葬儀4:フォルティシス
東宮フォルティシスは林の中を歩いていた。
市街地を外れた先にある小さな林の中の小道だ。ここを抜ければ、東宮の私邸へと続いている。
父帝の葬儀は、まだ続いている。聖堂での儀式が済み、この後は皇家の墓所での儀式になるが、そのすきまに空いた時間だ。官吏が忙しく準備を整えているはずだが、「殿下がたはこちらでお待ちを」と示された部屋にも行かず、「少し出てくる」と言い捨てて後も見ずに聖堂を出てきた。
そのまま供もつれず歩き、気づけば私邸への道をたどっていた。
林の中は静まり返っている。もともと、東宮私邸を囲む林とあって、一般市民はまず近づかない。たまに小動物を見ることはあったが、その姿も今はなかった。
行く手で道が二つに分かれている。右に行けば私邸、左の道であれば、小さな池へと向かっている。
……あいつの顔が見たい。
そんなことが頭に浮かんだが、足は左へと向かっていた。考えたいことがあった。
すぐ小さな池が見えてくる。
その池の前に、黒い姿が立っていた。
フォルティシスは思わず足を止める。
警備兵の制服を着たエドアルドが、肩ごしに振り返るところだった。
「エディ」
「お前、……なんでいるんだよ」
彼は振り返った姿勢のまま、覇気のない声で言った。
「おつきも、誰も連れてねえじゃねえか」
そう言う彼の方こそ、背後から接近する何者かに気づいたというのに、刀に手をかけてさえいなかった。
「……葬式の途中で時間が空いたんでな。ちょっと出てきた。ずっとあんな場所にいたら息がつまるよ」
足を進め、彼に並んで池のほとりに立った。
エドアルドはどことなくぼんやりとした目でこっちを見ている。
イラハル神殿から戻って以来、ずっとこうだ。
私邸で二人きりでいるときは、これまでも気のぬけた顔を見せることがあった。だが、ここ数日の様子は、それとは違っていた。
あの、時に強く輝き、時には陰を帯びる瞳の紫が、今はひどく空虚な色に見える。
「出てきていいのかよ。今はお前が最高責任者だろ」
「葬儀については文官どもに全部投げた。ここしばらく、さんざん働いたからな」
横顔にエドアルドの視線を感じながら、自分は池を眺めた。
「イリスリールがああなってから化け物どもが騒がしくなって、その対処に追われてるうちにローザヴィが出て来て。
……ローザヴィが来てからは本当に働きづめだったか」
ジーク砦近くの森で、今まで存在すら知らなかった末妹と出会ってから、長かったようにもあっという間だったようにも感じられる。
「あれからたいして時間も経っていないのに、いろんなことが変わったな」
つぶやいた言葉に、エドアルドが低い声で応えた。
「……フォルテ。お前、これからどうするんだ?」
その紫の瞳はフォルティシスから外れ、ぼんやりと池の水面を見ていた。
「これから?」
問い返すと、急にハッと我に返ったような目になった。
「いや、その……」
口ごもり、そのまま黙ってしまう。しばらくその横顔を見ていたが、彼はうつむき加減のままで、こちらを見ようとはしなかった。
「……そうだな」
エドアルドと並んでながめる池の中央で、急に魚がはねた。水音が一瞬響いたがすぐに消え、そうするとまた静寂だけが残る。
「次の皇帝じゃなくなったからな。全部ローザヴィに押し付けて俺は楽をしてやろうかとも思ったが、あの小娘はあまりに力が足りん。
あいつを教育してやりつつ、これまで通り、俺が国政の指揮を執ることになるだろうな」
エドアルドは口元だけで笑ったようだった。
「働き者だよな、お前」
フォルティシスはしばらく黙っていた。そして、
「イラハル神殿で結界を張りなおしたとき、あっち側からの力に押されて、二人そろって倒れただろ。すぐ、ローザヴィとあの小僧に起こされたが」
エドアルドがちらりと視線だけをこちらに向けたようだった。その視線に背を押されるようにして、
「あの一瞬で、夢を見た気がする」
あれからずっと心に掛かっていたこと、黙って心に秘めていたことを口に出した。
「闇の中で、親父が玉座に座って泣いていた。泣きながら、俺と俺の母に詫びていた。情けなくなるような声で、すまなかったと、何度も。
我慢できなくなって、そんな詫びなど聞きたくないと怒鳴ったら、泣くのをやめて言ったんだ。
この国を頼むと」
そこまで言って、フォルティシスは口を閉じた。小さく風が吹き、かすかな葉擦れの音だけが通り過ぎた後、口を開いたのはエドアルドの方だった。
「そりゃ、そうだろうな。
この国を頼めるとしたら、お前しかいねえよ。皇帝はあの妹でも勤まるとしても、この国をしょっていけるのはやっぱりお前だよ」