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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:才能胎動編
13/262

♪俺たちゃ盗賊!♪

「出な」


 盗賊『真紅の猫』の女頭領ヴィッキーは、程なくして再び現れた。


「頭領直々のお出迎えか。俺たち、実はVIPだったのか? スイートルームにしちゃあここは少々貧相に思えるが」

「イイね。今のうちに減らず口を叩いておきなクソガキ。一生で最後の機会だろうからね」


 軽く煽ってみたが、今度は術を使ってこない。

 ……厄介だな。下っ端の男だけなら、そのまま伸して逃げることもできたかもしれなかったのに。


 俺、フィル、ベニーは、牢屋の外に連れ出される。

 牢屋の扉は、下っ端の男によって施錠された。

 鉄格子の向こうで、残された子供たちが不安そうな顔をしている。

 俺は盗賊たちに気取られないよう、そっと彼らに頷いた。


 前をヴィッキー、後ろを下っ端男に挟まれる形で、俺たちは廊下を歩かされる。

 さて、どうするか……。

 俺とフィルが逃げるだけなら簡単だが、10人もの子供を引き連れてとなると話は変わってくる。

 いくつか手は考えられるが――


 様々な案を検討しながら廊下を歩いていると、壁に紙が貼りつけてあるのに気付いた。

 ……情報通り。

 時間はほとんどなかったが、他の子供から――『加工』とやらで牢屋を出たことのある子供から、それの存在は聞き出していた。

 地図だ。

 古いものなのか、インクが多少薄れているが、読めなくはない。

 俺はそれをチラッと見て、できる限り記憶した。


 脳内に記憶した地図を広げて吟味する。

 これは……砦か?

 ずいぶん昔に放置された砦のようだ。


 構造はかなり複雑だ……ちょっとした迷路だなこれは。

 たぶん、雑な増築を何度も繰り返したんだろう。

 その証拠として、ところどころにデッドスペースがある。

 出入り不可能で完全に死んでいる空間もある一方、小さな中庭のような感じになっている場所も多い。

 ふむ……。


 複雑怪奇な廃砦の中を、5分ほども歩いた。

 途中、階段を上り、地下から1階に上がった。

 地図上でも確認した小さな中庭のようなデッドスペースを何度も横断し、やがて、目的地らしき場所にたどり着いた。


 そこもおそらく、増築によって生まれたデッドスペースだ。

 しかし、バスケくらいならできそうな広さがあった。

 生え放題の雑草の上に、むくつけき男たちが大きな円を描くように座り込んでいる。

 彼らの手には一様に酒があり、わいわいがやがやげらげらと、上機嫌に騒ぎ立てていた。

 なんだこれ。宴会か?

 と思った瞬間、


「野郎どもォ!! メインディッシュの到着だよ!!」

「「「「「オオォオオォォオぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおッッッッッ!!!!!!」」」」」


 盗賊たちが俺たちを見つけ、震えんばかりの雄叫びを上げた。

 なんだ……この異常な熱気は。


 俺たちは盗賊たちが描く円の内側に連れてこられる。

 そうして、俺はようやくそれに気付いた。

 盗賊たちの円の中央に、ベッドのようなものがある。

 木でできた、天蓋付きのベッド――

 いや、違う。

 それはベッドなんかじゃない。

 普通、ベッドに、あんなものは付いていない。

 あんな――人間の手足を拘束することにしか使えない、金属の輪っかは。


 それは、手術台――否。

 拷問台に、他ならなかった。


「さあ! 本番の前にリハーサルだ! 今夜のラッキー野郎はどいつだい!?」

「俺だァ!!」


 一人の男が人だかりから出てきて、拷問台の傍に歩み寄る。

 拷問台にはすでに、一頭のイノシシが横たえられていた。

 両手足を拘束され、フゴフゴと鼻息を漏らすだけの――まるで、まな板の鯉。


「ヘイ、ラッキー野郎! 名乗りな!!」

「エイブっス!!」

「オーケー、エイブ! (なた)を持ちな! おい、目隠し持ってこい!!」


 男が拷問台の側面にぶら下がっていた鉈を手に取ると、別の男が手拭いを持ってきて、男の頭に巻きつけ、目を見えなくした。

 スイカ割りでもするかのように。


「野郎どもォ! ルールはわかってるな!!」


 ヴィッキーが盗賊たちに叫んだ。


「この状態で、見事! 一発で! 指定された部位を壊してみせりゃ、望みのものが与えられる! 酒に女! 金だって、売り上げの1割までなら独り占め可能だァ!!」


 盗賊たちが歓声を上げた。


「練習は1回! チャンスは3度まで! 実にイージーなゲームだ!! アタシの慈悲深さに感謝しな!!」

「最高だぜ姉御!!」

「ベッドの上でも慈悲深けりゃなあ!!」

「慈悲深いだろ? マゾ野郎を踏みつけてやったんだから!」


 ぎゃはははははは!! と盗賊たちは下品に笑う。

 こいつら……正気か?

