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帝都、第三皇子と第二皇子、弟と異母姉:シャリム

 シャリムは、皇帝の子だということになっている。

 これはどうやら本当だ。

 母や周囲の言動からすると、うたがう余地はないらしいのに、『どうやら』という言葉がついてしまうのは、シャリム自身があまりに母親似なせいだ。

 どちらかといえば女性的な顔立ちも、気性も、あらゆる意味で父に似たところを見つけることができない。

 父の若い頃にそっくりだという長兄に比べると、ますますその思いが募る。

 ……本当にあの人たちと同じ血が入っているんだろうか?

 我ながら信じられない。

 実は別の人間が父親でしたと言われても、あまり驚かないだろう。


 シャリムの母は、皇帝を恨んではいないということになっている。

 これは本当かどうか、怪しいものだとシャリムは思っている。

「わたくしは、陛下を悪く思ってなどいませんよ。お前という愛おしい子を授けてくださったんですもの」

 母はそう言う。だが、母が一度だって自分から皇帝の話をしたことがないこと、皇帝と顔を合わせるのを巧妙に避けていること、

「お前がわたくし似で、本当に良かった」

 時折そんなことをぽつりとつぶやく姿からは、とても信じる気になどなれなかった。


 シャリムは、皇帝の第三子ということになっている。

 これは本当ではない。

 しかし、そのことを知る人間は少ない。



 その日、帝都中央にそびえたつ至天宮での一日の仕事を終え、ふらふらとその辺を散歩してから母方侯爵家の屋敷に帰ったシャリムは、門前に人影を見つけた。

 彼に気付いて振り返ったのは、半ば父親代わりとなっている、母方の伯父、サライン侯爵だ。

「殿下、今お戻りですか」

 日ごろ親しく「シャリム」と呼びかけてくる伯父が、至天宮にいるときのように丁寧な言葉であるのを不思議に思ったとき、その向こうに簡素なドレス姿を見つけた。

「こんにちは、シャリム」

「テレーゼ姉さん?!」

 いつもと全く同じ、優雅なほほえみを浮かべているのは、シャリムの異母姉だった。

 皇帝の娘であり、大貴族ダイナ公爵の孫娘でもある、表向きには第二皇子とされている女。

 名を、テレーゼという。

 シャリムはさっと伯父の腕をひっつかむと、

「姉さんちょっと待ってて」

と雑に言い置いて、彼女の耳に会話が届かない位置まで伯父を引っ張った。

「おい、シャリムまずいだろ、テレーゼ姫が不審に思われる」

 あわててたしなめる伯父を、

「姉さんにそんな機能ついてないよ」

と一蹴し、

「どうして姉さんがうちにいるの? おつきの人は?」

 ひそひそと尋ねた。

「お一人でいらしたようだ。俺も今帰ってきたところだが、びっくりしたぞ」

「……そうだよねえ」

 供も連れずに一人でふらふら出歩くのは母方の遺伝だと思っていたが、意外とそうではないのかもしれない。

「お前に用があるから家に入りたいと、門番に言っているところだった。

 テレーゼ姫が身分を言わぬものだから、門番たちは拒否したようでな……」

 伯父は青い顔でテレーゼをうかがっている。少し小心なところがあるのだった。

「姉さんは気にしないから大丈夫だよ。それより伯父さん、姉さんのうちの人に連絡して、引き取りに来てもらって」

 伯父はうろたえた顔になった。

「なんて言うんだ。公爵家相手に、お宅の娘が1人で来ちゃったから迎えに来てくれ、なんて言えないだろ」

 自分から距離をとってひそひそ話し合う異母弟とその伯父に、第2皇子であるテレーゼはただ微笑を浮かべ、不審を抱いた様子もない。

 なぜそんなことをしているのかという興味すら、まるでないようだった。

「1人で来ちゃったから迎えに来てくれでいいよ。姉さんの家の人なんだから、それでわかるよ」

 口を開けてそれ以上言葉が出ない様子の伯父に、

「頼んだからね、伯父さん」

と一方的に釘を刺し、

「待たせてごめんね、姉さん」

と姉に向き直った。異母姉は、いつもの優雅な笑みのままだ。

「大した時間ではないさ。

 君に用があってな。門の中には入れないと言うから、ここで待たせてもらおうかと思っていたところだった」

 何一つ問題も、不審に思うことも存在しなかったかのような口調だった。

 謝る必要が全くないことは重々承知だったが、伯父と、第二皇子の通行を阻止してしまった番兵たちが焦った顔をしているので、あえて言った。

「すぐ入れてあげられなくてごめんね、知らない人は家に上げちゃダメって、番兵に言ってあるんだ」

 姉は素直にうなずいた。

「ああ。私はこの番兵たちの知らない人だが、家には上げられないと言われた。きちんと命令を守っている。いいことだ」

