可愛い幼馴染みや隠れ巨乳エルフな師匠と仲良く混浴したあと添い寝する回
狼の強靭な足が、降り積もった枯れ葉を蹴散らしていく。
肌を刺す冷気を意識の外に追いやり、俺は跨った狼の筋肉の動きを感じた。
――今!
狼が急激に右に転進する。
だがその上に乗る俺は、その姿勢を微動だにさせなかった。
木々生い茂る森を、俺は狼と一体となって、縦横無尽に駆け抜けていく。
だが、それは不意に起こった。
ズズン! と、どこかから降ってきた大岩が、行く手を塞いだのだ。
避ける――のは間に合わない。
狼は曲がりきれず、そのまま大岩に激突した。
――瞬間。
俺は自分自身と狼の質量を消す。
それにより、激突の衝撃はゼロとなり、狼は岩に額をつけた状態でピタリと停止する。
大岩が行く手を塞いでから、俺が術を発動するまで――
おおよそ、0.5秒だった。
「ダメ。今のは慣性制御を使えば避けられた」
狼と一緒に戻った俺を出迎えたのは、お師匠サマのダメ出しだった。
「……師匠。質問があるんだが」
「なに?」
「最初と比べれば3倍も速くなったんだから、少しくらい褒められてもいいとは思いません?」
「褒められたいの?」
「多少は」
「よしよし(なでなで)」
「犬と同じ褒め方!」
俺は頭を撫でる手を振り払った。
ちょっと嬉しくなってしまってる自分が情けなかった。
ラケルと一緒に、森の中の原っぱに戻ってくる。
行き倒れのラケルを見つけた原っぱだ。
訓練の関係上、森の中にいることが多いので、最近はここが訓練中の拠点になっていた。
「あ、二人ともおかえりー」
切り株に腰掛けたフィルがこちらを振り返る。
彼女の前には、野ウサギの群れがいた。
ざっと見て30匹はいる。しかもただ群れているだけじゃない。
軍隊さながらの隊列を組んで、一糸乱れぬ動きで右へ左へと行進しているのだ。
「ぜんた~~~~~い、止まれっ!」
フィルの号令で全員がピタッと停止する。
野ウサギのマーチと言うとメルヘンな響きだが、やっぱりそれは軍隊のようだった。
ラケルがそれを見て、「……うん」と頷く。
「だいぶ指揮に慣れてきてる。フィル、えらい」
「へへ~! でしょ~!?」
「うおい! フィルは素直に褒めるのか!」
「だって、フィルは可愛いから」
「ふふ~! わたし可愛い~♪」
「ジャックは可愛げがない」
「じーくんはかわいげがな~い♪」
贔屓だ! 雇い主に言いつけるぞこのアマ!
ラケルはひとしきりフィルといちゃいちゃすると、
「まあ、冗談はさておき……二人とも、だいぶ上達した。特にジャックは、才能をかさに着た単なるクソガキだった頃とは大違い」
そんな風に思ってたのかよ。
「ついては……ジャック。あなたに、わたしから一つ、プレゼントがある」
「プレゼント?」
「そう。これからもっと強くなるためのもの」
もっと強く……。
「たぶん、明日には渡せると思う。楽しみにしておいて」
「え~なんだろうね~!」
俺より楽しそうにフィルが跳ねた。まあこいつはいつでも楽しそうなんだが。
もっと強くなるためのプレゼント、か……。
くそう、普通にわくわくする。ラケルのくせに味なマネを。
「じゃあ、今日はここまで」
いつものあっさりとした宣言で、俺たちは屋敷へと戻った。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
リーバー邸の応接間に、2人の男がいる。
ジャックの父親カラム・リーバーと、フィルの父親チェルノ・ポスフォードである。
「……また『真紅の猫』の連中ですか」
「ええ……。これで今月3回目です。我が商会の馬車も1度やられました」
2人の面持ちは、子供らの前では決して見せない深刻なものだった。
「リーバー卿、くれぐれもお願いしますぞ。これ以上は看過できません」
「わかっています。我が領地ダイムクルドで、これ以上の勝手はさせません」
声音は静かながら、カラムの双眸はかつて精霊術師として活躍していた頃のそれに戻っている。
すなわち、狩るものを見定めたときの目に。
2人は立ち上がった。
そろそろ彼らの子供たちが今日の修行を終えて帰ってくる頃だ。
カラムが応接間の扉を開けると、廊下には、当の子供らがいた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
応接間から出てきた父さんが、俺たちに気付いて足を止めた。
「おお、帰っていたのか。今日の訓練はおしまいか?」
「はい。気温も下がってきたので」
ラケルが答え、「ところで」と続ける。
「……先ほど、『真紅の猫』と聞こえましたが」
「む、知っているのか、ラケルさん」
「他の土地で、噂を」
「そうか。最近ここらでも活動しているようなのだ。くれぐれも注意してくれ」
「わかりました」
ラケルと父さんの間では会話が成立していたが、俺にはいまいちピンと来なかった。
さっきドア越しに、何やら真剣に話しているのが少しだけ聞こえたが、その話だろうか?
