表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】りん子&関連作

精霊と流しそうめん

作者: れみ

※微グロ注意

挿絵(By みてみん)




 一晩中雨が降り続き、朝になると虹が出ていた。地面と平行に伸びた、おかしな虹だった。りん子は急いで朝食を済ませ、外へ出た。


 りん子の住んでいるアパートは五階建てで、広々とした屋上がある。階段を駆け上ってみると、そこには信じられない風景があった。


 屋上の手すりから、虹が真っすぐ伸びている。向かいの家の屋根を越え、その先のマンションの廊下を通り、どこまでも続いている。板のように平らなのかと思ったが、そうではない。両側がわずかにめくれた、ウォータースライダーのような形だ。


 りん子は手を伸ばし、虹にさわってみた。つるつるしていて、固い。


「これなら乗っても大丈夫ね」


 虹の上を歩くのは、子どもの頃からの夢だった。思っていたのとは少し違うけれど、夢というのはそういうものだ。りん子は袖をまくり、手すりによじ登った。


 足を踏み出してみると、虹は重さで少し沈んだ。もう片方の足も乗せる。しばらく左右に揺れていたが、やがて落ち着いた。初めはおそるおそる、次第にリズミカルに、りん子は虹の橋を歩き始めた。


 虹はりん子の肩幅より少し広いくらいで、くっきりと七色に分かれている。上を見ると、青い空にまばらな雲が浮かんでいた。


「うーん、気持ちいい」


 風はゆるやかで、初夏のにおいがした。マンションを二つ越えると、高い建物はもうない。民家や道路をはるか下に見ながら、りん子は歩き続けた。


 靴底がちゃぷんと音を立てた。いつからだろう、虹の道は川になっていた。


「変ね。さっきまではなかったのに」


 川の水は澄んで、底の虹色が揺らめいて見える。その中を、ちらちらと光るものが流れてくる。それは小さな魚だったり、花びらだったり、まだ青いトマトの実だったり、ハンカチのような薄い布だったりする。

 りん子は楽しくなり、しぶきを上げて歩いた。


 水はだんだん冷たくなる。雪の結晶をまとった魚が通り過ぎ、足首が痛むほど凍えた。薄氷が水面に浮かび、かさを増していく。


 いつの間にこんなに寒くなったのだろう。虹をたどって地球の裏側まで来てしまったのかもしれない。りん子は下を見た。真っ白な霧が立ちこめている。


「これじゃ凍傷になっちゃうわ」


 氷をかき分けて進んでいくと、ついに川は雪道になった。ふわふわの、かき氷のような雪だ。歩いたところは虹色の足あとになる。りん子は腕をさすり、白い息を吐きながら歩いていった。


 しばらく行くと、向こうに誰かが立っているのが見えた。

 りん子は歩く速度を落とした。虹は一人通るのがやっとの広さで、すれ違うのは難しい。自分が引き返すか、向こうの人に引き返してもらうか、どちらかだ。


「とりあえず行って、頼んでみるしかないわね」


 せっかくここまで来たのだから、途中で引き返したくはない。いざとなれば、馬跳びをして向こうへ行くことだってできるのだ。

 霧が引いて、相手の姿が見えてきた。黒い帽子とケープを身につけた若い男だ。柔らかな髪が風に揺れ、アーモンド型の目が星のように光っていた。


「待ってたよ、りん子」


 その姿と声に、言いようもない懐かしさがこみ上げる。

 何だろう、これは。

 男の背後には、色とりどりの花と野菜畑が広がっている。虹の色はここから流れてきていたのだ。


 りん子は駆け寄ろうとした。が、雪に足をとられて進めない。

 男は微笑み、おいでよ、と言う。


「全部あげるよ。僕が持ってるもの全部、りん子にあげる。この庭も、花も野菜も、星も雨も空も、それから……」


 りん子は目を見開き、男の姿を見ていた。

 冷たい空気が肺に流れ込む。

 男の差し出した手がぽろりと落ちる。足が、肩が、根もとから外れて落ちる。顔にひびが入り、氷像のように壊れる。


 りん子は後ずさった。白い影が頭をよぎる。記憶がばらばらになり、頭の中で乱反射する。

 男の体が散らばった、その場所から雪が溶けていった。流れ出す水がゆっくりと赤に染まる。ふいに、冷たく柔らかいものが足に触れた。


「全部りん子のものだよ」


 りん子は走り出した。無我夢中で走った。水の流れを追い越し、もと来た道を戻っていく。


 あまりに速く走ったので、虹の上を走っているというより、自分が虹になってしまったようだった。七色の光が、何度もりん子を溶かして飲み込もうとした。走って走って、ようやく自分の屋上が見えてくる。


 滑るように、一気に駆け抜けた。手すりから屋上へ転がり込み、りん子は大きく息をつく。

 水の音はまだ続いていた。虹の道を振り返ると、こちらに向かってくるものが見えた。りん子を追いかけて、すいすいと流れてくる。


 それは、そうめんだった。


 屋上を見渡すと、どこかの子どもが忘れたらしいバケツがあった。りん子はそれを手すりに当て、そうめんを受け止めた。バケツに流れ込む、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。七色のそうめんだ。


「めんつゆ買ってこなくちゃ」


 りん子は額の汗をぬぐった。氷も買ってこよう。オクラを切って散らし、かまぼこと玉子焼きを星形にくり抜き、七夕そうめんにしよう。


 コンクリートの上に寝転がり、空を見た。日差しの隙間に、凍てつく星の川が見えるような気がした。記憶はきっと、それとわかる前に消えてしまう。だからもう少しだけ、このきらめきを見ていようと思った。




挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 幻のような物語ですね。特に男が幻想的でした(怖いかもですが…汗) 「全てりん子のものだよ」等というものは大概束縛的です、多分(?笑) 虹を渡ってみたくなるような、たどり着くと何がいるか知り…
[良い点] 七夕そうめん。たなぼたそうめんに似ています。。 [一言] 具体的な虹の上を食べ物が流れてきて……食べたら何かが変わってしまいそうな気もします。在所は、そうめん発祥の地ですので、真っ白なそう…
[一言] 虹の橋を渡る。これは誰もが1度は夢見ることですよね。虹の先はどうなっているのか、このお話はそのことをつまびらかにさせてくれました。 りん子を待っていた人物はいったい、誰だったのか。なぜ、何も…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