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ジーク砦にて6:ルーフス


幼いころ離れ離れになったローザと再会し、その兄である東宮によってジーク砦に連れてこられたルーフスは、ローザが皇帝の娘であること、優しかったイリスと執事のラフィンが、人を殺してローザを連れて行こうとする化け物になったことを聞かされた。ショックを受けたローザは自分の部屋へと帰り、その背中に向けて東宮は一言告げた。「小僧を借りるぞ」


 東宮に連れて行かれたのは、ジーク砦の2階中央部の、だだっ広い円形の部屋だった。

 壁には、木刀も真剣も混ざった刀がいくつもかけられ、あちらのすみには巻きわらも置いてある。

 ……剣の修練場かな。

「ルーフス・カランド。在郷騎士の家の出で、ローザヴィとは旧知の仲、だったな」

 東宮が、壁にかかった木刀に手を伸ばしながら言った。

「はい」

 ルーフスは油断しないよう、辺りを観察した。

 ついてきた騎士団団長と副長が、それぞれ左右の壁際に分かれて立っている。

 そ知らぬ顔をしていたのを、

「エディ、お前も来い」

と言われて初めてついてきた警備兵は、部屋の入り口で立ち止まったので、自分の背後にいる。

 ……包囲されたみたいで、気分がよくないな。

「お前、これからどうする気だ?」

 東宮は壁から木刀をはずし、軽く振ってみている。

「ローザと一緒に、帝都に行きます。ローザを守りたいんです」

 ルーフスは強い決意をこめて言った。嗤われることも覚悟していたが、東宮が薄笑いで「ほう」と言っただけで、騎士団員たちは真剣な表情をくずさなかった。

「守る、ね。何から守る気だ?」

「降魔からです。……そして、もしかしたら……」

 もしかしたら、あなたたちからかもしれない。

 時々ひどく冷たい目でローザを見る、あなたからかもしれない。

「イリスからかもしれません。

 イリスたちは、ローザを連れて行くのは次の機会にしようと話していました。また現れるかも」

「そのことだが、あいつはローザヴィを連れて行くと言ってたんだな? 殺すのではなく」

「はい……。だと思います」

 東宮は2つ3つうなずいた。

「あの、」

 ルーフスは声を上げた。聞くのも恐ろしいことだったが、聞かずにはいられなかった。

「イリスがローザを連れて行こうとしてるのは、……降魔に、浸食……させるために?」

 東宮の返事は短く、冷たかった。

「かもな」

 そしてルーフスを見る。

「イリスリールたちから守るとは大きく出たな。

 イリスリールとともにいる銀髪、ローザヴィの執事を演じてたやつだが、奴は亜神だ。お前が四苦八苦して倒してきた降魔なんざ比べ物にならない強さだぞ」

「本当に、ラフィンは亜神なんですか? 何かの間違いじゃ」

「亜神だ。強さも、挙動の特徴も、それしかない」

 ルーフスは唇をかんだ。

「亜神というのは、降魔よりも強い化け物、で合ってますか?」

「ああ、そんなもんだ。そこいらによく湧く降魔とはケタ違いに強い。

 そして、イリスリールはもしかしたら、その亜神より強いかもしれんぞ」

 にぎりしめていた拳をほどき、顔を上げた。

「強いと思います。目の前で見ました。銀……なんとか騎士団という人たちを、手を振っただけで殺してました」

 東宮は鼻で笑った。

「銀盾騎士団だろ? あいつら相手じゃ何の参考にもならんさ。

 でもまあ、普通の人間をはるかに超える力を持ってるのは確かだ」

 東宮は持っていた木刀を壁にかけ、別の一本を手に取った。

「で、お前はローザヴィをそいつらから守ると。勝てるのか?」

 ぐっとつまった。勝てる勝てない以前に、何が起こっているのかさえ理解できなかったのだ。

 ルーフスは背後の警備兵を振り返った。彼はこちらに背を向け、壁にかけられた古そうな刀をながめていた。

 この彼が来なかったら、ラフィンに会うより前に、あの人の姿をした化け物に殺されていた。横にいる騎士団の2人も、この彼のように強いのだろうか。

「……勝てるかはわかりません。でも、あいつらに通用する武器があれば、抵抗するくらいはできるかも」

 東宮は声を上げて笑った。

「……昔、お前と同じようなことを言ったやつがいたよ。そいつは武器さえあれば勝てると断言したがな。……そして実際、斬ってみせた」