「あの……『真紅の猫』というのは?」
俺がそう尋ねると、父さんは「む」と言い淀む。
「それは……」
「有名な盗賊団の名前」
渋っていた父さんをよそに、ラケルがあっさりと告げた。
父さんが驚いてラケルを見る。
「……言ってしまってもいいのか? 怖がらせるだけだろう」
「今のこの子たちなら、ちゃんと自衛できます……警戒さえしていれば。きちんと説明したほうが安全、かと」
「そうか。君が言うならそうなんだろうな」
父さんに頷きかけると、ラケルは俺とフィルを見た。
「『真紅の猫』は、ここ何年か、王国の各地で暴れてる盗賊団。規模は大体30人前後って言われてて、単純な略奪から人攫いまで、何でもやる。基本、筋肉自慢の男ばっかりだけど……首領は、精霊術師としても一流の、女。その首には、10年は遊んで暮らせるくらいの賞金がかかってる」
「へえ……」
精霊術師の女盗賊か……。
「2人とも、暗いうちは絶対に外に出ないこと。明るいうちでも警戒を欠かさないこと。万が一何かあったら、それを必ずわたしたちに知らせること。わかった?」
「わかった」
「はーい!」
俺たちが素直に返事をすると、父さんとポスフォード氏が苦笑して肩を竦めた。
「実の父親も形無しだな」
「ですな。すっかりラケルさんが親代わりだ」
「あっ……その、すみません」
出しゃばったと思ったのか、ラケルが慌てたように頭を下げる。
まあいつも通り、表情は薄いんだが。
「いや、いいんだ。俺たちは仕事柄、構ってやれないことも多い」
「ええ。むしろラケルさんの弟子になって以来、手がかからなくなって助かっているくらいですぞ! ほっほっほ!」
「だから、これからも子供たちを頼む」
「……ありがとうございます」
父さんは頷くと、俺とフィルの前にしゃがみ込んだ。
「そういうわけで、最近は物騒なんだ。今日はもう暗くなるから、フィリーネちゃんはお父上と一緒にウチに泊まっていきなさい」
「えっ! お泊まりしていいの!?」
フィルが確認するように父親を見ると、ポスフォード氏は柔和に笑って頷いた。
「やったー! お泊まりだーっ!」
「うわっ!?」
フィルが喜びを全身で表現しながら抱きついてきた。
癖で【巣立ちの透翼】を発動し、ふわりと受け止める。
「何して遊ぼっかなー! ね、じーくん、何しよっか?」
「とりあえず離れてほしい」
「えーやだー」
「頬ずりするなーっ!」
この天邪鬼め……!
「遊ぶ前にお風呂」
ラケルがそう宣言して、俺からフィルを引っぺがした。
「まだ汚れたまま。何するにもお風呂に入ってから」
「あ、そっか! じゃあ3人で一緒に入ろーよ!」
「は?」
何言ったコイツ。
「いやいや、俺おとこ――」
「わかった」
「わかった!?」
お師匠サマがおわかりになられてしまったんですけど?
