人だけど、報告にあったイリスリール姉さんに付き従う亜神だよね……」

 だとしたら自分たちなど、一瞬で息の根を止められる。

 シャリムはぞっと身震いするのを抑えきれなかったが、テレーゼは、完全にいつもの微笑みだ。

「ああ、報告書の特徴と一致しているな。

 それと、どうやら向こうからは、この滝が大扉に見えているようだ」

「じゃ、僕らが扉のところまで行っても、イリスリール姉さんに気付かれることはない?」

「その可能性はあるな。亜神の力で勘付かれる可能性もあるが」

 そのとおりだ。シャリムはその場にとどまり、様子見をするしかできなかった。



「わあっ!」

 衝撃とともに床に投げ出され、ルーフスは思わず叫んだ。右手からローザの「きゃあ!」という声も聞こえ、あわてて身を起こす。

「まあ、大丈夫? ローザ、ルーフス」

「嬢ちゃまぼっちゃま、お怪我は」

 イリスとラフィンの優しい声もして、一瞬混乱した。が、即座に「ローザ!」と手を出したそこには、ラフィンに手を取られて起き上がるローザの姿があった。

「まさか転移を受けるなんて思ってなかったわ。びっくりしたわね」

 少し離れたところにいたイリスが近寄ってきて、

「怪我はなさそうね、よかった」

とほほえんだ。

 昔に戻ったようで、ルーフスは刀のつかにかけていた手を思わず外した。イリスは、ルーフスが一瞬みせた戦闘態勢など気にも留めない様子だ。

「でも、困ったわね。力がずいぶん封じられてしまっている」

「そのようでございますね、姫様」

 ラフィンが困り笑顔で同意した。

「これでは嬢ちゃまぼっちゃまをお連れできません」

「そうね」

 イリスも、困ったようにほほに手を当てた。

 その場所は、広めの部屋くらいの大きさの場所だった。横にも、縦にも。

 ……天井がある。

 周りはむき出しの土、床と天井も同じだった。四方をぐるりと土壁に囲まれている。広くはあるが、あちこちに鍾乳洞のような土の柱が大きく立ち、視界がさえぎられていた。

 ……洞窟か何かか? どうやって移動してきた?