「うん。じゃ、行こうか」

 シャリムが歩き始めると、番兵たちがあわてて門を開ける。

「ありがとう」

 先に立って歩くシャリムの背後で、テレーゼが番兵たちにかけた声が聞こえた。


 ふたつ年上の異母姉、つまり第二皇子テレーゼは、二つのことでその名を知られている。

 一つ目は『才女』だ。

 この言い方が適切なのかどうか、シャリムにはどうもしっくりこない。


「兄上から連絡があった」

 応接室のソファに、やはり優雅に腰かけると、テレーゼはすぐ本題に入った。

「兄さんから……」

 シャリムは内心でげんなりする。

 冷酷、問答無用、なのに一部の臣下に強烈なカリスマを発揮している長兄フォルティシスは、少し前から王都を留守にしていた。

 まさしく鬼の居ぬ間になんとやらで、シャリムは毎日のびのびと仕事にはげみ、

 ……なんて気楽な毎日だろう、兄さんジーク砦を気に入ってずっと住んだりしないかなあ。

 そんな風に思っていたのだった。

「ジーク砦からここまでの距離を考えると、兄上が砦に到着して約一日で急使が出されたようだ。

 私と君に、至急ジーク砦へと来るようにと」

「……は?」

 さらりと言われた言葉に思わず声が出た。

「私と君に、」

「いや、聞き取れなかったわけじゃないよ姉さん。驚いたんだよ」

 テレーゼは小首をかしげた。

「驚くとは、予想していなかった事態の発生を認識したということだな。君はジーク砦への招集を予想していなかったのか」

「うん、まあ。姉さんは予想してたの?」

「兄上から私への用事ができれば、それがどこであろうと呼ばれることはありうるな」

 まあ、兄さんはそういう人だよね。シャリムは声に出さずつぶやいた。

「この命令は極秘だそうだ、シャリム。だから直接言いに来た」

「極秘?」

 姉はドレスのプリーツの間にあるらしいポケットから、畳んだ手紙を取出し、広げた。

 テレーゼ宛で、シャリムと二人至急ジーク砦へ来ること、伴ってくる人間以外には極秘とするようにとの旨が記されている。

 筆跡は兄のものではなかったが、多忙な兄が誰かに筆記させることは珍しくない。

「今、私の家の者が、高速の軽飛行船を準備している。君は至急、荷物をまとめてくれ。準備ができ次第、出発する」

「えっ、今から?」

 あからさまにいやな顔をしたのに、興味がないのか気づかないのか、姉は「至急だからな」とうなずく。

「ジーク砦までの距離と、この時期の偏西風の影響、気圧の状態を総合して考えると、到着は8時間後と言ったところだ。ただ出発が2時間遅れると、北の低気圧の影響で途中で風が強まるし雨に遭遇する可能性が出てくる。そうすると……」

「姉さん、僕いやだよ」

 すらすら述べる姉の一瞬のすきをついて、シャリムは言葉をはさんだ。

「拒否したいのか。どういう理由で?」

「至急、極秘、しかも呼んでるのがあの兄さん。嫌な予感しかしないじゃないか」

「嫌な予感とはなんだ?」

「ろくでもない、めんどくさい、胃が痛くなるようなことが待ってるんだろうってことだよ」

 姉はうなずいた。

「つまり君は、ジーク砦で伝染病が発生しているだろうから行かない方がいいと考えているのだね。

 そう判断した理由を聞かせてくれ」

「違うよ姉さん! 全然違うよ! 胃が痛くなるってのはそういうことじゃないよ」

 姉は「ふむ」とつぶやいた。

「私はまた間違えたか。よくないな。どういうことなのか教えてくれ」

 シャリムは腹の底からため息をついた。そして書面の「至急」の文字に目を落とす。

 ここで姉相手に駄々をこね続けることは簡単だが、次に兄と顔を合わせるときのことを考えると一気に話は変わる。

 ……出発を遅らせるとか、ジーク砦に向かわないとか、そういう選択肢を取ったらどうなるか。

『至急の文字が読めなかったか? お前に目は必要ないようだな』

 刀に手をかける兄の声が聞こえてくるような気がして、シャリムはぞっと身をすくめた。

「……わかった、すぐ用意するよ」

「ああ」

 ちょうどノックの音がした。

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」

 いつになくかしこまって入ってきた執事がお茶を注ぎ始めるのに「ありがとう」と言葉をかけ、

「私はお茶を飲んで待っていよう。シャリム、至急だよ。一杯飲む間に支度してくれ」

 テレーゼは優雅にティーカップを持ち上げた。


 ふたつ年上の異母姉、つまり第二皇子テレーゼは、二つのことでその名を知られている。

 一つ目は『才女』。

 そして二つ目は、『変人』だ。

 これこそ姉を表すに最適な言葉だと、シャリムは思っている。

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