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明け方のカレイドスコープ  作者: サワムラ
小話:鉄鎗騎士団と東宮と彼の日常
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鉄鎗騎士団の日常3:マシュー

 降魔との戦闘のただなかで、マシューはひたすらに槍をくりだしながら、内心で焦りに焦っていた。

 まさかこんなことになるなんて。

 勝てるのか? 東宮殿下に退却を進言するか?

 横からの風に流されるように、羽虫型の降魔が目の前をふさいだ。そのふわりとした動きから、突然針のような足が高速で突き出される。のどを貫かれそうになるのをからくもかわし、巨大な羽虫の胴に槍を叩きこむ。崩れ去るのに胸をなでおろす暇もなく、別の降魔が羽を鳴らして横から迫ってきた。

 ……この忙しいのに、

 叫ぶように思った。

 この忙しいのに、あいつはどこをほっつき歩いてるんだよ!



 途中までは順調だったのだ。

 降魔を討伐すべく、飛空艇で帝都を飛び立ち、着陸前には上空から降魔の場所と種類を確認して、作戦を細かく修正した。

「あの種類は風に影響されて、基本的に風下へと動く。今の季節は基本的に西風だ。皆、それを頭に入れておけ」

 本隊が発生場所近くに降りて、化け物の移動ルートの横から一斉攻撃をかけ、あちらの攻撃が届く前に壊滅させる。

 小隊二つは少し離れた場所で、取りこぼした降魔の掃討を行う。騎士団全員が連携を取り、人家のある場所へは、一匹も逃さないことが目的だった。

 が、飛空挺が着陸するなり、目をぎらつかせた『彼』が飛び出し、制止するまもなく走っていってしまった。

「エディ!」

 叱りつける調子で叫んだ東宮は、エドアルドが聞こえた様子もなく木々の向こうに消えるのを、いつものこととして受け入れたようで、

「バカ犬が……!」

 一言、吐き捨てただけだった。

「作戦に移れ。救いようのないバカは放置だ」

「はっ」

 騎士団にとってもいつものことだ。そしてもう、作戦開始の準備は整っている。ツヴァルフが一声を発しようとしたとき、

「待て」

 突然東宮が空を仰いだ。

「風が変わっている。……南風だ。化け物ども、まっすぐこっちに来るぞ」

「『彼』とはちあわせるのでは?!」

 マシューは思わず言った。東宮は一瞬唇をかみしめ、

「アレのことは放っておけ。全員……」

「殿下、来ます!」

 最後尾についた符術士が、察知して声を上げた。同時に東宮も南を見た。一瞬遅れてその視線を追ったマシューの耳に、かすかな音が聞こえる。

 ……降魔の羽音!

 南に、黒い霧のようなものが見える。それがこちらに迫ってくる。

 巨大な羽虫の群れのように見えた。ほぼ透明の羽は体の横で止まり、ほとんど動いていない。そのまま、風に流されるようにこちらに近づいてくるが、

「遠距離陣形を取れ!」

 ツヴァルフが叫ぶと同時に、化け物たちの羽根が動き出した。人の存在を察知して、飛行を開始したのだ。

「符術士、準備。……やれ!」

 最前列に出た符術士が、一斉に符術を展開する。炎が、いかずちが、爆風が広がり、羽虫の群れを包み込んだ。

 緊張とともにその爆風をやり過ごしたマシューは、符術の起こした土煙を突き抜けて出てくる羽音を聞き分けた。

「……銃士、撃て!」

 術士たちは符を投げると同時に後退している。それに代わり、コトハら銃使いと弓使いが前に出ていた。土煙を音もなく突き抜け、巨大な羽虫らが姿を現す。矢と弾丸がその群れへと降り注いだ。

 ……ダメだ、多すぎる。削りきれない!

 マシューの胸に焦りがわくと同時に、

「銃士、下がれ! 接近戦に切り替える!」

 ツヴァルフの声が飛び、コトハたちが早足に後退すると同時に、ダメ押しのように東宮の符が飛んだ。彼は剣も使うが、符の技量も高い。5匹が爆風に巻き込まれ、羽を引き裂かれるのが見えた。

 それでも、これまでの攻撃で、三分の一も数を減らせなかった。

 マシューは内心で冷や汗をかいていた。作戦通りなら、遠距離攻撃の時点で半数以上しとめられているはずだったのだ。直接闘う数が多すぎる。

 ……そのうえ、『彼』がいない。

 そのことにかなりの危機感を覚えている自分に気付き、マシューは奥歯をかみしめた。

 ……『彼』に頼ってどうする。もともと僕ら騎士団だけでやってたことだ!

「符術士! なるべく後方の敵を狙え。味方を巻き込むなよ!」

 東宮の声が飛んだ。同時にツヴァルフが地を蹴った。コトハに撃ち落された羽虫の後ろから現れた化け物を一刀両断する。マシューもまた短槍で羽虫の頭を砕いた。

 銃と弓の援護を受けつつ、何十という降魔を切り伏せた。マシューたちが壁になる後ろでは、符術士がひたすら術を展開し、後方の降魔たちを仕留めていく。

「殿下、敵が増えています!」

 木に登って敵を狙っていた弓使いが悲鳴のような声を上げた。東宮は一瞬手を止め、

「知っている!」

 目の前の羽虫の足を斬り捨てた。

 マシューも気付いていた。降魔が、少なくとも2度、数を増やしている。

 ……どこかからまた沸いたのか、それとも別の方向にいたやつらが集まってきたのか。

 ……それはどっちでもいい。問題は、ここからさらに増えるのかどうかだ。

 増え続けるとしたら、それは月の道がどこかで開いているということだ。月の道が閉じなければ、降魔は湧き続ける。

 ……自然に閉じるまでここで応戦しつづけられるか? それとも……。

「殿下!」

 目の前にある透明な羽をやりで薙ぎ、マシューは声を上げた。

「一時、離脱します! 月の道を探し……」

 切り捨てた化け物の後ろから降魔が飛び出してきて、目の前に振り下ろされた前足を危うくかわした。

 ……符の援護がなくなっている!

