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ジーク砦にて8:ルーフス

再会したローザが皇帝の娘だと知ったルーフスは、彼女の兄である東宮フォルティシスにつれられ、ジーク砦にたどり着く。

ルーフスとローザは、信じられない事実を次々に知らされながら、帝都に来るようにとの皇帝の指示を待っていた。

 帝都から指示が来ないまま、ジーク砦で二度目の夜が来た。

 二人きりの夕食を静かに終えた後、ローザからラフィンについての話を切り出され、ルーフスはうなずいた。

「確かにそうだ。ラフィン、消えたりしなかったよ。朝から晩まで一緒にいたことだってたくさんあるし」

「やっぱりそうよね」

「それ、明日兄ちゃんに言ってみようぜ。何かわかるかもしれない」

 砦の中庭に面した窓は、すっかり真っ暗だ。ルーフスは立って行って、カーテンを引いた。触っただけでわかるほど上質な布地だった。

「いつまでここにいることになるのかしら。あの後、兄さま、何か言ってた?」

「……あ、うん。

 いや。俺も一緒に帝都に行っていいことになったけど、いつになるかって話はしてなかった」

「そう。待ってる間に、何ができるかしら」

 ローザは考え始める。

「あのさ。俺、あの警備兵の人に、剣を習おうかと思ってる。東宮と一緒にいた、ええっと……。

 そうそう、アルトちゃんが言ってたな、エドアルドさんって」

 そこでふと気づいた。

「あれ? そういえばアルトちゃん……」

「あの人に?」

 ルーフスのつぶやきが聞こえなかった様子で、ローザは口元をおさえた。

「……あの人、ルーフスのことひどく蹴って……」

「うん。でも、悪い人じゃないんじゃないかって。あと、たぶん騎士団の人よりあの人の方が腕が上なんだ」

「そうなの……」

 ローザは自分のスカートのすそを少し引っ張った。

「ルーフス、あの人がどういう人なのか知ってる? ほかの人たちは騎士だって聞いたわ。でもあの人だけ、身なりが全然違う」

「ああ、ローザ聞こえてなかったのか。アルトちゃんが、東宮のうちの警備の人って言ってた」

 ……アルトちゃん、そういえばいつの間にいなくなったんだろう。

「兄様のおうちの? そうなの……」

 ローザは少し不思議そうな顔になり、何か考え始めた。

「聞いてほしいことがあるの」

「何?」

「あのね……。あの時、あの人の顔に、変な模様が浮き出たの」

 ルーフスからも見えていた。

 森の中でエドアルドと会い、東宮と会い、ローザと再開した時だ。東宮の「刀を収めろ」という言葉に従わなかったエドアルドがの首に、どす黒い、奇妙なアザが浮き出た。そのとたん、彼は苦痛にうめき、引いたのだ。

「あれと同じ模様が、私のお母さまにもあった」

「……えっ?」

 初めて聞いた。

「とても小さいころ、一度だけ見たの。お母さま、すごく苦しそうにして……」

 よほど恐ろしい光景だったのか、ローザの顔は青ざめ、手は小さく震えていた。

「でも、なんなのかわからないの。烙印って、言ってたように聞こえたのだけれど……」

「らくいん?」

 ルーフスが問い返したとき、

「反逆者の烙印だよ」

 やけに明るい声が割って入った。

 ローザが小さく悲鳴を上げ、ルーフスも驚いて戸口を見た。そこに、小さな人影が立っている。

 ……いつ入ってきた? 注意はしてたはずなのに、ドアが開く音すら……!

 とっさに刀をひっつかんだルーフスにかまわず、侵入者は上機嫌な笑い声をあげた。

 奇妙な姿だった。10歳より上ではなさそうな外見の少年だ。頭にはつぶれたような山高帽をななめにのせ、着ているのは子供用のタキシードに見えるが、上着のすその右側が長すぎ、左側は短すぎるのをはじめあちこちサイズがおかしい。右のそでは丸ごとタータンチェックの布になっていたし、胸元には細い黒のリボンを結び、それと同じものを肩やそでや脇にいくつも結んでいた。

