兄の悲しみ
本当は愛されていたんだよ?
でも誰も愛を表に出せないだけで
その日、妹は死んだ。
『貞淑の誓い』と呼ばれる毒を呷って逝った。
教会の修道女や結婚した貴族の女性が貞操を保てなくなる時、無理やり奪われそうになったとき用の自害の薬だ。
飲むと死んだ後も弄ばれぬよう、死体が人形のように硬くなり、その代償に臓腑が内側から凍るような苦しみを味わうという。
たとえ死んでも不義密通は行わないと言う意味合いで夫から妻に贈るしきたりになっていたこの毒。
どれだけ恐ろしかっただろう。
どれだけ苦しかっただろう。
どれだけ辛かっただろう。
どれだけ泣きたかっただろう。
控えめで優しい子であった。
外に出れない下の妹にこっそりと花を摘んで外の話をしてやる子であった。
父に愛されていないと思い、父との距離を測りかねている子であった。
使用人にも迷惑をかけないように身体を小さく小さく縮こまらせる子であった。
兄様は忙しいからと遠慮がちで、しかし不器用に甘えてくる可愛くて仕方ない子であった。
「なぜ…」
人形のようになった妹に語りかける。
「なぜお前が死ななければならないのだ!!」
兄様、兄様と甘えてくれた唇は微笑みの形に固定され動く事は無い。
愛しい妹よ、最愛の妹よ…なぜ、なぜ兄に一言相談してくれなかった。
父はお前と同じでお前との距離を測りかねていた。
あの夜の話を聞かれた時からずっとだ。
父上はお前を愛していた。
使用人達も、嫁に行ったお前をずいぶん心配していた。
「お前はこんなにも…我が家の人間に愛されていたんだよ?」
皆、罪滅ぼしのつもりで下の妹に甘くなった。
彼女が病弱で甘え上手なのもそれに、拍車をかけた。
下の妹が寂しがって泣くからと何度か無理矢理下の妹の元に連れていかれた。
この子が孤独で無ければ、一人ぼっちのあの子はどうでもいいのか、と問い詰めると皆具合悪そうに目をそらした。
今更、優しくしても許されるわけがない。
そう、皆が言っていた。
皆、不器用で馬鹿だから…お前の悲鳴に気付いてやれなかった私が一番の馬鹿だが。
「家に、帰ろう。」
夫の邸宅で死んだのに夫は帰ってこない。
薬が完全に人形にするまでは2日かかる。
そう、2日だ。
そして彼は我が家で下の妹に会っている。
今はただ、妹の最期の言葉を告げるだけだ。
これ以上妹を、この冷たい屋敷に置いてはおけない。
「そうだ、さみしくないように甥も連れて帰ってやろう。」
妹の息子も無邪気に人形となった母の隣でにこにこと笑っている。
「家に、帰ろう。今度は守ってあげるから」
ご要望があれば続きを書いたりもしてみたいです
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