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異母兄と異母姉と第3皇子と異母弟:シャリム

 帝都からジーク砦までは、高速艇でぴったり8時間だった。到着1時間前には、遠くに雨雲が見え始めた。

 高速艇のせまい船室の中、ちいさな丸窓を通してその黒い色を確認した第3皇子シャリムは、

「すごいなあ」

 思わず、向かいに座る第2皇子テレーゼに言った。

「姉さんの言った通りだったね」

「気候の状況を合計して考えたからな」

 この変人の異母姉には、褒められたという概念もない。

 ところが、到着寸前に予想外のことが起こった。砦から5体の飛行獣が飛び出し、

「止まれ! 何者か!」

 その背の騎士がするどく叫んだというのだ。

「皇子殿下方がおいでになったと説明しましたが、騎士たちは納得せず……」

 弱り切った口調の船長に、テレーゼが「私が行こう」と簡単に腰を上げた。シャリムも仕方なく後を追う。

 こちらは甲板上、あちらは空中で対面した騎士たちは、東宮の異母妹弟2人の姿を見ると驚いた顔をし、

「申し訳ございませんが、解呪の符を……」

「ああ」

 何だよ、来てやったのに失礼な奴らだな、と思ったシャリムとは対照的に、そんなことは一切思わないらしい姉は寛大にうなずく。

 目くらましの術を解くための符が投げられ、光を放つ。光が収まった後もシャリムたちの姿が変わらないことに、騎士たちはさらに困惑した様子で顔を見合わせた。

「船体の照会番号もあっているようだ……」

 ささやきあうのが聞こえる。

「私たちは兄上の命令で、至急と言われてここまで来た。とにかく兄上に取り次いでくれ」

「は、では、こちらへ」

 砦内のポートに誘導され、ようやく地に足をつけることができが、その瞬間からシャリムには感じられた。

「何か、物々しい空気だね」

 砦の門が開けられ、何人もの騎士が駆け出していく。空にも、飛行獣を駆る騎士の姿が見えた。

「実は、賊が侵入いたしました」

 迎えに出てきた、兄直属騎士団の副長が礼を取りながら言って、シャリムを驚かせた。

「賊?」

「なるほど、それで警戒が厳重だったのか」

 姉は素直に納得している。

「まさか、にいさ……兄上がどうかされたわけじゃないよね?!」

 僕が陰では兄上って呼んでないことを兄さんには言わないでねと言えば言わない姉と違い、兄本人とツーカーである騎士団員の前で兄さんと呼ぶ度胸はない。当然、兄本人の前で呼ぶなど論外だ。

「もちろん、東宮殿下はなんとも」

「……そうか」

 安心と残念が同時に襲ってきた。

 ……死なれたら困るけど、ちょっとケガをして数か月おとなしくするようなことになってたらよかったのにな。

「ですが……」

「うん?」

 副長は青ざめた顔で言葉を止めた。シャリムが先をうながそうとしたとき、

「それより、気になることがある。早く兄上と会わせてくれないかな」

 テレーゼが言った。

 ……気になること?

