3.冒険者ギルド
街は発展途中といった様子で、建物もメインの通りには密集するように建っているが、それ以外の場所は空き地が結構目立っている。
冒険者ギルドは街の中心まで行くとすぐに見つかった。
何人もの人が出入りし、裏手には馬車が何台も停めてある。このあたりで一番高い建物で遠目にも目立っていた。
それだけこの町でも栄えている場所だということが分かる。
中には受付らしきカウンターと、掲示板のようなものがあった。
貼ってある紙は冒険者への依頼だろうか。
内容を見ようとしたところで気が付いた。何が書いてあるか理解できない。つまり、文字が読めないのだ。
翻訳スキルでどうにかなるかと思っていたが、甘かったようだ。
昨日覚えたのはさしずめ会話専用の翻訳スキルといったところか。
言語を理解するにはそれ用のスキルが必要か、最悪自力で覚える必要があるのだろう。
依頼書の文章はあまり長くない。短い単語がいくつか書かれているだけのように見える。
おそらく冒険者でも字の読める者はそんなに多くないのだろう。
スキルを覚えないかと思ってしばらく依頼書を見つめるがさっぱり読めない。
昨日も会話できるようになるまでしばらく時間がかかったし、何かスキルの取得条件があるのだろう。
その辺、この世界はゲームに則っているのだと思う。
ゲームでスキルを覚えるには、レベルを上げるか、クエストをこなす必要があった。
この世界で同様のクエストがあるか分からないが、その代わりとなる条件があるのだと思っている。
例えば会話スキルは、会話を何度か試みないといけないとかだ。
文字も何度か読もうとすればスキルが覚えられないかと思ったのだが、そんなに楽にはいかないようだった。
内容が分からないとなると、直接職員に聞いてみるか。
そう考えて適当な依頼書を手に取ろうと手を伸ばすと、横から伸びた手に依頼書を掻っ攫われた。
「この依頼受けるの? あんたにはちょっと厳しいんじゃない」
話しかけてきたのは昨日助けてくれた女冒険者だった。
日に焼けた顔に悪戯っぽい笑みを浮かべている。
名前は……タニアだったよな。
「文字が読めないので誰かに聞こうかと」
「ああ! あんた喋れたの?」
「ちょっと事情がありまして……。昨日はありがとうございました」
「ああいうのはお互い様さ。それよりこれはレッドベアの討伐依頼だね。あんた一人じゃ命を捨てるようなもんだよ」
レッドベアはゲームにもいた。
中級者向けでそこそこ強敵だったはずだ。
「確かに厳しそうですね。俺でもできそうな依頼ってないですか?」
「ビートの討伐でいいんじゃないか? 弱いし、肉がいい値段で売れるよ」
そう言ってタニアは別の依頼書を手にとって渡してくれる。
俺には何が書いてあるかわからないが、彼女の話ではビートという魔物の肉の買取依頼らしい。
森の中のどこにでもいて、肉が美味いらしい。
俺の知識では、確かウサギに似た白い魔物だ。
「ありがとう。受けてみます」
「受けるならこっちだ」
タニアについてカウンターに行く。
受付の人に再び依頼内容を読んで貰うが、結局意味が分かるようにはならなかった。
少し予想が外れた。会話の翻訳スキルより文章の翻訳スキルの方が習得が難しいのだろうか。
依頼を受けるにはギルドへの加入が必要とのことだ。
加入手数料は依頼達成後の報酬から引かれるらしい。
書類に、名前、年齢、特技等を書いて渡すとあっさりと冒険者になれた。
拍子抜けだが、これはこの街が冒険者がダンジョンから持ち帰る資源で成り立っているせいらしい。
「これが仮のギルド証だ。依頼を受けるのは二人でいいか?」
「ああ、二人で頼むよ」
「え?」
反応する間もなく、タニアが答えていた。
「納品は依頼者に直接してもいいが、達成したらちゃんと報告に来てくれ」
その後、俺の反応などおかまいなしに職員は受付を済ませてしまった。
受付を離れてからタニアに話しかける。
「良かったんですか? 俺としては嬉しいですけど」
「一人じゃ森に行くのも危ないんだ。それも分かってないようだったし、この際あたしが教えてやるよ。」
「ありがとうございます。俺も一人じゃ不安だったんです」
「付きっきりで面倒みるわけじゃないからね。それから、もう少し楽な口調にできない?」
タニアは口元を突き出しながらそう言う。
少し強引な人だけど、人付き合いの苦手な俺には、今はその態度がありがたかった。
今日は頼りにさせて貰おう。
「そうだな……よろしく頼む。タニア」
「可愛がってあげるから頑張りな」
そういって彼女は俺の背中を強く張り飛ばした。
────────
「ハァッ!」
剣を振り下ろすが白い毛皮のビートに難なく躱され、反対に突進を喰らいそうになる。
兎のような魔物、ビートは体が小さく動きもさほど早くない。
とはいえやはり魔物と呼ばれるだけあって、その力は尋常ではない。
一回だけ体当たりを腕で防いだが、軽く浮かぶほどの衝撃だった。
「そんなんじゃ当たらないよ! もっと近づいて!」
「……ックソ! おらぁあああ!!」
何度目かの攻撃。