 そんなスイカ割りみたいなことを……本気で、人間で……!?


「さあまずは練習だ。歌えや歌え、野郎ども!!」


 ズン! ズン! ズン! ズン!

 リズミカルな地団駄が、全方位から押し寄せる。




「♪ 俺たちゃ盗賊! 泣く子も黙る! ♪」


「♪ 俺たちゃ盗賊! 泣く子も奪う! ♪」


「♪ お手てか足か! 目玉か耳か! ♪」


「♪ 選り取り見取り! 目当てはどれだ? ♪」


「右手!!」

「右手だ!!」

「右手いけぇっ!!」


「♪ お前も盗賊! 右手を奪え! ♪」




 歌に煽り立てられるように。

 目隠しされた男が、イノシシの右前脚めがけて鉈を振り下ろした。

 ダンッ!! という音と同時に――


 ――ピィギィィイィイイイイイイイイイィィッッ!!!


 イノシシの悲鳴が耳をつんざき、肩がビクッと跳ねた。

 フィルが腕に掴まってくる。

 その肩がふるふると震えているのを見て、俺は強く抱き寄せた。

 ……フィルの【無欠の辞書】は動物の声を聞く精霊術だ。

 彼女には、聞こえていたのだ。あのイノシシの悲痛な断末魔が……。


「大当たりィ~~~~~~っっ!!!」

「ぎはははははははははッ!!」

「やるじゃねえかあ!!」


 盗賊たちは切断された右前脚から鮮血を噴き出すのを見て大笑いする。

 ……どうかしてる。どうかしてる……!

 でも俺は、知っているのだ。

 こういう人間が存在することを、知っているのだ。

 俺の親しい人間を、俺の目の前で破壊し尽くした――

 ――あの妹を、知っているのだ。


「おうおう、クソガキ。いい目になったじゃねえの」


 ヴィッキーが俺を見てにやにやと笑った。


「隻腕だの隻眼だの、身体の欠けたガキをコレクションしてる好き者の貴族サマが王都にいてねえ。

 攫ったガキをただ売っ払うより、そのお貴族サマ向けに『加工』しちまったほうが高く売れるのさ。

 ところが、あんまり作業的にやっちまうと作りものっぽくてダメだって向こうさんがゴネちまってねえ。

 こうしてお遊びにして、あえてミスを誘発して、マジっぽさを演出してるってわけさ」


 女頭領はにやにや笑いを貼りつけた顔を近付けてくる。


「アタシらを頭のおかしな連中だって思ったかい?

 まあ間違っちゃいねえ。でも理屈の一つや二つはちゃあんとあるのさ。

 狂人ってわけでもヤク中ってわけでもない、ごくごく普通の人間が、純然真っ当な計算のもとに、こういう一見トチ狂ったことを、平然とやっちまうのさ。

 世界ってやつは面白いぜ? ちょっと裏返せばこんな話がごろごろしてやがる。お勉強になってよかったな?

