縁/ジャック・リーバー
『……嫌だからっ……だよっ!』
と、彼は叫んだ。
わたしを担ぎ上げ、息も絶え絶えになって走りながら。
『何もっ、できなくてっ……無力でっ……無能でっ……守れないのが、嫌なんだっ!』
お金持ちの伯爵家で何不自由なく育ってきたはずの彼が、どうしてそんなことを言うのか、わたしにはわからなかった。
わからなかった、けど。
そこには真実があった。
紛れもない、彼の真実があったのだ。
だから……わたしは手を伸ばした。
それが、かけがえのない、尊いもののように思えて。
そっと、彼の頭を撫でたのだ。
見届けたいと思った。
生意気で、優秀で、だけど危なっかしい、この子の未来を。
そして、願わくば。
その未来に、わたしの姿があれば―――
『最初に言ったよな。守りたいものを守るために。それだけなんだ。本当にそれだけのために、俺はこれまで生きてきたんだ。
その「守りたいもの」の中には、師匠も――ラケルもとっくに入ってる』
―――でも、わたしは師匠だから。
トゥーラがわたしにそうしたように……師匠はいつか、弟子を見送る。
師匠は弟子が作る未来の礎になるのだ。
……だから。
この顔の熱は、何かの間違いなのだ。
弟子の成長に、驚いただけなのだ……。
『……大きくなったね、ジャック』
わたしは見届ける。
あなたの未来を、何度でも。
わたしは守る。
あなたの未来を、いつまでも。
だからあなたは、フィルと一緒に行けばいい。
――――そして、わたしは見るのだ。
一面の純白の世界。
動かない少女を抱いて、呆然と空を見上げる少年の姿を。
…………ごめん、なさい…………。
…………ごめんなさいっ…………!!
わたしの声は、もう彼には届かない。
彼の心は、フィルと一緒にどこかへ行ってしまった。
まさに、わたしが望んだ通りに。




