表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/114

鉄鎗騎士団たまり場の非日常:マシュー

 コトハは、鉄鎗騎士団のたまり場で木の机につっぷしていた。

「ほんとお疲れ様。ほら、飲みなよ」

 副長マシューが、目の前にココアがなみなみと注がれたカップを置いてくれる。

「ありがとうございます、副長~」

 力の抜けきった声で言って、カップに手を伸ばした。

「やけに疲れているな。

 ローザヴィ姫は、そんなにもご命令が多いのか?」

 向かいに座った団長のツヴァルフが、腕を組んだ。コトハはぐびぐびと飲み干したカップを机に置くと、クッキーが入っている丸い缶を手元に引き寄せた。

「ぜーんぜん、何にもです。本当に必要なことしかご命令ありません」

 缶を開け、入っているクッキーをぽいぽいぽいと三枚まとめて口に放り込む。

「あの子、すっごい遠慮がちなんですよ。いまだにあたしに敬語だし。頼ろうともしてこなくて」

「ならもっと親しげにしてあげてもいいんじゃない?」

 マシューが、せんべいが盛られたトレイをさりげなくコトハの射程距離から離しつつ言った。

「コトハが姫と話してるの何度か聞いたけど、なんかやけにおカタいなあって思ったよ」

「だって、なんだか良心がとがめて」

 コトハは再度机に突っ伏した。

「東宮殿下からの命令は、スパイになれってことなんですよ。

 あの子、よく思い詰めた顔してて。手を取って、つらいことがあるなら聞くよって言いたくなることもあるんですよ。でもそれをやって何か打ち明けられたら、右から左に東宮殿下に流さなきゃいけないでしょ? そう思ったらそんなセリフ吐けないですよ。

 『彼』にクズだカスだ恥知らずだって言われましたけど、自分でもそう思えてきちゃって」

「いや、君のことじゃないし、『彼』もそこまでは言ってないよ」

「悲壮な顔見てると、私がついてるよ、味方だよってのも、言いたくなりますよ? でも成り行き次第ではウソになりますし。ああ~」

 情けない声を出して、つっぷしたままパタパタと両手で机の天板を叩く。

「あの子、あたしのこと何も疑ってないみたいなんですよ。良心がとがめる!」

 悲鳴のように言って、ばったりと腕を落とした。

「何も疑っていないのか?」

 ツヴァルフが銀縁メガネを押し上げながら口をはさんだ。

「ジーク砦の騒ぎのとき、ローザヴィ姫は、お前があの少年を狙っているのに気付いてらしたぞ」

「あー。ですよねえ。気づいてますよねえ」

 皇帝の隠し子だと名乗り出たローザを保護したジーク砦でのことだ。

 ローザが、彼ら騎士団の主である東宮にとってどういう立場となるのか、あの時点では騎士たちにはわからなかった。一緒に出会ったという少年についてはもっと正体不明だ。表面上友好的にしつつ、ひそかに警戒していたローザがもう一人の少年とともに砦から姿を消した上、『神がかりの皇子』として悪名高いフレリヒまで関わっていると聞かされ、騎士団は最大級の警戒をもってローザの後を追い、包囲した。

『抵抗するようならひっとらえろ、小僧の方は痛めつけても構わん』

 東宮の命令を受け、ローザには見えない場所……見えないはずの場所……にコトハがひかえ、いつでも少年を撃てるよう狙っていたのだ。

「団長から銃を下ろせって指示が来たから、まさか気づかれたのかと思ってましたけど、やっぱり」

「どう思ってらっしゃるのかね、あの時のこと」

「東宮殿下に説明なさったことが本当なのか、何かおっしゃってるか?」

 コトハは天板に顔を伏せたまま、右手だけ挙げて降る。

「……なんにも。こっちから聞くなんてできません」

 鉄鎗騎士団のトップ二人は顔を見合わせた。

「東宮殿下の許可が下りればだけど、一度二人で城下にでも出てみたら? ローザヴィ姫も少しは気晴らしになるんじゃない?」

「何なら俺たち……はまずいか。目立たない若いの二人ぐらいに護衛させて」

「なるかなあ、気晴らし……」

 コトハは浮かない声で言った。

「気を使って楽しんでるフリされそう……」

 だめだこれは、完全に落ち込んでるな。トップ二人は再度顔を見合わせた。

「そういえば、テレーゼ殿下をお茶にお招きしたいとかも言われてるんですよ」

 コトハはぐったりしたまま言った。

「テレーゼ殿下ねえ」

 2人は微妙な顔になった。

「仲良くなれると思ってるみたいなんですよ! 無理無理!……って言いたいけど、言えないですよ」

「ローザヴィ姫にしてみれば、至天宮にいる唯一の女きょうだいだもんな。だが……」

 ツヴァルフも渋い顔だが、マシューの意見は違った。

「いいじゃないか。あの方はとりあえず害はないよ。はたから見てる分にはおもしろいこともあるし」

「害がなきゃいいってもんじゃないだろう」

「害があるよりはずっとましじゃないか」

 ツヴァルフに言い返すとコトハに向き直り、

「気晴らしになるなら、お茶会開いてあげなよ。カードでも用意して、招待状を自作させてあげてさ。そういうの一緒に作ってあげれば、気晴らしになるんじゃない?」

「なるほど。さすが副長、乙女力高いですよね」

 マシューが思わず、「今のって、すごくけなされた?」と言いそうになったその時、伝声灯から叫ぶような声がした。

『城下に降魔が発生した!』

 ……この城下に降魔?!

 三人は思わず立ち上がる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