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ジーク砦にて2:ルーフス

「荷物の中に、ラフィンが置いて行ったお給金の封筒を入れていたの。お守りのつもりで持っていたのだけれど、それを路銀に使って、お父様からも、姉さまたちからもつかまらないように、逃げていたの。

 でも……」

 語り終えたローザは、しきりと右腕の中ほどをさする。

「何か月に一度か……ラフィンと姉さまが、必ずやってくるの。どうやって私の居場所を知るのかはわからない。でも、迎えに来た、一緒に行こうって、必ず」

 ぐっと何かに耐えるようにうつむき、また顔を上げて、

「ラフィンは、少なくとも私の前では人を殺さないようにしてるみたいだった。でも、姉さまは……」

「ローザ、もういい」

 あまりに青ざめたローザの顔に、ルーフスは止めずにいられなかった。

「わかるよ。……俺もイリスとラフィンに会った。イリスが人を殺すの、見た」

「ごめんなさい、ルーフス」

 急に謝られ、ルーフスは面食らった。

「私、あの場にいたの」

「え?!」

「符を使って、あの空き家の中に隠れていたの。ルーフスが隠された、あのクローゼットの陰に」

 驚いた。まるで気が付かなかった。ラフィンでさえ、気づいた様子はなかった。

「これまでも何度か、あんなふうに人が死んで……。これ以上逃げ隠れしても、同じことが繰り返されるだけだと思った。

 どこか、姉さまたちの手の届かないところに行かないといけない、何が起こってるのか知らなきゃいけないって思ってた。

 そうしたら、フォルティシスお兄さまだっていう人が来て。

 帝都の至天宮には、亜神や降魔を入らせない結界があるって聞いたことがあったのを思い出したの」

「それで、あそこで名乗り出たのか。よく東宮の名前なんか知ってたな」

「姉さまから聞いた」

「イリスから?」

「姉さま、小さいころ、至天宮で育ったの。あのお兄さまや、ほかの兄さま姉さまと一緒に」

「……そうだったのか」

 昔ラフィンに、ローザが嬢ちゃまなのはわかるが、なぜイリスは姫様なのかと聞いたことがある。ラフィンは「お姫様のように美しい方だからですよ」とにこにこ笑っていた。

「小さかったからそれで納得しちゃったけど、本当に姫様をしてたんだな」

 そこで初めて気づいた。

「もしかして、イリスが浜辺の村からいなくなったのも……」

「至天宮に戻されたの」

 ローザはうなずいた。

「……私はお父さまに会ったことがないの。ほかの兄さま姉さまにも。至天宮にも、行ったことがない」

 そこでしばらく言葉を切り、考え、

「……25年くらい前に、お母さまは帝都で姉さまを生んだの。姉さまが3歳になるころに、お母さまはどこかに行ってしまって、姉さまだけが至天宮で育てられた」

「どこかにって、どこに。どうして」

「わからないの。姉さまも分からないみたいだった」

 ルーフスには返事ができなかった。良くも悪くも普通の家庭だった彼には、理解できなかった。

「姉さまが11歳の時に、いきなり帝都から遠い田舎の、小さな家に連れて行かれて、そこにお母さまがやってきたんですって。

 まだ赤ちゃんだった私と一緒に」

 いきなりローザが登場したので、ルーフスは少し驚いた。

「私が3歳になるまで、3人で暮らしたの。その短い間だけ」

「お母さん、またどっか行っちゃったのか?」

 ローザは首を振った。

「亡くなったの」

「あ……」

 ルーフスはあわてて口を押えた。

「いいのよ、ルーフス。

 ……お母さまが亡くなってすぐ、ラフィンが執事として来てくれて、お父さまの命令でほかの場所に引っ越しすることになって、あとはずっと転々としてた。

 姉さまから、よく聞かされてたわ。

 姉さまと私の存在は、公にされてないって。そういう、複雑な立場だから、いつどうなるかわからないって。一人で何でもできるようにならなきゃだめって」

 ……そう言えば、とルーフスは思いだした。6歳のローザに、ラフィンがよく料理や家事を教えていた。

 ……あれはイリスの意思でされていた教育だったんだ。

「お父さまに会ったことはないけれど……」

 ローザはスカートのすそを握りしめた。

「……お母さまが亡くなる前に、言ってたんですって。

 もう先が長くないことは前からわかっていた。死ぬ前に、子供たちと一緒に暮らしたいってお父さまにお願いして、聞き届けてもらったんだって」

 ルーフスは胸の痛くなる思いでその話を聞いた。

「だから、お父さまは少なくとも、お母さまのことは愛していたんだと思うの。お母さまのたっての願いを聞いてくれたんだから」

「うん……」

「私が預けられた館のこともそう。

 みんな、私が皇帝の娘だから親切だったんじゃないの。小さい子供が、家族と引き離されてたった一人にされたことを憐れんで、いたわってくれてたの。

 そういう優しい人たちを用意してくれたの」

 ローザはソファの上掛けをぎゅっと握り、まっすぐ前を見た。

「お父さまはよくわからない方だけど、それでも、心の奥底では私たちのことも思いやってくれてるんだと思うの」

「うん、きっとそうだよ」

 真意を込めてルーフスはうなずいた。

「帝都に行こう。お父さんに会ってみようよ。まずはそこからだ」

 イリスが変わってしまった理由も、ラフィンが本当に亜神なのかも、今は分からない。

 ……皇帝なら、何か知っているかもしれない。

 そこだけにしか、すがるものはないという事実からは目をそらし、ルーフスは己に、道はあるんだと言い聞かせた。

 ふと、ローザが深くため息をつき、肩を落とした。

「大丈夫? ローザ」

「……あ、大丈夫よ。なんだか疲れがどっと来て」

「ああ……そうだね」

 ルーフスも急に体が重くなった。

「もう寝よう。しっかり寝て元気にならなきゃな。何しろ明日は、あの兄さんと話をするんだ」

 あえて勢い込んで言うと、ローザも苦笑した。

「そうね。明日は頑張らなきゃ」

 ローザは奥の部屋のベッドへ行き、ルーフスはソファに横になった。

 ひどく眠くて仕方ないのに、なかなか眠りに落ちることはできなかった。

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