「いや、あの……師匠? 俺、男なんですけど……」
「あと150年成長してから言って」
「エルフの時間感覚で言うな!」
そんなわけで、3人での入浴が半ば強制的に決定した。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
俺は速攻で服を脱ぎ去り、2人が着替え始めるより先に浴場に突入した。
女子二人と同じ空間で服を脱ぐという事実に耐えられなかったというか、なんというか。
それに、あの二人もさすがにタオルで身体を隠すだろうし、先に入れば被害は最小限で済む。
ヘタレと笑わば笑え。
こちとら前世含めて約30年、女性経験まったくな……な……な……なし、とは言い切れないけど、俺の中でアレはノーカウントだ。
バレンタインチョコだって身内はノーカンだし、アレもノーカン。
……嫌なことを思い出してしまった。
俺は湯を頭から被った。
「わー! お風呂広いんだねー!」
「フィル、走っちゃダメ。こける」
「あわっ!?」
フィルがこける音がして、またやってる、と俺は無警戒に振り返った。
瞬間。
心臓が破裂しかかった。
入口のほうからぺたぺたと歩いて、こけたフィルに歩み寄る、ラケルの姿。
彼女は、タオルで身体を隠していなかった。
フルオープンだった。
隠そうとする気配すらなかった。
ラケルは普段、だぼっとした服を着ているので、そのボディラインを目にする機会は皆無だ。
唯一、初めて会ったとき、押し潰されたことで胸の大きさを知ったくらいで……。
ヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
エルフってみんなあんななの?
しなやかな足、小ぶりなお尻、そしてそこから続く優美な曲線を辿ると、華奢な腰に至る。
もし俺が大人の身体だったら、両手で掴むとしっくり来そうだ。
いや、しっくりってなんだよ。もう思考がだいぶおかしい。
だってのに、ラケルの肢体を視線で登る旅は、まだこれで半分だった。
薄いお腹の中央にある可愛らしいヘソに目を奪われていると、すでに視界の上側に、それは見切れている。
二つの、大きな乳房。
ドクドクと痛いくらい鼓動する心臓を押さえながら、ゆっくりと視線を上げると――
作り物めいて形の良い二つのお椀型と、その頂上の、ツンと上を向く桜色の花びらが。
あー。あーあーあーあー!!
落ち着け。ほんと落ち着け。
かつての俺は、エロいものを見ると鼻血を噴く、という漫画的表現に対して、
『いやいや鼻の血管の前に反応する場所があるじゃん(笑)』
なんてすれたことを考えていたものだが、現在、わずか7歳である俺には、鼻の血管の他に反応する場所なんてないので、ここで鼻血を噴き出して倒れるというのは有り得ない結末とは言えなかった。
そんなもったいな――いや、情けないことできるか!
だったら視線を逸らせばいいのだが、恐ろしいことに、俺はラケルの胸を凝視することをやめられなかった。
……え、エロい。
半端じゃなくエロい。
なんであの腰の細さであんなに胸でかいの?
たぶん、今の俺ならあの胸の下で雨宿りできる。
俺は自分がまだ7歳であることに感謝した。
これが17歳とかだったら、絶対、我慢できなかったと思う。
押し倒してたと思う。
超がっついて、返り討ちにあって嫌われてゲームセット。
いや、7歳じゃなかったらさすがにラケルも一緒に風呂入ったりしなかっただろうけど。
「……? どうしたの、ジャック」
呆然としている俺を不審に思ったのか、ラケルが近付いてくる。
歩くたびに二つの胸がふよんふよんと揺れた。
ヤバイヤバイでかい揺れてる柔らかそうヤバイヤバイ。
っていうか近付かないで!!
