表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/114

神殿で、神がかりの皇子と

「……役立たずの符術師どもめ。結界はもうもたんか」

 ナーヴがもらした声に、ルーフスは我に返った。

 神殿を貫いたイリスの存在感はまた静まり、大量の降魔たちが崩れ去った廊下には、ルーフスと、ずっと先に立つナーヴの姿しかなかった。

 ナーヴは肩ごしにこちらを振り返った。

「お前はもうすでに何の役にも立たぬ残りカスだが」

 そのガラス玉のような目が細められる。

「だからこそ、結界を通り抜けられるようだな」

 すうっと、周りの世界から自分だけ切り取られるような違和感が襲った。

「時間がない。あちらへと落ちて、結界に穴を穿て」

 いきなり、重力がめちゃくちゃにゆがんだように感じられた。上に、下に、斜めに、次々と別の方向に落ちていくような感覚に襲われ、一瞬ののちにはルーフスは広い空間にさかさまに投げ出されていた。

 落ちる。

 その感覚と、それに続く一瞬が永遠に引き延ばされたかのように思われた。

 さかさまに落ちようとするルーフスの周りには、光を放つ符が数えきれないほど浮かぶ広い空間があった。そしてその中央には、巨大な扉が。今は閉じていたが、何者かが押し開けようとしているかのように揺れるのがわかった。

 そして。

 ――あれは。

 ルーフスは目を見開いた。

 巨大な扉の前に、少女の姿があった。大扉に向け手を差し伸べているが、目をかばうように頭を低くし、細い足にはひどく力が入っていた。大扉へと近づこうとしながら、大扉から放たれる何かの力によって一歩も近づけない――そんな風に見えた。

 その髪の色、その姿に、確かに見覚えがあった。

「ロ……!」

「あぶないよ」

 とつぜん、耳元で声がすると同時に、強く腕をつかまれた。

「えっ」

 のどから声が漏れ、その瞬間ざっと周りの風景が崩れ落ちていった。まるで、周りのすべてが落下する中、自分だけが落下を免れたように。

 めまいのするような一瞬が唐突に終わり、辺りは元の神殿内部、だが先ほどとは違う場所になっていた。そして、

「おっこちなくてよかったね」

 床に立ったルーフスの腕をつかんで、子供のような姿の少年が立っていた。つぶれたシルクハットに、おかしなデザインの子供用タキシード。

「フレリヒ……」

「おっこちたら、もう戻って来れなかったよ」

 皇子フレリヒはルーフスの腕から小さな手を離した。

 なんでここに。どうやってここに。浮かぶ疑問はいくらでもあったがその前に口から出たのは、

「今の、ローザか?!」

 そんな、フレリヒにわかるはずもない確認だった。

「そうだよ」

 当然のことのようにフレリヒは笑った。

「この世界を守る結界が弱まってるね。頑張って張りなおさなきゃ」

 フレリヒも同じ幻視を見たのだ。ルーフスは確信した。

「皇帝が言ってた、この世界を守るってことか。

 ……でも、ローザはずっと戸惑ってた」

 フレリヒは、まるで一人だけ別の状況にいるかのように上機嫌に笑った。

「どうしたらいいか、知らないんだろうね」

「どうしたらいいんだ?」

 ジーク砦でのこと。騎士団に閉じ込められた場所でのこと。フレリヒはルーフスの知らない数々のことを当然のように知っていた。今回もそうだろうと思いこんでいたルーフスに、フレリヒはあっけらかんと、

「僕にはわからないよ」

と言った。

「お前、いろんなことがわかるんだろ?」

「わかることはわかるし、わからないことはわからない」

 幼い声で言い放ち、フレリヒはふと視線を右に向けた。

「僕にはわからない。お父さんは知ってるってことしかわからない」

 お父さん。皇帝のことだ。

「皇帝は帝都の至天宮だ。今さっき会ったけど、もう意識もないみたいだった。どうやって聞き出せばいいんだ?」

「僕にはわからないよ」

 その瞳は、ずっと右を見たままだ。

「お父さんは、どうにかしてローザに伝えるつもりだったのかな。でも、できなかったみたいだね」

 ふいに、フレリヒの視線の先には、遠く遠く至天宮があるのではないかとルーフスは感じた。

「お父さんの分体がずいぶん暴れたからね。力がなくなっちゃったのかな」

 そういえば、とルーフスは思い出した。

「お前、ナーヴの正体知ってたのか」

 フレリヒは突然にけらけらと笑い声をあげた。

「お父さんがお父さんなのはわかるよ!」

 ルーフスは少し沈黙して、フレリヒの場違いな笑い声が消えるのを待った。その間、至天宮で伏した皇帝から聞いた、様々なことを思い返していた。そして、

「フレリヒ」

 もう一度口を開くには覚悟がいった。

「俺はナーヴを倒す。あれがお前やローザの父親の一部だってことは知ってる。それでもだ」

 真剣に言ったルーフスに、フレリヒは拍子抜けするほど楽しげな顔を向けてきた。

「そうするしかないと思うよ」

 笑うフレリヒに、

 ――手を貸してくれ。ナーヴを倒し、ローザを守るのに、お前の力を貸してくれ。

 のど元まで出かかった言葉を、ルーフスはかみしめるようにして飲み込んだ。

 フレリヒは、ナーヴのことも皇帝のことも、なんとも思っていないように見える。それでも、皇帝の子であるフレリヒに、ナーヴと戦わせたくない気がした。

「お父さんの分体はね、近くにいるよ」

 フレリヒはあっけらかんと言い放つ。

「イリスリール姉さんも。ローザのところに行こうとしているんだろうね」

「ローザは、どっちにいるんだ?」

 フレリヒはまっすぐに廊下の奥を示した。

「あっちに二つの扉がある」

「二つの扉」

「一つ目の扉には、兄さんが結界を張ってる。兄さんの結界だから、通り抜けるのはそう難しくないかな」

 ……フレリヒにとっては。そして、イリスやナーヴにとっても難しくはないということ、なのだろう。ルーフスは唇を引き結んでうなずいた。

「もう一つの扉には、強い結界が張ってある。これは僕でも通れないかな」

 意味不明の上機嫌さでフレリヒは続ける。

「この神殿に元からある、結界の大扉を守るためのものだから、通れるのは結界を守る務めを持つ者だけだ」

 ルーフスは心臓の裏が冷たくなるのを感じた。

「皇帝であるお父さんの分体は、通れるね」

 笑うようなフレリヒの言葉が、絶句したルーフスの耳に届いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