表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/114

神がかりの皇子を背負って:キーオ

フレリヒ→現皇帝の第18皇子。悪名高い神がかりの皇子。

キーオ→フレリヒが幼少時から預けられている、辺境のウィーウッド伯爵家の長男。帝国内でも名高い剣士。

「フレリヒ!」

 巨大なシダ植物が生い茂る一角を走りながら、キーオは叫んだ。

「どこだ!」

 前を走っていたはずの皇子の背は、枝と生い茂る葉に隠れて見えなくなっていた。

「フレリヒ――」

「ここだよ!」

 え、と足を止めた瞬間、背中にフレリヒが降ってきた。いきなり首にすがられて驚き、キーオが一瞬体勢を崩しかけてふみとどまるうちに、フレリヒは完全に背に負ぶさってくる。

 楽しそうにけたけた笑う声が耳のすぐ後ろで響く。

「フレリヒ! お前は……!」

 爆発寸前の声を上げたが、返って来たのは赤ん坊のような笑い声だ。

「ほら、行こうよキーオ。歩かないと夜になっても出られないよ」

 15歳になる彼だが、見た目は10歳にも見えない。体は小さく、体重も軽い。きたえ上げた剣士であるキーオにとっては、背負って歩くくらい苦ではなかった。

 仕方なくゆすりあげてちゃんと背負い、フレリヒの指が指すほうへと歩き出した。

「ステッキ、自分で持て」

「うん」

 ひとの背の上で、フレリヒはいつも通りの上機嫌だ。右手でキーオの肩につかまり、左手でステッキを振り回し始める。

 周りは、巨大なシダ植物に囲まれている。人の背の数人分よりさらに高く、頭上を完全におおっている。城の庭園であるはずなのに、周りにあるはずの建物は全く見えなくなっていた。

 ここはすでに、至天宮内の庭園ではない。

 いつものことだった。フレリヒと2人で歩いていると、いつの間にかどこか別の場所を歩かされている。そしていつの間にか、ずいぶんと遠くであったり、壁の外であったり、歩いて行けるはずのない場所に出ているのだ。いまさら驚きはしない。

 ……さすがにうちの領までは帰れないだろうけどな。城下の市にでも出るのか。

 キーオはため息をつき、また背中のフレリヒをゆすりあげた。

「東宮殿下のお怒りはたいそうなものだったぞ。うちみたいな下っぱ貴族じゃ、お前を守るなんて無理だからな」

 背のフレリヒは笑う。

「僕のせいじゃないよ。兄さんはいつだって怒ってるんだよ」

 ため息しか出なかった。

「わかってるよ。どうせお前、俺たちに守ってもらおうなんて思っていないだろう。恐いものなしだもんな。

 お前、本当に何がしたいんだ」

 きゃらきゃらと、そっくり返って笑う声が届いた。

「いろんなことだよ」

 そしてぼすんと背にもたれてきた。

「キーオは何がしたいの?」

「俺?」

 再度ゆすり上げてバランスを取り、

「俺だっていろんなことだよ。

 化け物から領民と領地を守りたいし、ウィーウッド家の名声を高めたいし、親父と母さんに楽をさせてやりたいし、剣の腕ももっと上げたい。

 ついでにちょっと領地が豊かになって、みんなでうまいものが食べられるようになるといいよな」

「僕、ミアンの作ったオレンジのケーキが食べたい!」

 フレリヒが大喜びで言った。

「お前もちょっとは頑張って、母さんが心置きなくオレンジのケーキを作れるようにしてくれよ。神がかりの力を持ってるんだから」

 半ばグチ、半ば本気で言ったが、いつも通り赤子のような笑い声しか返ってこなかった。

「そんなの持ってないよ。僕はしたいことをしてしたくないことをしないだけさ。したいことはわかるし、したくないことはもっとわかる。

 ……ねえ、何がしたいの?」

「え? だから俺は……」

 応えかけ、キーオはぴたりと足を止めた。

 ……人がいる!

 巨大なシダ植物に囲まれたうす暗い空間の前方に、少年が立っていた。

 キーオは一気に緊張した。フレリヒとともに通る奇妙な場所で、誰かに会ったことはなかった。

 ……今の、あいつへの言葉か?!

 14・5歳といったところか。上質の衣装に包まれた細い体は、剣士には見えなかったが、

 ……何物だ、こいつ。

 一瞬も油断できない何かを、キーオは感じ取った。その少年の何がそう思わせたのかわからない。それが不気味だった。

「フレリヒ」

 少年はひどく冷たい声を出した。

「何をしに来た」

 ……こいつ、フレリヒを知ってるのか。

 ひそかに身構えたキーオの背の上で、フレリヒはけたけた笑った。

「遊びに来たんだよ。ね」

 同意を求められたキーオが、いやちがうと言う前に、フレリヒはステッキをくるくる回して続けた。

「一緒にクッキーを買いに行く?」

「フレリヒ」

 少年はフレリヒの上機嫌にかまう様子もなかった。

「よけいなことはするな」

 フレリヒは少年の冷たい声にも、キーオの緊張にも関係ないといった様子で笑った。

「よけいなことじゃないよ。おもしろいことだよ。

 僕はしたいことをするし、したくない事はしない。わかることはわかるし、わからないことはわからない」

 くるくるとステッキが回る。

「ねえ、何がしたいの? それがわからないんだ」

 少年は口を閉じ、じっとフレリヒを見た。ながめているのかにらんでいるのか、それともほかの何かなのか、キーオには判別がつかなかったが、

 ……襲いかかって来たら、どうする?

 キーオもまた口を閉じて思考をかけめぐらせていた。

 とにかく一度フレリヒを放り出して迎え撃つか。背負ったまま、フレリヒに案内させて全速力で逃げるか。はたまた、天才的な符術の使い手であるフレリヒが撃退してくれるか。

 ――最後の一つは期待できない。

「フレリヒ」

 少年が口を開いた。左肩でゆるくくくった白銀の髪がゆれる。

「もう一度だけ言っておく。よけいなことはするな」

 フレリヒは何かの発作でも起こしたかのように笑い転げた。

「よけいなことなんて、僕はしたことないよ」

 ……どの口が言う!

 内心でキーオがツッコミを入れると同時に、少年はすっと上着のすそをひるがえし、右の方へと歩み去った。

 その姿は、不自然なほどすぐさま闇に溶け、見えなくなる。

 それでも、キーオは刀のつかに掛けた手を下ろせなかった。

 背の上で、フレリヒがけたけた笑う。

「やっぱり行っちゃったね。ねえ、何がしたいのかなあ?」

「俺のセリフだ。……何者だ、今のは」

「一緒にクッキーを買いに来ればいいのにね。せっかくおいしいのに」

「味方には見えなかったぞ。お前と敵対してるのか?」

「ほら、行こうキーオ。夜になっちゃうよ」

 フレリヒと会話が成り立たないのはなぜだろう。歩き出しながら、キーオは時々思う疑問をまた頭に浮かべた。わざとはぐらかしているのか、本当にこちらのセリフなど気に留めていないのか。

「お前、本当に何がしたいんだ」

 フレリヒはまた、いつもの笑い声をあげた。

「面白いことだよ。それから」

 どすんとキーオの背に体重を預けてきた。

「わからないことをどうしても知りたいんだよ」

「わからないことって……」

 問い返しかけて、キーオは足を止めた。

 左右に、建物がある。

 そこはいつの間にか、至天宮前の商店街の中だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