俺は背中を向けてダッシュし、広い湯船に飛び込んだ。
「こら、飛び込むな」
軽く注意だけして、ラケルは椅子に座った。
先に身体を洗うみたいだ。
……へー。腕から洗うタイプね。
女子が身体洗うとこなんて見たことないけど、あんなでかい胸、どうやって洗うんだろう……。
うわっ、自分で持ち上げた!
へー、ああやって洗うんだ。へー、へー。
知的好奇心が満たされたなあ! 知的好奇心が!
「……ん?」
待って。
ちょっと待って。
……下半身に、違和感があった。
俺はさっき、『鼻の血管以外に反応する場所なんてない』と言った。
事実今まで、そういう経験がなかったから……この歳だと、まだそういう反応はしないんだと思ってた。
そうっと、湯の中に目を向ける。
……え……?
勘違いだった?
この歳でも、やっぱりそういう生理的な反応ってあるの?
前世で小学生だった頃の記憶を探ったが、いまいち判然としない。
でも、そういえば、幼馴染みとお風呂に入ったとき――
「じーくん、どしたの?」
「ッッッ!?!?!?」
フィルが目の前に立っていた。
俺は反射的に股間を手で隠す。
大平原かつつるつるてんのフィルは、視線を下に向けて首を傾げた。
「おまた痛いの?」
「い、いや! 大丈夫だから……!」
クールだ。クールになれ。
今、ラケルの姿はフィルに遮られて見えなくなっている。
視界にあるのはたかだか7歳児の性別すら分化しきってない身体だけだ。
ヘイ、ジャック。お前はロリコンじゃない。そうだろ?
こんなニューホライズンな身体じゃピクリとも反応しないぜ。
現在の視界に集中しろ。
奪われた血液を全身に取り戻せ。
Take it Easy! なぁに、ママのおつかいより簡単なことさ。
「……ふー……」
落ち着いた。
今日は祝杯だぜ!!
「フィル、おいで。頭洗ったげる」
「わーい! 洗って洗ってー!」
「ジャックも。洗ってあげるから上がってきて」
「……!?!?」
……やれやれ。
どうやら、パーティはまだ始まったばかりのようだぜ……。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ。
「痒いところない?」
「……ない」
わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ。
「力強すぎない?」
「……大丈夫」
わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ。
「……なんか無口じゃない?」
「そうでもないしいつもこんな感じだし大して変わらないしフィルがいつも喋り通しだからごっちゃになってるんじゃないか?」
「そう……?」
目を……瞑っております。
私の視界に広がるのは……暗闇のみ、でございます。
石鹸が目に入らないようにするためでありまして……他意はまったく、ございません。
現在……多少、ではございますが……悟りの境地、と呼ばれるものに、足を踏み込んでいるようでございます。
南無阿弥陀仏。
「…………」
「……?」
何やら、気配を感じます。
ラケル女史は私の背後におりますので……論理的に考えますれば、フィリーネ嬢であるに違いありません。
何かをじーっと観察しているような気配です。
「…………うーん?」
何やら悩ましげに唸っておいでです。
一体どうしたのでしょうか?
「うーん……よし。触っちゃお。つんつん」
#%&’(&)()==)()(&&$$%$!!!!!!???????
悟りの境地が終了した。
そりゃ唐突にアソコをつつかれたらそうなる。
誰だってそうなる。ブッダだってそうなる。
跳び上がって逃げたかったが、ラケルに頭を洗われている最中なのでそうもいかない。
目を開けられないので、フィルの手を正確に振り払うこともできない。
「ふえ~。ふにゃふにゃ~」
「ちょっ、ばっ、やめっ……!」
「つんつん。……あれ? ちょっと硬くな――」
――って、まーせーんー!!
このクールガイがお前ごときガキンチョに触られたくらいで反応するわけないでしょうが!!
「こら、フィル。邪魔しない」
っていうか、相手の手を振り払うんじゃなくて自分の手で覆ってガードすればよかったのか。
なんてことにようやく気付いた頃、ラケルがフィルを止めてくれたようだった。
「ねーねー、ししょー」
「なに?」
「これ、なぁに?」
……目、瞑ってるけど、なんとなくわかる。
フィル、お前、俺の股間指差してるだろ。
「これ、って何の……こ……」
ラケルの声が尻すぼみに消えていった。
……おや?
