帝都、異母姉と異母兄と少女:ローザ
異母兄二人と異母姉一人に連れられて移動した先は、飾り気はないが格調高いしつらえの、広い部屋だった。奥に大きな執務机があり、そのななめ前にはソファとローテーブルの一角がある。
ローザたちをソファに掛けさせ、東宮フォルティシスは奥の机に収まった。
ここはきっと、兄さまの執務室なのね。
刀がかけられた壁をそっと見回し、ローザはそんなことを思った。
ついてきた数名の騎士は、部屋の中に入ってこようとはせず、部屋の中には、東宮フォルティシス、第二皇子テレーゼ、第三皇子シャリムとローザの4人だけ。それぞれちがう母を持つ、皇帝の子たちだけになった。
「まずはお前たちが先に帰ってからのことを話しておく。ローザヴィがいなくなった件も含めてだ」
東宮が宣言し、ローザを見た。視線を受けてローザはうなずく。
「はい。
あの夜、私の部屋に、フレリヒ兄さまと名乗る人がやってきました。暗殺者が来ると言って、術で私たちを隠してくれました。本当に暗殺者が来て、すっかり恐ろしくなってルーフスに……一緒にいた子に、ここから逃げたいと頼んだんです。
フレリヒ兄さまが教えてくれた隠し通路から外に出ました。兄さまも一緒に歩いていましたが、いつの間にかいなくなってしまわれて、どっちに行ったらいいかもわからなくなってしまいました。
騎士団の人が大勢で探しに来たので、逃げてはいけないと思い直し、戻ることにしたんです」
ジーク砦に連れ戻されたとき、兄と騎士たちに言い張った説明を繰り返す。
ご心配をおかけしました、と続ける前に、
「一緒にいた小僧だけは符で逃がしてな」
東宮が薄笑いを浮かべた。ローザはそちらをまっすぐに見る。
「暗殺者の人たちは、ルーフスのことまで殺そうとしていたんです。これ以上危険に巻き込むわけにはいかないと思いました」
「筋は通ってるね」
シャリムがとりなすように割って入った。
「僕らはともかく、街で静かに暮らしてた子が暗殺者にいきなり会ったら、そりゃあ怖かったでしょう」
優しげに言う横で、テレーゼが口を開いた。
「そうか? 夜の森より、騎士団の守る砦の方が安全じゃないか。よい判断とは言えないな」
「そんな風に考えられる人ばっかりじゃないよ」
シャリムはあきれた様子だ。テレーゼは首をかしげる。
「そうなのか。ふむ。
で、あれから、フレリヒは?」
「行方不明のままだ。あれが一度身を隠したら、自分から出てくるまで見つからんだろう」
東宮の返事に、異母姉と異母兄はうなずいた。
……あのフレリヒ兄さまという人は、そういう人なのね。
ローザがそう思う間に、
「イリスリール姉さんは?」
もう一つテレーゼが尋ねる。
「イリスリールも現れていない。あいつは、このローザヴィを連れ去ろうとしているらしい」
テレーゼが、
「目的はこれと確定できないが、渡すのは危険だな」
とうなずいた。
「ローザヴィはしばらく至天宮で保護しよう。ここには、姉さんは入ってこられない、はずだ。その間に……」
うなずいた東宮が、こちらに目を向けた。
「ローザヴィ、先に言っておくぞ。俺たちはイリスリールを殺す」
ローザは唇を引き結んだ。体をすくめたり、悲鳴のような声をもらすことはせずにすんだ。
「姉さまは、平気で人を殺す存在になってしまいました。覚悟しています」
シャリムは痛々しげにローザを見ている。テレーゼの方は何を思った様子もなく、
「まあ、戦うのは兄上と騎士団がやってくれる。『戦闘狂』もいるしな。
君はそちらにかかわらず、政治の手伝いなり、勉学にはげむなりして過ごすといい。
で、兄上。ローザヴィの存在は」
「とりあえず極秘だ。イリスリールと同じ扱いとする」
「兄さま、あの」
ローザはずっと気になっていたことを口に出した。
「なぜ、姉さまの存在は秘密にされていたんでしょう?」
皇帝には、ほかにもいくらでも、平民の女に産ませた子がいる。みな存在は隠されることなく、皇子として扱われていると聞いていた。
……それとも本当は、ほかにのたくさん存在を隠されている子がいるのかしら。
東宮の返事は短かった。
「父上の意思だ」
シャリムが、少し遠慮するような声を出した。
「父上は、今回はなんと?」
「連れ帰るようにとの連絡はあったが、それ以上は何も言ってきていない。これからだろうな」
シャリムは何か考えこんだ。ローザに顔を向け、
「一年前、イリスリール姉さんと遭遇した時は、帝都に来る途中だったんだよね?」
「私を連れに来た人たちは、そう言っていました」
ルーフスと別れ、ラフィンと引き離されてから身を寄せた館に、武器をかざして押しかけてきた者たちはそう言っていた。それが本当のことなのか、ローザにはわからない。
「ローザヴィの存在も、そんなことがあったことも、僕らは知らされてなかったよ。
連れに行ったってのは、父上の親衛隊かな」
「だろうな。ちょうどそのころから、何人か顔を見なくなった」
テレーゼが何でもないことのように言った。イリスに殺されたということになるのに、芯から何でもないことのようだった。
「親衛隊?」
「ああ、父上の……」
「その話は今はいい」
答えようとしたテレーゼをさえぎって東宮が言った。
「だいたいの現状はわかった。後は、父上の出方次第だ。何か言ってくるまで待つしかない。
ローザヴィ、お前の部屋が用意されているはずだ。今日からそこで暮らせ」
一方的に宣言し、立ち上がった。
「シャリム」
異母弟に、あごでドアを示し、すたすたと部屋を出ていく。シャリムは一瞬イヤな顔をし、それでも兄の後を追って行った。
……お二人で、秘密の話かしら。
ローザにはその内容が気になって仕方なかったが、異母姉テレーゼは、まるで変わらない笑顔のまま、全く無関心な様子に見えた。