「は、失礼いたしました。こちらへ」


 彼ら二人を見た異母兄の第一声は、

「なぜお前たちがここにいる?!」

だった。

「ああ、やっぱり呼んだのは兄上じゃなかったか」

 テレーゼが当然のことのように言う。

「飛行獣の者たちはともかく、副長までも私たちが来ることを知らされていないようだったからな。これはハメられたかなと思っていたところだ」

 シャリムは唖然として言葉もなかった。

「説明しろ」

 ここ数年で一番機嫌の悪い顔になった兄が命令する。叱責を恐れて棒立ちのシャリムをよそに、テレーゼが手際よく事情を説明した。

「……それでお前たちは、そんな怪しい書状を俺からのものだと信じ切って、うかうかとここまでやってきたというわけか?」

 にらみつけられてシャリムは全身から冷や汗を噴出させた。

 ……だって兄さん、いつだって問答無用じゃないか。理由説明しないじゃないか。思い通りにしなかったら、すぐ怒るじゃないか。僕わるくないよ。

 頭に浮かびまくる抗議のセリフは、一つだって口には出せない。

「兄上はこういうやり方であることも多いからな。私は疑問に思わなかった」

「ちょ、姉さん!」

 口に出したものがいた。シャリムが青くなってその腕をつかむと、

「……ああ、シャリムは疑問に思ったようだった。それを説得して連れてきたのは私だ。だから、罰を与えるなら私だけにしてくれ、兄上」

 軽い罰ゲームの話でもしているかのような姉は、いつもの優雅なほほえみのままだ。

 ……どうするんだよこれ? 僕だけ姉さんのスカートのかげに隠れるわけにいかないでしょ?

 恐る恐る兄の顔をうかがったシャリムは、そこに、痛いところをつかれたとでも言うような苦い顔を見つけて意外に思った。

 ……絶対、怒り狂うと思ったのに。

「……確かにな」

 小さな声が耳に届いた。何に対しての確かにななのか、シャリムにはよくわからなかった。

 兄はその苦い顔のまま話を変える。

「こっちにはな、イリスリールの妹が現れたぞ。父親も同じだ」

 シャリムはしばし絶句した。

「……イリスリール姉さんの妹?! 僕たちの異母妹ってこと?!」

「ああ。だが、消えた。刺客が来て、捕まえて、そうしたら部屋がもぬけのからだ」

「姉さんが連れて行ったのか?」

 驚いた様子など全くないテレーゼが、いつもの微笑みで言う。

「わからん。だが、亜神が侵入した様子はなかった」

「姉さんが符術センサーに引っかかるとは限らないよ」

「わかっている」

 二人は、いら立ちを隠さない異母兄から、この数日の経緯を簡単に聞いた。

「部屋をよく調べたら、もう一つ隠し通路があった。俺も、この砦の責任者も知らなかった通路だ」

「対応のため、可能性は大きく4つに分けて考えるべきだな」

 テレーゼが言った。

「まず、姉さんが関わっている場合。これは実際の手段を問わず別口だ。

 それ以外で、そのローザヴィが自分の意思で出て行った。誰かにそそのかされて出て行った。誰かにさらわれて行った。この4つだ」

「それ、分けることで何か変わって来るの?」

「まず、姉さんが関わっているなら、奪還作戦は中止した方がいい。時間と人手の無駄だ」

 ごく当然のことを言う顔で、半分とはいえ血を分けた妹の話だとはシャリムには思えなかった。

 ……僕だって、異母弟妹にはあんまり思い入れないけど、それでもさあ。

「自分の意思で出て行ったなら、その子はこの辺の地理を知らないんだろう? 遠くへは行ってない。騎馬で追いかけるより、徒歩でじっくり、気づかれないよう足音をさせずに探すべきだ。

 そしてこっそり近づいて、さっと捕まえる」

 姉さん、僕らの妹だよ、逃げた猫を捕まえるんじゃないよ。シャリムは頭を抱えたかった。

「二つ目、誰かにそそのかされて出て行ったなら、この砦の中にスパイ的な人間がもぐりこみ、何か話して姿を消すよう誘導したということだ。彼女に接触した人間を洗う必要がある。一人とは限らない。