「これは……その……」
「んんー?」
何事も淡々と告げるラケルが、言い淀んでいる。
俺の頭を洗う手も止まっていた。
おや……? おやおや?
「ねーししょー! これ、なぁにー!? わたしにはこんなのないよー? んーと……あ、ししょーにもないねー! わたしといっしょ!」
「え、と……だから……ちょ、ちょっと待って」
ばしゃーん! と頭からお湯を被せられた。
俺が顔を拭っていると、後ろからラケルが言う。
「……ジャック」
「俺に説明させる気かよ……」
「どうせあるんでしょ? その手の知識も」
「まあ、一般教養として」
貴族だし。子孫を成すのも仕事みたいなものだからな。
まあ俺の場合、教えられるまでもなく知ってたんだけど。
「でもやだ」
「なっ……なんで……?」
「父さんたちに任されたんだろ。だったらそういうのを教えるのも師匠の役目なんじゃないですかねー」
「うっ……」
俺はにやつくのをやめられなかった。
困ってる。あのラケルが。あのスパルタ師匠が。
そう思うと、楽しくて楽しくてしょうがなかった。
「いつも通りわかりやすく丁寧に教えればいいんじゃないか? 名称と、用途と、使い方を、順番に。やましいことなんて何にもないんだから」
「…………どうして、そんな意地悪するの」
「別に意地悪してるつもりはないですけどー?」
「……………………わかった」
ん?
わかった?
「お望み通り、わたしが説明する。その代わり、ジャックには教材になってもらうから」
は?
教材?
「まっ……待って待ってシャレならんシャレならんシャレならん!!」
「どうして? 『やましいことなんて何にもない』んでしょ?」
「あ……ぐ、ぁああ……!!」
過去の自分が首を絞めるっ……!
「ねえ! 何こそこそ二人で話してるの? 仲間外れにしちゃやだよ!」
フィルがむくれっ面で言った。
ぐうう。もはや後戻りはできぬ。だったら――
「――わかった。わかったわかったわかったよ!!」
俺はすっくと立ち上がり――タオルを潔く投げ捨てた!
「さあ、存分に説明するがいい!!」
完全にヤケクソでそう宣言して、ラケルとフィルの目の前で仁王立ちを決めた。
二人の視線が一ヶ所に集まるのを感じる。
直後――
「あ……あ……!」
――ラケルの顔が、茹でダコみたいに赤く染まっていった。
まるで、外見相応の女の子みたいに。
……か……かわいい……。
「ふぁーっ!?」
突如としてフィルが歓声を上げた。
「なにこれーっ!」
そして何の躊躇いもなく手を伸ばしてくる。
……具体的に俺に何が起こったのかは、様々な配慮から誤魔化しておくことにした。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
狂瀾怒濤の展開も終わりを告げて、俺たちは揃って湯船に浸かっていた。
……なんか、逆に疲れた気がする。風呂なのに。
「あーもう……」
ラケルがぐったりとした感じで、湯船の縁に頭を預ける。
結果、張られる形になった胸が、湯面にぷかぷかと浮いた。
何度見てもすげえ……。
あ、ダメだ。あんまり見るとのぼせそう。
「弟子の前で、こんな醜態を晒すなんて……」
「……まさか師匠が、ああいうのに弱いとは思わなかった」
「縁、全然、なかったから……。子供なら平気だと思ったのに……」
へ、へー……縁、なかったんだー……。へー……。
ラケルが顔を起こして、じとっとした目で俺を見た。
「……何、その顔」
「いや、別に……」
「生意気。ずっとわたしのおっぱい見てるくせに」
「ぶぼばッ!?」
き……気付かれてる……。
ラケルはかすかに口角を上げ、どこか得意げな顔をした。
「何なら、触る?」
「え……」
「代わりに、明日の基礎メニュー5倍にするけど」
ご、5倍……。5倍かぁ~~~!!
