帝都に着いて、異母姉と異母兄と:ローザ
皇帝の隠し子であることを明かしたローザは、刺客に追われて逃げ込んだ森からルーフスだけを逃がし、ただ一人その場に残った。皇子として認められるため、東宮である異母兄フォルティシスに連れられ、帝都へと向かう。
見たことがないほど大きな街だった。
中央に巨大な宮殿があり、それを取り囲むように街が広がっている。公園らしき広場、市場らしき一角、学校か病院だろうかというような大きな建物も見えた。
高速で飛ぶ飛空艇の窓からそれを見下ろし、初めて見る帝都の街並みにローザが圧倒されているうちに、飛空艇は広い宮殿の中にある開けた場所に着陸した。
「ローザヴィ様、こちらへ」
鉄鎗騎士団のコトハが手を取るようにして立ち上がらせてくれる。
「ありがとう」
コトハは東宮の騎士団の人間のはずだ。しかしジーク砦でルーフスと別れたあとからずっと、ローザの側近のようになって、何くれとなく世話を焼いてくれている。共に食事をとり、ジーク砦から帝都までの空路の間は、茶を飲みながらこれから向かう帝都の話をしてくれた。
――でも、この人は兄さまの側の人間だ。
ローザはそう思っていた。
――森の中で騎士の人たちに囲まれたあの時、木の上からルーフスの心臓を狙っていたのはこの人だった。信用はできない。
「足元にお気を付けください」
コトハに導かれ、飛空艇から降りる。途中で東宮と合流したが、彼は軽く頭を下げたローザに何の反応も返さなかった。
開いたハッチから一歩踏み出すと、ごくまぶしい光が降ってくる。空は青く晴れ渡り、ローザは自分の心がひどく沈んでいるのを自覚した。
――いえ、ダメ。しっかりしなくちゃ。
「兄上、お帰りなさい」
若い女の声がして、左右にいる騎士たちが一斉に礼を取った。
まばたきをしてやっと明るさに慣れた目を正面に向けると、建物を背に、遠巻きに礼を取る出迎えの人々の中、二人がこちらに歩いてくる。
どちらもはたち過ぎといったところで、一目でわかるほど身なりがよかった。
一人は東宮フォルティシスとあまり年の変わらなさそうな女で、ごく簡素な黒いドレスを着、黒髪をあごのあたりで切りそろえ、品のいい微笑みを浮かべている。今「おかえりなさい」と言ったのは、この女であるようだった。
「帝都に変わりはないか」
ローザのななめ前を行く異母兄が、ドレスの女の前で立ち止まって声を投げた。
「私とシャリムの知る限りは、ないな。そちらがローザヴィ?」
女はこちらを手で示した。やや後ろで立ち止まったもう一人の男の方も、物珍しそうにローザを見ている。
「ああ」
東宮はそこでやっとローザを振り返り、
「お前の姉のテレーゼと、兄のシャリムだ」
「初めまして、よろしく」
ローザがあいさつの口を開くより早く、テレーゼがはきはきと言った。
「ダイナ公爵の孫で、兄上とイリスリール姉さんのすぐ下の妹、テレーゼという。
ちょっと前までは表向きだけだったが、イリスリール姉さんが皇子位を奪われたから、今は名実ともに第二皇子だ」
あまりに直接的な物言いだった。
……イリス姉さま……。
ローザは胸にナイフを突き立てられた思いになる。と、テレーゼの黒いドレスの肩が後ろにひかれた。
「姉さん、ちょっと黙ってて」
異母姉の肩を引いたのはもう一人の男の方だった。線の細い、いかにも貴公子といった外見の男だった。
「わかった」
テレーゼは平然と言って口をつぐむ。その顔の微笑みはまるで変わらず、機嫌をそこねたり、何かまずいことを言ったかと気にする様子は全くなかった。
男はローザに向き直り、軽く腕を広げてみせた。
「会えてうれしいよ、ローザヴィ。
僕はシャリム。
サライン侯爵の甥で、テレーゼ姉さんのすぐ下の弟だ。第三皇子になる」
優しく笑う表情は女性的で、邪気がなく見えた。
「父上の勅令が下るまでは、正式には皇子の身分にはならないけど、僕らは君が妹だと信じてるよ。……会ってますますそう思う」
そこでやや声を低め、
「イリスリール姉さんがどうなってるかも、姉さんたちが今きみを追ってることも、僕らは知ってるから安心して」
と付け加えた。
この二人はどういう人なんだろう。
ローザはまずそんなことを思った。
――少し前までなら、姉と兄との対面に、無邪気に喜んでいられただろう。
「イリスリール姉さまと同じ母親の子の、ローザヴィです。
姉さま兄さま、初めまして。お会いできて光栄です」
「うん、よろしくね」
シャリムが言い、テレーゼは上品な笑みのまま黙ってうなずいた。異母弟の言った「黙ってて」を真っ正直に守っているらしかった。
東宮はテレーゼとシャリムに親しみを見せるでもなく、
「つっ立って話してても仕方ない。来い」
と城内へ歩き始めた。
テレーゼはドレスのすそをひるがえし、そのあとに従う。やはり黙ったまま、微笑んだままだった。
シャリムはというと、ちらっとこちらを見て、
――兄さんは怖いね。
そう言いたげな、いたずらっぽい笑い方をした。冷たい兄にひるんでいるであろう新しい妹への気づかいに見えたが、今のローザには彼の善意をそのまま信じることはできなくなっていた。
巨大な宮殿を見上げて考える。
ここにみんないてくれたら、どう言ったかしら。
ルーフスが、ラフィンが、イリスが。
――こんな広いお城、初めて見た! ローザ、後で探検しようよ。
――立派な姉上兄上がいてくださってうれしゅうございますね、嬢ちゃま。
――二人とも、とても優しくていい子たちよ。何でも相談するといいわ。
ローザの口元に笑みが浮かんだ。今にも涙があふれそうだった。