 ま、今更何の役にも立ちやしねえけどなあ! はっははははは……!!」


 自分たちは『理解不能のわけのわからない怪物』じゃないと、そう言いたいのか。

 社会にいて当然の、当たり前の、誰に憚ることもない存在だとでも言いたいのか。


 寝言は寝て言え。

 お前らみたいな連中、どうやったって正当化なんてできない。

 ―――許されると思うなよ。


「さあて、それじゃあ本番と行こうか」


 ぐったりと力を失ったイノシシが、拷問台の上からどかされる。

 ――新たなる生贄を、迎え入れるために。


「最初は誰にしようか?」


 俺、フィル、ベニーを、ヴィッキーは値踏みする視線で、順繰りに見回した。

 そして、一人に目を留める。


「……よし、決めた。お前だ」

「えっ」


 ベニーの身体が凍りついた。

 ヴィッキーの指が、彼の目前に突きつけられていた。


「生意気なガキはメインディッシュに取っておこう。まずはオードブルと洒落込もうじゃないか」


 周りの盗賊たちが歓声を上げる。

 それらはすべて、ベニーが苦しむのを望む声。

 一つとして、彼の逃げ道となるものはないのだ……。


「……や……やだっ……!」


 ベニーの足が、ずりずりと後ずさる。


「やだっ……やだああああっ……!!」


 背を向けて逃げ出さないのは、きっと、背を向けることすら恐ろしいからだ。

 ハンバーグを前にした子供のようなヴィッキーの視線を、自分の背筋に受けるのが恐ろしくて恐ろしくて仕方がないのだ。


 俺もそうだった。

 目を背けることすら恐怖だった。

 視界から外した瞬間、何をされるかわからなくて――


 ヴィッキーはゆっくりじわじわと、後ずさるベニーを追い詰めていく。

 その様はまるで、蟻の行列を追い立てて遊ぶ子供だった。


「(じーくん。助けてあげないの?)」

「(状況が悪い。さすがにこの数は相手しきれない……)」


 周囲に集まった盗賊の数はざっと30人。

 俺1人ならいざ知らず、フィルとベニーを守りながらとなると……。


「(この廃砦の構造は地図で確認した。逃げるだけなら……)」


 だが、それにもチャンスは必要だ。

 俺たちの精霊術は歳にしては強力だが、何の準備もなくこれだけの数の荒事のプロを蹴散らせるほど反則じゃない。

 俺は辺りに視線を走らせた。

 何かないか? チャンスを作り得るものは……。


「くっ……来るなっ……来るなっ……!」


 追い詰められたベニーは、右手で石を拾って投げつけ始めた。

 ヴィッキーはそれを意にも介さず、ベニーに向かって手を伸ばす。


「さあ――お前の値段を上げてやる」


 どんっ、と。

 ヴィッキーは軽く、ベニーを突き飛ばした。

 バランスを崩したベニーは、すぐ背後にあった茂みに姿を消す。

 直後。


 ガッドン!


 何かが倒れたような音が、まるで見当違いの方向から聞こえてきて、俺は弾かれたように振り向いた。


「……な……」


 拷問台だ。

 拷問台の上に(・・・・・・)いつの間にか(・・・・・・)()()()()()()()()()()()

 ベニーが痛そうに呻いている間に、傍にいた盗賊の男が素早くその手足を拘束する。


 なんだ、今の……!?

 ベニーが突き飛ばされた場所と拷問台の間には、軽く見積もっても6~7メートルの距離があった。

 それを、一瞬で移動したのだ。

 この現象を実現できる精霊術は、俺の知り得る限りただ一つ。


「精霊〈バティン〉……【絶跡(ぜっせき)虚穴(こけつ)】……!!」


【絶跡の虚穴】。

 離れた場所と場所を、移動時間ゼロで、間の障害物も無視して移動できる力。

 とどのつまりが、瞬間移動(テレポート)の精霊術……!!


「出たぜ! 姉御の【絶跡の虚穴】!!」

「俺たちの頭領! 『血まみれ雌豹』の最強の精霊術だあっ!!」


 周りの盗賊どもが湧き上がった。

 あの女頭領が精霊術師としても一流であることは聞いていた。

 だが、それにしても、まさかと言わざるを得ない。


 ――【絶跡の虚穴】。


 王国中の精霊術師の卵が集まる王立精霊術学院で探しても、これほどレアな術を持っているのは1人か2人程度だろう。

 それを、よりにもよって盗賊の頭領が持っているなんて……!


「たっ……助けてっ……! 助けてぇえぇええええええぇぇ!!」


 ベニーは拷問台の上で暴れ回った。

 しかし、ガチャガチャと拘束具が鳴るだけで……まるで、何の意味もない。


「(じーくん!)」

「(わかってる!!)」


 こんなときのために。

 こうして、目の前で誰かが苦しもうとしているときのために、俺は強くなってきたんだ。

 もう二度と。

 無力でいる悔しさを味わわないために――!!


 何かないか。

 ほんの少しでいい。逃げるための隙を作る方法が、何か……!!


「――――あ」


 あれだ。


「本番を始めよう! 歌えや歌え、野郎ども!!」


 ズン! ズン! ズン! ズン!