 愛らしい顔立ちに、満面の笑みが浮かんでいる。

「やっぱりここにいたね」

「やっぱり?」

 少年はとことこと部屋の中に進んできた。

「おい、止まれ!」

 ルーフスはあわてて一歩前に出た。少年はそれにかまう様子も見せず、部屋の中ほどでにこにこと立ち止まった。

「ねえ、名前はなんていうの? そこまでは分からないんだ」

「は……?」

 少年は困惑するルーフスではなく、背にかばうローザを見ている。

「あの……あなたは誰なの?」

「僕?」

 彼はいかにもうれしそうに笑った。

「僕は君の兄さんだよ」

 ルーフスは瞬きし、同じような表情になっているローザと顔を見合わせた。

「弟じゃないのかって思った? 違うよ。僕、こう見えても15歳なんだ」

 二人はまた顔を見合わせあった。ローザはルーフスと同じ14歳だから、それならば確かにあちらが年上だ。だが、

「お前、とても15には見えないぞ! あと、もしそうだとしても、急に兄さんって……」

「本当だよ。僕はフレリヒ。

 皇帝レオケウス父さんの子で、フォルティシス兄さんやイリスリール姉さんの弟で、君の兄さんさ。

 イリスリール姉さんと違って、君とは別の母さんだけどね」

 イリスの名に、二人は息をのんだ。

 ……こいつ、ローザがイリスの妹だってこと、2人が皇帝の子どもだってことを知ってるんだ。

「……私、ローザ」

「俺はルーフスだ」

 彼はうんうんとうなずく。

「ローザと、ルーフスね。ルーフスは誰なの?」

「俺は……ええっと」

「私の大切なお友達よ」

 言いよどむ間に、ローザが答えた。フレリヒは花が開くように笑い、

「じゃ、僕とも友達だね!」

 ころころと笑い声を上げると、

「それでね、あれは反逆者の烙印だよ」

 そのままの声で続けた。二人ははっとそれまでの会話を思い出す。

「あれを押されると、押した人の気分次第で立ってられないくらい苦しくさせられるんだよ。だから逆らえなくなるんだ。

 フォルティシス兄さんちの犬の人も、あれ押されてるでしょ?」

 あの警備兵のことだと気付くのに、少し時間が要った。

「あの人は、うちの叔父さんに剣を向けて反逆者になって、あれを押されたんだ。

 『戦闘狂』なんて呼ばれて、亜神も一人で斬っちゃうような人が倒れて動けなくなるって言うから、相当苦しいんだろうね」

「おい、もうやめろ!」

 ルーフスは叫んだ。母の苦痛を思ったか、ローザの手が震え始めたのだ。

「あの人のことは分かったよ。どうして、ローザの母さんがそんなもの押されたんだ?」

「それを話すべきは、僕じゃないんだ」

 フレリヒはステッキで窓の外を指した。

「一緒に来る?」

「……どこに」

「話すべき人がいるところ。あと、これから来る刺客が来ないところ」

 いきなりの話について行けず、ルーフスはしばしぽかんとした。

「……刺客ってなんだ」

「ローザを殺しに来る刺客だよ。ルーフスもついでに殺すんじゃないかな」

「何で?」

「さあ? 僕は分かることしか分からない。分からないことは分からない。あと100数えるくらいかな」

 そして、フフフッと楽しくて仕方ないかのように笑った。

「とりあえず見ておいでよ! さ、あと90数えるくらいだ。急いで急いで」



 小さなろうそくの明かりだけに照らされた部屋はしんと静まり返っている。

 そして、その静けさを全く乱さずに、壁の一部がすっと横に動いた。わずかなすきまから、人間の手が現れ、符を放る。

 暗くてよく見えなかったが、部屋の中に、緑色の霧のようなものが現れたようだった。

 壁がさらに横に動き、黒い布で体を包んだ人間が部屋の中に出てきた。3人だ。

 さっと辺りを見回し、一人はベッドのところへ、一人はドアのところへ、あと一人はソファの上にある、毛布をかぶったふくらみのところへ。

 そっと取り出した何枚もの符をかかげようとするところで、フレリヒは「ね?」と言った。

「来たでしょ、刺客。今から殺し始めるよ。見てても仕方ないし行こうよ」

 ローザは呆然としている。こちらの腕をつかむその手を、ルーフスは強く握り返した。

「大丈夫だ、ローザ。俺がついてる」

 先に立って通路を歩き出したフレリヒの背を示す。

「……ここは安全じゃないらしい。ひとまず、あいつについて行ってみよう。少なくとも、警告してくれた」

