そして家族会議:ヨハネ
至天宮正門に直行し、外出してもいいかとたずねると、兵士は「早くお戻りください」とも言わず門を開けた。
……本当に、どうでもいい扱いがあからさまだな。
そうは思うが、これ幸いと宿に向かう。
伯爵家の二人は、入り口すぐの、広く品のいいティールームで待っていた。顔を合わせるなりどうだったと尋ねてくると思ったのに、
「まあ殿下、おいでくださったのですか」
などと白々しく言いながら『外で話そう』という仕草をする。なぜだろうと思いつつ外に出て、市民公園のベンチに三人並んで収まった。
「帝都側が用意した宿だろ? 盗み聞きされてるかもしれない」
「そういう術もあるらしいから、気を付けないとダメよ」
「兄さんたち、そこまで考えてたの……」
ともあれ、同じ宿を割り当てられた貴族たちの姿も見えた。あの宿での報告会はやめた方がよさそうだとヨハネも思った。
会見の報告をすると、ジャムールとウィンビはそろって唖然とした。
「なんだそれ。誰だよ、第19皇子ローザヴィって。
お前いれて17人じゃなかったのか」
「帝位のことも意味が分からないわ。東宮殿下は東宮のままなのね? でも、次の皇帝はローザヴィって子なの?」
「みたいだよ。東宮の兄上は、事前にわかってたみたいで、平然としてた」
義姉はひざの上にほおづえをつき、義兄はベンチの背にそっくり返って考え込む。
「……つまり皇帝は、自分がもう長くないと思ってるってことだよな」
「そうなるわね。
わざわざ東宮いれかえの手順をふんでも、すぐに新皇帝即位、フォルティシス殿下がもう一度東宮に戻って、二度手間だと思ってるんでしょ」
「皇帝、だいぶ具合悪そうだったよ」
その一瞬、兄と姉がちらりと自分の顔を見た。
「何?」
「いや。
正直さ、今の東宮殿下に何かあったら、次の東宮がどうなるか、荒れるかもとは思ってたんだよな」
兄がまた上を見上げてぼやくように言う。ヨハネはうなずいた。第二皇子は名高い変人、第三皇子は悪くはないがどうも押しに欠けるともっぱらの評判だ。うちの娘が生んだ皇子の方が皇帝にふさわしいと言いだす公爵・侯爵家はありそうだ。
だが、現東宮フォルティシスは、有能、冷徹、カリスマ性でその名をとどろかせている。10年以上前に、彼を東宮位から引きずり下ろそうとした大貴族が処刑され、その一族は帝都を追われたという話があり、それ以降、東宮に逆らおうとするものはいないと聞いている。
「そうよねえ。それがまさか、陛下自ら後継者すげかえをするなんてね」
「でもまあ、それはそれとして。
お前は何も言われなかったんだろ?」
「なんにも。みんなでローザヴィを盛り上げなさいって言われただけ」
「誰かに声をかけられた? 一緒に新皇帝に取り入ろうとか、反対派に取り込もうとか、そういう感じの人はいなかった?」
「誰も話しかけてこなかったよ。すぐ出てきちゃったし。ほかの人たちもみんな、とにかく自分ちの人に連絡とろうとしてたみたいだった」
「じゃ、うちとしちゃ問題ないな。どうせ中央の権力争いなんか、ど田舎のうちの手に届かないし」
そこでヨハネは「あ」と気づいた。ベンチを立ちあがる。
「ごめん、僕ちょっとお礼言いに行ってくる!」
「お礼?」
「うん、あの人」
見覚えのある警備兵が、あちらの方から広場に入ってくるのが目にとまったのだ。
「教会までの道を教えてもらったんだ。せっかくだし、もう一度お礼言ってくるよ」
「待て待て、俺たちも行く」
兄姉同伴で、ヨハネは警備兵に歩み寄った。彼は木陰に立ち止り、宮殿を見上げているようだったが、かなり遠いあたりからちらりと視線をよこし、自分だと気付いた様子で体ごと向き直った。
「あんた、こないだの」
ヨハネは貴公子モードでほほえみかけた。
「この間は本当に世話になった」
「ちゃんとたどりつけたか?」
「ああ、おかげさまで。言われたとおり、遠かったよ。道を教えてもらえなかったら迷っていただろう。ありがとう」
警備兵は小さくうなずいた。