「♪ 俺たちゃ盗賊! 泣く子も黙る! ♪」


「♪ 俺たちゃ盗賊! 泣く子も奪う! ♪」


「♪ お手てか足か! 目玉か耳か! ♪」


「♪ 選り取り見取り! 目当てはどれだ? ♪」


「目玉ぁ!!」

「目玉!!」

「目玉っ!! 目玉っ!!」


「♪ お前も盗賊! 目玉を奪え! ♪」




 目隠しをした男が、逆手に持った鉈を振り下ろす。

 ――その寸前。


「ピィギィィイィイイイイイイイイイィィッッ!!!」


 イノシシが雄叫びを上げながら、男の腰に突っ込んだ。

 右前脚を失った、3本っきりの脚で。

 血の雫を地面に滴らせながら。


 そう――ついさっき、リハーサルとやらに使われたイノシシだった。


 適当に地面に打ち捨てられたイノシシにまだ息があることに気付いた俺は、急いでフィルに言ってそれを動かさせたのだ。


「な、なんだ!?」

「まだ息がありやがった!」


 周囲の盗賊たちが浮き足立つ。

 鉈を持っていた男は当然、イノシシの突進によって薙ぎ倒されていた。


「フィル! そのまま周囲の連中に突っ込ませろ!」

「りょーかい! ごめんね、もう少しがんばってね……!」


 3本足のイノシシは、盗賊たちに中に突っ込んで攪乱する。

 俺とフィルはその間に、ベニーが寝かされた拷問台に駆け寄った。


「き……君たち……!」


 ベニーが驚いた顔で俺たちを見る。

 俺はガチャガチャと手足の拘束具を揺すってみたが、堅くてとても外せそうにない。


「仕方ない。拷問台(これ)ごと持ってくぞ! 掴まれフィル!」

「うんっ!」

「――――ガキどもぉおぉおおおおおおおおおおおおおぉッ!!!!」


 ヴィッキーが憤怒の形相で走ってきた。

 そうしながら女頭領は、握り締めた拳を振りかぶる。

 距離を考えれば、その拳はまだ俺たちには届かない。

 ――だが奴には、そんなこと関係ないんだ。


 フィルを小脇に抱え、ベニーが繋がれた拷問台を片手で持ち上げ――

 俺は、全力で真上に跳んだ。

【巣立ちの透翼】によって重力は無効化され、俺たちは一気に何十メートルも跳躍する。


 星々が散りばめられた夜空が、全方位に広がった。

 盗賊たちは遥か下――どんなに長い槍を使ったって届きやしない。

 とはいえ、このままじゃ宇宙まで行ってしまうか地上に逆戻りするかの二択だ。


「フィル!」

「うん! 鳥さんっ!」


 フィルの声に呼応し、1羽の鷹が夜空を飛んできて、俺の肩を掴んだ。

 俺は未だに空中ジャンプを完全には会得できていないが、こうすれば疑似的に飛行することができる。


「じーくん、どうする? 他の子たちのとこ戻る?」

「そのつもりだが、いったん街のある方向に行け。逃げるつもりだと思わせるんだ。それから屋根の上に降りて、ベニーを拷問台から解放してから牢屋に戻る」

「りょーかいっ」


 俺たちが街の方向に飛んでいく素振りを見せると、案の定、盗賊たちが慌てた様子でその方向に走っていく気配がした。

 それを確認すると転進し、目立たなそうな屋根の上に降下する。

 その際、ベニーを拘束していた拷問台を、落下の衝撃を利用して破壊した。


「あ……ありがとう……」

「いや、感謝はまだ取っておいてくれ。これから他の奴らも助けなきゃならない。1人にしておくと捕まるかもしれないから、悪いけどお前もついてきてもらわないと」

「う、うん。わかった……」


 ベニーは左手首をさすりながら頷いた。

 俺は屋根の上に四散した拷問台を見やる。

 ……これ、もしかして二段ベッドか?

 勝手に天蓋だと思ってたけど、ベニーが寝かされていた台の上に、もう一つ、人が寝られそうなスペースがある。


「……まあいいか。行くぞ」


 ぶっ壊したんだから、もう関係ないだろう。

 そう思って、俺はフィルとベニーを促して移動を開始した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 伯爵の長男に手を出す盗賊ってのも凄いな。 しかも誘拐だけじゃなくて身体欠損までとなると、最早滅ぶ未来しか見えないんだが。
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