 三つ目、さらわれたのなら、足になるもの、飛べるものが用意されている可能性が高い。だから……」

 とうとうと述べるテレーゼの演説を、聞いているのか考えているだけか、黙っている兄の顔色をシャリムがうかがっていた時だ。

「ああ、やっぱりみんなここにいた」

 場違いな明るい声に、一同は顔を上げ、長く続く回廊の向こうに、やたらと悪目立ちする姿を見つけた。あからさまに驚きを顔に出したのはシャリムだけだ。

「殿下、お待ちください、どうか」

 追いすがる衛兵二人をふわふわとかいくぐって、優雅にこちらに近づいてくる少年がいる。

 つぶれたようなシルクハットを頭に乗せ、胸元に大きなリボンを結んだ、あちこち長かったり短かったりとバランスの悪い子供用のタキシードをまとう。

「フレリヒ……」

 15歳にはとても見えない幼い姿で、その背丈に合った小さなステッキを振り回しながら歩いてくるのは、彼ら3人の異母弟だった。

「いい。持ち場に戻れ」

 慌てふためく衛兵二人にまずそう命じた長兄は、10歳違いの弟に愛情のかけらもない視線を向けた。

「なぜここにいる、フレリヒ」

 シャリムには嫌な予感しかしなかった。

 神がかりの皇子と有名な異母弟フレリヒは、何もかも見透かしたような態度で、知るはずもないことを知り、不可解な言動を取り、常に周りをひっかき回す。冷酷でも変人でも、一応は帝国のためとの芯がぶれない兄姉とは全く違い、何を考えているのか何が目的なのか、誰にもわからない。

 シャリムは内心では、彼はひたすらに愉快犯だと判断していた。

 そもそも、この砦に彼らがいるとどうやって知り、どうやって入ってきたのか。

 ……フレリヒの母君は平民だ。だから、臣下の家に預けられていて、僕らのように帝都の軍に命令する権限は与えられていないのに。

「兄さんたちに報告に来たんだ」

 フレリヒはにこにこと無邪気な笑みを湛えて、ステッキを持った両手を広げてみせた。

「報告?」

「うん。僕にもとうとう、かわいい妹ができたんだ!」

 シャリムは言葉が出ないほど驚いたし、フォルティシスの表情もすうっと冷たくなった。

「いいでしょう。僕ずっとかわいい妹がほしかったんだ。かわいくない兄さん姉さんしかいなかったからさ!」

「フレリヒ」

 テレーゼが、いつもの笑顔を全く崩さないまま、小首だけかしげた。

「それは、ローザヴィが今、君のところにいるということか?」

「そうだよ、テレーゼ姉さん」

「ちょうどローザヴィの行方をさがしてしていたところだ。どこにいる?」

「教えないよ、テレーゼ姉さん」

 フォルティシスがようやく口を開いた。

「死にたいのか、フレリヒ」

 ここまで冷たい兄の声を聞くのは久しぶりだった。シャリムは背筋がぞっとするのを抑えられなかったが、同じその声を聞いたはずの二人の笑顔には何の変りもなかった。

 ……やっぱり、この中でまともなのは僕だけだ。

 物心ついてから何百回と思ってきたことをまた思いながら、シャリムは仕方なく話に割って入った。冷酷で問答無用の兄と、変人の姉と、理解できない弟とでは、話し合いが成立する余地がない。

「フレリヒ。まさかと思うけど……、君がローザヴィを連れ去ったわけではないよね?」

 まずそれを押さえておかなくてはならないと思ったが、弟は楽しげに、

「僕だよ」

とステッキを振った。

「……えっ、なんで!」

 思わず声を上げたシャリムの横で、

「フレリヒ、誘拐はよくないことだ。よくないことはしてはいけない」

 変人の姉が、平然とたしなめた。いや姉さん、この状況でそれはおかしいでしょうとくってかかりそうになり、それこそこの状況でやってるヒマはないと寸前で思いとどまった。それ以前に、