真剣に悩む俺を見て、ラケルは優越感を隠しもせずくすくすと笑った。
「じゃあ、わたしのおっぱいも触っていいよ!」
ばっしゃーん!! と目の前に水飛沫が上がって、フィルが湯の中から飛び出してきた。
ぺったんこの胸を俺の前に突き出してくる。
俺は苦笑して、
「どうせ代わりに夕飯のおかず一品寄越せとか言うんだろ?」
「言いませ~ん! じーくんは特別に、タダで触らせたげる!」
「ふむ。では」
ぺたぺた。
「きゃううっ! くすぐったーい!」
肋骨の感触しかしねーよ。
とはいえフィルがくすぐったがるのが面白いので、逃げようとするのを捕まえて脇腹をこちょこちょしてやった。
「ほれほれ。ここがええのんかー?」
「いやーん! じーくんのえっちー! きゃははははっ!」
むう。
俺、今、究極に7歳児っぽい。
心と身体を完全に一致させてじゃれる俺たちを、ラケルが微笑ましそうに見ている。
「なんか……いい。幼馴染みって」
「ん?」
「あなたたちはこれから、同じ速度で成長して、隣同士で人生を歩んでいく。そういうのって、なんか……すごくいい」
そんなものだろうか。
そのありがたみは、俺にはいまいちピンと来なかった。
不意に、ラケルがざぱあっと立ち上がる。
と思うと、
「わたしも仲間にいーれて」
と、じゃれ合っていた俺たち2人を丸ごと捕まえた。
「きゃーっ!」
「ぶぼぼぼもごご!!」
すべすべで柔らかくてあったかくてあばばばばばばばば。
一瞬意識が飛びかけたものの、それから俺たちは、のぼせる寸前まで湯船で遊んでいた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「今日はじーくんとししょーと3人で寝ます!」
という、夕食後に行われたフィルの力強い宣言によって、そういう運びになった。
メイドたちがわざわざベッドの準備をしてくれて、部屋から出ていく。
「本当に仲がよろしくてらっしゃるわ、あのお三方は」
「ね! まるできょうだいみたい」
「ジャック様は将来、ラケル様とフィリーネ様のどちらかをお嫁にもらわれるのかしら?」
「フィリーネ様でしょ? ラケル様は年上じゃない」
「馬鹿ね。ラケル様はエルフなんだから、あと何年かすればジャック様が追いつくわよ」
「どちらと結婚されるにしても、美男美女の夫婦になるよね~、きっと!」
聞こえているぞメイドたちよ。もう少し部屋を離れてから喋れ。
もちろん、今更いちいちメイドの噂話に目くじらを立てたりはしない。
あれは彼女たち共通の趣味なのだ。
ぼふんっ! とフィルがいの一番にベッドに飛び込む。
「ふかふか~♪ じーくんとししょーもおいでよー!」
「これから寝るって奴のテンションじゃないな……」
俺は苦笑しながらベッドに入る。
続いてラケルも入ってきて、川の字になった。
身長的に、ラケルが真ん中だ。
「灯り、消すぞ」
近いほうにいた俺が、ベッドサイドのランプを消した。
真っ暗になる。
窓からかすかに射し込む月明かりだけが、室内をほのかに照らしていた。
「ふふ~♪ ししょー、あったか~♪」
俺は遠慮してというか、ラケルから少し身を離していたが、フィルはぎゅーっとくっついていた。
本当に……親子みたいだ。
そう思うと、頭の奥のほうがチリリと痛んだ。
瞼の裏に、記憶らしき光景がチカチカと瞬く。
幼かった頃。
俺が本当に7歳くらいだった頃。
自分と、母親と――妹とで、3人一緒に眠った記憶。
そのときの温もりが、不意に、蘇った。
「……師匠」
恥と呼ばれる感情が、瞬間的に吹き飛ぶ。
声の震えを、抑えられない。