「我々からも礼を言わせてくれ。連れのものだ」
「親切にしてくださったそうですね」
兄と姉も、キラキラしたオーラを放ちながらにこやかに礼を言った。彼は多少引いた様子で「ああ」とだけ言い、そこでハッと視線だけ右に向けた。焦ったような早口になる。
「悪い、俺はもう行く」
「え?」
伯爵家の三人が声をそろえたとき、
「そんな急ぐことはないだろ」
と冷笑交じりの声がした。
ヨハネは硬直した。
一瞬遅れて、左右にいる兄と姉がひざをついた。
ひどく冷たい薄笑いを浮かべた東宮フォルティシスがそこにいて、明確にこちらに向かって歩いてきていた。
東宮なのに、供はたった二人、騎士らしき青年たちだった。
……なんで東宮がそんな薄い護衛で歩いてるんだ。気づけるわけないじゃないか。
「なんだ、知り合いだったのか?」
彼は、棒立ちのヨハネではなく、警備兵の方に声をかけた。
「知り合いじゃねえよ。道を聞かれたから教えてやっただけだ」
「はは。めずらしく警備兵として役に立ってるじゃないか」
警備兵は口の中でうるせえとつぶやいたようだった。
東宮の目がこちらに向いたので、ヨハネは一気に緊張するのを感じた。
……僕はひざをつかなくていいんだよね。ついたらおかしいんだよね。これで合ってるよね?
「……ムエズィ伯爵家に預けられている、ヨハネだったな」
さあっと鳥肌が立った。背後の兄と姉も総毛だったのがわかる。
……なんで僕のこと認識してるんだ。なんでうちの家名まで覚えてるんだ!
「はい、ヨハネでございます。兄上におかれましてはご機嫌うるわしく……。お声をたまわり、光栄に存じます」
長兄は声を上げて笑った。
「しつけが行き届いてるな。伯爵家の教育は大したもんだ」
ひざをついた兄と姉が、無言で首を垂れる。たかだか伯爵家、しかも伯爵本人ですらない彼ら二人は、正式の礼では東宮に直接口をきくことはできないのだ。
「聞いての通り、これからごたごたするからな。身の安全を図るなら、観光はあきらめてさっさと帰るんだな。
エディ、行くぞ」
それ以上、彼らに視線も向けず、東宮は歩み去る。
警備兵は、ちらっと『災難だったな』と言いたげな視線を残し、そのあとについて行った。
残された三人は、完全にその背が見えなくなるまで動けなかった。
そして、
「……心臓止まるかと思った……」
「あんた偉かったわね! よくあれだけちゃんとしゃべれたわ」
立ち上がった兄は胸を抑えて息をつき、姉は青い顔でヨハネの肩を何度もたたく。その衝撃でヨハネはようやく我に返った。
「兄さん姉さんどうしよう! なんか東宮、僕のこと知ってた! なんで? 目つけられた? うちの家つぶされたら僕のせい?!」
色を失って兄姉の腕を抱え込むと、姉が「ちょっと落ち着きなさいよ」とまた肩をたたいた。
「まさかと思うけど、皇子の顔と名前と所属、全部頭に入ってるとかかしら」
「そんなはずないよ! 17人もいるんだよ?」
「まあ、全員呼び寄せたんだから、復習したかもしれないしな」
「そうそう、あんたの顔は特にわかりやすいから」
ヨハネは座り込んだ。
「もう駄目だ……。目をつけられた……。つぶされる……」
「大丈夫だって! 東宮は俺らなんか目に入ってないよ!」
「そうそう! うちのとりえは権力者の目ざわりになりっこないとこなんだから!」
二人は末弟の肩をたたいてはげました後、東宮の言うとおりさっさと帰ろうと決め、
「我らは、皇子ヨハネ殿下をお連れしたムエズィ伯爵家のものだ。待機している飛行艇に、出港準備を始めるようにと連絡してくれ」
至天宮の城門まで行き、門番に伝えた。
「はっ、確かにお伝えいたします」
とかしこまる門番から離れて門前広場の中ほどまで歩き、
「――じゃ、あとは母さん父さんへの土産を調達だな!」
「たくさん店があるわね。とにかくかたっぱしから見て回るわよ!」
腕まくりせんばかりの兄姉に連れられて城下の商店街にふみ出したヨハネは、
……ローザヴィ。
……ローザ。
「ああっ!!」
唐突に思い至って声を上げ、2人を驚かせた。