 手にしていた木刀を放り投げてきた。反射的に受け取ると、東宮もまた木刀を手にしていた。

「お前があいつのように俺を驚かせられるか、試してやるよ。

 俺から一本取ってみろ、そうしたら一緒に帝都に連れて行ってやる」

 ルーフスは木刀を握りしめ、

「一本取れば、一緒に行けるんだな?」

 低くつぶやいた。左右の騎士たちが一瞬だけ、不可解だという顔をしたのを目の端に認めながら。

 ……彼らにとって、東宮のこの行動は予想の外だったのだろうか。

「ああ。だが、俺から一本取れんようなら、お前はただの足手まといだ。ここに残していく」

 ルーフスはうなずき、構えた。東宮は構えを取らず、刀を持った右手をだらりと下げ、ただ立っている。


「はっ!」

 息とともに打ち込んだ。軽く払われる。再度打ち込み、これも軽々と止められた。

「のろいな」

 つぶやく相手にもう一つ打ち込む。今度はよけられ、こちらもさっと身を引いた位置を、東宮の木刀がかすめた。

「ふん。だいたいわかった」

 言うなり東宮の腕に力がこもった。大きく一歩ふみ込み、鋭く突き出された刀を、ルーフスはかいくぐって間合いに飛び込んだ。急に増した速度に東宮がついてこられないうちに、その胴に一撃見舞う―――つもりが東宮の刀が返る方が早かった。

 ガッと鈍い音とともに、強く右腕を打ちすえられ、思わず木刀を取り落してうずくまる。

「様子見のスピードでめくらましとは、少しは頭が使えるようだな。

 だが圧倒的に実力が足らん。不合格だ」

 冷たい宣告が、頭の上を過ぎていった。

「出立は今日か明日かわからんが、ローザヴィと存分に別れを惜しんでおけ。もう二度と会うこともないだろうからな」

 そして身をひるがえす。振り返りもせず出口へと歩き始めた東宮に従い、二人の騎士もそのあとに続く。

 唯一反応したのは、完全に背を向けて壁の刀をながめていた警備兵だった。

「来るぞ」

 つぶやくほど声に、はじかれたように振り返った東宮の木刀が、眼前に迫ったルーフスの木刀を受け止めた。

「くっ……!」

 地を蹴って体重を乗せた一撃に、東宮は顔をゆがませ、腕の力だけで右になぎ払った。跳ね飛ばされ、床に投げ出されたルーフスは、受け身を取って跳ね起きる。

「あーっ、くそ、もうちょっとだったのに!」

「きさま!」

 駆け寄ろうとした騎士団長に「待て、やめろ」と声がかかった。東宮はルーフスの刀を受け止めた右手を軽く振り、

「油断したところを不意打ちか。おぼっちゃんな顔をして、なかなかやるじゃないか」

 薄笑いを浮かべた。

「その人が警告しなきゃ一本取れてたよな?!」

 ルーフスがここぞとばかりに言い募るのに、笑い声をあげる。

「そうだな。いいよ、合格にしてやる。多少は気に入った」

「やった!」

 ルーフスは拳を突き上げた。ローザと一緒に行けることも、この気に食わない男に一杯食わせてやったことも痛快だった。

「ただ、今のままの実力じゃあっさり殺されて終わるぞ。鍛錬するんだな。お前ら、ヒマなときには見てやれ」

「はっ」

 うやうやしく返した騎士団の二人を伴い、東宮は修練場を出ていく。


 警備兵が一人残り、そこで初めてルーフスを振り返った。

「……あいつは最初から、お前を帝都に連れて行くつもりだった」

 さっそく剣を振り回していたルーフスは動きを止めた。警備兵の、陰の濃い紫の瞳を見返す。

「……今の、手加減されたってことか?」

「してないわけじゃないが、不意打ちがうまく行ったのは本当だ。そっちじゃない」

 彼は持っていた古そうな刀を壁に戻し、

「お前を叩きのめし、不合格だから連れて行かないといえば、あの新しい妹が頭を下げて頼むだろう。そこで初めて許可を出し、お前とあの妹に存分に恩に着せるつもりだったんだろ」

 ルーフスは愕然とした。

「そういうやつだ。本当についてくるのかどうか、よく考えるんだな」

 そうして音もなく習練場を出て行った。後に残されたルーフスは、その背が見えなくなるまで目で追った。

 今の彼の言葉が本当なのかどうか。なぜそんなことを自分に言うのか、わからなかったからだ。

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