「もう少し、寄っても……いい、かな?」
言ってから恥ずかしくなって、ラケルの顔を見られなかった。
けど……なんとなく、微笑んでくれたような気がする。
「……ん。いいよ」
俺はゆっくりと身を寄せて、腕をラケルの細い身体に回していく。
……あったかい。
安心する……。
ラケルの身体に目一杯顔を埋めて、その甘い香りを嗅いだ。
やってから思いっきり変態行為だと気付いたけど、興奮するどころか、むしろ気分が落ち着いた。
その温もりが、香りが、もっともっと欲しくなる。
いい抱きつき方を模索して、ごそごそと腕を動かしていたら、
「あんっ」
小さな声で、ラケルが鳴いた。
言ったというより、鳴いたって感じだった。
びっくりした俺だったが、落ち着いて状況を把握すると俺のせいだった。
いつの間にか、ラケルの大きな胸を鷲掴みにしていた。
たぶん掴みやすかったんだと思う。
恐る恐る視線を上げると、ジト目に出迎えられた。
「…………………………えろがき」
もう一回揉んだらどうなるのかなー、みたいなことを考えていなくもなかった俺だが、さすがにえろがき呼ばわりされては二度目は不可能だった。
ラケルはくすっと笑って、フリーズしていた俺を自分から抱き寄せる。
そして耳元で囁いた。
「約束通り、明日、基礎メニュー5倍」
「ぎえーっ!!」
ご、ご勘弁を……。
「また2人で楽しそうにしてるー!」
反対側にいたフィルがラケルを乗り越えてきて、俺とラケルの間に潜り込んだ。
「ねえ、何の話してたの?」
「ジャックが、わたしのおっぱい触ったの」
「うわー。じーくんえっちだー」
「わざとじゃないんです……本当なんです……」
極めて肩身の狭い男ひとり。
「フィルも気を付けて。ジャックも男の子だから」
「えー? でもわたしは、じーくんならだいじょーぶだけどなあ」
「フィルは、ジャックのこと、好きなの?」
「うん! すきー!」
「どんなところが?」
「えっとね、えっとねー。お菓子を分けてくれるところでしょー? 一緒にお散歩してくれるところでしょー? かけっこしてくれるところも好きだしー」
「飼い犬みたいな理由ばっかりだな……」
神出鬼没なところはどちらかといえば猫だが。
「あとね、あとね…………わたしにだけは、すっごく優しいところ」
ドキリとした。
その声にだけ……なんというか、『艶』みたいなものを感じたのだ。
ラケルは微笑んで、俺のほうを見やった。
「確かに、ジャックって、フィルには甘いところある」
「だよねっ。だよねっ」
「そうか……? 自覚はないんだけど……」
ただ俺がフィルの強引さに折れてるだけのような気が。
「じゃあフィルは、大きくなったら、ジャックのお嫁さんになるの?」
お師匠サマが、張本人の前で非常にストレートな質問をなさった。
子供にもいたたまれなくなるときはあるんだとご理解ください!
「あの……えっと……あのね……?」
フィルには珍しく、歯切れが悪かった。
視線をちらちらとこちらにやっている。
それに……暗くてよく見えないが――
――顔、赤くなってる……?
あのフィルが?
恥ずかしがって?
フィルはしばらくの間、黙り込んだり、うーうー唸ったりした。
そしてやがて、
「…………………………………うん」
と。
蚊が鳴くような、か細い声で。
しかしはっきりと――
答えたのだった。
「……そっか。じゃあ、立派なお嫁さんになるために、頑張ろう」
「うんっ」
「ジャックも、立派な旦那様になれるよう頑張るように」
「は、はい」
……あれ?
今、流れで結婚することにならなかったか?
