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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期・第2回:あなたがどれだけ汚れても

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第50話 わたし抜きで何決めようとしてくれちゃってるんですか?


「あなた、は―――」


 有り得ないはずだった。

 その表情が。

 その存在が。

 今、ここにあるなんて、あってはならないことのはずだった。


 だって、真っ先に消したんだ。

 あなただけは捨て置けないと、真っ先に排除した!

 なのに。

 こんな……不合理……!!


「あなたは……あなたは、誰ですかッ!!」


 黒いドレスを着たサミジーナが、突然現れたその少女に――ルビーの姿をした少女Xに、鋭く誰何を飛ばした。

 少女Xは笑う。

 にやにやと、にたにたと、にまにまと。


「ご挨拶ですねえ――悲しくなっちゃいますよ、わたし?」


 それは、嘲笑にも、冷笑にも見えなかった。

 強いて言うなら――

 ――人に非ざる怪物が、たまたま笑みに見える模様を作ったかのような。


「あながち無関係でもないって言うのに――妻を名乗るんだったら、せめて礼儀くらいはちゃんとしてほしいものですよね? ……ま、そんなもの、認めるはずがありませんけど」


 やれやれとばかりに肩を竦める彼女は、世界から浮き上がって見えた。

 超然的、というのとも違う。

 ただただ、異質。

 羊の群れの中に混じった山羊のような、微細にして決定的なズレ(・・)を感じるのだ。


 こいつは、確かに、アゼレア・オースティンの姿をしていたはずだった。


 これはわたしが、別の世界で確かに確認した事実。

 それが……過去に戻ってきたら、今度はルビーになっている……!?


「……どう、して……。どうしてっ……!」


 呻くようにそう繰り返すことしかできないわたしに、ルビーの顔をした少女Xは、小馬鹿にしたような笑みもどき(・・・)を向けた。


「さあて、どうしてでしょうねー? ……ああ、でも、これは言っておかないといけませんね――」


 瞬間。

 少女Xの笑みもどきに、見前違えようもなく滲んだのは。

 ……嗜虐心。


「――ネタばらしご苦労様、未来人さん?」


 わたしは、ルビーに――すべてを話した。

 少女Xはもう排除したから。

 アゼレアはもういなかったから、だから――


「…………あ、あっ…………!!」


 この正体不明の敵を相手に、わたしが唯一持っていたはずの、アドバンテージ。

 未来の記憶。

 過去に戻れるということ。

 それを……わたしは、みすみす……!!


「――――あぁああぁあぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッッッ!!!!!」


 わたしは絶叫しながら、手に持った鉄扇を振るった。

『空震』。

 絶対破壊の振動波が、正確に少女Xを狙う。


「おおっと」


 けれど、突如として出現した石の壁が、『空震』を阻んだ。

 贋界膜――【一重の贋界】!


「危ない危ない。この身体は戦闘には不向きなのでした――こわ~いオバサンに殺されちゃう前に、やることをやってしまいませんとね?」


 少女Xは薄ら笑いを浮かべたまま、火炙りにされつつあるジャックに手を向ける。


「さあ、ちゃっちゃと終わりを始めましょう。余計なモノをお掃除しましょう。――それまでわたしたちは、ゆっくりイチャイチャしてますから♪」


 あ……!

 ジャックの姿が、消えていく……!

 連れ去るつもりか!


