"神"は言われた
……あれ?
目を覚ますと、わたしは白い光の空間に佇んでいた。
……ここ、どこ?
わたしは確か、彼女に背中を滅多刺しにされて、そのまま……。
『死にましておめでとう、薬守亜沙李さん?』
いきなりの声に顔を上げると、いつの間にか女の子が立っていた。
見た目12歳くらいで、頭に輪っか、背中に翼、身体には白いローブ、右手には大きな木の杖を持った……なんというか……神様? っぽい格好の女の子。
『神様ねえ。彼にもそういう「顔」で接したけど、確かに、大昔にはそういうカテゴリーだったこともあるかもねえ――ま、このカッコはただの当てつけだったりするんだけど! くすくすくす……!』
カテゴリー? 当てつけ?
……って、あれ?
今……心の中、読まれた……?
『肉声も心の声も、ここじゃあ大して変わらないよ。だから嘘をつくことだってできない――亜沙李さん、正直に答えてくれる?』
神様のような女の子は真剣な眼差しでわたしを見据える。
『結城京也くんに、会いたい?』
息が止まった。
身体があるかもわからないのに、胸が詰まった。
……そんな。
そんなこと。
わたしは、死んだんでしょ?
結局、きーくんには一目も会えないまま……。
なのに。
……会える、の……?
『わたしの「顔」は、あと一つだけ余ってる』
どこか挑発的な笑みを、神様めいた少女は浮かべた。
『あなたに資格さえあるのなら、それを貸してあげてもいい。そうしたら、魂の差配に干渉することができる。要するに、別の世界で生まれ変われるってこと』
生まれ、変わる……?
それって、きーくんも……!?
『うん。彼はもう新しいお母さんのお腹の中。そして、もう一人――彼女もね』
胸が痛いほどに跳ねた。
あの子が。
彼女が。
生まれ変わってまで、きーくんを―――?
『私の質問はシンプルだよ。二人を追いかけたいか、否か? その二つに一つ』
……そんなの、決まってる。
あの子が、生まれ変わってまで罪を重ねようとするのなら、わたしは――
『おっと、ストップ! 決めちゃう前に、条件の話をしないとね』
…………、条件?
神様少女は、どこか胡散臭い笑みを浮かべた。
『あなたが転生するに当たっての条件は二つ。まず一つ目、あなたが転生する時代は、京也くんが転生する時代から数えて、最低でも100年過去でなければならない』
ひゃ、100年……!?
そんなの生きてられるわけ……! 仮に生きてたとしたって……!
『うんうん、文句は重々承知だよ。でもこれはどうしようもないんだよねー。3番手のハンデってやつ。死ぬ順番が悪かったと思って諦めて?』
死ぬ順番……もしかして、他の二人の転生が関係してる?
『それは言えません。……まあ、せっかく彼と出会えたのにヨボヨボのお婆ちゃん! みたいなオチは用意しないから安心してね。そこはほら、異世界だから。まず間違いなく100年生き延びられて、しかもピチピチの若い姿でいられるような身体に転生させるよ。これは約束する』
……異世界、ということは、わたしの知る世界とは根本的に違うということか。
100年間若い姿のままでいられるような人種がいるってこと?
『ぶっちゃけると、向こうにはエルフってやつがいるから、それね』
エルフ……。なんだか聞いたことある。
どうして異世界に聞いたことのあるものがあるんだろう?
『うわっ、鋭いねあなた。大抵の転生者は疑問にも思わないのに――おっと、喋りすぎた。続けるよ。二つ目の条件について』
思わせぶりな言葉が気になるものの、わたしは続く説明に耳を傾けた。
『二つ目の条件――それは、あなたが私の「顔」を貸すに足るか証明すること。「顔」っていうのは、まあ「力」を言い換えたものだと思っておいて』
……証明、って……試験か何かをするってこと?
『試験。そうだね。それだ。試験。テスト。生きてる間も散々やったでしょ?』
何をすればいいの?
『単純だよ。あなたの想いが、彼女のそれに匹敵するものだと証明してくれればいい』
……わたしの想い……?
どうして、そんなことを?
『それが資格なんだよん。わたしの「顔」を使うためのね。彼女は生前の行いによって、自分の愛情の深さを証明した。それに相応した権利を手に入れた。それに対抗しようって言うんだから――当然あなたにも、同程度の感情を要求する』
……わたしの生前の行動では、きーくんへの恋愛感情の証明には足りない、と?
『全然足りないね。少なくともあなたは、自分の恋心のために20人以上の人間を誘拐して殺したりはしていない』
…………そんなの、恋じゃない。
『恋だよ。健全かどうかは関係ない。少なくとも私はそう認めたの。だからあなたも、私を認めさせなくちゃいけない。できうる限り客観的に、恋愛感情を証明しなければならない』
そんなの、どうやって……。
『方法はちゃあんと考えてるよ? ――ただし、20人殺すより難しいけどね』
……戦後史上最大最悪の殺人事件を起こすことより、難しい方法?
『そう。聞きたい?』
――聞かせて。
わたしは躊躇いもなく言った。
少女は嬉しそうに笑みを深めた。
……その笑顔は、神様というよりも。
まるで――
『あなたには、記憶を持ち越さずに転生してもらいます』
言葉は、にっこりと微笑みながら放たれた。
……記憶を、持ち越さない?
じんわりと、理解が広がっていく。
すべて、忘れるということ?
きーくんと出会ったことも……好きになったことも……別れ別れになったことも……取り戻すために戦ったことも……!
『そう。すべて忘れる。もちろん現代人としての知識もない。物心がつく時期も普通の人間と一緒。転生者としてのメリットなんかなーんにもない。ちょっと強い能力と、ちょっと綺麗な容姿だけ、サービスであげちゃうけどね。
その上で出会いなさい。その上で、顔も名前も変わった彼と再会して、もう一度恋をしなさい。
もし、そんな奇跡が起こせたなら――その気持ちは、本物以外の何物でもない。でしょ?』
……それは、そうだろう。
もし、そんな奇跡が起こったなら。
それ以上の恋なんてない。
誰も文句を言えはしない。
世界の誰よりもきーくんを好きなんだって、わたしは胸を張れるだろう。
『さあ』
神様のような少女は、悪魔のように言った。
『どうする?』
……起こると思うか、そんな奇跡が。
冷静なわたしは否定する。
だって、すべて忘れてしまうのだ。
思い出も、感情も、何もかもなくなって。
それでももう一度好きになるなんて……まるでラブソングの歌詞の世界。
でも。
だから起こらないなんて、誰が決めた。
だからありえないなんて、誰が言った。
勝ち目の薄い賭けだとしても。
この決意さえ忘れてしまうのだとしても。
この胸の高鳴りに懸けて、わたしは高らかに断言する。
たとえ生まれ変わっても、もう一度彼に恋をする。
『――よろしい!』
パン! と少女が手を叩いた瞬間、視界が白くかすみ始めた。
全身を包む、暖かな感触と浮遊感。
耳の奥で、どくん、どくん――と、どこか安心する鼓動が聞こえる。
『もし、その誓いが現実になったなら。わたしはあなたの記憶を返還する』
少女の姿が、白い靄の中にぼやけていった。
『そのときこそが、あなたにとって真の転生の時。あなたが本当の意味で、彼女と対峙できる時』
真っ白な光が視界を埋め尽くした頃。
力強い声が、背中を押すように響き渡った。
『あなたの人生と恋路に、光あれ! ―――なんちゃって♪』