「えへへー♪」
フィルは嬉しそうに、あるいはくすぐったそうにはにかんでいる。
……まあ、いいか。
俺は幼馴染みの笑顔を見て、そう思うことにした。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
うとうとと微睡んでいた。
現実と夢の境を行ったり来たりしていた俺を、小さな声が現実側に引き戻す。
「(じーくん、じーくん)」
「ん……?」
瞼を開けると、至近距離にフィルの顔があった。
さっきあんな話をしたこともあって心臓が跳ねる。
「おまっ、ちかっ……!」
「(しーっ)」
フィルは口の前に人差し指を立てたあと、ラケルを指差した。
あの豊かな胸が、規則的に上下している。寝ているようだ。
ラケルを起こすなってことか?
と考えていると、フィルが布団の中に顔を引っ込めて姿を消した。
寝間着をちょいちょいと引っ張られる。
俺も来いと?
まあ内緒話をするなら、布団の中のほうがいいのか。
俺は布団の中に潜り込んだ。
当然ながら、布団の中は真っ暗だ。
俺とラケルとフィルの体温で、かなり暑い。
けど今は、より近いフィルの暖かさを、特に強く感じた。
暗闇の中に、息遣いが聞こえる。
定期的に、生暖かい空気が俺の頬に当たった。
フィルの息だ。
闇に慣れた目が、ほんの数センチ先にあるフィルの顔を映し出す。
「(静かにね)」
フィルはこしょこしょ声で話し出した。
彼女が声を出すたび、息が頬に当たる。
「(な、なんだよ。何か話でもあるのか?)」
内心の動揺を押し隠して、俺は言った。
おい、クールガイはどこに行ったんだ一体。
ロリコンじゃないんじゃなかったのか?
それとも、身体は7歳だからこれが普通の反応なのか。
「(えっと、あのね?)」
フィルが唇を動かすたび、俺のそれと触れてしまいそうで、俺の集中力は半分くらいそっちに持っていかれてしまっていた。
「(ししょーがね、じーくんにプレゼントがあるって言ってたよね?)」
「(あ、ああ。言ってたな)」
「(それでね、思いついたんだけど……わたしたちも、ししょーに何かあげられないかなーって)」
「(プレゼントを?)」
「(うん)」
そんなこと考えてたのか、こいつ。
いつもは人のおかずやらお菓子やらパクってばっかなのに。
「(いいんじゃないか? 師匠も喜ぶと思う)」
「(やった! じゃあ次のお休み、一緒に買いに行こ?)」
「(ああ、いいぞ)」
「(約束だよ!)」
小指を出してきたので、自分の小指を絡ませる。
そして小さく振ってから、離した。
この内緒話も、それで終わり……。
「(……えと、それと)」
少しの名残惜しさを覚えた瞬間に、フィルが言葉を継いだ。
「(さっき……あの、言ったよね……?)」
「(な、何を……?)」
「(立派なお嫁さんになれるように、って。立派な旦那様になれるように、って)」
「(まあ、うん)」
俺がぎこちなく頷くと、フィルはもじもじと目を泳がせた。
「(だからね、その、お母さんにね、聞いたんだけど…………)」
――瞬間だった。
俺には一瞬、何が起こったのかわからなかった。
暗闇の中に薄く浮かぶフィルの顔が、不意に近付いて―――
ちゅっ。
―――と。
唇に、柔らかな何かが、触れたのだ。
「(えへ。えへへ)」
顔を離したフィルは、誤魔化すようにはにかんだ。
「(『ふーふ』は、こうしなきゃいけない……んだって)」
「(しなきゃいけない……のか)」
「(う、うん。しなきゃいけない……の)」
何も考えられなかった。
気付いたとき、俺は、自分からフィルに唇を触れさせていた。
1センチ先で長い睫毛をぱちぱちさせるフィルに、俺は囁く。
「(しなきゃいけない……んだろ?)」
「(そ、そだね)」
ちゅっ。
フィルのほうからもう一度。
「(しなきゃいけない……から)」
「(だよ……な)」
だから。
仕方ないよな。
布団の中の暗闇で。
3人分の体温に包まれて。
お互いの吐息で湿った空気の中。
すぐ隣で眠るラケルを起こさないように――
――俺たちは、何度も何度も、キスをした。
それが、俺の。
今世での、ファーストキスだった。