「そうは―――!!」

「させな―――!!」 


 わたしとサミジーナが、同時に鉄扇を構えた。

 しかし。

 それが振るわれることは、なかった。




 その前に、空から蒼い炎が降ってきたからだ。




「わっと―――!」


 ジャックの傍にいた少女Xが慌てて飛び離れる。

 空から降り注いだ蒼い炎が、ジャックがいた処刑台を丸ごと呑み込んでいた。


 ジャックを焼こうとしていた紅蓮の炎は押しつぶされたように消失し、ジャックを縛りつけていた柱は一気に影を崩して朽ち果てた。

 目の覚めるような蒼い炎の中に、人影が二つ、揺らめいている。


 一つは、柱が燃えて自由になったジャックのもの。

 そして、もう一つは―――


「……一体……何をしているのよ、あなたたちは」


 少女の影が。

 力を失ったジャックを、抱えるようにして支えていた。


「ジャックが……こんなにボロボロになって、今にも燃えようとしていたのに……何をのんきに、争っているの……!!」


 蒼い炎が激しく渦を巻いたかと思うと、火の粉と化して舞い散る。

 夜空の星々のように煌めく火の粉の中に、赤い髪の少女が立っていた。


「そんなのって、おかしいじゃない……!! 何のために彼が欲しいの!? 好きだからじゃないの!? 大切だからじゃないの……!?」


 アゼレア・オースティンは。

 わたしが世界の彼方に放逐したはずの、アゼレア・オースティンは。

 ぼろぼろと涙を流しながら、わたしたち全員を、強烈に痛罵した。


「――あなたたちに、ジャックを救う資格なんてないっ!!」


 言葉が、胸を貫く。

 わたしは……わたしは、ジャックに幸せになってほしくて……。

 そのためには……他の二人には、どうしても渡せなくて……。


 ――本当に?

 ――本当に、ただそれだけ?


「ジャック……もう、行きましょう?」


 アゼレアはわたしたちから視線を切り、ジャックに優しく囁いた。


「もう苦しまなくていい場所に、私が、連れていってあげるから……」


「待てっ―――!!」


 サミジーナの制止なんて、もちろん、アゼレアは聞かなかった。

 ドンッ! と蒼の爆発が起こる。

 ジャックを抱えたアゼレアが、その爆風で天高く飛び上がった。


 サミジーナが鉄扇を振るうけど、その前にアゼレアの背から細い炎が噴射された。

 それに押され、変幻自在の軌道で追撃をかわすと、二人は帚星のような軌跡を残して、空の彼方へと消える……。

 ああやって、世界の果てから戻ってきたのか。


「――陛下っ……!!」


 サミジーナはジャックが消えた空に弱々しく叫ぶと、甲高い指笛を吹いた。

 すぐに空からやってきた飛竜に乗って、ダイムクルドの方角へと飛び去る。


 追いかけるのだろう、アゼレアと――ジャックを。

 わたしも……わたしも、追いかけないと……。


「――ふふふ。最後に勝てばいいんですよ」


 不意に不吉な呟きが聞こえたけれど、振り返ったときには、声の主はどこにもいなかった。

 荒れ果てた処刑広場には、わたしだけが残されていた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ダイムクルドに戻ったサミジーナは、連れ去られたジャックの追跡を部下たちに命じて、一人、後宮へと戻った。


「……また……またっ……!!」


 目の前で、またしても、ジャックが連れ去られてしまった。

 もう少しで、取り返せたはずなのに……。


「どうしてっ……どうしてなのぉ……! わたしには……わたしには、陛下しかいないのにっ……! どうして、返してくれないのぉ……っ!!」


 もどかしい。もどかしい。今にも身体が散り散りに裂けそうだ。もう少しだったのに、もう少しだったのに! 胸の中がすーすーする。早く埋めたい。早く埋めてほしい。前はあんなに満たされていたのに。ああ、今は、こんなにも、むかむかと―――


「―――ううっ! ……うっ……ごぼっ……!」


 不意に廊下でうずくまって、こみ上げたものを床に吐き出した。

 嘔吐のつもりだったが、口から溢れてきたのは、赤い液体だった。


「――あら? サミジーナさんじゃないの。こんなところで――って、血っ!?」


 そこに偶然、第三側室であるデイナが通りかかった。

 彼女は驚いた顔をしてサミジーナに駆け寄る。


「あ、あなた、血を吐いてますわよ!? 大丈夫ですの!?」


 いつもは意地悪ばかり言うデイナも、この有様では心配してくれるらしい。

 なんだかおかしくなって、サミジーナは血に塗れた唇を歪めた。


『限定転生』は、使えば使うほど身体に強烈な負荷をかける。

 このまま使い続ければ、きっと――

 でも。


「……だい、じょうぶ、です……」


「そんなわけないじゃありませんの! と、とにかく安静にしてくださいまし! 今、誰か――」


「だいじょうぶ……なんです」


 顔を上げて、デイナの目を見上げて、かすかに笑って。

 サミジーナは告げた。


「陛下……ぜったい、取り戻します、から……だいじょうぶ、です」


 その瞬間。

 デイナの表情に、恐怖と憐憫が等量浮かんだことに、サミジーナは気付なかった――


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― 新着の感想 ―
[一言] こいつをポンポン転生させる神が無能すぎる そんな事言ったらストーリー成立しなくなるけどwww
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