 ルーフスは混乱した。

「姉さま、どういうこと?」

 ラフィンの手を離して問いかけたローザに、イリスはいたずらっぽく笑って見せた。

「さっきのあの場所は、ここに飛ばすための前準備の場だったのね。私たちはいったんあの場所に集められ、あの場所を経由してここに飛ばされてしまったの。

 ここはよくわからない場所だわ。

 まあ何とでもなるけれど、私やラフィンの力がだいぶ封じられているから、二人を連れて帰れないわね」

 ローザは混乱した様子でルーフスを見た。ルーフスにもよくわからなかった。顔を見合わせあう二人をニコニコと見ていたラフィンが、

「嬢ちゃまぼっちゃま、ラフィンがついておりますから、何もご心配はいりませんよ」

と両手を広げてみせた。

「まあラフィンったら。手柄をひとりじめはダメよ。私だって二人に頼りにされたいのに」

「いや、これは不作法をいたしました」

 イリスとラフィンは楽しげに笑いあっている。ルーフスはなんだかすっかり気が抜けてしまった。

「姉さま、ここからどうやって帰るの?」

 ローザが、いつになく幼い声で言った。

「よくわからない場所って、どこ?」

「そうね……」

 イリスは楽しそうな微笑を浮かべたまま、部屋の中をぐるりと見渡す。ラフィンがやけににこにこした。

「嬢ちゃま、今、姫様が出口を探してくださいますよ。さあ、ぼっちゃまも。そのあたりに座って、クッキーでも召し上がってお待ちなさいましねえ」

 そしてごそごそとふところを探り、リボンでとめられた小袋を出して開いた。中にはきつね色に焼き上がったクッキーが詰まっている。

「ささ、どうぞ。おいしゅうございますよ」

 二人がぽくぽくとクッキーをかじる間、ラフィンは「ああしまった、お茶の準備がありませんでした」などと天を仰いでいる。と、

「どうやらここは地下のようね」

 イリスが悠然と戻ってきた。横からラフィンのクッキーをつまみ、

「たくさんの部屋があって、通路でつながれているみたい。それをたどって行けば、地上に出られるでしょう」

 どうやってそんなことわかったんだろう。せいぜい、この部屋の出口を見つけてくる程度だと思っていたルーフスは驚いた。

「じゃあ、その通路に行きましょう」

 勢い込むローザに、イリスはふきだした。

「まあ、ローザったら。そんなに急がなくてもいいじゃない」

「ここ、空気が重たくていやだわ。早く出たい」

 やはりローザの声は幼くなっている。昔、姉にわがままを言ったときそのものだ。

「そうかしら。もうちょっとクッキーを食べてのんびりしたいわよねえ、ルーフス?」

「俺も早く出たいよ」

 即答すると、イリスは「あらあら」と笑った。

「イリスはここでクッキー食べて休んでてよ。今度は俺が、この部屋からの出口を探してくる」

 立ち上がったところにラフィンが、

「出口ならば、そこに」

と笑顔で指さした。右手の方だ。床から天井までつながる土の大柱の向こうに、赤い色があるのが見えた。

 大柱のところまで走ると、それは向こうの壁の一部にすえられた大きな扉だった。両開きの、城の門のように頑丈そうな扉だ。騎馬の兵士が三列になって通れるほど広い。

 駆け寄ってふれてみた。金属のてざわりだった。押してみる。びくともしない。引いてみたが同じだった。

「ダメよ、ルーフス」

 イリスの柔らかい声が飛んだ。

「それはね、術で閉ざされているの。力では絶対に開かないわ」

「じゃあ、俺たち閉じ込められたのか?」

 ルーフスははじかれたように振り返ったし、元の場所にいるローザも青ざめた。いつの間にかローザの隣に座っていたイリスが、

「あら、怖がらせちゃったわね。大丈夫よ」

 いつもの調子で優しく言った。

「姉さま、術を解除すればいいの? 私、やってみるわ」

 ローザがそう話す間に3人のところに歩み戻ると、ラフィンが笑顔でクッキーを差し出してきた。びっくりするほど余裕の態度だ。ルーフスは食べる気になれず、「いい、ありがとう」とだけ答えた。

「術の解除は難しいわね。かなり複雑にあみこまれているようだから」

 イリスがどこともない中空を見上げるのに、ラフィンもうんうんとうなずく。

「解除する前に、嬢ちゃまが疲れ切って倒れてしまわれます」

「でも……」

「解除は難しいけど、扉を開く方法は設定されてるみたい」

 イリスが優雅に足を組んだ。

「術にそうあみこまれているわ」

「どういうこと?」

 ルーフスの問いにはラフィンが答えた。

「ほかの部屋も同じようですが、部屋ごとに、カギになる行動が設定されていて、それがなされたら扉が開くように術が組まれているようなのです」

「じゃあ逆に、その行動ってのをしないとあの扉は開かないままなのか?」

「そのようでございます、ぼっちゃま」

 ローザが不安げに口元を手でおおった。

「鍵になる行動って何? 姉さま」

 ラフィンが過剰な笑顔でローザの頭をなでる。イリスは座った台の後ろに手をつき、体をそらして顔を天井に向けた。

「ふふ、何かしらね。ローザ、ルーフス、当ててごらんなさい」

「姫様、そのようないじわるをなさらなくとも」

「まあ、いじわるじゃないわ。大丈夫よふたりとも、私正解を……」

「あれだ」

 ルーフスは指差した。イリスの視線の先、天井の方を。

「天井に彫りつけてある」

 ラフィンの手の下のローザの顔が、上に向いた。

 たくさんの土柱ででこぼこする天井の中央、人ひとり分くらいの範囲に、石で削ったような字が並んでいる。

『たがいに 好きと言うべし』

 ローザはぽかんとその字を見上げている。

「どういう意味?」

 真剣にたずねられた姉は、明るい笑い声をあげた。

「そのままの意味よ、ローザ。お互いに好きって言いあうの」

 そしてルーフスに片目をつぶって見せる。

「ご名答よ、ルーフス。すぐ見つけちゃったわね」

 その瞳には、昔のままの優しい愛情が満ちているようにルーフスには思えた。

「さすがぼっちゃまでございます。本当に賢くていらっしゃる」

 ラフィンの大げさな誉め方も昔のままだ。なんだかひどく照れくさくなり、ルーフスはせき払いした。

「だったら、早く言うだけ言って外に出ようぜ!」

「そうね」

 イリスは柔らかな動きで立ち上がる。

「私、みんなが好きよ」

「俺も好きだ!」

「わ、私も! 好き!」

 口々に言った三人から視線を向けられ、ラフィンはすっと視線をそらした。

「どうしたの、ラフィン? 好きって言えばいいのよ」

「嬢ちゃま……。ラフィンは、そんなことは申せません」

 ルーフスもローザも、一瞬絶句した。

「なんで? 好きって言えばいいだけだろ?」

「それを言ったら、嘘つきになってしまうからでございます」

 雷に打たれたような衝撃を受けた。

「なんでだよ?!」

「私たちのこと、好きじゃなかったの?!」

「ええ……」

 ラフィンは苦しそうに顔を背け、しぼり出すような声を発した。

「……好きではなく、大大大好きでございますから……!」

 一瞬の静寂の後、

「もう! ラフィンったら」

 てへ☆のポーズをとるラフィンをイリスが軽くたたき、

「私もラフィンのこと大大大好き!」

「俺だって大大大大……!」

 扉が開いたことにも気づかず大盛り上がりの4人を、シャリムとテレーゼは通路からずっと見ていた。

「姉さん。投げるのにちょうどいい石とかないかな」

「あっちにあるな。拾ってこようか?」

「うん、お願い」

 なんだかよくわからない怒りにとらわれ、シャリムはこぶしを握りかためていた。

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