 ローザは震えながら、何とかうなずいた。

 刺客たちが現れたのとは反対側の壁にある隠し扉の奥には、細い階段が下へと続いていた。それを注意深く進みながら、ルーフスは思う。

 ……あの刺客たち、呪符を使うことに慣れてるみたいだった。

 だというのに、細く開けた隠し扉のすきまから室内をうかがうルーフスたちにも、ベッドやソファに仕掛けられた符にも、全く気付く様子もなかった。

 符の数枚を光らせるだけでそんな幻術を使っているフレリヒは、彼ら以上の符術の使い手なのだろうかと。



 そのころ――――。

 緑色の霧に満たされた、暗い部屋の扉が、突然蹴破られた。

 緑の霧が一瞬でかき消える。

 はじかれたように顔を上げた刺客たちは、投げ込まれた符が放つ雷光に貫かれ、悲鳴を上げる。同時になだれこんできた騎士たちが、即座に3人を制圧した。

「面白いようにエサに食いついたな」

 大きく開いた扉にもたれ、東宮フォルティシスは皮肉な笑い声をあげた。呪者の気が途切れたことで、ただの紙となって床に落ちた符を拾い上げる。

「まずは眠らせておいて、ゆっくり呪殺か。そんな工作しても、暗殺だと思わない馬鹿はいないだろうにな」

 符を一振りすると、炎を上げて燃え落ちた。

 薄笑いの東宮の肩越しに、刺客たちが縛り上げられるのを淡々と見ていたエドアルドは、小さくつぶやいた。

「……よく妹をエサにできるな」

 フォルティシスは軽く振り返り、鼻で笑った。

「助けてやったんだから感謝してほしいぐらいだよ。俺の妹を名乗るなら、本当はこのくらい自力で何とかしなきゃな」

 軽蔑したように目を合わせないエドアルドにもう一度笑い、

「さて」

と室内に踏み込んだ。しばり上げられて床に転がされ、二人がかりで押さえつけられている刺客の背を踏みつける。

「誰の犬だ? 正直に吐いたやつだけは、楽に死なせてやるよ」

 踏みつけられた刺客は、黙って答えない。横に立っていた騎士が、いきなりその体を蹴りつけた。

「殿下にお手間をかけさせるな。答えろ」

 もう一度蹴りつけられ、刺客ののどから苦鳴がもれる。そして、含み笑いが続いた。

「東宮フォルティシス……。自分の父を恨むのだな……」

 フォルティシスははっと身を引いた。

「下がれ! 離れろ!」

 刺客たちの体が爆発した。

 光と音と、遅れて煙とが、一気に室内に広がる。部屋に入らず戸口に立ったままだったエドアルドは、思わず声を上げた。

「……おい、フォルテ!」

 部屋の中でもう一つ光が瞬いたと思ったら、煙が一気に晴れた。

 エドアルドの目に、騎士たちと、フォルティシスの姿が飛び込んでくる。廊下にひかえていた符術を使う女騎士が、室内に飛びこんだ。

「殿下、おケガは!」

「ない。くそ、死なれたか」

 騎士たちに目立ったケガはないようだったが、刺客たちは床に飛び散る肉片と化していた。

「とらわれたときは我らを道連れにするつもりだったようですね。殿下のお言葉がなければ、危ないところでした」

 騎士団副長のマシューが、女性的な顔に苦い表情を浮かべた。

「一応の用心に防壁を張っておいた甲斐はあったな……。だが、あんな符が発動する直前まで気付かんとは……」

 そこでフォルティシスは眉根を寄せた。

「違う、なにか……別の、」

 突然フォルティシスは手を伸ばし、ソファの上の毛布をめくった。

 ぐっすり眠りこけた少年がいるはずのその場所には、クッションと、その上に置かれた符が一枚あるだけだ。

「目くらましの術?!」

 騎士たちから驚きの声が上がる。

「殿下、こちらもです!」

 ローザが寝ているはずのベッドの上掛けをめくったコトハが、あせった声を上げた。

「符の発動は監視していたのに、いつのまにこんな……!」

「ローザヴィ、どこに隠れている?!」

 フォルティシスの声に、答えるものはいない。

「探せ!」

 ツヴァルフの一声に、はじかれたように動き出す騎士たちを戸口から眺めながら、エドアルドは内心で重いものを抱えていた。

 ……逃げたのか。夜の森へ。いつあの化け物たちが来るかわからない、灯りひとつない森へ。

 だが、それをバカな選択だと言い捨てることはできなかった。

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