「何を考えている?」

 深い怒気を秘めた兄の冷たい声が、シャリムの口を閉じさせた。

 フレリヒは右手のステッキをくるくる回す。

「今僕が考えてること? 帰ったらお茶にしようかなって」

 なぜ兄さんの前でそんな風にふざけられるんだ。ころころと笑う弟の姿は、シャリムには完全に理解不能だった。

「……右手か左手か、どっちがいい」

 兄の手が刀にかかった。

「! 兄上、それは……!」

「防衛以外で人に怪我をさせるのはよくないことだよ、兄上」

 シャリムとテレーゼが同時に言った。兄はテレーゼの方を見て、

「弟の性根をたたきなおしてやるのは兄の務めだ」

「手を切り落としたら、苦痛で質問に答えるどころじゃなくなるだろう? 妥当な行動ではないよ」

 ……姉さんも姉さんだ、なぜ刀に手をかけた兄さんの前で、そこまで平然としていられるんだ。

 シャリムは頭痛を覚え、もういいから帝都の自分の家に帰りたいと心底思った。

 ……何しろ誰一人、僕の言うことなんて聞いてないし。

 弟は相変わらず上機嫌に、ころころと笑う。

「手を切り落とされたりはしないよ」

「ほう?」

「うん。僕、今日はもう帰るんだ」

 突然、窓から暴風が吹きつけた。

 吹き飛ばされそうになるほどの風圧に一瞬顔をかばったシャリムは、何とか踏みとどまって顔を上げ、広い窓の向こうにはばたく鳥型の降魔の姿と、窓枠に立つ弟の姿を見た。

「フレリヒ!」

 シャリムが叫ぶと同時に、フォルティシスが一瞬で刀を抜いて容赦なく斬りつけた。刀は鋭くフレリヒの右肩を切り裂き、同時にその姿が消えた。

 後には、ひらりと一枚の符が残る。

「人型の符?!」

 シャリムは驚きに声を上げ、手を伸ばす。指が届く寸前に、符は炎を上げた。あやうく手をひっこめたシャリムの眼前で、あっという間に燃え尽きる。

「衛兵!」

 フォルティシスが叫ぶ。

「今飛んで行った降魔を追わせろ!」

「無理だ。あのタイプの降魔に追いつける飛行獣は、この砦にはいない。今日は雲が多くて、視認し続けることも困難だしな」

 窓に寄ったテレーゼが、いつもの笑みのまま言った。フォルティシスは一瞬沈黙し、

「ツヴァルフ! 騎士団を出して、フレリヒを探せ。必ず捕えろ。手足の一本くらいは切り落としてかまわん!」

「この辺りにいるとは限らないよ、兄上。神がかりのフレリヒのことだ、私たちでは無理なくらい遠くから符を操るくらい、できるかもしれない」

「姉さん、もうやめて」

 シャリムは青ざめて姉の袖を引っ張った。

「なぜだ?」

「なんででも!」

 兄の顔がこれ以上怒りに満ちるのはぜひにも避けたい。

「エディ! どこだ!」

 ……『戦闘狂』を連れて、自分も追跡に出る気かな。

 怒鳴りながら足早にその場を去る兄の背を見送り、

「姉さん、真面目に考えよう」

「真面目にとは何だ?」

 真面目に問い返してくる姉の言葉は無視し、

「あのイリス姉さんの妹という子が現れた。兄さんはその子を王都に連れて帰ると言う。その子をフレリヒが連れ去った。これがどういうことで、どうするべきかをさ」

 ふむ、と姉は腕を組む。

 素直な姉に考えさせ、自分もまた考える。自分がどう立ち回るべきなのかを。

 が、その思考が方向性のかけらさえ見つけられないでいるうちに、

「とりあえず、君は帝都に帰るべきだ、シャリム」

 姉はいつもの微笑みで言った。

「話の途中だったが、私たち二人、あえてここに来るよう仕向けられたんだから、さっさと帰った方がいい。

 もう手遅れかもしれないが」

「怖いこと言わないでよ。

 帰っていいなら帰っちゃうけど、ローザヴィのことはいいの?」

「いい。君がここにいても、ローザヴィ探しの役に立つことはないだろうからな」

 シャリムはがっくりと肩を落とした。

「姉さん……」

「なんだい」

 ここまであからさまに表現しているのに、異母姉にはこちらの心中などわからないらしい。

「……わかった。すぐ帝都に帰るよ。姉さんはどうするの?」

「帰るにも残るにもメリットがあるだろうな。兄上の決定次第だ。聞いてこよう」

 激怒のオーラをまとったままの兄を平然と追い、テレーゼもまたその場を去っていった。

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