13.桜山の熊3
さて、クロカゲはジュズを任されて先頭を木々のから垣間見える道に沿って早歩きで進んでいた。
黙々と進むクロカゲは、背中に感じないはずの視線にそわそわしていた。
もちろん後ろを付いてくるジュズの視線である。
「な、なにか?」
たまらずクロカゲが控えめに訊く。
「綺麗な髪してるな、て思ってただけ。リン──シロガネだけど、あの娘に負けず劣らずじゃないかしら」
クロカゲは現実でも黒髪は癖がなく、現実ほどではないが長い。
そろそろ髪を切るか、と思っているのだが一番上の姉に止められている。根暗に見えるのが保護欲をかき立てられてうんたらかんたら。
根暗が嫌で髪を切りたいのだが。
「あ、ありがと」
それきり会話が途切れた。
ジュズはクロカゲの言葉が続くのを待ったのだが、ぼっちクロカゲにそこまでできるスキルはなかった。
なるほど、とジュズは思った。これは重度の人見知りだとすぐわかった。話すのが得意ではないのだろう。
シロガネとはゲームの話をするので話しやすいから、懐いているとまでは言わないが気に入っているのだろう。
強さをお金で例えられるのを嫌がったのだと思ったが、もしかするとハルにくれてもいいとか思われているのだと思って不機嫌だったのかもしれない。
「ねぇ」
「しっ」
好奇心から口を開いたが、クロカゲが急にジュズの頭をぐわしと掴んで一緒にしゃがませた。
「なっなにすん……!」
「静かに」
短く言ってクロカゲは木々の先にある道を指差した。
むかっとしながらもそちらを見ると、ジュズは息を飲んだ。
人の二倍はある大きな黒い影が四足でのっそのっそと歩いている。
強欲熊である。
「このままやり過ごす。通り過ぎるまでこのままに」
ぽそぽそと言うクロカゲにこくこく頷いた。経験豊富なクロカゲに従うのが利口だ。
しばらくにぶい足音に耳を済ませ、じっと待った。
ジュズはごくりと生唾を飲んで、影が道をゆっくり進んで遠ざかるのを見守る。
ちらりとクロカゲを見ると、音に集中しているのか目を閉じて俯いている。
索敵能力による感覚を駆使して位置を把握しているのだ。ある程度、索敵値にポイントを振ると、数値に沿った範囲内のモンスターの位置をこうして感覚で捉えることができる。
「……よし、進もう。シロガネたちも進んでる」
マップを開きつつ、クロカゲは立ち上がった。
道を挟んでそう遠くない、少し先にシロガネとルーマのネームがある光る点が動いていた。
「この先に大きな桜の木がある広場に出る。あっちもそこを目指すはず」
少しの戦慄だったというのに、先ほど熊が来る方角を言った時にも感じた鋭さが見られた。
思わずジュズが見惚れてしまったほどだ。
シロガネもこういうところが気になって、ずっとこの男と狩りをしていたのだろうか。
「ハルじゃないけど、見た目と印象を考えたら、まあ及第点かしらね」
「な、なに?」
戦闘の雰囲気が消えたからか、急に呟いたのにそわそわするいつものクロカゲ。
「別に。なんでもないわよ」
振り返ってきたクロカゲにジュズは肩を竦めて見せ、先を促した。