12.桜山の熊2
「どうする? まだ桜を切っておきたい?」
なだらかな上り坂となっている山道の前方をシロガネは睨む。まだ熊の姿は見えない。
「……枝は、出ないものと見るべきか。迷うところだな」
ただでさえルーマとジュズに慣れてなくて声量が低いというのに、ぼそぼそと独り言のようになってしまった。
戦闘となるとクロカゲの言葉数は少なくなる。
「熊を倒しちゃうとそこでクエストクリアで、それ以降は別モンスターが出てくる可能性が出てくるからね。やっぱり熊は後回しかな」
クエストは目標を達成してしまうとそこでクリアとなり、一定時間後はそこらを縄張りとするモンスターが戻ってきたり、他では見られないモンスターが乱入してきたりする。
それらを倒しても報酬が増えるわけでもないので、クエストは帰って報告するまでが完全クリア条件であり、それまでの制限時間もあるため目標モンスターを討伐したらさっさと依頼発の拠点に戻るのが常だ。
「どうするの?」
「熊は、こっちを視認していない。気配を辿ってこっちに来ただけ。森を移動しながら熊が来た方に行ってやり過ごす」
戦いの匂いの中では、ジュズにもクロカゲは普通に返事していた。
索敵範囲に気を配って、強欲熊の位置を探っているのだろう。
「それが良さそうね。視認さえされなければ追ってくることはないだろうし。二手に別れましょ。私とハルで右の林を行くから、クロカゲはタマと左の方を行って」
「……どっち?」
シロガネが振り返るとクロカゲが困惑してルーマとジュズを見た。
「あ、ごめん。ハルがルーマで、タマがジュズね。ジュズをお願い」
現実の愛称で呼んでいたことにシロガネは今気づいた。
クロカゲは小さく頷くとジュズを見てから左の木々に消えた。全体的に黒い和服で、林にすぐに溶け込んだ。
対して黄色の法衣のジュズは非常に目立つ。現実のジュズには見られない派手な服装だ。
ジュズもクロカゲの後を追って林に潜り込んだ。
「私達も行きましょ」
「おうっ!」
「うるさいわよバカ」
ごんっ。
「ごふっ! おいっ、ダメージ入っちまったじゃねーか!」
「うるさいっての」
がんっ。
二度頭を打つと、シロガネから見えるルーマの頭上にある横棒の緑が少し減った。拠点では殴っても蹴っても刺しても減らないヒットポイントゲージも、外に出れば味方の攻撃であろうと転ぼうと手をぶつけようとダメージを受ける。
「さっさと行くわよ」
そろそろシロガネの索敵範囲にも熊が入ってきた。ルーマを置いて右の茂みに踏み入れると、ルーマも慌てて入ってきた。
下手したら大声と派手な赤い鎧で熊に見つかるのでは、とシロガネは思ってしまった。
クロカゲに任せたらこれを抑えることは難しいだろう。人見知りだからほっといてそうだし。