素早く駆け寄って振り下ろした剣が兎のような獣の体にどうにか当たった。
動けなくなった獣を手で抑え、止めをさす。
「うん、ようやく様になってきたじゃない」
「ハァ、ハァ……。そんなこと言われても全然実感が湧かないぞ……」
「そこらの奴より筋は良いね。しっかり敵を見てるし、ビクついてもいないし、あとは剣に慣れれば冒険者としてはそれなりになるんじゃない?」
タニアは簡単に言うが、本物の剣など持ったこともないので、やはり慣れない。
体力には自信がある方だが、剣の重さに振り回されてばかりだ。
さっきもマグレ当たりみたいなものだろう。
慣れるにしても時間をかけるしかなさそうだ。
「小型の魔物でも結構倒すのは大変だな」
「小さい分すばしっこいからね。でもこのくらいなら怪我もしないでしょ」
「確かに……」
いくら力が強いといっても片手で抱えられるくらいの大きさの魔物だ。
怪我することは滅多にないだろう。
今いるのはダンジョンの入り口に近い森の中だ。
ダンジョンの近くということが関係するのか、森には多くの魔物がいる。
それらを狩猟する依頼が冒険者ギルドで最も数の多い依頼らしい。
冒険者の街ルードワードで消費される食料の大半はこの森の恵みだ。
冒険者達がいくら採取しても無くならないほどの豊かな森と、ダンジョンから取れる希少な鉱石。ルードワードはこの二つの資源によって支えられているのである。
朝も早くから森にやってきた俺とタニアは、森の浅いところを移動しながら狩りをしていた。
タニアの弓の腕は中々のもので、狙った獲物は全て一矢で仕留めていた。
現代人の俺にしたらあり得ない程の正確さだ。
もしかしたら弓術スキルを持っているのかもしれない。
それとなく聞こうとしたが、まさかゲームのシステムがどう
のと言う訳にもいかず困った。
「タニアはスキルって分かるか?」
「あー、ギルドで聞いたことある気がするね。スキルのあるなしで攻撃の強さが段違いになるって」
「タニアは弓のスキルを持ってる訳じゃないのか?」
「まさか! 私は弓を昔から習ってるから少し得意なだけだよ。スキルなんてものがあったらとっくに上位冒険者になってるって」
スキルって言葉は認知されてるみたいだけど、一般的には眉唾みたいだ。
ゲームシステムを知ってる俺からしたら初級スキルなんて一般の攻撃と変わらない気がするのだが。
もしかしてタニアが気づいていないだけで、スキルを覚えているのかもしれない。
そんな俺はといえば初期装備の短剣を振り回す度にタニアのダメ出しを受けている有様だ。
タニアのサポートでなんとか獲物を仕留められてはいるものの、とても一人で倒せているとはいえない状況だった。
ゲームでなら初期装備でも十秒で倒せる敵だろうに、現実はハードモードすぎる。
戦闘では、こっそりとスキルが使えないか試していたが、今のところ何も起こっていない。
この世界では戦闘スキルの習熟が生き残るために必須になるはずだし、できれば早めに覚えたいものだが、条件がわからなかった。
絞めた魔物は、タニアに教えて貰いながらその場で捌いた。
血に濡れた獲物を捌くのは忌避感もあったが、思っていたよりも抵抗はなかった。
このゲームに似た世界に、まだ現実感を持てていないせいかもしれない。
ビートの皮は見た目に反して分厚く丈夫だ。
普通の衣類などに使うものと思っていたが、これなら防具にも使えそうだ。
魔物と呼ばれる生物は、体の作りからして他の動物と違うのかもしれない。
────────
そんな調子でこの日は一日森で狩りを続けた。
日が中天から傾いた頃、奥に入りすぎたのか猪のような四足の魔物に遭った。
その時のタニアの手並みは鮮やかで、見た目にそぐわぬ軽快な動きを見せる魔物に外すことなく矢を当てていった。
最後は弱った敵の目を打ち抜き、俺が止めを刺した。殆ど手が出せなくて落ち込んだが、タニアは最初はそんなものだと言って笑う。
結局この魔物の肉が一日狩ったビートを上回る結構な値段で売れた。
「いや、俺は手を出せなかった訳だし、貰うわけにはいかない」
「遠慮するなんて変わってるね。私も昔先輩冒険者に同じように面倒見て貰ったんだよ。だから気にしないでいい」
そう言われ正直金には困っているので、有り難く分け前を頂いた。
銀貨三枚。それが今日の俺の報酬だ。宿にじっとしているだけなら十日は暮らせるだろうか。
また見かけたら誘うと言われ、ギルドで分かれた。
俺は口下手ですぐに人と仲良くなれる方ではないのだが、タニアとは打ち解けて、最後には軽口も言い合えるようになっていた。
彼女と一緒にいれるのは有り難い。一人では冒険者の仕事もままならないし、話し相手にもなってもらえる。
ただ、今のままでは足手纏いになるだけなので鍛えなければならないだろう。
そう考えて、一人苦笑した。まるで今までの生活を忘れてしまったような考えだ。
あの洞窟ではあれほど元の世界に帰りたいと思っていたのに。
まず第一に元の世界に帰ること。そして次にタニアに今日と昨日の恩を返すこと。
それを目標にして、これからこの世界との付き合い方を考えていこう。