 ちらりと振り返ると、符術士たちは、白い符を取り出してしばらく念じてから発動させている。

 準備してきた符が尽きたのだ。

「符術士! さがって態勢を整えろ!」

 一瞬だけ振り返ったツヴァルフの横を、すうっと透明な羽根が通り過ぎた。

「しまっ……!」

「コトハ!」

 色を失ったツヴァルフと、焦ったマシューの声が重なった。横手の騎士の援護に気をとられていたコトハが、迫る降魔にはっと振り返る。それより早く、針のような前脚が振り上げられ、そしてがくりと落ちた。

 化け物の頭の中心に、短刀が根元まで突き刺さっていた。降魔はチリとなって風に吹き散らされ、短刀だけが地に落ちる。

 前方の降魔の向こうに、あの青みがかった黒髪と、陽光を反射して輝く刀の軌跡が見えた。

「エディ!」

 東宮が怒鳴る。

「どこをほっつき歩いていた! バカ犬が!」

 当然ながら返答はない。だが、恐ろしい速さで降魔を斬り捨てているのはわかる。

 ……よかった、勝てる。マシューはそう思った。

「態勢を整えろ!」

 ツヴァルフが再度叫んだ。

「符術士は一旦下がれ! 符を準備し、月の道が閉じたらまとめて殲滅する! 前衛、それまで持ちこたえるぞ!」

 騎士たちの応じる声が力を取り戻していた。皆、勝てると感じたのだ。マシューは確信した。

「銃士!」

 東宮の声が響いた。

「風向きが変わった。群れから離れるやつを逃がすなよ!」

「はっ!」

 応えたコトハが、今しも左手の木々の間に消えようとした一匹を撃ち落した。弓使いの何人かはすばやく木に登り、風に流されるように戦場を抜けていく化け物たちを次々撃ち落す。マシューたち前衛も、ひたすら目の前の降魔を切り続けた。

 ……降魔の増加が止まっている?

 マシューはふとそう感じた。

 月の道が閉じたか? 良かった、思ったよりだいぶ早い。

「団長、いつでもいけます!」

 符術士のリーダーが後方から叫ぶ。

「前衛、さがれ!」

 ツヴァルフの声が飛び、マシューたちは数十匹まで数を減らした羽虫たちから素早く距離を取った。

「エディ! 術が飛ぶ! 巻き込まれても助けんぞ!」

 東宮が一応怒鳴ったが、エドアルドの耳にも今までのやり取りは聞こえているはずだ。

 コトハの危機も、ちゃんと目に入っていたようなのだから。

 符が宙を舞い、その場を閃光が満たした。



 術の一斉展開で、ほぼカタはついた。騎士たちは周辺を駆け回り、生き残った数匹に確実にとどめを刺す。

「降魔の反応は消失しました」

 感知の符を展開する術士の報告に東宮はうなずき、

「一応、付近を巡回させろ」

 ツヴァルフに視線をくれる。そして、

「エディ!」

 犬を叱る飼い主の声を出した。未だ濃い殺気をまとわりつかせた『彼』が、辺りを見回しながらこちらに歩いてくる。

「いまごろ到着か。自制しろと何度言ったらその空っぽの頭に入る」

 にらみつける東宮を、彼は戦場のままの鋭い眼光でにらみ返した。気が立っているときの彼には敵も味方もない。

 しかし、とマシューは思う。殿下の言うとおり、いまごろご到着か、だ。

 ……戦闘が終わりかけてからやっと戦場にたどり着くなんて。一人でエキサイトして走って行って、風が変わったのも気づかずやみくもに探し回ってたんだろ? 勘弁してくれよ。ため息をつきたい気分だった。

「あの、これ……」

 背後で、コトハが遠慮がちな声を出した。

「この、短刀って」

 マシューとツヴァルフと東宮の目がそっちに向いた。目をむけなかったのは『彼』だけだ。さっきコトハを助けるために彼が投げた短刀だったが、

 ……見覚えがない。

 ツヴァルフがひったくる勢いで短刀を取り上げた。全体をぐるぐると眺め渡す。

「……亜神の、持つもののようですが」

 再度東宮の視線を浴びた『彼』は、ふんと鼻を鳴らした。

「あんまりいいものじゃなかった。新兵にでも持たせろよ」

 そう不機嫌そうに顔を背ける彼の、右そでの中ほどが斬られている。出血はまだ止まっていないようだった。

 亜神と遭遇して、一人で闘っていたのか。

 彼が亜神を斬ったから、降魔の湧きが止んだのか。

 唖然として、マシューは声も出なかった。

「……バカが」

 東宮の苦々しい声と舌打ちだけが聞こえた。

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